侍女と王女(戦争の終わり?)
「ありがとう、ダナエ。うーん、今日のお茶はどうも不味いな。」コスティンの声だ。
「今日淹れたのは私ではありません。新しい侍女がやったんですから。申し訳ありません、まだ教育が足りなくて。」ダナエの声が続いた。
「道理で。不味いのも仕方ない。どうせ今日は茶を飲みに来たわけじゃないからいい。」コスティンの声は嫌味たっぷりだ。人の家に来て茶を貶すなんて、なんて失礼な人だろう。
「コスティン様、残念ながら今回は皇帝を殺すことはできませんでした。しかし、メライナ陛下とアウレル殿下の仇を討てる日もそう遠くはないでしょう。」ゴンサロが言った。私は感情を抑え、扉を少しだけ開けた。今は鎧を取り戻すことだけが目的ではない。必要な情報を集めれば、帝国軍の犠牲を減らし、戦争を早く終結させることができるかもしれない。
コスティンは鎖帷子を着込み、アルカイオスの向かいに座っていた。彼の前には精巧な兜が置かれている。剣も携えており、まるで武人のような出で立ちだ。この位置から彼の表情は見えない。しかし酒太った腹が鎧を突き出しており、場違いな装いがまるで道化のようだった。彼の隣には従者が立ち、書類が入ったカバンを抱えていた。ダナエは長机の端に座り、羽根ペンを手にしている。彼女の前には開かれた手帳とインク瓶が置かれていた。本当に文官のようだ。
「とはいえ、皇室の一員をこちらに迎えたことで、こちらに交換条件が増えました。それだけで十分だと思います。さて、この戦争をどう終わらせるかを考えましょう。以前派遣した使者は戻ってきたのですか?」アルカイオスが感慨深げに言った。
「戻ってきたが、いい知らせではなかった。ダシアンは交渉を拒否し、我々には無条件降伏しかないと言ってきた。そして陛下の裁きを待て、と。」コスティンは隣の従者に手を差し伸べ、巻かれた手紙を受け取って、アルカイオスに渡した。
アルカイオスは手紙に目を通し、苦しい表情を浮かべた。その後、手紙をダビトに渡し、さらにグラム、ゴンサロへと回された。ゴンサロが手紙を受け取ると、驚いた様子を見せた。会議室は一瞬静まり返った。
「無条件降伏ならそれでいいです。私はもう死ぬ覚悟ができています。この戦争の責任は私が負います。陛下は私の死後にカハたちや領民を赦してくださるでしょう。ここまで来て、戦い続ける理由が見つけません。辺境の伯爵が単独で反乱を起こして成功したことは、歴史には一度もありません。成功したのは、必ず帝都や畿内で有力な皇族や貴族が味方にする場合だけでした。アウレル殿下が敗北した時点で、この選択をするべきました。すまない、ゴンサロ。君たちグリフォン部隊に多くの勇者を犠牲にさせてしまった。」アルカイオスは肩を落として言った。
「はあ、他に選択肢はなさそうですね。もう領地の豚や羊をほとんど食べ尽くし、牛まで手を出しています。グリフォンたちも食べ物がなくて飛び去ってしまった。このまま攻撃を始めなければ、あと一か月もすれば馬で戦うしかなくなるでしょう。戦士たちの多くが帰らぬ人となりましたが、グリフォンを失って地上で戦死するよりはマシです。」ゴンサロはどこか達観したように語った。
「私もこれ以上戦い続けるのは無意味だと思います。そもそも反乱自体が突然で、領地は長期戦の準備ができていませんでした。多くの農民も動員しました。彼は戦闘に直接参加するだけでなく、領地の物資を前線まで運ぶ役割も担っています。本来なら冬に行う農具の修理や手工業の作業も滞っているんです。春耕まであと3か月以上ありますが、それまでに農作業が山積みです。このまま戦い続ければ春耕を妨げることになり、領民たちも戦争を支持しなくなるでしょう。それに、戦争が商路を断ち切ったことで、領地の家畜や手工業品が売れなくなり、鉄製品も入ってきません。領地への影響は甚大です。」ダビトが補足した。どうやらこの戦争がヒメラ領に及ぼす影響は、ダシアンの想像を超えるものらしい。食料があれば戦い続けられるというわけではないのだ。
「アルカイオス様。一応私は領地のキャプテンなので、このようなことを言うのは適切ではないのかもしれませんが。現在の戦場の状況からすると、ダシアンが軍を率いて攻撃を開始して以来、我々は後退を続けています。今はなんとかクラシス川の防衛線を守っていますが、領地内部の部隊はこのヒメラ城に屯したわずか百人ほどです。もし領民が反乱を起こしたら、鎮圧する力すらありません。今回の戦争は我々が先に仕掛けたもので、多くの貴族や領民が納得していません。このまま戦争が続けば、不満を持った領民が反抗するのも時間の問題でしょう。」グラムが口を開いた。
辺境の伯爵には常備軍が千人ほどしかいないため、領地の軍隊の責任者はキャプテンの地位に就くことが多い。グラムがこれほど率直に語るのは意外だった。もしうちの領地のキャプテンであるラザルが同じ立場なら、こんなことは絶対に言わなかっただろう。あ、アドリア領の領主である父親は、最初からあらゆる状況を想定していただろう。ラザルは命令を実行するだけで十分だった。
「アルカイオス様。先おっしゃる通り、これ以上戦い続けても意味はありません。キャラニを攻め落として、皇帝を覆すのは不可能です。私たちはダシアンの軍ですら勝てていないのですから。でも領地の命運について、それほど悲観する必要はありません。フィドーラ殿下が今領地にいらっしゃるではありませんか。彼女に頼んで、皇帝陛下に赦しを請うていただきましょう。陛下も私たちを必要以上に追い詰める理由はないはずです。ただ、無条件降伏を拒み続ければ話は別です。皇帝陛下は最後まで抵抗する貴族を赦すことはまずありません。そしてカハ様やジゼル様も、城が陥落した際の混乱で命を落とす可能性があります。」ダビトの意見には一理ある。最低限の目標を達成しつつ、体面を保った形で戦争を終結させるのは、双方にとって賢明な選択だ。
「話は済んだかい?ダナエ、茶をお代わりだ。」コスティンが杯を持ち上げながら言った。その声に合わせて、彼の腹が豆腐のように揺れた。
「私たちが言いたいことは以上です、アルカイオス様。」ダビトは会議室を見渡してそう言った。ダナエはひたすら羽根ペンを動かしていたが、コスティンの要求を聞くと立ち上がり、ベルを引いて小部屋にやってきた。私は慌てて新しい茶を淹れた。
「お疲れ様。大丈夫?」ダナエが小部屋の扉を開け、小声で尋ねた。
「ありがとうございます、もう大丈夫です。ハンカチは洗ってお返しします。」私は恐縮しながら答えた。
「急がなくていいよ。」ダナエは茶壺を載せたトレーを受け取り、そのまま出て行った。私は扉を閉め、机の整理をしようとしたが、すぐにコスティンの怒声が響いてきた。
「アルカイオス、お前は甘い!フィドーラが皇帝を説得してお前を赦すと思うのか?あの皇帝は妻や子供が何人いようと、愛情を抱いているのはメライナと彼女子供たちだけだ。そのメライナやアウレルを殺したのは他でもない、奴自身だぞ。俺の知る限り、フィドーラなんて、奴にとって都合の良い道具に過ぎない。必要なくなれば簡単に捨てる。まるでリノス王国から来た裏切り者のために、ミラッツォ家やアウレルを切り捨てたようにな!それに、皇帝への襲撃は死罪だ。ましてや皇族の誘拐など、王冠を踏みにじる行為そのものだ。皇帝がお前たちにフィドーラを交渉条件として使わせるはずがない。ゴンサロの襲撃が失敗した時点で、和平などあり得なかったんだ!」コスティンの声は、閉ざされた扉越しでも耳をつんざくほどだ。彼の言葉は的を射ていた。皇帝陛下も実際そのように考えているだろう。しかし、もし彼らがフィドーラ殿下に人質としての価値がないと認識したのなら、殿下の身の安全はますます危うくなるだろう。




