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3.地獄への道は煩悩で舗装されている

 魔法省は王城から徒歩で十分ほどのところにある。要するにあまり離れていない。魔法省の役人の一部は宮廷魔法使いも兼ねているから、そう考えると妥当だ。


「しゃ、シャノン様を襲撃した犯人に用があってですね」


 魔法省に着いて、私ははじめてフィオレンティオとして口を開いた。記憶の中の彼女に倣い、陰気な笑顔を浮かべ腰で弧を描いている。


「ああ大賢者様。普段とご様子が違いますが、まだ体調が優れないのですか?」


 受付の女性が心配そうに私の顔を覗き込む。そういえば、今日は二回昏倒してまともに過ごせていなかったのだった。


「いや、べつにそういうわけでは……」

「こいつは今日の襲撃の際私を庇い、どこか変なところを打ったらしい。それ以来この有様でな」


 しどろもどろの私に助け舟を出したのは、本物の大賢者、フィオレンティオだ。彼女は余裕のある笑みをたたえつつ、襲撃の犯人に面会をさせてほしい、と受付に頼んだ。

 この女、私の仕草だけでなく能力まで引き継いでいるではないか。


「おい、おいニア」


 背伸びして、脇に立っていたニアに耳打ちする。彼女は腰をかがめて、私に耳を傾ける。


「なんだあいつは。名のある貴族出身ではないと聞いたのだが、なぜあんなに慣れているのだ」


 フィオレンティオとは六年間の付き合いになるが、未だに彼女についてはわからないことが多い。大賢者になる前の生活に関することとなると、田舎出身ということしか知らない。年齢さえも未だわからないのだ。


「さあ……はったりじゃないですかね、やっぱり」

「そうか。あいつに賢いことをやらせるとどうも調子が狂うな」


 大賢者なのに愚直なプロポーズをしているときの方が、どうもしっくりくる。


「もう、なにわたしの悪口言ってるんですか」


 話の的になっていた上辺だけの王女は、呆れながら言った。


「案内してくれるらしいので、行きますよ」

「あ、ああ……」


 これまでフィオレンティオに苦言を呈されたことは何回かあるが、自分の姿をしていると我ながら逆らいにくいと思った。


 役人の案内により、犯人が入れられているという留置所までたどり着いた。


「面会はこちらになります。犯人との面会が手配できるまで、少々お待ちください」

「ああ、感謝する」


 フィオレンティオが礼を言いつつ、面会室の中へ入っていく。入って右側の壁がガラス張りになっており、その奥にも部屋がある。犯人とはガラス越しに面会することになるらしい。


 私を真ん中に、横一列で椅子に座る。しばらくするとガラス越しの部屋のドアが空いて、ふたりの人物が入ってきた。


「姫様、こちら犯人のアンディ・ランダンです」


 ガラス越しに役人が、犯人の男を突き出してきた。男はガラスの前の椅子に座り、役人はそのまま部屋の隅に立っている。


「お前がやったのか?」


 私は腕を組んで、犯人に詰め寄る。ガラスにはしかめっ面のフィオレンティオが映っている。

 犯人の男は不敵に笑いながら、私の発言を肯定した。


「そうだよ、元は俺とあんたを入れ替えようと思ってたんだがな」

「私とお前が? 何故だ?」


 アンディは腰の当たりをゴソゴソとまさぐって、杖を取り出した。


「姫様、あれが(くだん)の魔道具です」


 ニアが耳打ちしてくる。よく見ると、杖の先には穴が空いていた。あそこから光が出ていたのだろうか。


「自分の立場わかってんのか、姫様。あんたはこの国の第一王位継承者で、剣の腕前も勲章を授けられるほどときた」

「そして美少女の大賢者に好かれすぎて困っている、と……」


 フィオレンティオが余計な補足をしてきたが無視しよう。


「──で、私と入れ替わって何をするつもりだったんだ?」


 王として崇められたかったという可能性はあるが、それだけでこんな行動に移るとは考えにくい。王族を害する魔法を使ったとなれば、最悪死刑になるからだ。


「俺の目当ては姫様自身じゃない。それだ」


 アンディが指さしたのは、フィオレンティオの腰にある聖剣・ネイリングだ。


「私の聖剣がどうした?」

「そいつはな、ドラゴンを殺すための剣なんだよ」

「……ふむ、たしかに」


 ネイリングは初代王が振るったと言われる聖剣だ。彼はこの国に巣食ったドラゴンを倒し、王になったと語り継がれている。


「だが、ドラゴンはもういないだろう」


 二百年前、最後のドラゴンが死んだ。それ以来ドラゴンは伝説上の生き物となっている。


「いいや、俺が聞いた話じゃ、エリン王国の湖にドラゴンが封印されているらしい。あんたに成り代われば、そこの大賢者様の力を使ってその封印を解くなんて簡単だろ?」


 アンディは私の姿をしたフィオレンティオを指さした。フィオレンティオは「まあ、そのくらいは……」と言いつつ、照れくさそうにしている。


「俺は魔法の研究者をやっている。今の研究を達成するために、ドラゴンの心臓が必要なんだ」

「どんな研究だ?」

「太古の錬金術の書に書いてある、『生命創造魔法』についての研究だ。人間離れした魔力をため込む人造人間を作るために作られたらしい」


 アンディに向き合った私たち三人は、息を呑んだ。魔法で生命を作り出すなんて、禁忌としか言いようがない。

 そんな中、一番に沈黙を破ったのはフィオレンティオだった。


「そそそ、それってシャノン様との間に子供を作れるってことですか!?」

「何を言ってるんだお前は!?」


 閃いたとばかりに立ち上がるのをやめてほしい。


「だってシャノン様がわたしと結婚してくださらないのって、お世継ぎが産めないからなんでしょう!?」

「それもあるがそれだけじゃない! 座れ阿呆!」

「師匠、それについて詳しく教えてください! 師匠!」


 フィオレンティオはガラスに貼りついて、アンディに詰め寄る。当のアンディもあまりの剣幕に気圧されている。

 ニアがフィオレンティオの腰を掴んで引き戻そうとするが、今のフィオレンティオの身体は私のものだ。十六年間、王女として鍛錬を積んだ体幹は乱れる気配を見せない。


「やめろフィオ! 本来の目的を忘れたか!」


 私は大賢者の杖で床を突き、フィオレンティオを叱る。彼女はとっさにこちらを振り向き、その隙にニアが椅子にフィオレンティオを座らせた。効果てきめんだ。


「生命創造云々(うんぬん)より、今は入れ替わりを戻すことが先決だ。そうだろう?」

「……はい、仰る通りで」


 ニアに拳骨を食らったフィオレンティオは、しなだれて頷く。


「アンディといったか。入れ替わりを解消する方法を教えろ」


 私が問いかけると、アンディはあっけらかんと言い放った。


「いや。もともと戻す気なんてなかったから方法は知らねえ」


 ……どこかでそんな気はしていた。そんなわけがないだろうと楽観視する自分もいた。


「おい――貴様のその魔道具は自作ではないのか!」


 顎をしゃくって、アンディが持っている杖を指す。


「これは昔の魔法使いが考えた魔法を再現する魔道具だ。俺が考えた魔法じゃない」


 それに、と続けて、アンディはあざけるような笑みを浮かべる。


「考えてもみろよ。他人と入れ替わる魔法を作った人間が、入れ替わりを解消する魔法まで考えてたと思うか? そいつも俺と同じようなこと考えてるだろ」


 それもそうだ。それもそうなのだが、そんな人間が魔法の研究者をやっていいのだろうか。


「たしかに……わたしも自分を男にする魔法を考えたことがありますが、戻す魔法を作っていなくてお義父様に却下されました」


 フィオレンティオはその筆頭だな、と思った。魔法使いはみな私益優先なのだろうか。だとしたら魔法使いが本格的に権力を握っていた中世は、想像するまでもなく地獄だろう。


「フィオ、元に戻す方法を探れるか?」

「研究すれば戻せますけど、魔法を使うのはシャノン様ですよ」


 今の私はフィオレンティオの身体を持っている。彼女が生まれながらに持った莫大な魔力を身体に蓄えている状態だが、なにせ魔法を使ったことがないのでいまだそれを役立てられていない。

 魔法具は魔力を持つ魔物の身体の一部を加工して作るものだが、作成には時間がかかる。フィオレンティオの身体で魔法を使えるのなら、それに越したことはない。


「……努力しよう。研究はお前も手伝ってくれ」

「もちろんですよ。役人さん!」


 フィオレンティオは、アンディの後方に立っていた役人に呼びかける。


「あっ、はい! なんでしょうか」

「アンディさんを留置所まで送ったら、彼の持っている魔道具を貸してくれますか? 呪文の性質がわからないと研究がしにくいので」

「承知しました」


 フィオレンティオは役人にそう言うと、私のほうを向いた。こんなに目がきらきらしている自分は初めて見た。


「訊きたいことは訊けました!」


 入れ替わりを解消するために必要な情報は、これで十分らしい。


「では王城に戻るか。私は魔法の訓練、お前は魔法の研究をしなくてはならないからな」


 私は立ち上がり、面会室から立ち去る。フィオレンティオとニアもそれに続く。

 世界一に近い魔力と才能を持つ身体ながら、中身の自分は魔法について何も知らない。大賢者人生、まっさらな状態からのスタートである。

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