帝の侍衛(内閣の争い)
教会の鐘が再び鳴り、内閣会議の時間が来た。レオンティオは書類を片付け、皇帝陛下は私たちを会議室へと連れて行った。会議室は皇帝陛下の執務室の隣にある。部屋の中央には大きな長テーブルがあり、すでに満席だった。周囲にも長机が並び、そこにはさらに多くの人々が座っていた。皇太子殿下も到着しており、背後には私が知らない二人の侍衛が立っていた。そのうち一人は鎧を身につけていた。周囲にみわたすと、皇太子殿下と父親以外、他の出席者は知らない顔ばっかりだ。
皇帝陛下が部屋に入ると、全員が立ち上がった。彼が長テーブルの一端に座り、皆に座るように合図をした。私はイオナッツとともに皇帝陛下の後ろに立った。父親とレオンティオ様は皇帝陛下に近い側の長テーブルの側面に座り、机の上にはお茶と飴の壺が置かれていた。どうやらこの会議は長引く可能性があり、食事の時間を逃す場合に備えての準備のようだ。
「それでは始めようじゃ。今日の議題は何のじゃ?」と皇帝陛下が尋ねた。背後の秘書がノート、羽ペン、そしてインクと書類を机に置いた。まるで手品のようだ。
「陛下、本日はパイコ部族の反乱討伐が主な議題です。その後、いくつかの議題について、陛下のご判断を仰ぐ必要があります。」とレオンティオが答えた。
「まずは異議なしのからじゃ。揉め事は後に回せ。何度言ったことじゃ!」と皇帝陛下は右手の人差し指でテーブルを軽く叩きながら言った。
「了解いたしました、陛下。まずは今月の教会への献納のことです。総額はこの通りです。」とレオンティオが紙を差し出した。そこには金貨に加えて、家畜や穀物、布地などがびっしりと記された。まるで教会がスーパーを運営している。
「以前と比べてどうじゃ?」と皇帝陛下が尋ねた。
「少し増えましたが、まだ予算内です。」とレオンティオは答えた。
「他に意見はあるか?」皇帝陛下が問うと、誰も口を開かなかった。
「では承認された。次に進めのじゃ。」皇帝陛下は目を閉じて言った。
次々と議案が承認され、異論を唱える者はいなかった。皇帝陛下とレオンティオの声だけが響き、秘書が筆を走らせる音がそれに続いた。聞いている内容はすべて些細な事柄であり、私でさえ退屈を感じ始めていた。皇帝陛下の忍耐力がすごいな。
「陛下、他の議題はすべて終了しました。次にパイコ部族の反乱の件です。」とレオンティオが言った。
「意見を聞かせてもらおう。」と皇帝陛下は不機嫌な表情を浮かべた。
「陛下。今回の反乱は無事に鎮圧され、各部族の領地も再編されました。帝国に忠誠を誓った部族には報酬が与えられました。反乱の首謀者も帝都に送り届けられました。すでに裁判が終了しており、本日から処刑が順次行われます。陛下の軍も鍛えられ、有能な将校が昇進しました。帝国にとっては大勝利と思います。」と父親が述べた。
「ダミアノス様。君の戦果は国庫の支出と比べれば、取るに足らないのではありませんか。今回の反乱鎮圧のために帝国は総額10万の金リネを費やしましたが、パイコ領からの年間収入は5000金リネに過ぎません。帝国の財政が逼迫している今、このような負担を増やす行動は控えるべきではないでしょうか。」とレオンティオの隣に座っていた黄色の巻き毛の中年男性が言った。
「コスティン様。予算は12万金リネだと覚えていました。私は予算を超えていません。」と父親は答えた。
「討伐を行うのが必要。それは以前の会議で既に結論が出たのじゃ。今更言うべきことではない。」と皇帝陛下が手を振って言った。
「承知しました、陛下。しかし、私は財務大臣として、この討伐行動の経費について決算報告をしなければなりません。今回の出費には多くの不合理な点がありました。例えば、商会からの補給品を購入、そしてアドリア領の部隊に護送させるなどです。ダミアノス様、君は辺境軍団や近衛軍団に護送を命じることもできたはずですし、前線の国の倉庫から補給を取得することもできる。そうすれば、今回の討伐の費用も削減するでしょう。どう説明しますか?」と、先ほどの黄色の巻き毛の中年男性、つまり財務大臣であるコスティンが言った。
「コスティン様。以前にも説明しましたが、現地の国庫担当官から補給品は他の用途に使われる予定で、供給には君の署名が必要だと言われました。しかし、帝都までの往復には、ペーガソスライダーでも8日を要し、時間が間に合いませんでした。商会が近くに在庫を持っていたため、そこから購入したのです。また、辺境軍団は我が軍の行動を後方支援する役目があるため、補給隊の護衛にはできません。アドリア伯爵領の直属の軍隊は、最も迅速に出動できる部隊だったのです。」父親は説明した。
「君の決断には、自分の領地や特定の商会に不正な利益を与えるではないか。」とコスティンは言った。
「軍事行動は指揮官の判断に基づくべきです。補給の手配も指揮官の責任だ。私の唯一の目的は帝国のために勝利をもたらすことでした。」と父親は答えた。
「しかし、最終的に補給品は使用されずに戦争は終わりました。輸送隊は襲撃を受け、アドリア伯爵領の軍隊は無事に補給品を届けることができませんでした。むしろ、君が補給隊の救援に軍隊を派遣しなければならなかったのです。」とコスティンは指摘した。
「戦場では最悪の事態を想定するのが常です。もし補給を手配していなければ、あと20日で軍隊の食料が底をついていたでしょう。また、輸送隊を襲撃したのは反乱軍の主力で、輸送隊の十倍以上の人数でした。支援が到着するまで持ちこたえただけでも立派なもので、何十台もの馬車を守りながら目的地に到達することは不可能でした。報告書にはすでに記載されています。」父親は説明した。
「では、反乱部族の奴隷を戦後に商会に直接引き渡したのは、君にはどう説明しますか?軍事行動は終了しており、その奴隷は既に帝国の財産です。」とコスティンは続けた。彼がずっと皇太子殿下を見ていることに気付いた。
「この点についてはもう報告しました。輸送隊が襲撃を受け、商会が大きな被害を受けました。私は商会への補償として奴隷を引き渡しました。でもなぜ商会の補給隊が襲撃を受けたのですか?コスティン様は存じますか?」と父親は答えた。
「襲撃の理由はともかく、君の行動は帝国の法律に違反しています。陛下、レオンティオ様。文官が軍隊を裁判することはできませんが、ダミアノス様の行為に適用する罰則を討論すると提案します。シャルヴァ様、君もそう思いませんか?」とコスティンは隣の男性に話を振った。
「確かにその通りです。陛下、我々法務省は軍隊を管理することはできませんが、毎年行われる貴族の評価は我々の責任です。今年のアドリア伯爵の評価において、この件を考慮に入れるべきだと考えています。」とシャルヴァという男性が答えた。彼は法務大臣であるに違いない。
「我々貴族省も、ダミアノス様の品行がアドリア伯爵にふさわしいかどうかを再考慮します。そして陛下に詳しい報告を提出します。」と隣の男性が述べた。彼は貴族大臣であるようだ。
「父上。軍隊が少し自由すぎるのではないか。ダミアノスさんはしばしば父上や帝国政府を無視して独自に行動し、国庫の資金を侵食しています。」と皇太子殿下も口を開いた。
「ダミアノス、何か言いたいことはあるか?」と皇帝陛下が父親に尋ねた。ええ、父親は責任を問われるのか?私は心配で父親を見つめた。
父親は皇帝陛下に向き直ったが、その前に私に視線を合わせ、軽く頷いて私を安心させた。父親はこの場を乗り切れるのだろうか。
「陛下。先ほども述べた通り、今回の輸送隊襲撃には陰謀が潜んでいました。輸送隊の案内役はパイコ領地のルシダ部族出身で、輸送隊を襲撃したのもルシダ部族の主力部隊でした。彼らはこれまで帝国の忠実な同盟者であり、なぜそのような部族が反乱を起こしたのか。戦後にいくつかの調査を行いました。」父親は横に置いてあった書類から数枚の紙を取り出し、皇帝陛下に差し出した。
「これは何じゃ?」と皇帝陛下が尋ねた。
「ルシダ部族の捕虜たちは、帝国との長年の交流を通じて、帝都で影響力を持ついくつかの有力貴族と深い関係を築いていると証言しています。これらの貴族は今回の補給計画を知り、ルシダ部族に帝国の輸送隊を襲撃するようにそそのかした。そして輸送隊の襲撃を餌にして、湿地の森で私が率いる帝国軍の主力を待ち伏せする計画を立てました。また、成功した場合には、パイコ領に自治領を設立し、ルシダ部族をその自治領を主導することを約束したと言われています。」と父親は説明した。
「そんなのは誰でもでっち上げられる話です。私は報告書だけを信じます。君の輸送隊は大きな損害を受け、目的を達成できなかった。これが事実だ。」とコスティンは反論した。
「コスティン様。輸送隊の救援中にルシダ部族の反乱軍と交戦しました。その後、戦場を整理していたときに、偶然にある男の遺体が発見されました。この男はルシダ部族の衣装を着ており、騎兵の槍で胸を刺されて死亡した。だが、彼が金髪であり、帝国式の鎖帷子と兜を身に着けていました。剣にもミラッツォ侯爵家の紋章が彫られていました。コスティン様、これについてどう説明されますか?」と父親が尋ねた。
「鎖帷子と兜はどこにでもあります。私の家の紋章がついた剣もどこにでも作られています。これでは何の証明にもなりません。」とコスティンは冷静に答えたが、その手は震えていた。コスティンはミラッツォ侯爵だったのか?皇后もミラッツォ侯爵家の出身だったはずだ。先日、拝謁の間の外で私に絡んできたコンラードも彼の跡継ぎだった。
「偶然にも、その遺体の頭部を生石灰で保存して帝都に持ち帰りました。コスティン様、君の弟ガエルはどこにいますか?」と父親は言った。
「知らん。弟のガエルはずっと前に領地を出て帝都に来ました。今はヘクトル商会で働いています。私たちはすでに分家していました。」とコスティンは続けた。
「しかし、ルシダ部族はコスティン・ミラッツォの署名がある手紙を引き渡しました。その手紙には、手紙はガエル・ミラッツォがルシダ族長に届けるように記録されました。また、その手紙には君が陛下の密命を受けて、私を排除するようルシダ部族に命じたと書かれています。当然、陛下がそのような命令を下したとは思えません。私の忠誠は明らかです。もし私の命が欲しいなら、ただ一つの勅命を下せば十分です。何千もの帝国兵士を私と共に死す必要はありません。陛下。私は手紙の件が軍隊の職権を超えていると思って、陛下のご裁断を仰ぐべきだと判断しました。」と父親は述べた。
「その手紙はどこだ?」陛下はコスティンを見つめながら尋ねた。
「陛下。その手紙は今手元にありませんが、いつでも陛下にお見せすることができます。」父親は答えた。
「陛下、ミラッツォ家は代々皇室の忠実な僕です。陛下が即位されたとき、先代侯爵も私とともにお仕えしました。どうか、リノスから来た反逆者の一方的な言葉を信じないでお願いします。法務省に調査させて、私の忠誠を証明しよう!」とコスティンは立ち上がって言った。彼の顔は真っ赤で、まるで熟したリンゴのようだった。父親の失策についての議論が焦点ではなくなったことに気づいた。
皇帝陛下は無言で右手の人差し指でノートを軽く叩いていた。しばらくして、突然皇太子殿下に向き直り、「アウレル、お前ならどうする?お前が皇帝なら、この状況をどう処理するのじゃ?」と尋ねた。
突然の皇帝陛下の質問に、皇太子殿下は明らかに驚いていた。彼はコスティンとシャルヴァを見渡し、次に皇帝陛下を見て、ためらいがちに答えた。「私は法務省に調査を依頼し、その結果に基づいて公正な判決を下すでしょう。」
「お前の判決が公正かどうかは、完全に法務省の調査結果にかかっているのではないか。法務省の調査が本当に公正だと思うか?それに、法務省が軍隊を調査できると思うか?」と皇帝陛下は皇太子殿下を見つめて言った。アウレルは驚いて、再び黙り込んだ。
「レオンティオ。」皇帝陛下は疲れた表情で椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。
「はい。」レオンティオが答えた。
「ダミアノスの言うことが真実かどうか、お前が調査しろ。一週間以内に報告書を提出する。ダミアノス、お前をレオンティオが調査することに異議はないじゃな?」
「異議はありません。陛下の英断に感謝します。」父親は立ち上がり、皇帝陛下に深々とお辞儀をした。
「この件は今日これで一旦終わったのじゃ。レオンティオ、他に議題はあるか?」と皇帝陛下は尋ねた。
「ありません、陛下。お昼の時間が近づいております」レオンティオは答えた。
「では、解散だ。アウレル、レオンティオ、ダミアノスは残るのじゃ。」皇帝陛下は言った。
全員が立ち上がり、部屋を退出した。コスティンも立ち上がろうとしたが、二度も座り直した。彼の後ろにいた二人の文官が彼を支え、部屋を出て行った。皇太子殿下の侍衛が外に出たので、私も後を追おうとしたが、振り返ったときにイオナッツに引き止められた。
「侍衛は常に護衛対象者のそばにいる。」とイオナッツは小声で言った。私はすぐにその場に戻った。はあ、勤務初日から大きなミスを犯すところだった。
「ルチャノ。わしが特に指示しない限り、常にわしの後ろに立ったのじゃ。これは侍衛の仕事じゃ。」皇帝陛下が言った。
「承知いたしました。」私は答えた。顔が一瞬で赤くなった。まさかミスをボスに見つかるとは、恥ずかしい。
「アウレル。お前はいつか皇帝になるのじゃ。皇帝は何を頼りに統治するのか考えたことがあるのか?」皇帝陛下が尋ねた。
「神々の加護と貴族の支えと思います。」皇太子殿下は答えた。
「では、貴族が自分たちの利益を優先するように要求して、お前が同意しなければ支持しないと言ったらどうするのじゃ?」
「私はできる限り貴族の要求に応えます。貴族は帝国の柱であり、皇帝は貴族の代表として、彼らの利益を考慮しなければなりません」
「では、貴族たちが皇帝を退位させるように要求したらどうするのじゃ?」
「私の皇位は神々の祝福を受けているから、貴族たちはそのような行動を取ることはありません。」
皇帝陛下は頭を振り、皇太子殿下の目をまっすぐ見つめて言った。「アウレル。お前は甘すぎだのじゃ。何度も言ってきた。皇帝はオーソドックス貴族のすべての要求に応えるべきではないのじゃ。皇帝はただ領地が最も広く、特権が最も多く、実力が最も強い貴族に過ぎない。それゆえに、貴族たちは皇位に従い、神々に誓いを立てているのじゃ。お前が最も信頼すべきは平民と新貴族だ。彼らだけが、自分たちの地位を守るためにお前を支持するのじゃ。」
皇太子殿下は目を伏せ、不機嫌そうな表情を浮かべた。まだ二十五歳になったが、中学生のような反抗期がまだ続いているのだろうか?
「父上の皇太子は元々わしではなかったのじゃ。オーソドックス貴族たちは先太子を支持した。でも、ある日、先太子は不明の原因で死を遂げたのじゃ。そして、わしは国外に追放され、帝国は十年以上の混乱に陥った。わしが帰国したとき、父上はまだ存命だったが、皇子たちの間の争いは激化していたのじゃ。父上が死んだ後、わしはレオンティオ、ダミアノス、そしてイオナッツのおかげで皇位に就いた。皇帝となってから、オーソドックス貴族たちは教会と政府を独占し、様々な要求をわしに突きつけてきた。わしは軍隊に忠実な軍官を育て、ダミアノスに指揮を任せた。またレオンティオを首相に任命し、彼の手によってオーソドックス貴族が支配する政府と内閣を凌駕する勢力を作り上げた。彼らはオーソドックス貴族を牽制する剣と盾となったのじゃ。でなければ、わしはオーソドックス貴族の操り人形にされていただろう。今日のコスティンたちは、表向きはダミアノスを攻撃しているが、実際にはわしを狙っているのじゃ。お前はいつか皇帝になるだろうが、わしがお前のために準備した剣と盾を放棄するな。」と皇帝陛下は言った。
「教会の言うことはすべて間違っているのですか?皇帝と貴族たちは、教会の聖典に書かれているように、互いに支え合い、帝国を支えるべきではないのですか?」と皇太子殿下はようやく口を開いた。
「おとぎ話は全て信じるな。」と皇帝陛下は苛立たしげに手を振った。皇太子殿下は再び黙り込んだ。
「もう出て行っていいぞ、アウレル。」と皇帝陛下はしばらくしてから言った。アウレルは静かに立ち上がり、皇帝陛下に軽く頭を下げて退室した。
「私に対する信頼に感謝いたします、陛下。」父親は再び立ち上がり、皇帝陛下に礼を述べた。
「心配するな。アウレルは正直で一途な子だが、皇帝には最も不向きな性格なのじゃ。だが、彼はわしが皇帝になるまえに生まれて、わしとメライナの息子だ。わしは彼にすべてを託したいと考えている。」と皇帝陛下は疲れた表情で言った。メライナとは皇后陛下のことだと覚えていた。
「私は皇太子殿下に忠誠を誓います。」レオンティオと父親は立ち上がって言った。
「辛いことはこれで終わったのじゃ。ダミアノス。わしはしばしば疲れを感じるが、最近疲れを癒す良い方法がようやく見つけたのじゃ。ただ、お前はあまり喜ばないかもしれないな。」皇帝陛下は体をすごし起こし、父親の方を向いて言った。
「陛下が疲れを癒す方法があるのなら、私が不快に思う理由は思いません。」父親は答えた。
「お前がそう言うならいい。ルチャノ、お前はもう一度、あの舞を踊ることができるのか?男装には向かないだろう。だからスカートを用意したのじゃ。レオンティオ。」皇帝陛下は言った。すると、レオンティオは箱を取り出した。中には舞踏の服が入った。
「えっ?陛下、まさか。」私は驚いた。
「陛下。これは良くないでしょう。たとえ踊るとしても、私の息子はスカートを着る趣味はありません。」父親が私を助けて言ってくれた。
「ダミアノス。ルチャノの正体を教えてくれたのはレオンティオだのじゃ。イオナッツもすでに知っている。すべての侍衛の正体把握している、これが彼の役目だ。心配するな。わしらは皆ルチャノの秘密を守るつもりだのじゃ。イオナッツ、ルチャノを連れて着替えさせてくれ。」と皇帝陛下は言った。
「いや、陛下。そんなことは恥ずかしすぎます!」と私は絶望して叫んだ。私は今、男性としての恥じらいを感じているのではないか?ルチャノとしてスカートを着るなんて、絶対ダメだ!
「ルチャノ、頼むからお願いだのじゃ。わしはずっとリノス王国の宮廷舞踏を見たかったが、何年も願いが叶わなかった。わしの願いを叶えられるのはお前だけなのじゃ。」と皇帝陛下は真剣な表情で私を見つめて言った。
私は助けを求めて父親を見たが、彼は目を閉じて首を横に振るだけだった。まるで「自分で招いた問題は自分で解決しろ」と言っているかのようだった。ああ、自分が甘い気持ちで皇帝陛下に踊ったのが悪かった。
冷静に考えろ、ルチャノ。皇帝陛下の頼みを引き受けることのデメリットとメリットは何だ?まずデメリットは、皇帝陛下、レオンティオとイオナッツが私の踊りを目撃することだ。彼らは私が男性として認識する。女性としての姿を彼らに見せることになれば、今後どう付き合っていけばいいのだろうか。メリットは、皇帝陛下が私の雇い主であり、父親の後ろ盾でもある。そしてフィドーラ殿下の父親だ。生き延びるという母上との約束を果たすためには、彼の庇護を受ける必要がある。だから、彼を喜ばせることができれば、父親や私にとっても有利になるだろう。
冷静に分析すれば、メリットは客観的で、デメリットは私の羞恥心に過ぎない。セレーネー、お前ならできる。これは何でもないことだ。天国で見守ってくれている父上と母上に捧げるものだと思えばいい。
「わかりました、陛下。皆さんが私の秘密を守ってくださって、私はお礼をしないと。ただし、このときは私をルチャノではなく、ルナと呼んでください。」私は目を閉じて決心しながら言った。「ルナ」という名前は、「セレーネー」と同様に月の女神を指すが、本名を明かすことはない。
私はレオンティオから服が入った箱を受け取り、イオナッツは私を会議室の一角にある本棚に案内した。彼は一見てきとうに一冊の本を取り出し、手を伸ばして何かを操作した。すると「カチッ」と音がして、本棚がまるで扉のように中央から開かれた。なんと、これが隠し通路ではないか!
イオナッツは蝋燭に火を灯し、隠し通路の中の燭台に差し込んだ。そして中を指し示しながら「ここで着替えてくれ。」と言った。
私は箱を持って中に入ると、イオナッツは本棚の扉を閉めた。この隠し通路は広くはなく、最初は右に水平に伸び、次に下に向かっていた。皇城にはやはり隠し通路が定番だと感じながら、私は服を着替えた。普通の宴会用ドレスがあり、舞踏靴も用意されていた。このようなドレスは通常侍女の助けを借りて着るものであるが、私は幼い頃にその構造を気になって、自分で着ることができた。サイズはぴったりであったが、面倒くさいだからさらしを外さなかった。だから胸元に少し空間ができた。パジャマを除けば、9歳以降初めてスカートを履いた。リノス王国を去って以来、初めてのことがこんな場面で訪れるとは。運命の神よ、あなたが私に編んだ道はなんと奇妙なのだろうか。
着替えているとき、母上からもらった赤い宝石を引き出した。私はその宝石を見つめ、自分の気持ちを母上に伝えようとした。皇帝陛下とオーソドックス貴族の関係を知った今、母上は私の行動をどう思うのだろうか。私はしばらく迷った後、母上には今日のことを隠すことに決めた。そして赤い宝石を取り外し、ドレスのポケットにしまった。
ドレスの触感は礼服とは全く違い、どこか馴染みがありつつも、どこか新鮮な感覚だった。すぐに皇帝陛下、父親、レオンティオとイオナッツに見られるかと思うと、顔がまだ風邪を引いたように赤くなってしまった。ダメだ、セレーネー。逃げるわけにはいかない。幼い頃の新年の宴で踊ったときの高揚感を思い出すんだ!
私は両手で頬を軽く叩いた。次に本棚をノックして、イオナッツが扉を開けてくれた。私が出てくると、皇帝陛下が最初に拍手を始めた。「ルナに舞を披露していただこう。」と彼は言った。
「ルナ」として女性の服を着たら、もう心理的な抵抗はなくなったようだ。かつらがあればさらに良かったのだ。短髪はこの踊りにはあまり似合わないと感じた。イオナッツはいつもの厳しい表情を保っており、レオンティオは努力が実った表情を浮かべていた。父親は驚いて私を見つめていた。ああ、そうだ、これは彼がリノス王国を離れて以来、私がスカートを履いた姿を見るのは初めてだろう。
私は一礼し、踊り始めた。服のせいか、前回よりも上手く踊れたと思う。しかしレオンティオが用意した服は、脚の傷跡を隠しきれなかった。まあ、イラリオ先生が言ったように、傷跡は勲章だ。見られても構わないだろう。
前回は感情に従い、不吉なものとして帝国を呪う心で踊った。でも今回は理性に従い、幼い頃のような美しい姿を披露しようと思った。そのため、私の舞は前回ほど激しくなく、より優雅だった。曲が終わると、私は観客にお辞儀をした。皇帝陛下が再び拍手を始め、レオンティオもそれに続いた。
「ルナ、お前は舞姫としてわしに仕えることができるか?」皇帝陛下は尋ねた。
「それは困ります、陛下。ルチャノはすでに侍衛です。」父親が言った。やめて、こんなときにルチャノと呼ばないで!
「陛下。私は普段侍衛として働き、学院にも通わなければなりません。舞姫になる余裕はありません。」と私は答えた。たまに踊るのは構わないが、自分の正体は秘密のはずだ。皇帝陛下のために舞を踊る回数が増えるほど、秘密が暴露される可能性が高くなる。やはりやめた方が良いだろう。
「では、侍衛の仕事が終わった後に舞を踊ってくれるのじゃ?お前が当直する日だけには舞を頼まないようにするのじゃ。時間を取らせることはない。もちろん、お前が踊ることは他の人には言わない。今日ここにいる者だけが知ることになる。そして、他の者の前でお前に舞を頼むことはない。約束するのじゃ。わしとお前の父は長い付き合いで、娘もお前に嫁がせたのじゃ。義理の父としてのお願いだと考えてくれのじゃ。さらに、報酬もちゃんと支払うのじゃ。」と皇帝陛下は言った。冷静に考えると、父親の古い友人であれば、私の叔父と見なすこともできる。強制的ではあるが、皇帝陛下も私の義理の父さんになるだろう。父親とは血縁がないのだから、さらに血縁のない叔父が増えても問題はないだろう。家族として、皇帝陛下は約束を守り、私にたまに舞を頼むだけだろう。
「わかりました、陛下。お引き受けいたします。しかし、報酬はご遠慮いたします。私は陛下の疲れを癒すために舞を踊るのであり、金のためではありません。」と私は言った。私が最初に舞を学んだのは、父上と母上を喜ばせるためだ。後には踊りがリノス王国を記念する手段となった。認めたくないのが、私は最近、人々が私の舞を楽しんでいるのを見るのが好きになってきた。しかし、金のために舞を踊るつもりはない。報酬をもらうことで、劣等感を感じるだろう。
「よし、素晴らしい。今日は記念すべき日だ。午後に教会のあのクソジジたちに会いに行くのも苦ではないのじゃ。」と皇帝陛下は嬉しそうに言った。私の踊りは目的を達成したようだ。侍衛の服に着替えてもいいだろうか、また少し恥ずかしい感じが戻ってきた。




