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21.大賢者が隣にいない世界で

私は予定通り、メルクスと共に外へ出た。馬車でラドニー家の領地を巡る、なんともスタンダードな逢引である。

 

「もうすっかり春ですね、大賢者様」

「……ええ……」

 

 寝ても醒めてもフィオレンティオの顔が浮かんでくる。ラドニー家の領地にある花畑の解説をするメルクスの声も、いまいち届かない。

 見合いの相手はなにもメルクスだけではない。明日にも魔法使いの団体の代表と見合いをしなくてはならない。王女に付き従う大賢者が曇った顔をしていては、上手くいく見合いも滞る。

 

「……大賢者様、ご気分が優れませんか?」

 

 生返事を続けていると、メルクスが私の顔を覗いてきた。

 

「っ、いえ、大丈夫です……」

「それならいいのですが」

 

 やがて私たちを乗せた馬車は花畑の中心で止まる。稜線(りょうせん)に沿って広がるネモフィラ畑は、エリン王国随一の観光地だ。私たちは花畑の中へ進み、ネモフィラの花弁が舞い上がる。

 

「――メルクス」

 

 私がそう呼びかけると、彼は花畑の中で振り返った。彼が首から提げたペンダントの宝石が、日光に反射して光る。

 

「フィオに送った手紙の返事だが、私がこの場で返答しよう」

 

 フィオレンティオが、あそこまで必死にわたしの幸せを祈ってくれた。彼女の期待に応えるためには、なんとしても王配を見つけなければならない。それがメルクスである必要性はないが、成功するに越したことはないだろう。

 

「私に対する婚約を全面的に許可する」

 

 私がそう言うと、メルクスは困ったように笑った。

 

「……大賢者様は、何と言っていたのですか」

「あいつのことはもう振った」

 

 彼は他人のことなのに痛ましそうに顔をしかめ、そうですか、とだけ返した。

 ほかの男との婚約の妨げになる以上、フィオレンティオの求婚はすっぱりと絶たなければならなかった。そこに私本人としての感情は関係がない。

 

「では……王女殿下が王城へお帰りになり次第、ラドニー家から婚約の申し出をして構いませんか」

「ああ。そうしてくれ」

 

 メルクスが婚約の申し出を始めれば、ほかの権力者たちも彼に見習って私に結婚を申し込んでくるだろう。婚約者決定がいつになるかはわからないが、私の年齢を考えればさほど未来の話ではないだろう。

 

 フィオレンティオは大賢者として、王に仕える魔法使いのひとりになる。

 もともと、それが正しい在り方だったのだ。

 

「……そろそろ、戻りましょうか」

「ああ。私が言いたいことは言えた」

 

 メルクスとともにネモフィラ畑を抜け、王女としての顔から大賢者としての顔に戻る。

 大賢者に魔法について教わる公爵令息という設定で、私はラドニー邸に来たのだ。フィオレンティオの身体になってから身に着けた魔法の知識を絞り出しながら、従者の間をすり抜けていく。

 

「そういえば――ドラゴンの心臓の件ですが」

 

 馬車に乗り込んだ後、メルクスが思い出したように口に出した。

 

「王族に渡されたあと、どのように利用されるのでしょうか」

「大賢者が燃やします。悪用されないように、塵は海に流すそうです」

 

 これまでドラゴンの心臓によって作られた人造人間は、エリン王国に不利益しかもたらさなかった。ある時代では戦争を起こし、ある時代では魔法使いの迫害を招いた。二度とそういうことが起こらないよう、何百年か前に大賢者が燃やすことが決まった。

 

 メルクスは私の発言を聞いて、へえ、とだけ漏らした。

 

「なぜそのようなことをお尋ねに?」

 

 私が尋ねると、メルクスはにこりと笑って言った。

 

「ただの興味です。ラドニー家にはドラゴンに関する博物館があるので、私は幼いころからドラゴンについて教えられてきたのですよ」

 

 ラドニー家の領地にあるグランデル湖は、歴史上でも類を見ないほど力の強いドラゴンが()んでいた。なので彼がドラゴンに興味を持ったというのも、当然のことなのかもしれない。

 

「あの、大賢者様。このまま帰るというのも味気ないですし、帰りにその博物館に寄りませんか」

 

 彼のことだ、私に婚約を申し出てきたのもある程度たくらみがあってのことなのだろう。このまま花畑を散策しているようでは引き出せるものも引き出せそうにないので、私はその提案を呑むことにした。

 

「ええ。行きましょう」

 

 このメルクスという男は、王でない私をなぜかひたすらに求めている。それを探るには、彼のことを知るしかない。

 

 私が了承すると、メルクスは馬車の窓から顔を出した。

 

「すまない、ドラゴニア博物館のほうへ馬車を進めてくれないか」

 

 彼がそう指示を出すと、馬車は右へ方向転換した。ラドニー邸から離れた市街地のほうへ、馬車は進んでいく。

 

 

 

 ドラゴニア博物館は、平日だというのに人で賑わっていた。そこへ私たちが降り立つと、領民から歓声――というより、どよめきがあがった。

 

「求婚の魔女様よ。いったいメルクス様に何を……」

 

 そんな声が聞こえてきた。実力とは裏腹に、フィオレンティオ・エスタ・エステリウスは人望がないらしい。それも当然だと私は思うが。

 メルクスの従者はざわつく民衆を割り、私たちの道を確保する。私は奇異な視線をびしびし感じながら、ドラゴニア博物館へ足を踏み入れた。王女ではない者に対する視線を浴びたのはこれが初めてなので、自然と冷汗が背を伝った。

 

「大賢者様、ドラゴニア博物館へはいらっしゃったことはおありですか?」

 

 前方を歩くメルクスが、振り返って私に問いを投げかけた。

 

「あ、ええ、何度か」

 

 シャノンは、エリン王国第一王女として公務でドラゴニア博物館を頻繁に訪れた。公務なのでフィオレンティオもついてくる。

 

「でしたら常設展は後回しにして、先に特別展へ参りましょうか」

「今の特別展は、何を?」

「大賢者様が退治なさった、水属性のドラゴンに関する展示ですよ」

「なるほど、どおりで人が多いはずです」

 

 ドラゴン退治は、実に二百年ぶりのことだ。ここまで人を引き付けるほど大きな事件だったことは確かだろう。

 

「今日は予言を下した魔法使いも来ているんです」

「ああ……」

 

 ドラゴンが出現したとき、メルクスは「ドラゴンの出現は予言されていた」と言っていた。あのときはグレイソンが勝手に吹き込んだものだと思っていたが、実際はそうではないらしい。

 

 (となると――その予言者とやらがグレイソンと繋がっている可能性もある……か)

 

 そうなるとかなり厄介だ。

 

 アンディとグレイソンだけがドラゴンの心臓を狙っているわけではないとなると、私たちが相対しているのはかなり大きな組織である可能性も出てくる。若干憂鬱な気持ちを背負いながら、私たちは特別展へ向かった。

 

 人ごみを従者がかき分け、特別展が催されている別館へ入る。第一王女シャノンの肖像画がでかでかと飾られ、実際にドラゴンを倒した大賢者の名前は隅に追いやられている。

 

「えー……大賢者様の肖像画は、なかなか手に入れられなかった、と館長も申しておりましたし……」

 

 メルクスが苦笑いしているが、展示までもが権力に屈しているのは明らかだ。私は古臭い伝統を捨てきれない国に呆れながら、特別展の中を進んでいった。

 内容は「まあドラゴン退治の件を特集したらそんなふうに書くだろうな」といった感じで、事件を実際に目にした人間からすると特に面白くもなんともないものだった。

 

 ……が。

 

「大賢者様、ドラゴン大きかった?」「ドラゴンを魔法で倒しちゃうなんて、すごい!」

 

 子供には大人気だった。

 メルクスの従者は纏わりつく子供を私から引き離そうと、子供と私の間に割って入る。

 

「すみません、大賢者様の道を開けて――」

「いいえ、必要ありません。私が応対します」

 

 フィオレンティオの数少ない支持者を、ここで獲得しておかねば。そしてなんとかしてフィオレンティオに、第一王女への求婚以外の特徴をつけなければ。

 

「なにしにきたの?」

「メルクス様に魔法を教えに来たついでに寄ったんです。ドラゴンが現れる予言をしたという魔法使いにも、一度会ってみたいと思いまして」

 

 子供たちの応対をしながら、私は特別展の奥へ進む。心なしか、先ほどよりも訪問者との距離が近くなっている気がする。

 特別展の最奥にあった予言者のスペースは、黒い布が掛けられたドアの奥にあった。いかにも怪しいですといった雰囲気だ。

 別館の物置に設けられたようで、さほど広いスペースはないらしい。『一度に入場できるのは四名まで』と書かれた札が下がっていた。

 

「あまり大人数は入れないそうです、大賢者様」

「では――すみません、私はここで」

 

 私はドラゴンの話を訊いてきた子供たちに手を振り、ドアを開く。子供たちは残念そうにして、私たちを見送った。

 暗がりの中、メルクスに案内されて入った予言者のスペースには。

 

 ――誰も、いなかった。

 

「なっ……メルクス、これは――」

 

 メルクスの肩を掴むと、彼は私のほうを向いた。

 

「王女殿下がひとりで外出されたと聞いて思いついた急ごしらえの案でしたが――うまくいきましたね」

 

 うまくマリオネットが動いて満足した人形師のような、いびつな笑みを浮かべていた。

 

 騙された。

 そう思ってから行動に移すのが、少し遅かったかもしれない。

 

 ひとたび閃光が私の眼前で膨らむと、物置の全体を激しく照らしだした。光の中で目を凝らすと、光源はメルクスのペンダントだった。

 

「メルクス、お前っ……自分のやっていることがわかっているのか!」

「わかっていますとも。ああ、王女殿下――」

 

 ペンダントは魔道具だったようで、私からだんだんと意識を奪っていく。

 

 ……体験したことがある。

 この感覚は、フィオレンティオと入れ替わったときのものだ。

 

「大賢者様の魔力がなければ、簡単なことでしたね」

 

 ここ一週間ほどの騒動は――すべてこの男の差し金だった。

 私はそのことを叫ぼうにもうまく体に力が入らず、そのまま前方に倒れ込んだ。

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