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8.天災認定

 隣国スルタジア王国は、山脈の中に作られた内陸国だ。私たちが乗った馬車は山道を駆け上がると、頂上の城の前で止まった。


「こちらがお見合い会場のデルレイ邸です。シャノン様、どうぞこちらに」


 フィオレンティオがリリィの手を取り、馬車から降りる。私も彼女に続き、スルタジア王国の土を踏む。


「大賢者様、デルレイ邸では求婚はお控えくださいね」


 付き添いで来ていたほかのメイドが、私に耳打ちしてきた。私の中身がフィオレンティオならば、これ以上ないくらい適切な指摘だ。しかし今の私は変人ではないので安心してほしい。


「わかってますよ。しばらく魔法は控えます」


 メイドは口を開けたまま、何も言えなくなっていた。フィオレンティオ本人が同じことを言ってきたら、私も同じ顔をしていたと思う。

 デルレイ邸の門の前まで歩くと、五人ほどの執事が横並びで私たちを出迎えた。


「お待ちしておりました、シャノン王女。お入りください」


 真ん中に立っていた老執事がそう言って私たちを出迎えた。執事たちに案内されて、シャンデリアが吊るされた豪奢な客間に通された。

 入ってすぐのところのソファに座った男が、私たちを出迎えた。


「シャノン王女、今日はよろしくお願いします」


 その男――ヴァルカン・デルレイは、でっぷりとした顔に笑顔を浮かべた。

 歳の頃は四十くらいだろうか。今のスルタジア国王が六十代なので、おそらくそのくらいと見ていいだろう。ひと目見てわかるような作りのかつらで、禿げあがった頭のてっぺんを隠している。

 彼は成金がごとく宝石を大量に身につけ、値踏みをするような視線を私たちに向けてくる。フィオレンティオがこの見合いを嫌がった理由が、少しわかった気がする。


「こちらこそ光栄でございます、ヴァルカン殿」


 フィオレンティオが、柔らかい笑みを浮かべる。私にしかわからないほど僅かにだが、その笑顔はひきつっている。これも外交の一環なのだから我慢してほしい。

 フィオレンティオの隣に座り、ヴァルカンに向き合う。先に言葉を発したのはヴァルカンだ。


「シャノン王女のご活躍は耳にしております。なんでも、エリン王国の騎士団試験に合格したとか」

「将来この国を背負う者として、当たり前のことをしたまでです。とはいえ、剣術の鍛錬ばかりしていては王女らしくない、と父に言われることもありますね」


 フィオレンティオのことだから自画自賛で返すかと思ったが、案外常識的な返しをしてくれた。「シャノン様の評判を傷つけず破談にする」と言っていただけある。


「そうですねぇ。いささか王女らしくないかと」


 フィオレンティオの眉がぴくりと動くが、笑顔は崩れない。よくやった。


「見た目だけで言えば……そちらの大賢者様の方が王女らしいですかな」


 そう言ってヴァルカンは、私のほうに視線を向けてきた。フィオレンティオが笑顔の奥で歯を食いしばっている。


「いえ……私はこう見えて根っからの武闘派ですよ。シャノン様のほうがよほど王女らしいかと」


 大賢者になったばかりの頃は、求婚のために大きい魔物を倒しては私に献上してきたような魔女だ。それに比べればだいたいの人間はか弱い乙女になるだろう。


「とてもそうは見えませんね。白い肌、細い指、それにその淑女らしい振る舞い! 剣さえ握れない心優しさが表に出ておりますよ!」


 そう言ってヴァルカンは私の手を握ってきた。手を出すと国際問題になるのをいいことに、好き放題やってもいいと思っているのだろうか。


「――失礼、ヴァルカン殿下。わたしの大賢者が萎縮しています。手を離してやってはくれませんか?」


 耐えかねたフィオレンティオが、私とヴァルカンの間に割って入る。ほっと一息ついたのもつかの間、ヴァルカンはフィオレンティオに向けて睥睨(へいげい)を投げた。


「おや、シャノン王女。男らしい格好を貶されたのがそんなに癪に触ったのでしょうか」

「そういう話ではありません。わたしの大賢者は、かつて国際魔法連盟から天災認定された魔女です。近づきすぎると魔法が火を噴くでしょう。手を離せと言っているのは、貴殿を守るためでもあるのですよ」


 フィオレンティオがそう口にすると、ヴァルカンの顔色がみるみるうちに青ざめていった。私の手を取り落とし、わなわなと震えながら叫ぶ。


「て、天災認定だと!? そんな恐ろしい魔女を傍に置くとは、とんでもない国家だな!」


 私もそう思います。

 天災認定は、多くの魔力を持って生まれた人間の中でも世界を滅ぼしかねない者に下される。フィオレンティオは大賢者になる前、終末魔法を開発し発表したときに天災認定されたらしい。

 いったい先代の魔法省大臣は、何を考えてそんな人間を大賢者に据えたのだろう。今となってはそのわけを知ることはできないが、せめて教えてから亡くなってほしかった。


「いえでも、フィオレンティオはわたしたちをよく慕ってくれていますよ。先日の襲撃事件でもわたしを庇って襲撃者を撃退してくれましたし、挙句わたしに求婚までしてくる始末で……」


 フィオレンティオが食い下がる。一応めちゃくちゃでも、彼女なりに私たちを慕ってくれていたらしい。


「我が国は二十年前、他国の魔女により貿易船の襲撃を受けた……その大賢者だって、笑顔の下では何を考えているのかわからんぞ!」

「いえ、ですから――」

「やはり魔法使いは、人間を脅かすために生まれた存在なのだよ!」


 なるほど。それは正しいかもしれない。

 フィオレンティオは今の今まで、私以外の全員からその力を恐れられてきた。人間を脅かすために生まれてきたというのなら、彼女はその役目を十分すぎるほどに果たしてきたと言えるだろう。


 ただ――怖がらない人間に興味を持って求婚するような人間が、果たしてそれを望んでいるだろうか。

 彼女の人生は、人に恐れられるだけで終わっていいものだろうか。


「擁護する方も擁護する方だ! エリン王国はもう少しましな大賢者を置いていると思ったら、まさか天災認定されていた魔女だとは思わなんだ!」


 天災認定うんぬんは過去の話だ。今の彼女は、王女を振り向かせる魔法だけを研究し続ける、「求婚の魔女」でしかない。


「見合いは破談だ! まったく、もう少し調べてから見合いを申し込めばよかった……」


 杖の先端に魔力が集まる。私は杖の先をヴァルカンに向け、言い放つ。


「――気が合うな。こちらこそ願い下げだ」


 魔力を解放させる。


 思い描くは風属性の魔法。

 言われたままでは気がすまない。別れ際にかつらを飛ばして禿頭を衆目に晒すくらいの仕返しは、許されてもいいと思うのだ。

 部屋に吹きはじめた強風が、私の頬を撫でた。


「な……っ!」


 風によってヴァルカンのかつらが吹き飛ぶ。僅かに残った髪の毛が、風の中でちろちろと揺れる。

 ――ここで終わったら良かったのだが。


「……は?」


 風は止まないどころか、だんだんと力を増していく。やがて沢山の風は束となり、渦巻きを描いていった。


「おい、おいこれ、何が起きて――」


 どん、と竜巻が客間のシャンデリアを貫いた。

 贅の極みを尽くしたかのようなシャンデリアは青空に向かって突き上げられ、ヴァルカンのかつらは遥か彼方に飛んでいく。

 どうやら魔法を使うのは、この身体に加減というものを覚えさせてからでも遅くないらしい。

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