侍女と王女(復讐の炎)
翌日も早朝に起きた。昨日の午後、マカリオにも会った。ただ周りの人が多くて、アルカイオス様に謁見したことを報告するだけにとどまった。フィドーラ殿下の救出については、まだなんの進展もない。マカリオによれば、数日前にダシアンが小規模な攻撃を仕掛けたらしい。本当にここでぐずぐずしている場合ではない。早くフィドーラ殿下に会わなければならない。
侍女の朝はいつも通りだ。まずは食堂で朝食の準備を手伝い、その後カハたちに宿題を与える。そして、皿洗いや食堂の掃除をする。昼食前にはダナエと一緒に傷兵の病室を片付けに行った。病室の様子は一目瞭然だ。素人の私でも、負傷した兵が適切な治療や看護を受けていないことがわかる。昨晩だけで二人の傷兵が亡くなったことが、私たちが到着してから見つけた。敵とはいえ、やはり胸が痛む。
カハとジゼルの食事の世話を終え、ダナエと一緒に彼らの宿題を確認していると、中庭から馬の蹄の音が聞こえた。ダナエは顔を上げて窓の外を見て、私に言った。「コスティン様だ。」
コスティンがなぜ城に戻ってくるのか、彼はクラシス川の前線にいるはずでは?と考えていると、扉を叩く音がした。名前を思い出せない侍女が現れ、私たちに向かって、「ダナエ様、アルカイオス様が軍営の会議室でお茶の準備をするようお呼びです」と言った。
「行くよ、アデリナ。仕事だ。」ダナエは勢いよく立ち上がり、歩きながら私に言った。
「どうして私まで行かなきゃいけないですか?それに、なぜ姉貴が行くのですか?」私も歩きながら尋ねた。
「あなたが来なかったら、私が会議の記録もお茶出しも一人でやらないといけないでしょ。それじゃ手が回らないよ。」ダナエは歩きながら答えた。どうやら学院で学んだ知識は無駄にはなっていないらしい。
「私は行かない方がいいではありませんか?きっと領地の機密事項を話すところです。領地に来たばかりですよ。」私は慌てて聞いた。コスティンはルチャノを見たことがあり、セレーネーが赤髪赤目だと知っている。彼に見られるのは危険だ。
「機密事項なんてないよ。仮に逃げたとしても、領地を出る頃にはそんなこと機密でも何でもないでしょ。むしろその頃にはヒメラ伯爵領なんて、既に存在していないんだ。」ダナエはてきとうに言った。
断るできない私は不安を抱えながらダナエに従い、会議室へ向かった。アルカイオスたちはすでに到着していた。そしてダビト、グラム、ゴンサロもいて、中央の長テーブルを囲んで座っている。部屋は広くなく、豪華な装飾もない。領地の大人物たちが小規模な軍事会議を行うための部屋のようだ。ダナエが部屋に入ると、アルカイオスが口を開いた。「ダナエ、お疲れ様。アデリナも来たのか?」
「どうせ今日の会議の内容を領地の外には漏れませんから、彼女にも手伝ってもらいましょう。一人で二人分の仕事をするのは大変ですから。」ダナエは会議室に隣接する小部屋に向かいながら言った。
「普段はいいけど、今日はコスティン様が来るんだ。彼は平民の娘が侍女として仕えるのを嫌がるだろう。」アルカイオスは顔をしかめて言った。
「なら、あなたが隣の部屋でお茶を淹れてくれればいい。ベルが鳴ったら、扉まで運んで私に渡して。」ダナエは不満げに振り返り、私に指示を出した。でも私はすぐに返事をしなかった。部屋の隅に飾られた鎧に引き寄せられていた。やや旧式のラメラーアーマーが、丁寧に磨かれ、精緻な装飾が施されていた。兜には金線で星や花の模様が描かれていたが、斧で開けられた大きな穴があり、鎧の鉄片にもいくつかの破損が見られる。
「どうしたの?」ダナエが私が返事をしないのを見て尋ねた。
「あれが気になるのかい?あ、あれが我々の領地の大軍が大陸統一戦争に赴く際、リノス王国の首都を攻め落とした時に得た戦利品だ。あの国の王子の鎧さ。ヒメラ領の軍はリノス王国に最初に突入した部隊で、首都を攻め落とす際にも先陣を切ったんだ。次の戦いでも、あの日のような勇ましさを再現してほしいものだ。」グラムが感慨深げに言った。
「アデリナ、どうした?」ダナエが私の頬を両手で挟みながら尋ねた。
「あ、なんでもないです。ただ、この鎧はすごいですね。すみません、すぐにお茶の準備をします。」私は慌てて答え、深くお辞儀をして部屋を出た。
まるで夢遊病者のように、小部屋までどうやって歩いたのかわからなかった。六年前の記憶が蘇った。間違いなく、あれはバシレイオス兄様の鎧だ。母上が自ら彼に被せた兜だ。兜の模様はリノス王国の紋章そのものだった。私は声を上げることなく泣き、涙が時雨のように床に滴り落ちた。
「どうしたの、アデリナ?」ダナエが後を追って小部屋に入り、私の背中を軽く叩いて慰めてくれた。そしてハンカチを差し出し、涙を拭いてくれた。幸い、小部屋に入ってから泣き出したので、他の人には見られずに済んだ。
「いや、何でもないです。ただこの数年、ずっとエルピア領で働いていて、そこがほとんど故郷のようになっていたんです。現地の貴族とも話し合いがあって、彼らはよく国王への思いを語ってくれました。まさかここでリノス国王の遺物を見ることになるとは思いませんでした。少し感動してしまっただけです。」私は慌てて言い訳をした。設定がまた増えた。
「えっと、すまないね。うちの領地の男たちは征服や戦争が好きで。」ダナエは少し気まずそうに答えた。しかし外からアルカイオスがダナエを呼ぶ声が聞こえ、彼女はハンカチを私に渡して急いで部屋を出て行った。
ダメだ、こんなことじゃいけない。私は敵陣の中にいるんだ。それに、まだフィドーラ殿下にも会えていない。使命を果たすまでは悲しみに浸っている場合ではない。ダシアンがヒメラ領を平定したら、バシレイオス兄様の鎧をもらい受けよう。そして機会があれば、リノス領に運んで、兄様の墓のそばに埋葬しよう。私は何度か深呼吸し、最近鎮まりかけていた復讐の炎を再び燃え上がらせた。
外から重い足音が聞こえ、それに続いて男の声が会議室に響いた。「アルカイオス、久しぶりだ。どうやら最近の様子はいいな。少し太ったんじゃないか?」
「コスティン様、お元気そうで何よりです。最近いかがですか?ビジナはどうして来なかったんですか?」アルカイオスの声が聞こえた。さっき話していたのはコスティンだったらしい。彼の声を聞くのは2か月ぶりで、すっかり忘れていた。次に椅子を引く音と着席する音が続いた。この部屋でも会議の内容が聞こえるなんて思いもしなかった。壁のベルが鳴り、私は慌ててお茶を淹れ始めた。
「帝国軍の正面攻撃は止まっているとはいえ、小規模な戦闘は続いている。我々は昨日も南の山麓から忍び込もうとしていたウルフライダーをすべて撃退し、痛い目を見せてやった。だから前線をほっておくにはいかない。今はビジナが指揮を取っている。」コスティンの声だ。ウルフライダーだなんて、まさかアドリア領の部隊では?夏にパイコ領に同行したウルフライダーたちのことを思い出し、不安が募った。
「アデリナ、できた?」ダナエが扉の外で小さな声をかけてきた。
「できました、姉貴。」私は急いでお茶をトレーに乗せ、ダナエに渡した。
「砂糖の壺とミルクも。各カップの隣に小さじを置いて。」ダナエが小声で指示し、引き出しを開けて必要なものを取り出すよう教えてくれた。私は言われた通りにした。そしてダナエはトレーを受け取ると会議室に向かい、私は一人小部屋に残されて考え込んだ。




