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16.なんでこの人大賢者なんですか?

 時は少し遡る。


「――犯人は、グレイソンさんですよ」


 フィオレンティオは、私とメルクスにそう言った。グレイソンはそんな蛮行をするとは思えない好青年なので、一度受け入れるのをためらった。


「……なぜそう言い張れる?」


 しかしフィオレンティオへの信頼が彼への信頼を上回ったため、私はとりあえずそのわけを聞くことにした。


「グレイソンという名は偽名です。本名はエルヴィス・ピアース。彼は二年前、生命の創造に関する研究をして国際魔法連盟から除名された魔法使いなんです」


 フィオレンティオは穏やかに、しかし鋭くそう言った。


「一昨日、シャノン様を部屋に招き入れた際に見たことのある顔が見えたので、まさかと思いました。その翌日彼のもとへ行ったあとに、それが確信に変わりました」


 フィオレンティオは私のほうを真剣な目線で見る。


「彼は自分が神官になった日を、『大賢者様が襲撃にあった日』と答えました。しかし表向きには、襲撃を受けたのはシャノン様だけのはず……」


 私は魔法省に襲撃の件を説明するとき、「王女シャノンが襲われたところを大賢者が庇い、魔法で襲撃者を追い払った」と言った。王女も大賢者もなすすべなく襲撃されたとなると、国の威信に関わるからだ。


「つまりグレイソンさんは、襲撃者の魔法がわたしにまで被害を及ぼしたことを知っていたんです」

「ですが、王城の神官になるにはそんな経緯があってはいけないのでは……」

「だからこその偽名ですよ。調べたところ、グレイソンという神官が一ヶ月後に王城へ移る予定がありました。おそらく上手いこと言いくるめて、彼に成り代わったのでしょう」


 グレイソンが来る直前に年老いた神官が亡くなったので、おおかた彼の代わりとして早く来た、とでも言ったのだろう。


「ニアに確認を取ったところ、エルヴィス・ピアースは襲撃者のアンディ・ランダンと共同研究をしたことがあるそうです。アンディの襲撃の失敗を受けて、今度は彼がドラゴンの心臓を調達しに来たのでしょう」


 彼女の発言を聞いて、迂闊だった、と思った。グレイソンの素性も調べず彼の部屋に踏み入ったのも、そもそも隣に住んだのも、自分が狙われる対象だということを忘れていたのではないか。大賢者の身体に入っても、自分が国にとって重要な存在であることは変わりないのだ。


 それより、フィオレンティオがグレイソンを最初から疑っていたということは――彼女がグレイソンに会いたがった理由も、自分の推測を確かめるためだったのかもしれない。


「……お前、もしかして最初から嫉妬なんてしてなかったのか?」


 フィオレンティオにだけ聞こえるような声で、問いかけた。


「シャノン様がわたしを好きかどうかなんて気にしてませんよ」


 彼女は一切の照れも見せずに答えた。

 よく言えば純愛、悪く言えば厄介な恋をしている。こっちの気持ちにもなってくれ、と頭を抱えた。



 ***



 グレイソン――改めエルヴィスから心臓を奪い返したあと、私たちはラドニー家を無事去った。


 エルヴィスは護衛によって魔法省に引き渡され、アンディとともに牢獄へ送られた。


 私はフィオレンティオの切実な訴えにより、王女シャノンの部屋へ戻った。入れ替わり解消の研究をする過程で、だんだんと魔法の資料や素材で埋め尽くされている。

 ひとり分の部屋にふたり暮らしである。可及的速やかにリリィに部屋を用意してもらおう。


「……それにしても、なぜあんなに生命の創造にこだわるんだ?」


 ドラゴンの爪を使った魔道具を制作しながら、フィオレンティオは答えた。


「生命の創造って、錬金術のひとつの到達点なんですよ」

「つまり、アンディたちは名誉のために大罪を犯そうとしたのか?」

「そういうことになりますね」


 学問の頂に至るためには手段を選ばないのが、魔法の界隈のスタンダードなのかもしれない。その頂点に立っているはずのフィオレンティオは、色恋沙汰のためにその才をどぶに捨てているわけだが。


「ただの目標じゃないんですよ。ドラゴンの心臓で作られた生命体は、普通の人間より魔力が多いんです。そしてそういう生命体を、魔法の研究に使いたがる魔法使いはごまんといます」

「すさまじい外道だな」

「魔法使いってそういうものですよ」


 フィオレンティオは彫刻刀で爪に呪文を書き込んでいく。天真爛漫に見える彼女も、そんな魔法使いのひとりだ。


「お前も、そういう研究がしたいのか?」

「ん~……シャノン様との子供は欲しいですけどね」


 まだそんなことを言っているのか。どこかで妥協しないと、いつか王家の未来にも影響を及ぼしかねない。今度ニアにガツンと言ってもらおう。


「でも、作られた人造人間って、そんなに魔力があったら魔法使いになっちゃうじゃないですか」


 フィオレンティオは、乾いた笑いを漏らしながら言う。


「それはちょっと、かわいそうだなあって思います」


 諦めのような、憐憫のような感情だった。


 彼女は世界最大級の魔力と、魔法の才を持って生まれただけの存在だ。そこに彼女の意志は関係ない。

 もし普通の魔法使いと同じくらいの魔力と才しかなかったら、今頃意中の人物と結ばれていたのだろうか。その人物が男か女かはわからないが。


「なのでそれ以外の方法でシャノン様との子供を作ります!」


 やっぱりポジティブだった。心配して損した。


「やめろ! まだ見合いはあるからな!」

「既成事実っ! 既成事実っ!」

「王に仕える魔法使いとは思えないコールをするな!」


 本当に、なんでこんな奴が大賢者なんだろうか。

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