4.企み
本来は教会で葬儀は行うが、隣の領地の教会は宗派が違うので急遽私の自宅で行うこととなった。ウィルフレッドが黒い修道士服に着替えると言ったので、私は背を向けて椅子に座って終るのを待つ。衣擦れの音に少々気持ちが落ち着かなかったが、ややあって彼は私に声をかけた。
「お待たせしました」
「あら、そっちのほうが似合うわね」
真紅の異端審問官の服よりも、黒い修道士服姿のほうがウィルフレッドにはしっくりくる。小さく咳払いしながらウィルフレッドは対面に腰掛けた。
「先ほどベンさんを領主にしたいとおっしゃいましたよね?」
「えぇ。彼のほうが今の領主より向いてるわ」
今の領主は贅沢が大好きな浪費家。ちなみにその伴侶である夫人も右に同じ。息子が一人いるが、その子はマトモであと二年で成人だ。今は王都の学園に通っているので、領民たちは息子が成人するまで我慢している状況である旨をウィルフレッドに伝える。
「領主が贅沢三昧しても、なんとかやっていけてるのは家令であるベンの手腕のおかげなの」
「ふむ。そんな敏腕な方が何故そんな領主に仕えているんですか?」
引く手数多でしょうにとウィルフレッドは不思議そうに顎に手を当てた。
「兄なんですって」
「え?」
「ベンは今の領主の実の兄なの」
ウィルフレッドは困惑した表情を浮かべる。普通、領主いわゆる貴族は嫡子が引き継ぐ。次子が引き継ぐ場合は、嫡子に身体的または精神的な健康上の理由がある場合だ。
「しかし、ベンさんは健康そのものに見えますよ?」
「考え方の違いね」
「考え方?」
私はこくりと頷くと話を続ける。
「先々代の領主は質素倹約な方だったそうよ。まぁ、庶民よりは贅沢な暮らしだったでしょうけど」
領主として威厳の保てる最低限の生活を送っていたと老人たちの世間話で聞いた。尊敬できる方でもあったと。
「先代の領主は王都の学園で、他の領主が贅沢な暮らしをしていることを知った。先々代が亡くなり、領主となると贅沢な暮らしを始めたそうよ」
「ふぅん。よくある話だね」
ニヤリとウィルフレッドが笑った。あら、そんな悪い顔も出来るのね。面白いわと考えながら私も笑った。
「えぇ。先々代に考え方も容姿も似ているベンを先代領主は疎んじたそうよ。ただ、その領地経営の手腕は早くから見抜いていたみたいで、飼い殺しにすることに決めた」
「はは、悪魔も真っ青だな」
「領民思いのベンの気持ちを逆手に取ったのよね。家令として家に縛り付けた。自分たちの贅沢のために租税徴収権を乱用している彼らを、何とか抑えようとベンは家令としてあの家にいるの」
私の話にウィルフレッドは考え込んでいる。彼の考えがまとまるまで黙っていようと私は静かに待った。今日は天気がいいなと窓の外を眺めていると、ウィルフレッドは口を開く。
「何か……当主となる決定的な証などはないのですか?」
「証?」
「例えば……あぁ、あの聖女のあざのようなものです。当主にしか開けない宝箱などもありますね」
偽の死体を指差すウィルフレッドの言葉に、ふむと私は領民たちとの会話を思い出すが、そのような話は聞いたことがなかった。困ったなと人差し指で眉間を押すと、ハッとする。
「作っちゃえば?それ」
「作る?」
「えぇ、そう」
私はニコニコとウィルフレッドに笑いかけた。
「この聖女のあざみたいに、当主になる者にはあざがあるって」
「嘘をつくんですか!?」
ウィルフレッドの慌てる姿に、既に私の死を偽造しといて何を言っているのと呆れながら話しかける。
「半分嘘ではないわ。先々代の領主と同じあざがベンにはあるのよ」
「同じあざが?」
オウム返しに訊いてくるウィルフレッドにコクリと頷いた。
「えぇ。先代の領主がベンを遠ざけた最初で最大の理由ね」
「成る程、良き領主であった先々代と同じ証があるために相応しいと」
私は再び頷くが、どうベンを領主にするかは全く思い浮かばない。
「強引に持っていくしかないけれど、領民たちは納得すると思うわ。でも、どうやって今の領主のを引きずり降ろすか……」
「あぁ、それは簡単ですよ」
目を丸くしてウィルフレッドを見ると、彼は楽しそうに笑っていた。何だか怖いと私は小さく身震いする。
「彼らを魔女として捕らえます」
「えっ?!」
驚きすぎて私は固まった。領主たちを魔女に?コイツ本気なの?と私が訝しがっていると、ウィルフレッドはポケットから魔女狩りに使う針を取り出した。
「殺人事件が起こった際に、一番最初に自分の身の潔白を主張した人が犯人であることが多いんです」
「へぇ、そうなの?」
あんた何者なのよと考えながら返事をして、ウィルフレッドの話に耳を傾ける。
「はい。ですから、あなたを魔女と売った彼らが本当は魔女だったということにしましょう」
「そうね。それなら皆が納得するわね」
でしょう?と少し悪い笑顔を浮かべるウィルフレッドに、修道士より似合う仕事が他にありそうよと私は肩を竦めた。ウィルフレッドは先ほど取り出した針の先端に指先を持っていく。そのまま指先で針を押すと、針は持ち手に引っ込んでいった。私は乾いた笑いを漏らす。
「これなら痛みも感じませんし、血も流れません」
「詐欺師のほうが向いてるんじゃないの?」
「酷いですね。夫人のほうは女性であるシスター アリア。あなたにお願いします」
スッと先ほどの針の持ち手を私に向けてウィルフレッドは差し出した。受け取る前に彼に質問する。
「それで、彼らはどうなるの?」
「ここでは裁判ができないことにして、適当な教会を見繕って炊事洗濯や農作業に一生従事してもらいましょう」
まぁ、火炙りにならないし、衣食住は一応保証されるからいいかと私は納得して針を受け取った。流石に有罪で火炙りにされるところは見たくない。夢に出そう。
「あともう一つ、お願いがあるんだけど……」
私はウィルフレッドにもう一つお願いをした。