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侍女と王女(もう一つの朝)

起きたのは、日の出よりずっと前のことだ。ヒメラ領地の夜は寒いけれど、ダナエがそばにいてくれるおかげで、夜も暖かく感じられる。私のベッドはベッドサイドテーブルに使われ、脱いだ服でいっぱいにした。ここヒメラ領地に来てからもう五日目。最初は侍女のふりをするのが少しぎこちなく感じていたけれど、今では完全に侍女としての生活に慣れてしまった。もしかして、私はこの仕事が意外と得意なのかも?いっそのこと、フィドーラ殿下の専属侍女にでもなろうかな。


今日の日程もこれまでと同じ。カハとジゼルの起床と食事の世話をして、その後に宿題を出す。ダナエはまたアルカイオスの手伝いを頼まれて、私ひとりで子供の面倒をみることにした。カハたちが朝食を終えたばかりのころ、負傷兵を乗せた何台かの馬車が城に入ってきた。窓から外を覗くと、怪我を負った兵士たちが苦痛の表情で馬車を降り、アルカイオスの前に整列しているのが見えた。その中には手足を失った者も多かった。アルカイオスは彼らに簡単な演説をし、一人ひとりにわずかなお金を渡した。その後、兵士たちは互いに支え合いながら城下町へ向かっていった。


「あれは前線から戻った傷兵たちだ。応急処置を終えた後で城に運ばれてきた。でも今は城の病院も満杯だから、城下町の空いている家に住むしかないんだ。商会が多く撤退して空家が増えたのが幸いかな。」窓際に立つ私を見て、カハが説明した。


「かわいそうに。戦争がなければ、彼らも家で新年を祝っているはずなのに。」私はため息をついた。またダシアンが攻め込んできたのだろうか。少し不安になる。行動が遅かったせいで、皇帝陛下がダシアンに進軍を命じたのかもしれない。でも、私にはどうすることもできない。どうやってフィドーラ殿下に会えばいいのだろう?焦ってはいけない。ここは敵の本拠地なのだから、見つかれば本当に終わりだ。


「本当にそうだ。戦争がなければ、父上も今ごろ帝都にいるはずだ。そしたら、僕は遊び放題なのに。」カハもため息をつくが、そんなことで喜んでいるなんて、やっぱり子供だ。


「神々が彼らの運命を憐れみ、祝福を与えたまえ。」ジゼルは両手を組み、頭を下げて古典語で祈りを捧げた。祈りの言葉はまだ簡単なものだが、その発音はとても正確だ。


「ジゼル、教会のことが好きですか?」私は尋ねた。


「別にそういうわけじゃないけど、母上のために祈りたいから、よく祈るの。いつか天国で母上に会えますように。」ジゼルは私の方を向き、大きな瞳をぱちぱちさせながら答えた。うん、その気持ちは分かる。家族と天国で再会したいという気持ちは、私も同じだ。おそらく近いうちに、アルカイオスも妻と息子に再会するのだろう。


「今日のお昼ご飯は何?」カハは食堂の方を見ながら、嬉しそうに独り言をつぶやいた。


「はいはい、そんなにキョロキョロしないで。授業を始めるよ、授業!アデリナ、カハを甘やかさないで。勉強はちゃんとしなきゃ。」ダナエが扉を開けて部屋に入ってきて、まだ窓辺にいた私たちに声をかけた。


「すみません!」私は慌てて謝った。


「いいのよ。今日は教会の経典を学ぶから、あなたも一緒に聞いて。」ダナエが机を指差すと、私たちは学生のように素直に席に着いた。そうだ、アデリナという設定では学院を卒業していないことになっているんだった。神学の古典に疎いのも無理はない。


ダナエは熟練の秘書兼侍女だが、良い先生とは言い難い気がする。私の以前の先生たちは、喩えや物語を使って分かりやすく教えてくれたけれど、ダナエはただ本を読んでいるだけのようだ。でも、ダナエと私の先生たちを比べるのは公平ではない。彼女は私より数歳たけ年上だから。


一刻ほど経つと、太陽はもう頭上近くに昇っていた。ダナエの授業も終わりに近づいた。カハはさっきからずっと居眠りをしていて、ジゼルは紙にこっそり絵を描いて遊んでいる。私はどうやってフィドーラ殿下と連絡を取るかばかり考えていた。でもダナエは気づく様子もなく、ただひたすら本を読み続けていた。城の中庭から馬車の音が聞こえてきた。しばらくして、ダナエがようやく口を開いた。「午前の授業はここまで。中庭で遊んできていいわよ。アデリナ、あなたも一緒に来て。」


「やったー!」カハが飛び跳ね、ジゼルも机から嬉しそうに降りた。


「これを持って行きなさい。」ダナエはそう言って、丸盾を私に手渡した。侍女がこんなものを持つのは微妙だけれど、昨日のことを考えると仕方がない。私は頷いてそれを受け取った。


ダナエを先頭に、ちょっと変わった一行は階段を降りた。中庭には馬車が停まっていて、その上には大きな木製の浴槽が置かれていた。主楼の五階の窓が開いていて、一本の縄が窓から地面に垂れ下がっている。あの木製の浴槽をフィドーラ殿下の部屋に運ぶつもりなのだろうか?


グラムはすでに木剣を持って中庭にいて、カハは喜んで彼のところへ走り、剣の稽古を始めた。彼はいれば、盾はもう必要がないんだ。馬車のそばに立つキリンのように背の高い男に気づいた。マカリオだ。彼は労働者たちに指示を出して、浴槽を縄で固定させている。私たちが来たのを見ると、彼はすぐにこちらに歩み寄ってきた。


「ダナエさん、それにアデリナ。ジゼルお嬢ちゃんも。アデリナ、昨日コスティン様に襲われたって聞きましたけど、大丈夫か?」マカリオは笑顔で挨拶をしてきた。


「あの豚野郎、アデリナをアデリア家のルチャノと勘違いするなんて冗談じゃないわ。我々を舐めるにも程があるよ。城の警備がどんなに緩いとしても、あいつがカハ坊ちゃんやジゼルお嬢ちゃんに近づけるわけないでしょ。それにアデリナはマカリオさんが推薦したので、ヘクトル商会の一員でもあるのよ。ほんと頭おかしいわ。」ダナエがまだ文句を言った。


「え、そんなことが!アデリナ、本当に大丈夫か?」マカリオは驚いて、私に聞いた。


「死ぬかと思いましたけど、アルカイオス様とグラム様が助けてくれました。今でも首に跡が残っていますけど、もう大丈夫です。」私は首を見せながら答えた。


「なんてことだ、なんてことだ!」マカリオは何度も繰り返し、動揺し過ぎてれ以上何も言えなくなった。


「マカリオさん、これは何のためのものですか?」私は浴槽を指差して話題を変えた。マカリオは秘密を隠すのは苦手だ。にこのまま喋らせていたら、何を言い出すか分かったものではない。


「ああ、これは城の客人様のために準備している浴槽です。」マカリオはホッとしたように息をつき、浴槽の方に向き直った。


「城の客人様?」私はわざと尋ね返した。


「ああ、それはフィドーラ殿下のことだ。」ダナエが私に補足した。マカリオは振り返り、表情を無理に作らないよう努めながら私を見た。


「フィドーラ殿下のお部屋にはまだ浴槽がないの?」私は驚いて聞いた。


「確かにないわ。城の浴場は一つだけで、本館の隣の部屋にある。その中に領主一家専用の部屋が一つあるけど、フィドーラ殿下は普段五階から出られないから、最近は全然お風呂に入れない。」ダナエは肩をすくめて言った。


「かわいそうです。公女様なのに、きっと慣れないでしょう。」私はわざと大げさに言った。


「侍女が毎日体を拭いているそうです。だからアルカイオス様が早速浴槽を特注しました。でも時間がかかりまして、職人が昨日やっと完成させたの。それに水漏れしないよう確認して、徹夜しました。今日ようやくお風呂に入れるようです。」マカリオも仕方なさそうに言った。


「急に彼女を招いたのに、ちゃんとした食事や宿泊の手配もできていないなんて。我々の領地がフィドーラ殿下に申し訳ないわ。」ダナエも同じように言った。


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