都の嵐（悪意と善意）
「侍女の格好で街を歩くなんて。自分から言い出したのに、やっぱりちょっとおかしいよ。」私は顔を赤らめ、元の声で言った。鏡の前で髪を弄ったり、ドレスを引っ張ったりしている。今回は下着をちゃんと着けて、さらしを巻かないので心が落ち着かない。スカートがふわふわしている感じがするし、上半身のカットがタイトすぎる。侍女たちが普段こんな風に着ているのはよく見ていたけど、実際に自分が着てみるとやっぱり変な感じがする。私は眉をひそめた。
「ルナさん、あなたはまだ大人の女性としての自覚が足りませんじゃないの。最後に外でスカートを履いて外出したのは何歳の時かしら？」アデリナは容赦なく指摘した。うう、確かに最後は9歳の時だった。
「でも本当に似合っていますよ、ルチャノ兄さん。」シルヴィアーナは私の頭巾を整えながら言った。
「こんな格好をしている時にルチャノと呼ばないでください。本当に恥ずかしい。」私は顔を赤らめて言った。
前回ニキタス商会に行ってから4日が過ぎた。今日はソティリオスの招待で工房を見学する日だ。アデリナとシルヴィアーナがウィッグと服を買ってくれたので、私は伯爵屋敷の侍女として工房へ向かうことにした。父親は最近、ミラッツォ侯爵がルシダ領地の反乱を煽動した件で忙しく、私のスケジュールにかまう暇がない。皇帝陛下もこの原因で忙しく、フィドーラ殿下との婚約式も延期された。ミハイルには今日は学院に行くと言って、アデリナとシルヴィアーナに付き添ってもらうよう頼んだ。
通常は私一人で馬車に乗って学院や皇城に行って、アデリナたちは家に留まる。しかし、学院の学生侍衛は従者を連れて外出することはよくある。馬車を降りた後、私はこっそり従者たちの待機室に行き、そこで服に着替えた。学生侍衛の従者たちは主人を学院に送った後、近くで油を売ることが一般的。だから待機室には誰もいないのは普通だ。私たちはそれを利用して、待機室の更衣室で着替える。その後、シルヴィアーナとアデリナに付き添ってもらいながら工場街まで歩く計画だ。
ずっと帝都を歩きたかった。前世の記憶の影響か、平民の生活に非常に興味がある。前回商業街に行った時も、往復は馬車で、まったく実感がなかった。貴族は普通の住宅街や工場街をぶらぶらすることはないので、私は平民に変装することにした。これはきっと期待している大冒険だが、実行するときはとても緊張する。
私はもう一度鏡を見て、自分の装いを確認した。白いシャツの上に茶色のワンピースを着ている。シャツもワンピースも特に装飾はない。だが平民の娘と比べてば、仕立てが良く、比較的清潔で、やはり貴族の侍女が着るようなものだ。長さは足首まであり、ふくらはぎの傷跡を完璧に隠すことができる。靴も歩きやすいショートヒールの革靴だが、少し高さがあり、「ルナ」は「ルチャノ」よりも背が高くなる。私は濃い茶色のウィッグをつけており、長さは背中のあたりまでだ。頭にはチェック柄の頭巾をかぶっている。今は10月中旬だ。帝都はアドリア領地より暖かいが、それでも少し寒さを感じる。だからアデリナがショールと長い靴下も用意してくれた。
アデリナとシルヴィアーナは私にメイクもしてくれ、ファンデーションと淡い色の口紅を塗ってくれた。誰が見ても、今の私は帝都のどこにでもいる侍女だと思うだろう。血のような赤い瞳を隠すことはできないが、それ以外は「ルチャノ」という騎士の影は全く見えない。筋肉が足りないことを嘆くことは多いが、少なくとも今はその点に感謝している。
「まったく、私のファッションセンスやメイク技術をこれ以上疑わないでほしい。」アデリナは隣で口をとがらせながら言い、私にキャンバス地の小さなショルダーバッグを渡した。今日のアデリナは従者の制服を着ており、鎧は着けていない。彼女は二本の剣を腰にかけている。そのうちの一本は私の剣だ。誰かと衝突することはないと思うが、もしものことがあれば足手まといになりたくない。シルヴィアーナはパンツスタイルで見習い従者のような格好をして、匕首も持っている。帝都では、貴族の侍女が平民街に行く際にも護衛を連れて行くことがあるので、私たちの装いもどこにでもあるものだ。
「じゃあ、行こうか？」私はバッグを背負いながら言い、母上からもらった赤い宝石のペンダントを取り出して、シャツのポケットに慎重に入れた。母上、今日、セレーネーは久しぶりに少女として日の下で歩む。どうか娘の成長を見守ってください！
「はいはい。でもルナさん、何かあったら必ず私の言うことを聞いてください。外ではあなたの役割はルチャノの侍女だから、従者の命令には従う必要がある。」アデリナが言った。
「承知しました、アデリナ様。」私はお辞儀をした。
「じゃあ、行こう！」シルヴィアーナが最初に更衣室を出た。彼女は待機室に誰もいないことを確認し、次に私を手招きした。私は彼女の後に続いて外に出た。
久しぶりに女の子として街を歩くのは本当に不思議な感じだ。仮面を外すのがこんなにも素晴らしいことだったとは。「ルチャノ」という役割に縛られることなく楽しめるなんて、本当に素晴らしい。さらに、侍女として街を歩くのも独特な体験だ。貴族の屋敷で働く侍女は、通常、領地の騎士や低級貴族の娘であるが、自分は爵位を持たない。帝都でも彼女たちは貴族として扱われず、貴族に庇護された平民として見られる。街の人々も私の正体を疑っていないようだ。近衛軍の帝都警備部隊のパトロール隊も巡回しながら私たちに友好的に手を振ってくれる。私たちも手を振り返した。
「ルナさん、どんな感じかしら？」アデリナが聞いた。
「不思議な体験ですよ。最初はすごく緊張していたけど、今は『これが私のあるべき姿だ』という感じがしてきた。」私は言った。
「全く、そんなことはない。貴族の女性はみんなコルセットを着けている。それと、この遊びに早く飽きてほしい。本当に私たちの負担が増えるだけじゃないの。」アデリナは頭を振りながらため息をついた。
「私は面白いと思うよ。」シルヴィアーナは笑いながら言った。彼女は「ルチャノ」の服が入った小箱を背負っている。私は工場街での話が終わった後、男装に着替えて、貸馬車で屋敷に戻る予定だ。
アデリナが前を歩き、その次に私、最後にシルヴィアーナが続いた。事前に確認したところ、ソティリオスが言っていた工房まで歩いて約一時間かかるそうだ。私たちは大通りを歩いている。この道は皇城の吊り橋から市街地の東門まで続いている。教会と貴族住宅街は丁寧に整備されている。この大通りは石畳で舗装されており、とても広くて、馬車が6台並んで通れるほどだ。街路には立派なイチョウの木が植えられているが、今はもう葉が落ちている。
通り沿いには貴族の屋敷が並び、武装した兵士が見張っている。近衛軍の者もいれば、貴族領所属の軍人もいる。道の途中にはいくつかの広場があり、様々な彫像や噴水が設置されている。でも大通り沿いには店舗は見当たらない。この地域の商店やレストランは特定の商業街に集中している。
商業街に入ると、雰囲気が一変した。通りの両側には様々な店舗や商会が並び、賑やかな喫茶店や居酒屋が見える。主幹道から離れた場所には倉庫が立ち並び、裕福な商人たちの洒落た住宅も見られる。華やかな衣装をまとった商人たちが行き交い、先ほどの静かな貴族街とは対照的な活気がある。
「商人たちは喫茶店や居酒屋で商談をするのよ。今では、喫茶店が専用の取引場になっていることもあると聞いた。」アデリナが近くの喫茶店を指さしながら言った。
「貴族街ではこんな光景見られないですね。アデリナさん、どうしてそんなことを知っているんですか？」私は聞いた。
「ミハイル様が特別に教えてくれたの。ルチャノ様が学院に行っている間に。ミハイル様はルチャノ様が買い物の仕方を知らなくても良いけれど、私たち従者や侍女は知っておくべきだと言っていた。」アデリナが答えた。
「ずるい！どうして私を連れて行ってくれなかったの！」私は大声で抗議した。
「ルチャノ様が学院に行っている時、あなたも一緒に行っていたじゃないの。自分の役割をちゃんと覚えてよ。」アデリナが振り向いて、眉をひそめて私に言った。ああ、忘れてた。私は今「ルナ」で、ルチャノ様の付き侍女なんだ。さっきは女性の声を使っていてよかった。私は数年前、少年の声変わりの時期にミハイル様と母親から男の声で話す訓練を受けたことを思い出した。あの時は本当に辛い。
私は開いているドアを通して中を覗いてみた。ここはオークション場のようだ。司会者がハンマーを手に台に立っている。台の下には小さなテーブルがたくさん並んでいて、様々な衣装を着た商人たちが座っている。前のテーブルにお茶とコーヒーのような飲み物がある。商人たちは次々と手を挙げていた。
「アデリナ、これは何を売っているの？」私は尋ねた。
「花のようだ。」アデリナが答えた。
「それなら、少し買って帰りましょう。」私は言った。
「まったく、ちゃんと見てくださいよ。取引単位は一千本じゃないの。」アデリナが言った。ああ、卸売市場だったのか。それなら仕方ない。
「では、あの高い建物は何ですか？」私は交差点を通り過ぎながら、遠くにある四、五階建ての木造建築を指さして聞いた。
「あれは商会の一般従業員の宿舎だ。」アデリナが答えた。
商業街では、随所に小さなレストランや屋台が見られる。貴族の屋敷にはそれぞれ食堂があるので、レストランは主に貴族間の社交の場として利用される。環境が良く、食事が精巧であることが求められる。しかし、商業街では皆がレストランで食事をすることが普通だ。
私は街角の屋台で、三本の焼き鳥を買った。これは炭火で焼かれた鶏のもも肉だ。炎で焼かれた皮が油を出し、香ばしい焼き目がついている。そこに醤油と砂糖を合わせたタレが塗られ、乾燥されている。もも肉の間にはネギが挟まれており、ほんのりとした香りが漂っている。店主はこれが帝都の庶民の美食だと言ったが、確かに貴族街では見たことがない。大豆で作られた醤油は大豆の産地であるアドリア領地ではよく見られるが、砂糖は西北辺境では高価なので、庶民はこうして食べることはない。しかし私はこの味を覚えている。前世の記憶にある味だ。久しぶりに食べられるとは思わず、私は躊躇わなく、すぐにリネを取り出した。
一本の焼き鳥は銅リネ三枚だ。店主は私に一つおまけをしてくれたので、合計8つだった。アデリナは食べながら私たちを先導し続けた。シルヴィアーナも満足そうな表情を浮かべている。私も一口かじったが、それは前世の記憶の味だった！オルビアで食べた焼き肉と比べても、それぞれのうまみがある。今は冷たいビールがあれば最高だが、ビール屋台に近づいた瞬間にアデリナに止められた。
「ここはアドリア領地ではありません。午前中に酒を飲むことは粗野だと見なされます。ミハイル様は午前中に酒を飲まないように特別に強調されていました。侍女のあなたもそうだ。」アデリナが言った。
「わかったよ、アデリナ姉さん。」私は頭を下げ、再びネギをかじった。帝都に来てから朝食にビールと白ソーセージを食べなくなったのは、このためだったのか。ネギは油の香りを吸収し、外側は香ばしく焼かれ、内側はまだ生焼けで柔らかい。少し油っぽい鶏肉と絶妙に合っている。
焼き鳥を食べ終えると、平民が住む住宅街に近づいていた。ここには密集して四、五階建ての建物が立ち並んでいる。一階は主に商店で、二階以上は住宅になっている。アデリナによると、商業街や工場街で働く平民はここに住むことが多いとのことだ。また、帝都の北側の城壁外、城壁とサヴォニア川の間の狭い地域には帝都の港がある。ここには船舶の停泊用の桟橋と貨物のばら積み場がある。港の労働者も大半がここに住んでいる。オルビアから帝都に向かう船に乗ったとき、私たちは皇室の港に上陸したが、東側の港の賑わいも見かけたことを思い出した。
私はアデリナの説明を聞きながら、港の方向を見ていた。どうやら夜勤の港の労働者たちが仕事を終え、小さな居酒屋に入って食事をしたり酒を飲んだりしているようだ。今は秋の収穫が終わり、各地の商会は北方の川が凍結する前に穀物を南方に輸送しようとしている。そのため、キャラニの港もとても忙しい。港の労働者たちもこの残業代を稼ぐ機会を逃す、仕事後居酒屋で豪快に飲み食いしているようだ。
突然アデリナが立ち止まり、私は彼女の背中にぶつかりそうになった。そして、誰かが「お嬢さん。あたりを見回しているようですが、ここに来るのは初めてですか？気分がとても良い居酒屋を知っています。お酒をご一緒しませんか？」と言う声が聞こえた。
私は振り返り、その声の方向を見ると、二人の平民風の服を着た少年がいた。しかし、奇妙なことに、先ほどの話し方はまるで貴族のようだった。私は彼らをじっくり観察した。彼らはまだ若く、体格もあまり訓練を受けていないようだ。私はいつも自分が筋肉不足と言っているが、それはアデリナとハルトと比べてのことだ。この二人の少年は完全に戦えないように見える。彼らは若いのに、既に腹が出ており、巻き上げた袖から上腕の筋肉が全くないことが分かる。おそらく体力を使う仕事ではなく、剣の練習もしていない。この「アドリアの公女殿下」である私よりも顔が白い。本当にどこかの貴族家の酒浸りの息子か、あるいは商会の本部で働く職員のようだ。
「お誘いありがとうございます。しかし、これから予定がありますので、失礼いたします。」私は頭を下げて言った。
「装いを見ると、あなたはどこかの貴族家の侍女のようですね。正直、こちらの方は帝国の貴族の中にも高貴な血筋を持つ家の出身です。その家族の歴史は我々の先祖がこの地に降り立った時まで遡ります。」左側の少年が言った。
「時間を取らせません。ただ、私たちの家族の歴史をぜひお聞かせしたいのです。」右側の少年が言った。彼は最初に私に話しかけた人だ。高貴な血筋というなら、私が誰も譲りません。何しよう、私は千年にわたる北の王国の最後の王族なのです。
「本当に申し訳ありません。私たちは商会と約束がありますので、主人の用事を遅らせるわけにはいきません。」私は頭を下げて言った。ここで揉め事を起こすと面倒だ。少し腹が立ったが、私は再び頭を下げた。
「そんなに遠慮しないでください。あなたを初めて見た瞬間、これは運命の出会いだと感じました。ぜひご一緒に。」右側の少年が突然一歩前に出て、私の両手を掴み、見下ろしてきた。私はびっくりして、最初はシルヴィアーナの時のように、秘密が暴かれるのではないかと心配した。しかし今は礼服ではなくドレスを着ていることに気づき、少し安堵した。
「手を放してください。私はアドリア伯爵の跡継ぎの従者で、彼女は伯爵の侍女です。喧嘩をしたらどうなるか、よく考えてください。」アデリナが大声で言った。周りの人たちはみんなこちらを見ていた。
「ふん、あのアドリア伯爵家のか。」右側の少年は全身を震わせて、私の手を放した。私はカバンからハンカチを取り出し、手を拭いた。
「アデリナ、ありがとう。行こう。」私はアデリナに感謝し、立ち去ろうとした。
しかし、少年の背後から「ミレン、ここで何をしているんだ」という声が聞こえた。不味い、この声には聞き覚えがある！頭を回って見ると、やはりコンラッドだった。彼は皇太子殿下の侍衛で、ミラッツォ侯爵の跡継ぎだ。彼は今日商人風の礼服を着ており、綬章や肩章はない。彼の後ろには、平民の服を着ているが剣を持った男たちが数人従っていた。おかしい。なぜコンラッドは貴族の礼服でもなく、侍衛の服でもなく、こんな服を着ているのだろう？
「このお嬢さんに我々の家族の栄光を話そうと思ったんだが、彼女はアドリア伯爵家の侍女だと言い、うちの家族の名誉は価値がないと言ったんだ。」右側の少年が私を指して言った。彼はミレンという名前のようだ。
「これは誹謗です！明らかにあなたが無理やり私を居酒屋に連れて行こうとしたのです。私はまだ用事があるので、失礼します。」私はアデリナの手を引いて立ち去ろうとした。周りの人々がますます増えていた。多くの人々がひそひそと話している。平日の午前中にどうしてこんなに人がいるのだろう！
「待て。俺の従者がお前を飲みに誘ったのは、お前の光栄ではないか。北方の野蛮人が礼を失するとは何たることだ！」コンラッドは私に向かって突進してきた。しかし、今回は私は警戒しており、後ろに飛び退けた。コンラッドは空振りし、転びかけた。
「アデリナ、剣を。」私は冷静に言いながらアデリナに手を差し出した。アデリナはすぐに私の剣を外して渡してくれた。父親からもらった剣だけど、柄と鞘には装飾がなく、軍隊でとこでも見かける剣のようなものだ。だから、他の人たちも侍女が主の剣を持っていることを不思議には思わないだろう。私は左手で鞘を持ち、右手で柄を握って、そして構えた。アデリナは私の右側にいて、私たちは少し横向きにコンラッドたちに向かって立った。シルヴィアーナを中央に置いて彼女を守った。
「侍女や従者ごときが、伯爵の跡継ぎに攻撃の構えを取るとは、命が惜しくないのか！」コンラッドは怒鳴った。「彼らを全員捕まえろ！たかが跡継ぎの侍女と従者。アドリア伯爵がミラッツォ侯爵の屋敷を攻め込んでいるか！」
コンラッドの部下たちは左右から包囲してきた。そのうちの一人がコンラッドに剣を渡し、彼はそれを一気に抜き取った。見物人たちは危険を察知したようで、みんな逃げ出した。私は視界の端で、誰かが巡回している近衛兵を呼びに行くのを見た。平民街のパトロール隊は貴族街ほど多くはなく、私たちがここで揉めている間も誰も来なかった。
「これは高級貴族の間の争いです。私は皇帝陛下に報告を求めます！」私は大声で叫んだ。不味い、コンラッドの部下は明らかに専門の兵士で、私たちよりも多い。一旦戦闘が始まれば不利になる。時間を稼がなければならない。
「ふん、皇帝陛下の決定を待つ間、アドリア伯爵がミラッツォ領地の牢獄であなたたちの死体を見つけてやる！」コンラッドは言った。本当に不味い、コンラッドは本気だ！私はアデリナを一瞥し、彼女も私を一瞥した。私は目で帰り道を指し示し、戦闘が始まったら逃げ出すように示唆した。彼らには弓矢がないので、包囲を突破して逃げ出せばいい。警備部隊のパトロール隊に遭遇すれば私たちの勝ちだ。
「コンラッド。女すら捕まえられず、部下に助けを求めるなんて、それでも帝国の貴族か？コスティン様が悲しむだろう。」背後から少し聞き覚えのある声が聞こえた。彼の話しぶりからして、コンラッドと同じくらいの身分のようだ！私はすぐに振り向いて、「どうか助けてください！」と言いながら彼の手を握った。えっ、フィドーラ殿下の侍衛のユードロスじゃないか？彼は今日貴族の礼服を着ており、白い手袋をしていた。彼の後ろには二人の従者が馬に乗って従っていた。三人とも剣を持っており、一人の従者は誰も乗っていない馬を引いていた。どうやら彼らは馬で来たようだが、途中でユードロスは馬から降りたようだ。
「ふん、ユードロス。エリュクス伯爵もオーソドックス貴族だ。今日は新貴族を支援するのか？しかもリノスから来た異邦人だ？」コンラッドは怒鳴った。
「コンラッド。オーソドックス貴族がこのように人を無理やり自分の家の牢獄に連れて行くのか？私はすべてを聞いていた。今日私がここにいる限り、お前が彼らに一指すら触れることは許さない！」ユードロスは怒りながら言った。えっ？そんなことは嫌だ！他人が私のせいで死ぬなんで。新しい悪夢を増やしたくない。でも、誰かが私を支えてくれるというこの嬉しい気持ちは何なのだろう？私はユードロスの顔を見上げ、複雑な気持ちで考えた。
ユードロスはアデリナを一瞥し、「おや、あなたはルチャノの従者ではありませんか？」と言った。
「その通りです、ユードロス様。」アデリナが答えた。学院の特別入試の際に彼らはすでに知り合っていた。
「あなたたちはここで何をしているのですか？それに徒歩で来たのですか？この二人は誰ですか？」ユードロスは尋ねた。
「彼女たちはルチャノ様の侍女です。私たちはルチャノ様の命令で工場街に向かっています。彼女たちは最近帝都に来たばかりで、帝都の風土を体験したいと思い、歩いているところです。ところが、こんなことが起きてしまいました。」アデリナが説明した。
「ルチャノは自分よりも背が高い女の子が好きなのか？この小さな女の子のことはさておき、君もルチャノより背が高いし、このお嬢さんもそうだ。」ユードロスが言った。ああ、それより、フィドーラ殿下も私より背が高いのではないか？ユードロス様、君はそんなことを言っていいのか？
「俺を無視するな！ユードロス、お前は本当にこの女たちを守るために俺と敵対するつもりか？」コンラッドは歯を食いしばって言った。私は振り返って彼を見た。えっ、さっきまで私はユードロスの手を握って彼の顔を見ていたのか？なんて恥ずかしい、なぜ今気づいたんだ！
「もちろんだ。私はエリュクス伯爵の跡継ぎとして、守るべき栄光がある。」ユードロスは言いながら、一歩前に出て私の前に立った。彼は私を押しのけて、剣を抜いて構えた。彼の従者たちも馬から降りて彼の両側に立った。
コンラッドの怒りの視線は私とユードロスに向けられ、剣を握る手が微かに震えていた。彼の従者たちはまだ剣を抜いていなかったが、既に構えている。私も再び構え直し、アデリナと共にユードロスと彼の従者の背中を守った。シルヴィアーナは匕首を抜いて私の後ろに立った。戦いは今にも始まりそうだったが、明らかにコンラッドが躊躇しているのを感じた。伯爵の跡継ぎの侍女や従者を捕まえるのは、ミラッツォ侯爵の跡継ぎにとってはまだ大したものないだが、もう一人の伯爵の跡継ぎと帝都の大通りで戦うのは別のことだ。現在、ミラッツォ侯爵はルシダ部族の反乱を煽動した事件に巻き込まれており、彼らはこれ以上皇帝陛下の注意を引きたくないに違いない。
「何をしているんだ？」後ろからまたしても聞き覚えのある声が聞こえた。不味い、これは皇太子殿下だ！私はほとんど反射的に振り向いて跪いて剣を置いた。ほとんどユードロスと同じタイミングだった。もし皇太子殿下が疑念を抱いたら大変なことになる！皇太子殿下が私をルチャノとして認識しないことには自信があったが、万が一認識されたら大変だ！
周りの声が聞こえ、皇太子殿下の随行員たちが見物人を散らし始めたのが分かった。しばらくすると、周囲は静かになった。さすが皇太子殿下だ。
「皇太子殿下。」ユードロスが言った。
「君はフィドーラの護衛のユードロスではないか？なぜここにいるんだ？」皇太子殿下が言った。私は地面を見つめ、皇太子殿下と目が合わないようにした。
「フィドーラ殿下は工場街で注文したものを取りに行くよう私に命じました。」ユードロスが答えた。
「それで、お前はどうしてユードロスと争ったのだ？」皇太子殿下はコンラッドに尋ねた。
「皇太子殿下、この侍女は私の家族の前で私の家族の名誉を侮辱しました。私は彼女を連れて帰り、家の歴史を教えようとしました。」コンラッドが答えた。
「それでは、そこの女。お前はミラッツォ侯爵家の名誉を侮辱したのか？」皇太子殿下は私に尋ねた。
「殿下。私は神々に誓って、ミレン様とコンラッド様の前でミラッツォ侯爵家を侮辱したことはありません。もし私は嘘をついたら、夜の神の罰を受ける覚悟です。」私は古典語で言った。
ユードロスは明らかに驚いた様子で、「どうして侍女がこんなに古典語をぺらぺら話せるのだろう」と思っているようだった。彼は私を一瞥した後、皇太子殿下も少し驚いて「コンラッド、彼女は神々に誓いを立てた。お前は彼女がミラッツォ家を侮辱するのを目撃したのか？」と尋ねた。
「見ていません。」コンラッドは頭を下げて答えた。
「コンラッド、そんなことはやめろ。今は特別な時期だ。なぜお前はいつも私に迷惑をかけるのだ？ユードロス、私は陛下の秘密命令でここに来た。今日のことは誰にも言うな。」皇太子殿下は言い、その後足音が遠ざかるのが聞こえた。私は引き続き地面を見つめて跪いていた。目を合わせてはいけない、目を合わせてはいけない！
しばらくすると、誰かが私の背中を叩いた。私は顔を上げて、それはユードロスだと察した。彼は私に「皇太子殿下はもう遠くに行った」と言った。
私は遠くを見ると、確かに皇太子殿下が次の交差点まで歩いていくのが見えた。彼の後ろには大勢の随行員が続いていたが、その濃い茶色の巻き毛は依然として目立っていた。皇太子殿下も平服を着ており、コンラッドとほとんど同じだった。今日は何かの大行事でもあるのだろうか？おかしいことが多すぎて、父親に報告しなければならない。でも、もし父親がなぜコンラッドと衝突したのかと聞かれたらどうしよう？
「お怪我はありませんか？」ユードロスは私を見て言った。なぜ伯爵の跡継ぎが侍女に敬語を使うのだろう？
「大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございます。ユードロス様。」私は剣を取り上げて立ち上がり、ユードロスにお辞儀をして感謝した。その後、剣をアデリナに渡した。
「それは私のやるべきことです。私の主はあなたの主の婚約者だからで、あなたを助けるのは当然のことです。では、さっき聞いた通り、私はユードロス。エリュクス伯爵の跡継ぎです。よろしくおねがいします。」ユードロスは言いながら右手を胸に当てて私にお辞儀をした。
「ユードロス様、あなたとお会いできて光栄です。私の名前はルナです。今はルチャノ様の専属メイドをしています。アドリア領地出身で、父は地元の低級貴族です。初めまして、どうぞよろしくお願いいたします。」私は右足を曲げてスカートを少し上げ、同時に頭を下げてユードロスにカーテシーをした。今日は本当にユードロスに感謝している。彼が立ち上がってくれなかったら、本当に大変なことになっていた。それに、今日は確かに「ルナ」とユードロスが初めて会った日なので、私は嘘をついているわけではない。
「ユードロス様、こんにちは。私はルチャノ様の専属メイド兼踊り子のシルヴィアーナです。今日は助けていただいて、本当にありがとうございます。」シルヴィアーナもユードロスにお辞儀をして感謝した。今日は彼女はパンツスタイルなので、私のようにカーテシーはできない。
「専属メイドが二人いて、そのうち一人は踊り子。しかもこんなに小さい子供なの？ルチャノはそんなに乱れた生活をしているのか。フィドーラ殿下に報告しなければならない。」ユードロスが小声で呟いた。不味い、これは私の名誉に危機が迫っている！
「ユードロス様、それは誤解です。私は元々パイコ領地出身の踊り子奴隷でした。ルチャノ様は最近のパイコ領地の反乱で私を救ってくださいました。さらに、彼は私を自由人に解放して、どこへでも行けるようにしてくださいました。しか、私はまだ12歳で、行く当てもありません。ルチャノ様は私を専属メイドとして側に置いてくださり、先生をつけて勉強をさせてくれました。ルチャノ様は私を妹のように扱ってくださり、私は彼に感謝しています。」シルヴィアーナが言った。本当にありがとう、シルヴィアーナ！
「あなたたちは本当に何もおかしなことをしていないのですか？例えば一緒に風呂に入ったり、一緒に寝たりとか。」ユードロスは眉をひそめてシルヴィアーナを見つめて尋ねた。これは完全に「ルチャノ」を変態扱いしている！
「ありませんよ。でも、このアデリナさんとはよく一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりします。」シルヴィアーナが言った。それも嘘ではないでしょう。結局、私は騎士の仮面をかぶっているときだけがルチャノなのです。眠るときに寝巻きを着ている私はセレーネーなのです！
「それでは、君はどうですか、ルナさん。」ユードロスは私に問いかけた。
「私はルチャノ様の親戚です。私の外祖父も彼の外祖父です。幼い頃私はリノス王国で生活しており、ルチャノ様とは幼い頃から知り合いでした。でもルチャノ様はあの時両親がないので、孤児院に入りました。帝国が大陸を統一して以来、私の家族もアドリア領地に移り住みました。それ以来、私は彼のそばにいます。」私は慎重に言葉を選びながら答えた。私は嘘をついているわけではありません、ただ一部の事実を別の方法で言っているだけです。
「なるほど、それなら彼はあなたのいとこですね。どうやら私が誤解していたようです。申し訳ありません。ところで、あなたたちは工場街のどこへ向かっているのですか？」ユードロスは尋ねた。素晴らしい、ユードロスが誤解したのは私のせいではない！
「ニキタス商会の鍛冶工房で、ここです。」アデリナが住所の書かれた紙を取り出し、ユードロスに見せた。
「なんという偶然だ。私もそこに行くところです。私があなたたちをお送りしましょう。そして、帰るときは貸馬車を使ってください。ルナさん、護衛がいるとしても、三人の女性が平民街を歩くのは絶対に安全とは言えません。」ユードロスが言った。彼が私たちと同行するために私たちを脅かしているような気がしてならない。私たちは工場街に向かうときにも貸馬車を使うことができたのだ。
「本当にありがとうございます、ユードロス様。」私は再びユードロスの手を握り、顔を上げて営業用の笑顔を浮かべながら彼に言った。ユードロスの動機が不純であっても、これはユードロスの「ルチャノ」に対する態度を変える機会だ。フィドーラ殿下と良い関係を築くためには、彼女の侍衛たちにも良い印象を持ってもらう必要がある。
「それでは、出発しましょう。」ユードロスが言った。私はできるだけ自然にユードロスの手を離し、アデリナのそばに歩いて行った。
