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23.何億回でも

フィオレンティオが呼んだ憲兵が駆け付け、メルクスは王都へと連れ去られていった。

 

「大賢者様、お怪我はありませんか!?」

 

 メルクスを捕縛している憲兵以外は、私たちのほうへ駆け寄ってきた。メルクスを殴った杖を持っていた方の手が少し痛むが、大した問題ではないだろう。

 

「問題ありません。シャノン様が攫われた子供たちを外に逃がされたので、どうかそちらを優先してください」

 

 私はフィオレンティオが去った扉のほうへ視線を送った。憲兵たちは互いに目配せしたあと、教会の外へ向かった。

 扉の向こうから子供たち数人の声がしたあと、扉が開いた。フィオレンティオを先頭にして、憲兵たちに連れられた子供たちが教会へと戻ってくる。

 

「大賢者様!」

 

 彼らは私を見ると憲兵の手を離れ、こちらへ向かってきた。私を見上げる子供たちの目は、特別展で見たときと同じ輝きを取り戻していた。

 

「助けてくれてありがとう!」

 

 フィオレンティオを恐れている子供は、いなかった。彼らは私を――というよりフィオレンティオのことを、恐るべき魔女としてではなく命の恩人として見ていた。

 

 (これで多少は、フィオレンティオに対する世間の態度が軟化するだろうか)

 

 生まれ持った魔力量だけで差別され続けた彼女の立場を、私が少しでも改善できたなら。フィオレンティオが私に執着する気持ちも、少しは薄まっていくかもしれない。

 

「次からはお父様やお母様から離れないようにしましょうね」

 

 私が子供たちにそう言うと、彼らは元気な返事を発した。

 

「大賢者様も、王都までお送りしましょうか?」

 

 子供を連れた憲兵のひとりが、私とフィオレンティオに投げかけた。

 ここに来るまでに使った馬車はラドニー家のものだ。帰るとなると、徒歩で乗合馬車の駅まで行く必要がある。

 

「お願いします」

「では、大賢者様と王女殿下専用の馬車を手配します」

 

 ほかの憲兵に指示を送り、私はフィオレンティオとともに教会の外に出る。憲兵に案内された馬車は、私たちが乗り込んだあとすぐに発進する。

 馬は二頭、客室はふたり乗りという狭い馬車の空間の中、私とフィオレンティオは隣り合って座った。

 

「シャノン様」

 

 ふたりきりの空間なので、フィオレンティオの呼びかけに答える者は私だけだった。普段フィオレンティオのふりをしているので、反応が少し遅れた。

 

「何だ」

「なんでメルクス様にわたしを尾行させたんですか?」

 

 私が教会に連れ去られたときフィオレンティオがすぐさま助けに入れたのは、私が彼女に尾行するように言っていたからだ。

 

「シャノン様、メルクス様はわりと気に入っていらっしゃったでしょう?」

 

 ここまで五人ほどの人間と見合いをしてきたが、私が一番話題に出していたのはメルクスだった。しかしその理由は、私が彼のことを特別気に入っているからではない。メルクスがやたらと「王でない私」を強調してきたからだ。

 

「……グレイソンのときのような明確な理由はない」

 

 グレイソン――改め、国際魔法連盟から追放された魔法使い、エルヴィス・ピアースの逮捕には、フィオレンティオが大いに助力した。彼女は彼の正体を最初から知っていた。だからエルヴィスが犯行に及ぶ前に、私やメルクスに協力を仰ぐことができた。

 しかし今回の件は違う。メルクスが何かしら企んでいる、というのは、完全に私の勘に過ぎない。

 

「私の王としての側面について一切触れない人間を、初めて見たから……変だと思っただけだ」

 

 我ながらむなしい話だ。

 

「わたしだって、シャノン様が王女様じゃなくても好きでしたよ」

「お前は特殊だからな」

「えへへ」

 

 嬉しそうにするんじゃない。

 フィオレンティオを睨みつけると、彼女は気の抜けた笑みを返した。

 

「シャノン様。メルクス様と婚約する可能性、ほとんどなくなっちゃいましたね」

「ああ。……有力候補がひとり消えたな」

 

 フィオレンティオが、私の顔を覗き込む。窓から差し込んだ月光が、彼女の顔の輪郭を明るく照らし出す。

 私の青と灰色の間くらいの瞳は、月光で真っ白になっていた。

 

「有力候補はあとどれくらいいるんですか?」

「いまわかっている限りだと五人程度だな」

 

 家柄、素行、年齢ともに問題がない婚約者候補は意外と少ない。権力者たちは万が一を狙って、望みがなくても見合いの申請を出してくるのだ。

 判断基準は事前資料でわかる範囲――つまり、実際の性格云々は一切考慮していない。なので実際に会ってみたらメルクスのような拗らせ男の可能性もあるのだ。

 

「……お前と駆け落ちできたらいいのにな」

 

 王女でなければ、こんな苦難は体験しなかった。王になる者として育てられてきたので、今更別の人生を歩める気がしないが。

 

「うぇ!?」

 

 フィオレンティオが目の前で奇声を上げる。

 

 必死に振ってくださいと言っていた彼女には申し訳ないが、私には立場以外で彼女の婚約を退ける理由がない。王女が女同士で結婚すると、王族の血が途切れるばかりか諸外国からの批判も受けるかもしれない――そんな保守的な考えから、私は彼女との結婚を避けているのだ。

 私がそのままを言うと、フィオレンティオは噛みしめるように「そうですかあ」と繰り返した。

 

「嬉しいです、シャノン様」

「駆け落ちを許可したわけじゃない」

「言葉だけでも十分です」

 

 フィオレンティオを放置しすぎたか。彼女がここまで純粋でなかったら、メルクスのように凶行に出ていたかもしれない。自分の人間関係の歪みが著しい。

 私が言葉を切ったあとも、フィオレンティオは私の横顔を伺っている。

 

「どうした」

 

 今の身体はフィオレンティオなので、入れ替わりの前のように「シャノン様の顔が美しくて」とかいう理由は通用しない。

 フィオレンティオはきまり悪そうに視線を泳がせ、戸惑ったあとに口を開いた。

 

「……あの、この身体になってから思い出した記憶があるんです」

 

 大賢者になる前の記憶をほとんど喪失しているフィオレンティオの来歴には、空白が多い。

 

 空っぽだった彼女を少しでも埋めることができたら、ニアもきっと喜ぶだろう。そしてフィオレンティオも、私以外の人間を愛することができるようになるかもしれない。

 

「言ってくれ」

「シャノン様についてなんですけど」

 

 この前置きで始まることがあるか。たぶんフィオレンティオの私離れは進まないんだろうな、と察した。

 

「……シャノン様、わたしが大賢者になる前にわたしと会ったこと、ありますか?」

「いや」

 

 ギルバートが少女を連れているところを見たことはあるが、フィオレンティオと話したのは十歳の誕生祭が初めてだ。

 フィオレンティオはですよね、と言いながら、馬車の背もたれに体重を任せた。

 

「わたし、ドラゴンを倒した夜、シャノン様みたいな女性と喋る夢を見たんです。でも顔もしゃべり方も、全然シャノン様じゃなくって……」

「じゃあ私じゃないんじゃないか?」

「でもその人、魔法は馬鹿が作ったものって言ってて。初めて会ったときのシャノン様とおんなじこと言ってたんですよ」

 

 そんなことも言ったな、と思い出した。今なら絶対にそんなことは言わないが、当時の私は見聞が浅かった。

 でもきっと、技術がどうのこうのと言って彼女を論理的に褒めていたら、彼女は私にここまで執心しなかっただろう。それがいいことなのか悪いことなのかは、ノーコメントとする。

 

「魔法はもっとロマンがあって、もっとわけわかんなくて……そういうものなんだって、その人から教えてもらいました」

 

 時代が進むにつれ、魔法は技術のひとつとなっていった。そこにロマンなんてものはなくて、世界に存在する不可解な魔法現象は研究者にほとんど解き明かされてしまった。

 だからフィオレンティオの夢に出てきた女性は、かなり古臭い魔法使いなのだろう。

 

「やっぱりわたし、ほかの魔女の弟子だったんですかね……」

「お前が師事できる魔法使いがいたら、今頃世界にぼこぼこ穴が開いていそうだな」

 

 フィオレンティオより魔力量が多い魔法使いは、記録上では何人かいる。しかし最晩年の記録であり、今では全員亡くなっているため、現在の最多魔力量保持者はフィオレンティオである。何よりフィオレンティオお得意の終末魔法を教えた人間がいるだなんて、考えたくもない。

 

「でもいま、シャノン様に駆け落ちしてもいいって言われて、その人のことを思い出したんです。駆け落ちしたのか、駆け落ちしたかったのか……それはわからないままなんですけど」

 

 フィオレンティオは俯いたまま、私の膝上に置いた手へ指を伸ばしてきた。私も抵抗する気になれなくて、そのまま手を繋いだ。

 彼女の冷たい手は何度か私の手の中で波打つと、ふふ、と笑い声が耳を衝いた。

 

「でも、シャノン様のご婚約が引き延ばされて、よかったです」

「意識していないと思うが、普通に不敬罪だからな」

「だって本心なんですもん」

 

 悪びれる様子もなく、フィオレンティオはそう言った。

 

「『求婚の魔女』の二つ名、もうちょっと持っていられそうです」

「お前、それ気に入ってたのか」

「だってこの名前で呼ばれるってことは、シャノン様とわたしの仲が世界に正式に認められたって感じ、しません?」

「しない」

 

 ええ、とフィオレンティオは嘆く。

 一部魔法使い界隈で、天災認定された魔女を手籠めにしただとか言われている私の気持ちにもなってほしい。

 

「じゃ、改めて――結婚してください!」

 

 最後に見た彼女の表情からは、到底想像できないような笑顔で求婚してきた。

 婚約者の有力候補が出てくるたびにこの茶番をしなくてはならないのか、と思うと少し気が重くなるが、それもまあ、仕方ないと思おう。

 

「……断る」

「そんなあ」

 

 たぶんこの求婚の魔女は、諦めないと思うから。

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