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2.若返りの水と告発者

 毒かもしれないが首を切られるよりマシと一気に飲み干した。ほんのりとローズマリーやレモンピールの味が感じられるなと考えていると、青年が驚いた顔をしてこちらを見ていることに気付く。


「どうかし……え!」


 声がいつもと違う。若い。肩や腰の痛みがないし、いつもより視界がはっきりしている。


「アライナさん、美人だったんですね」


「な!失礼ね!」


 思わず立ち上がったが、膝も全く痛まなかった。恐る恐る小瓶を持つ手を見ると、シミひとつない白い手がそこにあった。


「わ、若返ってる?!」


「私も目の前でその効果を見るのは初めてなので、失礼しました」


 先ほどの私の失礼発言を青年は謝罪してくれたので、恥ずかしく思いつつ椅子に座り直す。本当に若返りの効果があった。凄いわ

教会、と感心していると青年は咳払いをしながら話し始める。


「私の名前はウィルフレッド。見ての通り異端審問官で、グレイ派だ」


 元々この国は多神教を信仰していたが、現在は一神教のサイラス教が信仰されている。修道士グレイがこの国でサイラス教を布教するために、元々の信仰と上手く合体させた。土着の神をサイラス教の聖人に組み合わせたりした為、サイラス教の他の宗派とは違い土着の神や妖精を悪魔扱いしない。それがグレイ派だ。


「グレイ派は土着の神や妖精を悪魔扱いしないはずでは?」


「あなた方を保護するための隠れ蓑です」


 いまいち腑に落ちないが、苦笑いを浮かべるウィルフレッドから悪意は感じられない。


「それで、これからどうするの?」


「あぁ、死体を偽装する必要があるのでその手配を……」


「私が作るわ、偽の死体」


 私の言葉にウィルフレッドは呆気に取られていたが、気にせず庭に出て少し湿った土を両手に掴みベッドに置いた。次に薬棚からバーベイン、ヒソップ、セージ、ローレルを取り出して配合に注意しながら土に混ぜ込む。仕上げにミルラとフランキンセンスの精油を垂らし、ヘマタイトをその上に置くと妖精たちに祈りを捧げた。するとみるみるうちに、老婆の私の身体が出来上がる。


「これは……凄いな。ここまで完璧な偽の死体は見たことがない」


「あら、ありがとう。死んだ師匠も鼻が高いわ」


 魔法を教えてくれた真っ赤な髪を持つ魔女を思い出し、少し寂しい気持ちになりつつ、フフッと私が笑うと何故か彼は顔を赤くした。


「まぁ、普通はヘマタイトは加えないんだけれど」


 私が得意気に偽の死体の髪を撫でると、ウィルフレッドは片眉を上げる。


「普通は?」


「さっきも言ったけど、私は元々宝石を使った治療が得意なの。ヘマタイトの石言葉は身代わり、生命力。偽の死体の原料にぴったりなのよ」


 ふふんと胸を張ってウィルフレッドに伝えると、彼は神妙な顔で私を見つめた。何よ。笑うなり馬鹿にするなり反応しなさいよ。肩透かしを喰らって気不味くなった私は、咳払いをしてウィルフレッドに訊いた。


「ところで何で私の死体がいるの?」


「きみを告発したのはここの領主だ。その領主にアライナは無実の女性だった。虚偽の告発をしたと知らしめる必要がある」


 あの守銭奴と私が眉間にシワを寄せると、ウィルフレッドはクスクスと笑う。


「美人が台無しだぞ」


「……それで、嘘の告発者をどうするつもり?」


 彼の謎の褒め言葉を無視して訊ねると、肩を小さく竦めてから話し始めた。


「報酬は与えない。無実の女性を告発したとして、監視も兼ねて領地内に修道院を建設させてもらう。勿論、領主持ちだ」


 思っていたよりも軽い罰なのねと考えながら私は口を開く。


「……薬を必要とする領民たちはどうなりますか?」


 ウィルフレッドは顎に手を当てて、少し悩む素振りを見せてから私に言った。


「アライナさん。私はこの家に来る前に、領人にあなたのことを訪ねて回りました」


 ドキリと心臓が嫌な音を立てる。私は上手く彼らと付き合っていたと思っていたが、領主と同じように魔女だと告発した者が居るかもしれない。ドクドクと頭の中で心臓の音が大きく響いた。


「誰もがあなたを良く言い、魔女ではないと庇っていましたよ」


 ウィルフレッドの言葉に思わず涙が溢れた。あぁ、良かった。彼らと私は同じ気持ちで付き合えていたんだ。嬉しさから、どんどん涙が溢れて止まらない。


「アライナさん、あなたの真心を持った優しい方です。死を偽装し、この領地からアライナさんを奪う対価として修道院を早急に建設し、治療院を開いてあなたの患者を受け入れます」


「あ……あ……りがとう……ござい、ます……」


 ボロボロと涙を流しながら、私はウィルフレッドに頭を下げる。私の薬を必要とする領民たちがどうなるか心配だった。早急にと彼は言ったが、それでも時間はかかるはずだ。なるべく多く作り置きしておいた方がいいと思いながら涙を拭った。


「そこで提案なのですが」


 にっこりとウィルフレッドが笑ったので、嫌な予感がして涙が引っ込む。


「教会が完成するまで、ここで修道女として患者たちの治療を続けてください」


 パチクリと目をさせ、私は彼に訊ねた。


「い、いいんですか?」


「えぇ。誰もあなたがアライナさんとは分からないと思います」


 そんなにも違うの?と私は驚きつつ、偽の死体を見下ろした。鏡を見ていないので分からないが、相当若返っているのだろうと推測する。

 ウィルフレッドが再び宙に手を翳すと、チャコールグレーの修道女服が表れた。それを彼は私に差し出す。


「アライナさん。私が領主たちを呼びに行っている間に着替えてください」


「分かりました」


 こくりと頷いて修道女服を受け取る。もう後戻りは出来ないと思うと、少し体が震えた。ウィルフレッドはそんな私の顔を覗き込む。


「お名前、どうします?」


「え?」


「アライナさんのままは良くないかなと」


 確かにそうだ。アライナのままでは領主たちは不審がる。ウィルフレッドが新しい名前を悩んでいる様子を見ながら、私は声を発した。


「アリアはどうでしょう」


「アリアか……いいと思うよ」


 ウィルフレッドはそう言うと立ち上がり、戸口に向かって歩き出した。私はその背を見つめる。


「領主たちを呼んできますから、アリアさんは着替えたらアライナさんの死体に祈っててください」


 ウィルフレッドは笑顔で振り返って私に指示した。私が頷くと彼も満足そうに頷く。ゆっくりと扉が閉まるのを確認して、私は急いで修道女服に着替えた。


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