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1.こうして魔女は聖女になった

 今日は森が嫌に静かだ。いつものおしゃべりな妖精たちの声がほとんど聞こえない。不気味に思い、薬草採取も早々に小走りで家に向かう。年を取るとなかなか速く長く走れなくなるものだと考えながら家に着くと、銀髪の青年が戸口に立っていた。慌てて身を隠そうとしたが一歩遅かった。


「あぁ、良かった」


 振り返った青年は、真紅の異端審問官の服を身に着け、モノクルをかけていた。人の良さそうな笑顔が逆に恐怖を煽る。思わず後退りすると、青年は両手を広げて話しだした。


「今、危害を加える気はありません」


 そう言ってにっこりと微笑まれたが、じっとりと全身から汗が吹き出る。近場だからと箒を置いていくんじゃなかったと後悔したがもう遅い。先ほど走ったのでまだ息は上がったままだ。


「中でお話しできませんか?アライナさん」


 名前を呼ばれ、しぶしぶ頷いた。青年の海のような青い瞳は危害を加える気は本当になさそうに感じる。ゆっくりと彼に近づくとその隣を通り過ぎ、表の戸を開いて中に招き入れた。

 テーブルの近くにある椅子に座るよう青年に勧めて、その隣に腰かける。青年は興味深そうに家の中を眺めていたが、満足したのか私を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「いやぁ、凄いですね。こんなに薬草を集めるの大変でしょう?」


 普通の青年が話すような内容に拍子抜けしながら私は訊ねた。


「異端審問官様が私のようなおばあさんに何のご用ですか?」


 青年は薄っすらと笑みを浮かべる。苦手だわ、この笑顔と考えていると彼は話し始める。


「あなたに魔女の疑いがかかっています」


 思っていた通りの返答に、私はため息を吐いた。誰が告発したのか分からないが、村の人たちとは上手くやっていた自信があったので傷付く。俯いた私に気を使うことなく青年は明るい声で話し続ける。


「なので、聖女になりませんか?」


「は?」


 青年の言葉に思わず間抜けな声が出た。聖女?今この青年、聖女って言った?と混乱しながら思わず叫ぶ。


「私に死ねってこと?!」


 聖女は神聖な事業を成した女性に与えられる称号だ。そのほとんどは亡くなってから与えられる。この青年、やはり怖いと年甲斐もなく泣き出しそうになるのをグッと堪えた。


「いえいえ、死んでもらっては困ります」


 私の前に手を翳し、頭を振る青年をポカンと見上げる。


「少し話を聞いてください。魔女狩りが頻繁に行われた結果、医療崩壊が起きています」


 魔女と呼ばれる女性のほとんどは薬師や医師、産婆のような存在だ。そういった者たちが居なくなれば、教会の治療院が埋め合わせを行っていると聞いたが、追いついていないのかと溜め息を吐く。彼女たちがいなくなった地域は大変なことになっているだろうと思わず眉間にシワが寄った。


「ですので、あなた達のような方を魔女とせず、保護する方向で教会は考えています」


 ポカンと青年を見ると、彼は懐から小瓶を取り出す。黒に近い緑色の液体に、思わず声を出した。


「若返りの水……」


 私の言葉に、青年は満足気に微笑むと小瓶を揺らす。


「御名答。流石ですね」


 若返りの水は、ある国の高齢の王妃が手足のしびれに苦しんでいた為に修道士が考案したローズマリーをメインに蒸留酒で漬け込んだハーブチンキ。そのチンキを飲用または外用すると、王妃はみるみる症状が回復しただけでなく若返りの効果もあったという。若返った王妃は隣国の孫ほど年の離れた王子に求婚され、二つの国は一つになったという伝説がある。

 教会はその材料を公開しているが、所詮伝説と人々は考えていた。実際作って使用してみると、強壮や抗加齢の効果はある。

 しかし、魔女たちは公開されている材料が全てではないと知っていた。教会にしかない『なにか』が配合されているため、劇的に王妃は若返ったのだと。それを知るために命を散らした魔女もいた。

 そんな若返りの水が目の前にある。

 その成分を分析したいと思うのは、魔女の性だろうと私は思う。だが、目の前の青年が簡単にそれを渡してくれるとは思えなかった。


「こちらの水を飲んでいただき、若返ったアライナさんには修道女となって教会に来ていただきたいのです」 


「成る程、私の死を偽装して聖女の称号を与えるんですね」


「はい。一応、偽物の死体も作らせていただきます」


 魔女ではなく聖女だったと偽ることで、魔女狩りの勢いを削ぐつもりなのかと小瓶を見つめる。神をも欺く行為じゃないかと訝しがっていると、青年はにっこりと笑った。


「魔女と呼ばれているが、あなた方のほとんどは無害な人間だ」


 ドキリと心臓が跳ねる。

 教会の治療院を除いた公認の医療者はほぼ男性が担っている。魔女狩りの告発者や密告者はそういった男性やその背後にいる権力者たちだ。さらに告発者や密告者に教会は金銭を与えていたので、報酬目当てに魔女ではない女性の名を出す者もいた。


「あなた方には薬草や毒草、医療の知識がある。教会にその知恵を授けていただきたい」


 交換条件はそれかと納得する。教会では使わない薬草や毒草の知識が私たちにはある。そして、数少ない公認の女性医療者として認められている教会の治療院は、魔女を匿うにはうってつけだ。


「もし断れば?」


「死んでもらいます」


 スッと青年が宙に手を翳すと、鍔が短く幅広で長い先端の尖っていない刃のついた、重々しい『処刑人の剣』が現れる。青年は事もなげにそれを掴んで刀身を私の首筋に当てた。ヒンヤリとした感触に肌が粟立つ。

 異端審問官は公示人と処刑人を連れて三人で行動している。しかし、青年はその三役を一人でこなしているため単身だったのかとゴクリと唾を飲んだ。


「教会の秘密を話してしまいましたから」


「……分かりました」


 私の返答に青年は微笑むと処刑人の刃を消した。魔女よりも魔女らしく魔法を使うなと苦々しく思いながら、カラカラに乾いた喉に唾を流す。触れた刃の感触が消えず、思わず首筋を撫でると、青年は小瓶を差し出した。


「どうぞ、アライナさん。飲み干した瓶はご返却下さい」


 やはり若返りの水の成分は調べられないかと残念に思いながら、私は小瓶を受け取る。黒に近い深い緑。夜の海のようだと考えながら若返りの水を眺める。


「あぁ、一つ言い忘れました」


 私の言葉に青年は首を傾げた。


「私、薬草よりも石……宝石を使った治療が得意なんです。構いませんか?」


 青年は満足そうに笑う。


「あぁ、それは僥倖ですね。教会には今、宝石療法を得意とする者が少ないんです」


 ニコニコと上機嫌で話す青年に、自分の価値が示せたことに少し安心する。

 宝石療法は宝石の真贋を見分ける能力も必要なので、使い手はあまりいないと聞いたことがあった。そして貴族からの教会への寄付は現金だけでなく宝石もあると。それを換金して薬草や毒草を育てるよりも、費用的には良くないかもしれないが治療に使ったほうが手っ取り早い。まあ、借し出した宝石を返却せず私物化させないための策も考えてあるので、どうにかなるかと腹をくくって小瓶の中身を煽った。

お読みいただき、ありがとうございました。

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