都の嵐(教授からの課題)
ガヴリル教授を訪ねる時間翌日の午前中だった。急ぎではなかったので、珍しく早起きはしなかった。ガヴリルの部屋は学院の建物から少し離れた、礼拝堂の近くにある高位聖職者の部屋の2階にあった。
ガヴリルの部屋の扉は少し開いていたので、私はノックしてから中に入った。ガヴリルは机に向かって、大量の書類に囲まれて忙しく筆を走らせていた。机の後ろには巨大な本棚があり、今は本や巻物が雑然と詰め込まれていた。部屋の廊下側の壁には大きな黒板があった。でもガヴリルは私が部屋に入ったことに気づかなかった。
「ガヴリル教授、こんにちは。約束通り、研究内容についてお話しするために来ました。」私は言った。
「おお、ああ。そうか。そこに座って待ってくれ。」ガヴリル教授は頭を上げず、左側を指さした。そこにはソファーがあるが、今は服や資料が山積みになっていて、ソファーの姿は見えず、座る場所もなかった。
私は退屈に立ったままガヴリル教授を待ったが、結局半時間待たされたった。ガヴリル教授が水の入っていないカップを手に取って水を飲もうとしたが、カップが空っぽだと気づいて、水を汲みに行こうとした。私は急いで彼の前に立った。
「ガヴリル教授、おはようございます。」私は言った。
「えっ、ああ。ルチャノか。いつ来たんだ?」ガヴリルは尋ねた。
「すでに半刻が経っていますよ。教授がそこに座るように言われました。」私は乱雑なソファーを指さした。
「なんだって?全然覚えていない。ああ、そうだ、今日は君に研究を紹介する日だ。ちょっと水を汲んでくるから、待ってくれ。」ガヴリルは言った。彼はカップを置き、水差しを持って部屋の隅から階下の水部屋に行った。
サヴォニア大陸にはまだ上水道がない。こういった建物では、朝早くに使用人たちが井戸から水を汲み上げ、各階の水部屋に運ぶのだ。私はガヴリルに続いて水部屋に行き、水差しを満杯にしてあげた。その後また部屋に戻った。ガヴリル教授は小さな炭火コンロを取り出し、水差しをその上に乗せてお湯を沸かし始めた。こんなにたくさんの紙がある部屋で火を使うのは本当に安全なのだろうか?私は深い不安を感じた。
「私の研究は主に星の運動だ。神々はこの世界を私たちに与えてくださったが、万物がどのように動いているのかを教えてはくださらなかった。そのため、神々の栄光のために、私たち永遠の真理を信じる神学者たちは、全ての理を解明しようとしているのだ。」ガヴリルは机の上に座りながら言った。彼は私に向かい合って座るように示した。
「ガヴリル教授、永遠の真理とは何ですか?」私は尋ねた。実際にはこの質問の答えは知っていたが、ガヴリル教授に説明してもらうことで彼が喜ぶだろうと思った。
「いい質問だ。永遠の真理とは、神々と世界が永遠であると信じることだ。私たちは、神々がこの世界を創造する際に、いくつの規則を設けたと信じている。それから神々でさえ、その規則を破ることはできない。だからこそ、その規則を理解すれば、神々に一歩近づけるのだ。君も永遠の規則の存在を信じるか?」ガヴリルは言った。
「もちろんです。もしそうでなければ、私たちの数学には意味がなくなってしまいます。例えば、キャラニでは1たす1が2になるのに、アドリア領地では1たす1が3になるとしたら、商会の商売も成り立ちませんから。」私は言った。
「そうだろう!君が私たちの考えに賛同してくれるなら、君はもう私たち永遠の真理の仲間だ!数学だけではない。もし神々の規則がアドリア領地とキャラニで違っていたら、アドリア領地では別の法律が適用されるべきだということにならないか?さらには、別の皇帝がアドリア領地を治めることもできるだろう。だからこそ、皇帝の正統性のために、私たちの永遠の真理は正しいのだ!」ガヴリルは突然立ち上がり、私の手を握った。私は驚いてしまった。彼の目には知識の輝きが宿っていた。
「ガヴリル教授、私は神々がこの社会に最も基本的な規則を定めると考えています。人間社会はとても複雑であり、基本的な規則が同じでも、異なる表現が存在するのだと思います。例えば、葉が水面に浮かぶことができても、同じ重さの鉄の粒は沈んでしまいます。人間社会はそれよりもさらに複雑であり、帝国全体に同じ法律を適用することは現実的ではないと思います。教授はどうお考えですか?」私は言った。
「うん、君の言うことも一理ある。君のように考える神官もいる。」ガヴリルは私の手を放して座席に戻った。彼は何かを考えているかのように、天井を見上げていた。水差しからは蒸気が噴き出し始めた。ガヴリルは無造作に2つのカップを取り出し、茶葉を少し入れてお湯を注ぎ、そのうちの1杯を私の前に押し出した。そして再び座席に戻り、天井を仰ぎ見た。
「さっき、ガヴリル教授は星の運動について研究されていると言っていました。それは具体的になんですか?」私は強引にガヴリルの思考を中断させた。
「ああ、そうだったな。星空は神々が私たちを見守っている証だ。星々は四季と昼夜の変わり目に従い、一定の規則に従って現れたり消えたりする。実際、夜空は私たち永遠の真理の最初の源の一つだ。私たちは星空から四季の移り変わりを読み取り、暦を作成した。しかし、私たちの研究は壁にぶつかってしまった。今では変化論が主流となっている」ガヴリルは頭を垂れて言った。
「変化論とは何ですか?」私は尋ねた。
「変化論とは、神々がこの世界に自由に介入できると信じることだ。私たち信者は神々に祈りや供物を捧げなければならない。そうすることで神々が災いを降らせないようにするのだ。また、皇帝陛下、教会と貴族は神々の代弁者であり、彼らは神々に仕えるべきだが、他の者たちも彼らを神々と同じように尊重するべきだという考えだ。」ガヴリルは言った。
「うーん、貴族や教会にとっては魅力的な考え方だと思います。先ほど教授が言っていた壁というのはどういうことですか?」私は尋ねた。
「日食や月食を正確に予測できないのだ。だからこそ、私たちの理論は大きな挑戦を受けている。変化論の指導者であるデルフィーノがラルカ教授に就任したのもその原因だ。彼はオーソドックス貴族の出身で、知識はオーソドックス貴族や教会が独占すべきだと考えている。私やラヴィニアのような平民や新貴族出身の研究者たちは最近、ますます圧力を受けている。私のような研究者は助手を雇う研究費すら申請できない状態だ。だから君に手伝ってほしい。君は特別入試で私も知らない数学の技術を披露した。きっと私の研究に少なくとも何かしらのヒントを与えてくれるだろう。」ガヴリルは落胆して言った。
「星空の観測資料はありますか?天文台を見学させていただけますか?」私は尋ねた。
「えっ、君はどうして私たちに天文台があることを知っているんだ?」ガヴリルは驚いて言った。
「星を研究しているなら、天文台は必要だと思います。」私は言った。
ガヴリルは立ち上がり、乱雑な本棚から巻物を一本引き抜き、机の上に広げた。それはきちんとした表になっていて、数字がびっしりと書かれていた。
「これは我々が記録した月の軌道だ。月の規則はとても分かりやすい。ここが時間で、これらの二つの数字がその時の月の位置を示している。私たちは二つの数字で月の天球上の位置を表しているんだ。この巻物は去年の8月のもので、その月には月食があったから、私はこの巻物だけを部屋に持ち帰って研究している。他の資料は全て天文台にある。」ガヴリルは言った。
「そういえば、ガヴリル教授。もし私が日食や月食を予測できるようにお手伝いできたら、それは神学の宿題になれるのですか?昨日、授業免除の試験に合格して、二年生のコースを受講できるようになりましたが、入学以来まだ神学の宿題をたくさん残りました。」私は言った。
「なんだって?もし君がそれを解決できるなら、私は教授の権限で君に学院の卒業証書を発行できる。学院も君を教授として迎え入れることを喜ぶだろう。」ガヴリルは言った。
「教授は結構ですが、この問題を解決する自信はあります。とりあえず天文台を見学させていただけますか?」
「もちろんだ!」ガヴリル教授は急いで私を部屋の外へと連れ出した。
前世の記憶によれば、日食と月食は太陽、私たちの星、そして月の運動によって形成されるものだ。月が太陽を隠すと日食が起こり、私たちの星が月に射す太陽の光を遮ると月食が発生する。この世界の物理規則は前世とほぼ同じはずで、太陽と月も一つずつしかない。私たちの星も球形であるべきで、北方のアドリア領では夏に昼間の時間が南方のキャラニよりも長いことからもそれが分かる。
教会の経典では、これは北方の気候が厳しいためだと説明されている。白昼の神と夜の神のうち、戦いで有利の一方が自身の支配時間を延長しやすいというのだ。なぜ厳しい気候が有利になった方に支配時間を延長させるのかは理解できないが、教会はそう教えている。これは私たちの星が確かに球形であることの証明でもある。
子供の頃、私は基本的な物理規則のいくつかを検証したことがある。例えば、リノス王国のアスモス城の塔から大小の鉄球を同時に落としてみて着地する時間を比べたり、異なる高さからの鉄球の落下時間を記録したりした。少なくとも私の実験範囲内では、この世界の物理規則は前世と同じだった。これは私が教会の信仰にあまり確信を持てない理由でもある。だからこそ、教会は私のような人間を不吉な存在と見なすのだろう。
教会の天文台はキャラニ城外の南側の山頂に位置していた。私たちは馬に乗って向かったが、思ったよりも距離があり、馬で走ることに二刻かかった。彼らが本当に毎晩ここに来るのかと疑いたくなるほどだったが、最近はずっと城内にいるので、こうして外出できることが逆に嬉しかった。山頂には石造りの大きなプラットフォームがあり、上には小屋や様々な観測機器が設置されていたが、望遠鏡はなさそうだった。今でも誰かが太陽の軌跡を記録していた。巨大な四分儀があり、ガヴリルはそれを指さして「これが私たちの主力観測機だ。」と言った。
ガヴリルは私を大きな部屋に案内し、「観測資料はここにある」と壁一面の本棚を指さした。
私は月と太陽の記録を探してもらった。記録は詳細で、計算の基礎として十分に利用できそうだった。
「ガヴリル教授。私はこの問題を解決できると思います。観測資料は十分だと感じます」私は言った。正直に言うと、月の女神が私に特別な恩恵を与えてくれたような気がする。
「それは本当に感謝だ!」ガヴリル教授は嬉しそうに言った。
天文台を離れた後、私は学院に戻り、フィドーラ殿下と一緒に授業に出た。途中、郊外の露店でガヴリルと一緒に簡単な昼食を済ませた。学院に戻ったのはもう授業が終わる直前だった。フィドーラ殿下とユードロスの課題を手伝った後、家に帰った。
驚いたことに、ソティリオスから前回話した馬の鎧が届いていた。ハルトとアデリナはすでに試着しており、私に一度実演してくれた。この鎧は多くの鎖帷子と皮鎧が組み合わされ、サイズ調整ができるようになっていた。したがって、さまざまな大きさの馬に対応できる。ソティリオスはまた、午後に水力ハンマーの改造が成功し、すでに板金鎧の製作に着手していると報告してくれた。ニキタス商会の技術は本当に素晴らしい、板金鎧の完成品がますます楽しみになってきた。
そしてユードロスと共に夕食をする日が訪ねた。昼間は学院に行き、フィドーラ殿下と一緒に授業を受けた。私はガヴリル教授から借りた観測資料を彼の部屋に一時的に保管した。計算機がないと、星の軌道パラメータの計算は非常に面倒だ。前世の人々は計算機がなかった時代にどうやって計算していたのだろう?ああ、計算尺か!まず計算尺を作ることに決めたので、計算尺のパラメータを計算する必要がある。
「ルチャノ、これは?」フィドーラ殿下が隣で小声で尋ねた。この授業は神学基礎の授業で、講師はガヴリル教授だった。周りに迷惑をかけなければ、教授は私が何をしていても気にしない。だから私も安心してフィドーラ殿下とささやかにおしゃべりをしていた。
「これは簡単な計算尺です。ガヴリル教授の研究を手伝うためには、これが必要だと思ったんです。」
「うん。そういえば、今夜は君の侍女がユードロスと一緒に食事をするわね。君は嫉妬しないの?」フィドーラ殿下は尋ねた。
「しませんよ。フィドーラ殿下、普通の貴族が侍女と誰かが食事をするのを見て嫉妬すると思いますか?」私は興味深く尋ねた。
「え?知らなかったの?帝国の貴族はよく自分の愛人を専属メイドとして傍に置いてって。それにユードロスはどうやらルナにとても興味を持っているみたいですわね。ルナは君の親戚の娘であっても、そういう時は主人として少しは嫉妬しませんの?」フィドーラ殿下は言った。なるほど、だからユードロスは二人の専属メイドを持つ私はだらしないだと言ったのか。いや、問題なのは他の帝国の貴族たちの方じゃないか!
「ルナは幼い頃から私のそばにいました。彼女と私は一心同体とも言えます。彼女が幸せなら、私も嬉しいです。それに私はまだ成人していないので、愛人もいません。」私は言った。ユードロスがルナに興味を持っているのはずっと前から知っていた。だってあの「運命の神が差し伸べる糸」の話を聞いたのはこの私だったのだから。
「だから君は女の子を求める方法も知らないのね。」フィドーラ殿下はため息をついた。ああ、否定できない。私は落ち込んで頭を下げた。
「でも婚約者としては合格だわ。」フィドーラ殿下はまた私の手を軽く引っ張り、励ました。
正午の鐘が鳴り終わると、午後の授業は正式に終了した。フィドーラ殿下に言い訳をして、私は家に帰った。今晩はルナとしてユードロスと夕食を共にするため、しっかり準備する時間が必要だった。ユードロスは午後には現れず、フィドーラ殿下を護衛していたのは他の侍従だった。彼も自宅で準備しているのだろう。
夕食は夜はじめの鐘の後の一刻であり、あと四刻の時間があった。家に帰ると、アデリナとシルヴィアーナがすでに万全の体制で待っていた。彼女たちはまず私にしっかりと入浴させ、その後、シルヴィアーナはオリーブオイルを使ってマッサージをしてくれた。彼女によると、これが筋肉をほぐし、リラックスさせるための方法だという。浴室には良いお香も焚かれており、私は燻製肉になったような気分だった。浴室を出るともうお腹が空いていた。アデリナは果物を持ってきてくれ、シルヴィアーナはネギやニンニクなど口を臭くなるものを食べないようにと注意してくれた。待って、今日は食事だけして帰るのに!
アデリナとシルヴィアーナは私にドレスを着せてくれた。ユードロスは伯爵家の後継者であり、前回も助けてくれたので、普通の服では失礼だった。今回は「普段の侍女が着る服」とは違い、「下級貴族の娘が大切にしている服」だった。綿布で作られたブルーのドレスで、さまざまなレースが施されていた。丈は足首まであり、寒さを避けるためと右足の傷跡を隠すためにロングソックスも履いた。シャツだけは普通のものだった。服を着終えると、アデリナはウィッグをかぶせ、ヒールを履かせてくれた。ヒールの高さは中指の長さほどだったので、これなら歩けるだろう。ウィッグは前回ユードロスと会った時のもので、アデリナが丁寧に手入れしてくれていた。母の遺品は人には見せないつもりだ。
最後の工程はメイクだった。アデリナとシルヴィアーナは私にファンデーションを塗り、眉を整え、まつげもケアしてくれた。最後はリップだ。支度が終わると、自分でも鏡の中の自分がわからなくなった。出発まで少し時間があったので、アデリナは私に小さなハンドバッグを渡し、中にはユードロスへのプレゼントが入っていた。それはユードロスには見せてはいけないものだった。私は赤い宝石のネックレスをバッグのポケットにした。普段であればこの余暇を本を読むことに使うが、今日は明らかに集中できなかった。ただ神経質にリビングを歩き回り、ヒールの感覚に慣れようとするだけだった。どうやってユードロスに失礼なく断るべきか。
「ルナ、今日はいつも通りでいい。あまり意識しすぎないでくれ。」アデリナは言った。彼女は今日私を料亭まで護送してくれるのだ。
「ルナ、今夜はもう合格の淑女ですよ。それに、ダミアノス様が朝出かける前に、ルナが幸せになれることをずっと願っていると私に伝えてくださいました。」ミハイルは言った。
「えっ?ありがとうございます。」私は神経質に答えた。
ハルトが入ってきた。彼は私を見て、戸惑いながら「若様?」と尋ねた。
「この時はルナと呼んでください。」シルヴィアーナは言った。
「どういうことですか?」ハルトは私を指さして尋ねた。
「よしよしよし。ルナ、出発の準備が整いた。ハルト、詳細はミハイル様が後で説明してくれ。」アデリナは私を押し出して家を出た。




