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17.ただし求婚はやめない

 ドラゴンを倒したあと、フィオレンティオがドラゴンの身体すべてをまるごと魔道具にした。それを私が魔法省に提出したところ、魔法省の変態どもに捕まえられて質問攻めに遭った。


「ひ……大賢者様、これって古代の遺物に書かれた呪文の形式から取ってるのよね!? すごいわすごいわ、まさかドラゴンの障壁の呪文を完全に解明して、その上魔道具に転用できるように範囲拡大の魔法まで組み込んで……あっ、ここは遠隔魔法の呪文でしょ!?」


 ドロシーが早口でなにか言ってきた。お前は私がフィオレンティオでないことを知っているのだから、その場の勢いに呑まれて質問攻めを始めるのをやめてほしい。


 日が沈んだあとくたくたになって執務室に帰った私を出迎えたのは、やはりというべきか、フィオレンティオの奇行だった。


「……なんだこれは」


 彼女は床に這いつくばり、頭を抱えている。そのそばで彼女の後ろ手を掴んだニアが、私の質問に答えた。


「えーっと……姫様に話すと長く――」

「シャノン様と結婚できるかもしれないんですよ!!」


 フィオレンティオが顔を上げずに叫んだ。


「……結婚するか否かは私が決める。お前の一存で結婚できるような身分ではない」

「わたしが勝手に言ってるわけじゃないですよ! メルクス様がおっしゃったんです」


 フィオレンティオが顔の代わりに突き出してきたのは、便箋だった。第一王女の身体なので、いい加減人間らしい立ち姿に戻ってほしい。


 彼女が差し出してきた便箋には、フィオレンティオのものでない文字がぎっしりと詰まっていた。私は時制の挨拶などを行儀悪くすっ飛ばして、本題と見られる場所だけを読んだ。


『私が王女殿下の表向きの婚約者となり、大賢者様と王女殿下の結婚をお手伝いいたしましょうか?』


 ――なんだか、とんでもない申し出が書いてあった。


「……請けるつもりか?」


 未だ這いつくばったまま、ニアに抑え込まれている自分の姿をした女に話しかける。彼女はきまり悪そうに視線を泳がせて、ぼそりと言った。


「…………まあ、シャノン様の幸せを考えるとこれが一番かなって」


 普段あれほどしつこいのに、いざ手を引くとなると早すぎやしないか。


「いいのか、私がメルクスと結婚したら、お前はもうおおっぴらに求婚できないぞ」

「し、知ってますよお!」


 フィオレンティオは目を伏せて、それでも、と地面に落とした。


「……わたしがシャノン様のことが好きなのは、変わりません。シャノン様も、わたしからの求婚がなくなってハッピーですよね」


 そういえば彼女は、以前『自分の血を王族に入れるわけにはいかない』と言っていた。『シャノン様に愛されなくてもいい』とも言っていた。

 そもそも彼女にとっての結婚は、目的ではなくただの手段だったのだ。私を幸せにするという目的の、ただの一手段に過ぎなかったのだ。


「……で、話はわかったがなぜニアはフィオを取り押さえているんだ」

「大賢者様が承諾の返事を送ろうとしたので、必死に止めておりました」


 ニアはフィオレンティオの腕を掴みあげる。メルクスからの手紙を持っているのとは逆の腕だ。

 そこには折りたたまれた便箋と、伝書鳩を呼び寄せる魔道具があった。


「私に黙って婚約の許可をしようとしたのか?」

「違うんですよお。メルクス様、わたしがシャノン様に求婚し続けているのを気にしていらっしゃるみたいで。あくまで大賢者の承認だけです」


 まああんなに求婚していたらそりゃあ気になるな、と思った。公爵子息に下手な心配をかけさせるな、とも思った。


「だからニア、出させてくださいよお」

「だめです。お父様から、あなたを幸せにするよう申しつかっておりますので」


 お父様――というと、ニアの父親でありフィオレンティオを大賢者に推薦した前魔法省大臣・ギルバートのことだ。


 話によるとフィオレンティオをかわいがっていたようで、ニアも共にした時間が長いらしい。ただし、ここでの「かわいがる」は娘に向けられるものではなく、犬猫に向けられるものだそうだ。


「ギルバート様、絶対そんなこと言ってませんよ。『フィオにしわ寄せをしろ』の聞き間違いでしょう」

「ダンチェスター家はそんなに腑抜けではありません……よっ、と」


 ニアの赤い髪が舞いあがる。そしてついにフィオレンティオの手から便箋を奪い取った。

 身体はシャノンのものなので、ニアの身体能力は凄まじいものだ。確実に魔法使いのそれではない。


「とりあえず、これは預かっておきます」

「ニアぁ、そんな、殺生な……」

「期間を設けます。一週間、大賢者様のお心が変わりませんでしたら、こちらをお返しします」


 ニアは立ち上がり、執務室の出口へと向かった。


「大賢者様が続けた求婚の数、それにかけた熱量、それを今一度、思い返してください」


 彼女はそう言い残して、部屋を出ていった。

 フィオレンティオは未だ床に這いつくばったままである。


「……とりあえず、立ったらどうだ」

「ひゃい……」


 フィオレンティオはゆっくり立ち上がると、鎧の腰布についた埃を払った。そして第一王女の姿には相応しくないくらいに肩を萎縮させて、私に向き合った。


「……正直」

「はい」

「私は自分が誰と結ばれようが、どうだっていい。私の目標は王になることだからだ」


 幼い頃からずっと、王になるための教育をされてきた。

 侍女も家庭教師も友達も、全員私を王になる者として見てきた。きっと王女という肩書きがなければ、私はこんなにも多くの人間に囲まれて生きることはなかっただろう。


 それ以外に私が持っているものなんて、何もないのだから。


「だからこれはどちらかというとお前の問題だ。私はメルクスと結婚しようと、お前の求婚を交わしつつ他人と共にいようとどうでもいい」

「わたしと結婚するという線は?」

「あるわけない」


 ここまで言って諦めないのもなにかの才能だろう。


「お前はただ、お前が後悔しない相手と私が結ばれるのを見ていればいい」

「わたしが後悔しない相手はわたししかいません」


 ものすごく真っ直ぐに告げられた。傍から聞いていて小っ恥ずかしい。

 私は王族であることを忘れないように、わざと声を大きくして言った。


「そこは納得してくれ。私は王となる者で、お前は大賢者だ」


 フィオレンティオは私の言葉にうなだれる。


 ――私がなりたかったのは、身近な人間に我慢を強いるような王だったか?

 考えるとよろしくない方向に結論が転がってしまいそうだったので、私は部屋を後にした。



(誰でもいいとは言ったが、しかし……)


 王になる云々の葛藤を振り払った私の脳内には、また新しい懸念が湧いてきた。メルクスのことだ。


(なぜあいつは、私とフィオレンティオの関係を取り持つ、なんて言ってきたんだ?)


 普通に考えれば、次代王たる私と結婚するためにフィオレンティオを抱きこもうとした――と考えればいいだろう。

 しかしそれだと、王になったあとのことが一切考えられていないように思える。フィオレンティオの諦めが悪いのは周知の事実であり、私がメルクスと結婚した程度でそれが収まるとは考えにくい。


 そうなると、女王とその夫という立場を保ち続けるあめには、彼女という障壁が立ちはだかることになる。


(フィオレンティオに対する打開策でも持っているか、あるいは――)


 女王の夫の座が目的ではない。

 すなわち、メルクスの目的は私自身だということになる。


 そんなこと、ありえるだろうか。


「私は王になるという立場以外空っぽで、ただ剣が上手いだけの女だ……」


 メルクスが病弱でひ弱だというのならまだわかる。私を護衛代わりにする、ということだ。しかし彼は剣術の達人で、下手すると私に匹敵する立場だ。

 地位も剣術もない私に、一体なんの価値があるというのか。


「……やめよう」


 考えれば考えるほど鬱屈した気持ちになる。

 多分この身体に、そういうことは合わない。

 頭で糖分を使いすぎたからか、腹が減ってきたのだ。


 せっかく大賢者になったから、外でちょっと食べ歩きしよう。そのくらいの贅沢は許してほしい。


 フィオレンティオは庶民出身だからか、時たま城を抜け出して散策していたという。だからよほど手練に襲われない限り、身の危険はきっと……いやおそらく、ないだろう。


 私は初めての人目をはばからない外出に、少し舞い上がっていた。




 城下の売店でパンを買った。中にエリクスベリーという果物のジャムが詰まったパンだ。

 私が城下の公園のベンチに腰かけて、そこでパンを頬張っていると。


「何をしてらっしゃるのですか」


 聞き慣れた声で、背後から声を掛けられた。

 ぎこちない動きで後ろを振り返ると、私の推測通り、ニアが侍女を数人引き連れて立っていた。


「……ニア」


 普段より装飾が多いところから伺うと、魔法省への報告帰りだろう。フィオレンティオと有力貴族の通信は、国のあり方に大きく関わるため魔法省に逐一報告される。

 また魔法省の有力役人たちと、保護者のような顔でフィオレンティオの尻を拭う会議をするのだろう。ご愁傷さまだ。


「おやつを食べてるんですよ」


 フィオレンティオのふりをして答えると、ニアは渋面を作ってため息をついた。


「私がお尋ねしているのは『フィオレンティオ様』のことではなく……ちょっと失礼」


 ニアは侍女たちの方を振り向き、話があるからふたりきりにしてくれ、と指示を出す。説教の合図だ。

 侍女たちが馬車の方に戻ると、ニアは私の隣に座ってきた。ネクタイを緩め、臨戦態勢になっている。


「どういうお心変わりですか、姫様。今まで大賢者様の身体でも、狙われるかもしれないという理由で外出なさらなかったじゃないですか」


 フィオレンティオの身体になって一週間。本来の彼女なら何度か外出しているところだが、私にはどうしても、その一歩が踏み出せなかった。

 私が九歳のとき、城下にお忍びで降りて誘拐されたことがある。私は一週間あまり監禁され、共に外出していた侍女は監禁が解かれるころには消えていた。そういうこともあり、今まで城下への外出を避けてきた。


「フィオとの外出なら問題はない」

「しかし――なぜここに来て、いきなり外出という選択肢を取ったのですか」


 ニアは心配そうな顔を向けてきた。


「……もしかして、メルクス様とのご婚約の話が出たからですか」


 忘れかけていたことを再び思い出させるのはやめてほしい。


「関係ない。フィオの身体に我慢を強いるのも酷だと思っただけだ」

「関係があるではないですか。大賢者様に我慢を強いたくない、なんて、以前の姫様ならおっしゃっていないはずです」


 ニアは年上らしく優しい笑みを浮かべた。


「メルクス様との婚約に口を出されないのも、大賢者様の心情を(おもんぱか)ってのことなんでしょう?」

「……お前までそんなことを言うか」


 否定はできなかった。

 私が今迷っているのは、九割方フィオレンティオのせいだ。やろうと思えば権力を使ってフィオレンティオを黙らせることもできるが、それもどうなんだと思っている。


「魔法省大臣としては、姫様とメルクス様の婚約を推し進めるべきなんでしょうが……私は、破談にしてしまってもいいと思っています」

「それは……お前のお父上の意志を継いでのことか?」

「いえ。私自身が感じていることですよ」


 ニアはフィオレンティオ自慢の金の髪に触れてきた。そして目をじっと見つめて。


「大賢者様、姫様と出会う前は空っぽだったんですよ」


 懐かしむように、そう言った。

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