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24.純白の王女

一週間後、国家転覆のかどでメルクスは国外追放された。

 死刑はラドニー家が裏で色々と手を回して免れた。長い間私を誘拐した犯人が見つからなかったのも、そういう事情かららしい。

 私はというと。

 

「大賢者様、ウェディングドレスとタキシード、どちらがお好みですか?」

 

 ……なぜか採寸を受けていた。

 というのも私の弟・ネルドの婚約者候補が絞られたとかで、フィオレンティオが結婚式の準備を始めたらしい。ちなみに協賛・ネルドである。外堀が埋まりすぎてやいないか。

 

「え……ええと……シャノン様は、どう思われますか……?」

 

 私より先に採寸を終えて傍観しているフィオレンティオに、視線を投げる。

 

「わたしがタキシードだから、お前はドレスがいいんじゃないか?」

「はあ……そうですか……」

 

 シャノンが結婚式でタキシードを着るというのも初めて聞いた。彼女は私の容姿を「かっこいい」とよく褒めていたので、そういう理由からだろう。

 

「まあまだ義父(ちち)上の許可は得ていないから、実際に結婚式をするかはわからんがな」

「許可下りてなかったんですか!?」

 

 行動が早すぎる。昔からあんまり周りのことなんて見ていないので、彼女らしいと言えば彼女らしいか。

 

 フィオレンティオは私の発言にくすくす笑って、私の採寸結果を仕立て屋から聞く。

 彼女はふむ、と言って、苦い顔をしたまま黙ってしまった。たぶん若干肉が付いたのだろうな、と思った。前のマンドラゴラやら毒入り魔法生物の肉やらを食べていたころの数値のほうがおかしいので、納得してほしい。

 

「大賢者様、布の素材もご覧になりますか?」

 

 私の採寸を担当した仕立て屋が、メジャーを折りたたみながら私に尋ねてくる。

 

「ええ、お願いします」

「かしこまりました」

 

 数人私たちの周りにいた仕立て屋たちが、同時に目配せして部屋の隅に置いたワゴンのほうへ移動する。私はフィオレンティオを横目でちらりと見やって、小声で声をかける。

 

「……お前、国王の結婚式にも国民の血税が使われていることを知っているか?」

「知ってます! なので結婚式のお金は、魔道具の売り上げで稼いだわたしの貯金から出します!」

 

 フィオレンティオはしたり顔で胸を叩いた。

 

「貯金なんてしてたのか」

「貯金というか、ニアに取り上げられたお金というか」

「ニアはお前の母親じゃないんだぞ」

 

 ニアはあれでも国の中では有数の魔法使いなのだ。そんな彼女の頭を躾で悩ませるなんて、世界でもこの大賢者くらいだろう。

 

「……ニアは、私とシャノン様の結婚資金として取っておいてくれたんですよ」

 

 会話の最後に、フィオレンティオがそう耳打ちした。だから費用のことは気にしなくていい、という意味なのだろうが、ちょっと愛が重すぎる気がしないでもない。そこまで健気に恋され続けているなんて、とすこし照れくさくもある。

 仕立て屋たちは白い生地をたくさん手に持って、私たちの前に戻ってきた。

 

「大賢者様、こちらはギャラッド山脈地方で生産された絹でございます」

 

 仕立て屋が私に布を手渡してくる。なめらかで光沢のある布を広げ、身体に纏わせる。

 重さを確認するための動作だったのだが、フィオレンティオはこの行動を見てにやにやしている。おそらく私がウェディングドレスを着ているみたいに見えるからなのだろうが、そういうのは相手の姿が自分そのものでも嬉しいものなのだろうか。

 

 ずっと黒い鎧ばかりを着ていたので、こういうひらひらした服は新鮮だった。

 

「……あの」

 

 まだ服となっていない生地の刺繍を眺めながら、仕立て屋に声をかける。

 

「これって、仕上がりはいつごろになりそうですか?」

 

 たぶんフィオレンティオとの結婚式は、父親の赦しが下りないだろう。このまま私がほかの男と結婚したら、フィオレンティオの性格上、彼女は生涯独身を貫くことになるだろう。つまり彼女がウェディングドレスを着られるチャンスは、これが最後かもしれない。

 仕立て屋は私の採寸結果やウェディングドレスの型紙を見ながら、ええと、と唸った。

 

「ええと。大賢者様のために時間を節約しても、セミオーダーで二か月はかかるかと」

 

 二か月――完全オーダーメイドでドレスを仕立てたときは半年ほどかかったので、これでも短いほうだろう。

 ただ二か月も私たちが入れ替わったままかはわからないし、ともすれば私の婚約者が決定するかもしれない。だから今仕立てようとしているドレスが本当にフィオレンティオが着ることになるかは、わからない。

 

 私はフィオレンティオのほうを見やる。

 

「シャノン様、いいですか」

 

 傍から見れば、家臣が仕えている主に許可を求めているように見えるだろう。しかし私たちにとっては、これは「一生着ないかもしれないドレスをお前の金で仕立ててもいいか」という意味になる。

 シャノン様、と呼ばれたフィオレンティオは、私の真っ白な布を纏った姿を見て、微笑みながら言った。

 

「もちろん」

 

 私が結婚したら、彼女の手に残ったこのドレスはどうなるのだろう。名残惜しくて捨てずに残しておくのか、思い出すと辛くなるから燃やしてしまうのか。彼女の図太さなら、なんでもない日にウェディングドレスを着て結婚を迫りそうだが、それも想像ができない。

 

「じゃあ仕立て、お願いします」

「はい、承知しました!」

 

 仕立て屋は嬉しそうな顔で私の選んだ布を受け取り、深く礼をした。

 

「大賢者様と王女殿下の結婚生活に、幸多からんことをお祈りします!」

「まだですからねっ!」

 

 フィオレンティオの気が早いせいで、仕立て屋までもが早とちりしている。

 

 城内でもフィオレンティオがやたら私にくっついてくるせいで、「大賢者様の恋がついに実った」だとか言われているのだ。これ以上誤解を広範囲に広めるのは避けたい。

 

「ああ……まだ婚約でしたか」

「違いますから! ただの主従関係です!」

 

 普段の大賢者の奇行のせいで、なかなか言葉に説得力が生まれない。フィオレンティオのほうから何か言ってほしいものだが、彼女は彼女で嬉しそうに私と仕立て屋のやりとりを眺めている。

 そのせいで仕立て屋の誤解は解かれることはなく、そのまま城下へ帰ってしまった。

 誰もいなくなった王女の執務室で、フィオレンティオはガッツポーズをした。

 

「……既成事実っ!」

「最悪のコールを復活させるな!」

「この勢いでお義父様にも結婚の許可をもらいましょう!」

 

 フィオレンティオは拳を天井に突き上げ、マントをばさばさと靡かせながら部屋を出ていった。

 

「どの勢いだ! あっ、おい、待て!」

 

 もちろん大賢者の貧弱な肉体で王女に追いつけるわけがなく、そのまま国王の執務室に雪崩れ込むこととなった。

 

「お義父様っ!」

 

 ノックもそこそこに、フィオレンティオが父に呼びかける。父は私よりフィオレンティオとの付き合いが長いので、彼女の唐突すぎる紀行には気にするそぶりも見せなかった。ただ見た目が私だからか、普段より少し驚いている。

 

「どうした、フィオ」

「シャノン様との結婚の許しをください!」

「直球すぎる!」

 

 国王に向かってなんだその口の利き方は、と普通の国なら怒られていただろうが、父は手元の資料に視線を落としたまま平然としていた。

 

「なんだそんなことか、いいぞ」

「やっぱり駄目ですよね……って父上!? それでいいんですか!?」

「お前の男運の悪さを見ていると、まあ、無理に結婚させようとは思わない」

 

 父は苦々しい表情で言った。その手元を覗いてみれば、メルクスの名が見えた。彼は国王として、メルクスの不始末をいろいろと処理する羽目になっているらしい。

 

「べつにお前が王になっても、跡継ぎまでお前が生む必要はないんだ。ネルドもいるし、王族には親族も多い。だからそんなに気負う必要はない、と昔言ったはずなのだが」

「で、ですが、それだと王位継承権が……」

 

 おそらくその国王候補たちは、王族の血を未来に残さない人間を王とは認めないだろう。王になるために生きてきたのに、王としての存在意義を否定されたら、なんのための人生だったのかわからなくなってしまう。

 父は私の懸念を察して、優しく微笑んだ。

 

「シャノン。この国の大賢者は誰に仕えている?」

「えっ、あっ、国王、です……」

「そして今の大賢者は、誰を一番信頼しているだろうか」

 

 父は余裕のある笑みをたたえ、私をまっすぐ見た。まるでこの答えが簡単だとでも言うように。

 

 自分には自信がないほうだと思う。王になるためだけに生きてきたから、人間としての自分に自信が持てないのだ。しかしこの答えには、傲慢ではなく自信を持って答えることができた。

 

「……私、ですね」

 

 父は私の答えを聞いて、正解とでも言いたげな笑みを浮かべた。

 

「フィオが大賢者でいる限り、お前はきっと国王になれる。だからこの結婚によって多少の批判が起こることはあっても、お前の王位継承に支障は出ない」

「ええ……今までの苦労は……」

「大勢の貴族が見合いを申し込んでいるにもかかわらず、平民出身の大賢者を選んだとなれば信頼は落ちる。だからお前の苦労を考えるとそちらの方がいい」

 

 父は私の背後に立つフィオレンティオに視線をやってから、穏やかな顔で言った。

 

「父としての許しは出す。しかし国王としての忠告もしておく。どうするか選択するのは、将来の国王たるお前たちだ」

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