帝の侍衛(試験の結果)
神学とは、神々のことを究明する学問だ。神々はこの世界をつくり、人間にさまざまな知識を授けた。しかし、我々の先祖が神々のもとから地上に降り立って以来、神々と人間は分かたれた。教会の本来の仕事は、神々の教えを用いて神の子たちを導くことだ。したがって、神学は神々が書かれたとされる経典を学ぶと同時に、神々が創造したこの世界自体についても研究する必要がある。前世の記憶に例えるなら、神学、哲学、数学、そしてさまざまな自然科学に相当するだろう。
教会内部でも、自らの使命についての認識は異なる。ある者は、神々と再び絆を結び、人々を神々のもとへと帰すことが自分と教会の使命だと考えている。また別の者は、神々の教えを伝え続け、この地を耕し続けることが使命だと考えている。ある者は、神々は慈悲深く、今なおこの世界を導くと信じているが、別の者は、神々は永遠であり、この世界に不変の法則を定めただけで、あとは人間に委ねられていると考えている。
不機嫌なフィドーラ殿下に連れられ、落ち込んだ私は神学の試験会場に向かった。そこは階段教室で、すでに五人の試験官が最前列に座っていた。各試験官の前には名札があり、正式な場面だと感じた。私は緊張せずにはいられなかった。でも良い方向に考えれば、多くの試験官がいるので、同情してくれる者がいるかもしれない。教壇には何も置かれておらず、中央に一つの椅子があるだけだった。中央の試験官がその椅子に座るようにと合図を送り、フィドーラ殿下は第二列の端に座った。
「ルチャノ、これより神学の特別入試を始める。私は今回の試験の主試験官であるデルフィーノだ。この学院のラルカ教授でもある。君が神々に愛される者かどうか、見てみよう。準備はできているか?」中央の試験官は私に言った。彼は明らかに年を重ねた人物で、白髪が目立ち、顔には既にいくつのしわが刻まれていた。自分が知恵そのものであるかのような威風堂々な態度を取っていた。
「準備はできています、デルフィーノ教授。」私は素直に答えた。彼のことは以前に聞いたことがなかったし、ラルカ教授という役職も知らなかった。帰りたい、もうフィドーラ殿下に失望されたくない。
「よし、では問題だ。これからは想定だ。教室の最後列の机の上に小さな車がある。それを最前列の地面に滑らせたい。最も速く車を終点に到達させるためには、どのような軌道を設けるべきか?」デルフィーノは問いかけた。何?私は聞き間違いをしただろうか?この世界は、前世で言えばローマ帝国の時代に相当する。数学も円錐曲線や四則演算程度のレベルにすぎない。こんな問題を出すのは明らかに不公平だ。
「デルフィーノ教授、結論が出ていない問題を試験にだすのは、あまりにも不公平ではありませんか。」左端の試験官が言った。彼の名札には「ガヴリル」と書かれていた。ガヴリル教授、まさにその通り!私の気持ちを代弁してくれてありがとうございます!
「これは特別入試だ。通常入試ではない。もし答えられないなら、来年の秋に入学するがよい。」デルフィーノの右隣の試験官が言った。彼の名札には「オクタビアン」と書かれていた。
「その通りだ。特別入試の問題は主試験官の自由だ。」デルフィーノは言った。
「デルフィーノ教授。もし彼がこの問題に答えたら、どうやって正誤を判断するのですか?」右端の試験官が言った。彼女の名札には「ラヴィニア」と書かれていた。
「答えられるはずがないって決まってる。」デルフィーノの右隣の試験官のフリストは言った。
「私は少なくとも、不正解かはわかる。ルチャノ、君の答えは?」デルフィーノは私に問いかけた。
「サイクロイドです。」私は正直に答えた。
「何?」デルフィーノは驚いたように言った。
「車輪の外側に取り付けられた釘が描く軌跡に似ています。具体的な形状は教室の最後の列と第一列の距離と高さによって決まります。」私は答えた。
「なぜその形になるのか、解明したのか?」デルフィーノは問い詰めた。
「解明しました。もしよろしければ、今ここで証明してみせます。」私は答えた。私は以前本当にこの問題を解明しました。でもそれは前世でのことだ。
デルフィーノは少し慌てた様子を見せ、額に手を当てた。ガヴリルは彼を見て、楽しそうな表情を浮かべた。
「黒板に書いて、証明してみせろ。」デルフィーノは言った。
私は黒板に向かい、書き始めた。この問題は「最速降下曲線」と呼ばれ、本来は微分方程式を使う必要がある。この問題には多くの解明方法があるが、光の通路を利用するのは巧みだ。私はそれを使うことにした。
「まず簡単な問題を考えましょう。砂地と草地で走る速度が異なると仮定します。砂地と草地の境界線が直線である場合、草地上の起点から砂地上の終点に最速で到達するには、まず境界線上のある点に到達し、その後終点に向かう必要があります。この時間を最短にするためには、この点の位置と砂地と草地の
速度はこの式を満たさなければなりません。ここまではお分かりいただけますか?」私は黒板に草地、砂地、そして境界線を描いた。そして起点と終点を示し、走行経路を描いた後、式を列挙した。
デルフィーノは私を見つめ、考え込んでいた。フリストは私を見て、次にデルフィーノを見つめ、困惑した表情を浮かべた。ガヴリルは少し興奮した様子で私を見ていた。
「説明してみろ。」ガヴリルは言った。
「はい。」私は答えた。フェルマーの原理まで証明しなければならないなんて、学院の特別入試は本当に厄介だ。もし微積分を使えるなら簡単に証明できるのだが、今は使わないことにした。先ほどの点の隣にもう一つ点を選び、その点を通ると時間が長くなることを説明した。
「大体わかった。だが、これが私の質問とどう関係があるのか?」デルフィーノは眉をひそめて言った。彼はまだ困惑した様子をしていた。
「もちろん関係があります。車が下に滑るとき、速度は原点の高さの差だけに依存します。だから、これは草地と砂地で最速に到達する問題と同じです。最速な軌道上の各点は、この式を満たさなければなりません。」私は先ほど描いた草地と砂地の図を拡大し、先ほどの式を微分形にし、少し整理した。
「この式が軌道の形です。この線がサイクロイドです。」私は最後の方程式を指しながら、向き直って言った。
デルフィーノは思案に沈み、何も言わなかった。フィドーラ殿下は目を見開いて私を見つめていた。彼女は少しは私を見直してくれたのだろうか。
「お前が書いたその記号を見たことがない。お前の説明では納得できない。」フリストは頭を振りながら言った。
「ハハハ、フリスト教授、それは君が理解できなかったことを認めているのか?」ガヴリルは左手で頬杖をつきながら、フリストを見つめて言った。
「君の神学の先生は誰だ?」デルフィーノは尋ねた。
「アドリア領の執事であるミハイルです。」私は答えた。名目上、ミハイルは私の全ての学問の先生だ。
「そんな名前は聞いたことがない。君と君の父親は一体何を企んでいるんだ?」デルフィーノは目を細め、まるで敵を見るかのように私を見つめた。
「私は北方戦争で負傷し、通常の入学時期を逃しました父親が私に来年の秋分まで待たせたくないと思い、特別入試に参加するよう命じたのです。」私は正直に答えた。
デルフィーノは沈黙した。フリストもまたデルフィーノを見つめ、次に私を見つめたが、何も言わなかった。
「ルチャノ、私は君を合格とする。特別入試は一人の試験官が認めれば合格だ。私の助手にならないか。」ガヴリルは喜びに満ちた表情で私に言った。これは私が試験に合格したことですよね。
「おめでとう、ルチャノ。私は本来なら君を私の生徒にしたいと思っていたが、君はガヴリルの研究に参加する方が適しているようだ。」ラヴィニアは言った。
「ありがとうございます、ガヴリル教授、ラヴィニア教授。」私はガヴリルとラヴィニアにお辞儀をして感謝した。
試験はこうして終了した。デルフィーノはまだ黒板に書かれた方程式を見つめていた。次の授業でこの教室が使われるかもしれないので、私は黒板を整理しようとしたが、デルフィーノに止められた。
ガヴリルは私とフィドーラ殿下を連れて試験会場を出ると、私に言った。「今回は本当に有難いな。デルフィーノが私を呼んだとき、来たくなかったんだ。神学の特別入試では、通常五人の教授が参加する。学院の異なる学派を代表することが求められているのだ。デルフィーノが主試験官で、彼の気に入りの受験者には簡単な問題を出し、それ以外の受験者には難問を出す。受験者が答えられなければ、私としても合格を言い渡しにくい。しかし、君は彼に一矢報いた。ハハハ。」
「そうですか。だから今回の問題が特に難しく感じたのかもしれません。」私は言った。
「そうだな。今回の問題に関しては、最初は直線が最速だと思われていた。しかしデルフィーノは円弧が最速だと考え、それを実験で証明した。しかし最近では、円弧よりも速い軌道があると言われているが、具体的な形状はまだ誰も研究していない。正直言って、君の証明は私にもよくわからなかったが、これから時間をかけて学ぶ機会があるだろう。」ガヴリルは礼拝堂の方に向かって私を連れ、大きく歩いていった。そして別の建物に曲がりながら入っていった。私はそこが上級聖職者の部屋であることを覚えていた。
「学院の主要な部屋はこの建物にある。後で、君が合格証明の手続きを手伝うためにフィドーラに手紙を書こう。フィドーラ、ルチャノの入学手続きを手伝ってやれ。」ガヴリルは言った。
「はい。喜んで。」フィドーラ殿下は答えた。ガヴリルは私たちを二階の部屋に連れて行った。
「さらに、学院の授業は全て免除できる。これが各学年の文学と神学の基礎科目の概要だ。君が既に家で修了したかどうか、まず確認してくれ。もし全て修了したら、授業の免除を申請してもいい。私としては、授業を受けるのは時間の無駄だと思う。研究に参加してもらった方が意味があるのだ。」ガヴリルは私に言い、一束の書類を手渡してくれた。
「ありがとうございます。」私は感謝の意を述べ、書類を受け取った。
ガヴリルは私のために推薦書を書き、フィドーラ殿下に渡した。その後、フィドーラ殿下は私の入学手続きを手伝ってくれた。これほどまでにフィドーラ殿下にお世話になるのは、本当に良いのだろうか?私はフィドーラ殿下の横顔を恐る恐る見たが、彼女はとても嬉しそうな様子だった。表情が柔らかくなっているのを感じた。
「フィドーラ殿下、今日は本当にありがとうございました。」私は言った。
「それは構わないですわよ。君が試験に合格したので、わたくしも嬉しいですもの。昨年もわたくしが特別入試の案内をしているが、君はわたくしが手掛けた受験生の中で最初に合格した者ですから。」フィドーラ殿下は上機嫌で言った。
「すべては殿下のおかげです。軍事学の試験の後、私は自分でも合格できないと思っていました。」私は正直に言った。
「だが、見たところ君は相当な知識を持っているようですもの。さすがに神々に愛された才能がありますわ。父上はやはり賢明です。ルチャノ、学生侍衛の多くが軍事学を専攻しているが、君が軍官にならなくても問題ないと思いますよ。将来は学院の教授になってもよくってよ?」フィドーラ殿下は言った。
「私にはまだ将来の予定がありません。」私は言った。胸に一抹の憂鬱がよぎった。私は常に父親の指示通りに行動している。特別入試に参加するのも、フィドーラ殿下との仲良くのも、すべては父親の命令であった。
「君は将来わたくしの夫になりますの。これこそは将来の予定ですわよ。予定がないなど、これからは二度と言いませんわ。」フィドーラ殿下は私の手を取り、見下ろして言った。彼女の目には星が輝いているように見えた。
「フィドーラ殿下、私たちはまだ婚約しておりませんし、時間と場所を注意してください。」私は驚いて言った。彼女がシルヴィアーナのような行動をとるのではないかと心配したが、どうやら私の杞憂だったようだ。フィドーラ殿下はただ手を離し、自ら歌いながら去っていった。
フィドーラ殿下は生徒会の活動室に戻ったときも上機嫌だった。アデリナとハルトは、私が試験に合格したことを聞いて喜んでくれた。ユードロスは「お前、どうせ不正なことをしたんだろう」という表情をしていた。特に私が合格したのが軍事学ではなく神学であったことを知ったときには、その表情がさらに険しくなった。しかし、私は喜んでいた。主に試験に合格したことではなく、フィドーラ殿下が私の評価を上げるのだ。
意外なことに、午後から授業が始まった。フィドーラ殿下は自分の授業があり、私には自分の授業に行くように言った。最初の授業は文学で、古典語の読み書きについての授業だった。アデリナとハルトは家に帰った。父親は彼らのために家庭教師を雇う予定であった。シルヴィアーナも授業を受けるように求められた。彼女は簡単な読み書きはできるが、侍女としては十分かもしれないが、私の妹としてはまだ足りない。
学院が開校してまだ十日余りだが、オリエンテーションが既に行われたため、学生たちはお互いよく知っている。フィドーラ殿下は私に、学院は一年間に200人ほどしか新入生を受け入れないと教えてくれた。最初の一年は基礎課程であり、主に古典語と神学の基礎を学ぶが、全員が一緒に授業を受けることになる。しかし、軍事学を専攻する学生は軍事訓練に参加しなければならず、文学や神学を専攻する学生もさまざまな活動に参加し、宮廷や教会の儀式に慣れる必要がある。
二年生からは専門課程が始まり、各学科ごとに授業が分かれる。授業には出欠を取らないが、これは他の仕事を持つ学生侍衛のための配慮かもしれない。しかし、宿題の完成と試験の合格をしなければ、単位を取得できる。ただし、学院は成績をランキングしない。これも入試試験を免除された学生侍衛たちの顔を立てるためかもしれない。さらに、非常に稀ではあるが、ガヴリルが言ったように、学期の初めに授業の免除試験を受けることができる。これにより、直接単位を取得し、次の課程に進むことができる。
私は教室の最後列に座り、周囲の学生たちが私についてひそひそ話しているのを無視しながら、授業を聞いていた。この授業は古典語の文法と修辞についてのものだった。古典語は神々の言語であり、非常に精密で美しいと言う。名詞には性があり、動詞の変化はさらに複雑だ。父上と母上は幼少期から古典語で日常会話をしている。通用語のほうが逆にを使うことは少なかった。私にとっては古典語が母語同然のものだ。しかし、今では私と古典語で日常会話ができる人はいない。この事実を思い出すなら、私に悲しみに沈んだ。
私は周囲のひそひそ話を無視した。クラスメートと親しくなればなるほど、自分の秘密が暴露されやすくなるからだ。今の私の最優先事項はフィドーラ殿下との仲良くすることであり、クラスメートとの交流は後回しにするべきだ。私はガヴリルからもらったシラバスを見た。文学の一年生の課程では、一般的な歴史書を理解し、古典語で簡単な短文を書くことが求められている。神学の課程では、主に経典の読解と簡単な数学が含まれている。これらはすべて私が既に習得していることだ。授業免除の試験を早く受けるべきだと感じた。授業の免除が認められれば、専門課程に進むことができ、同学年のクラスメートとはさらに接点がなくなるだろう。二年生の基礎課程は一年生の課程の進化版であるが、その難易度もそれほど高くはない。私は二年生の文学と神学の課程も免除できるかもしれないが、それではフィドーラ殿下と同級生になる機会を逃してしまうかもしれないので、しないほうがいいと思う。
授業免除の申請が終わったら、ガヴリルが私にどんな研究を手伝わせるのかを聞いてみようと思う。彼が私に試験合格を認めてくれたことに感謝しているし、彼の研究にも興味がある。それから、ソティリオスに鎧を注文することも計画に入れなければならない。今夜帰宅したら父親に説明しよう。
「君がアドリア領のルチャノですね。」授業が終わって片付けをしていたとき、一人の肌の白い金髪の青年が私のところにやってきて言った。
「はい、そうですが。君は?」私は答えた。一年生のクラスメートに心当たりはなかった。私はアドリアの「公女」だから、帝都に来る前はほとんど社交の場には出ていなかった。
「トルニクといいます。文学の四年生で、あなたたちの文学課程の助手をしています。特別入試に合格して、今日から授業に出席することを聞いて、挨拶に来ました。わからないことがあれば何でも聞いてください。」金髪の青年は自己紹介をした。
「ありがとうございます。しかし、私は授業免除の試験を受けるつもりです。」私は言った。トルニクには申し訳ないが、早めに言っておくべきだと感じた。
「なるほど。では、試験の時間を教授と予定しなければなりませんので、手伝ってあげるよ。それと、文学の二年生の授業でも私は助手を務めています。どうぞよろしくお願いします。」トルニクは頷いた。
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」私は言った。
「学院に来たのは今日が初めてで、まだ学院に不慣れでしょう。食堂に案内しましょうか。」トルニクは言った。
「ありがとうございます。でも、家で夕食をしなければなりません。西北辺境の出身ですが、ここ数年、新年には教会街に来ていますので、あまり知らないわけではありません。」私は言いながら、荷物を片付けて出て行こうとした。
「おや、君は学生侍衛なのですね。私も辺境の出身で、北方の部族地域です。父親は部族の族長の侍従長を努めっています。帝国に帰順した後、父親は帝国との交渉が重要になると考え、私を帝都に送りました。」トルニクは私についてきて、言った。
「それは本当に素晴らしいことです。トルニクさんは以前、古典語を学ばなかったのでしょうか。それが今では文学の教授助手を務めているなんて、本当に立派です。」私は言った。古典語は神々の言語とされる。辺境の部族には別の信仰があるため、彼らは古典語を話さないことが多い。
「最初は学ぶのが難しかったですが、今ではだいぶ良くなりました。これから教授に資料を届けるつもりです。もし教会街を出るなら、こちらの道を進んでください。私は学院の学生寮に住んでいます。いつでもそこに訪ねてきてください。男子寮の門番にトルニクを訪ねたいと言えばいいです。」トルニクは言い、手を振って去っていった。
本当に熱心な先輩だな、と思いながら、私は家に帰った。男子寮に行くべきかどうか迷っていた。女の子としての羞恥心は薄いが、男子寮のような場所には抵抗がある。しかし、わざわざ行かないのもおかしいかもしれない。ああ、もし私は二年生の文学と神学の課程も免除したら、彼と会う機会が少ないだろう。熱心すぎると、友達ができないこともあるんだ。私のような変な者がいるからな、トルニク先輩。




