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15.ドラゴン・ボンバー!

 湖に駆け付けたころには、光がより一層強くなっていた。私はほとりにいるメルクスに駆け寄り、声をかける。


「メルクス! 危険だ、離れてくれ!」


 彼は私たちを見るとびくりと湖面から指を引き上げ、立ち上がった。


「王女殿下、それに大賢者様も……いかがしましたか?」

「ドラゴンの封印が解ける! ここにいると食われるぞ!」

「ドラゴン!? なぜ急に封印が――」


 メルクスの言葉を遮るようにして、湖から派手な音が上がる。飛沫が視界一面を埋め、私たちに降りかかった。


 屋敷の屋根を優に超えるほどの巨体。水が滴る純白の鱗。大きく影を作る翼。

 今や書物でしか見受けられない、水属性のドラゴンが私たちの前に立ちはだかった。


「わからん、だが目星はついている! フィオ、メルクスを頼んだ!」


 フィオレンティオはメルクスの肩を押し、後ろに下がらせる。

 ドラゴンが吼えた。音圧で倒れそうになるが、なんとか足を踏ん張ってこらえる。


 ドラゴンの青い瞳が私を捉えた。


(……さて、どうすべきか)


 並の魔法では、ドラゴンにダメージを与えられないどころか逆上させる恐れがある。今でこそ湖に留まっているが、私を倒すために羽ばたいて空に浮かぶ可能性もある。そうなれば、被害の拡大は避けられないだろう。

 ドラゴンの全身を覆っている鱗は強い魔力耐性と物理攻撃耐性を持ち、外からダメージを与えるのは不可能に近い。


 私の身体ならば、ドラゴンの身体を踏み台にして首を切り落とすということもできただろうが――フィオレンティオの体力ではそうもいかない。


(とりあえず、飛び上がらないようにするか……)


 私は湖面に向けて手を翳し、魔法で湖の水を凍らせる。それなりに水深はあるはずだが、さすがフィオレンティオの身体だ、湖の水はすべて凍った。


「ガァァア――――!」


 咆哮。

 ドラゴンは口の中に水球を作り、凍り付いた湖面に向かって噴射する。水属性のドラゴンの攻撃は、水球による圧力とドラゴンの中でも優れた身体能力によるものだ。氷を粉々にして脱出するなど児戯にも等しい。


 しかし、私がしたいのはドラゴンの封印ではなく足止めだ。湖の水は、すぐに壊されても問題はない。

 凍った湖面に立ち、剣を両手で構え、思い切り振り上げる。

 そして重力に任せて、剣を振り落とした。


「食らえ――ッ!」


 剣先がドラゴンの首に突き刺さる。途端にドラゴンは苦しみに悶え、絶叫しながら暴れはじめた。

 湖が割れ、バランスが崩れる。そこにドラゴンの首が横薙ぎに振りぬかれたことにより、私の身体が大きく吹き飛んだ。

 衝撃で聖剣の柄から手が離れる。私は身体一つで、背後の森に突っ込んでいく。


「――シャノン様っ!」


 フィオレンティオが駆け付け、私を受け止める。


「フィオ、何をしている、逃げろ!」


 ドラゴンは暴れたことによって湖の氷をすべて壊していた。


 影が、差す。

 羽で風を作り、ドラゴンが空に舞い上がる。ここに水球が落ちてくるのも時間の問題だ。


「わたしが助けに行きましょうと言ったんです。逃げる権利なんてありません」


 フィオレンティオは、私に長い杖を差し出してきた。そして夜空に浮かぶ巨大なドラゴンを指で指し示して、言った。


「わたしの魔法なら、あのドラゴンをここからでも倒せます」

「いや、でもドラゴンは魔法耐性が……」

「大丈夫ですよ」


 フィオレンティオはドラゴンを見つめながら、怪物に怯える子供を諭すように優しく語った。


「わたしの魔力は、ドラゴンに匹敵しますから。ぶっぱなしちゃってください」


 私はフィオレンティオの杖を握り、その手に魔力を集めていく。杖の先端の琥珀色の宝石が、魔力を受けて光りはじめる。

 ドラゴンは私たちに向かって、口を開けて突っ込んでくる。しかしフィオレンティオは顔色を一切変えず、私の背中に手を添えた。


「それじゃ、シャノン様。行きますよ」


 杖がドラゴンを捉える。そして、フィオレンティオが叫んだ。


「『ドラゴン・ボンバー』!」


 彼女に合わせて、私は魔力を放出する。

 杖の先から放たれた火属性魔法はまっすぐドラゴンのほうへ飛び、あやまたずその首を飛ばした。魔法の名前はダサいのに、威力だけは一級品だ。名前はダサいが。


 ドラゴンの首ははるか後方に吹き飛び、残された身体は重力に従って落下する。氷が山となって積もった元グランデル湖に、大きな音を立ててドラゴンが落下した。


「…………倒せたのか?」


 私は杖を支えにして立ち上がる。後方に避難していたメルクスが、私たちを追い越してドラゴンのほうへ向かう。

 彼はドラゴンの首の付け根に刺さったままになっていた聖剣を抜く。ドラゴンの血が噴水のように吹き出した。


「動きませんね」


 メルクスは慣れた手つきで聖剣に付いた血を振り払うと、私に渡してきた。


「……実はドラゴンの封印が近々解けるということは、予言されていたのです」


 メルクスはドラゴンの血が付着した白いブラウスの袖をまくって、気まずそうな笑みを浮かべた。


「なので王女殿下をこの地に呼んで、ドラゴン討伐の手助けをしていただこうと思ったのですが……結局説明もなしに巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」


 メルクスが、深く頭を下げる。


「助けていただき、ありがとうございました」


 ドラゴンを倒せるのは、同じくドラゴンを操る竜使いか、聖剣を持つ王族しかいない。ゆえに歴史では王族が貴族の依頼を受けてドラゴンを討伐した記録も残っている。


「ドラゴンの復活が予言されていた……ということは、メルクス様はなぜドラゴンが蘇ったのかはご存じないんですね?」


 フィオレンティオの問いかけにメルクスは顔を上げ、頷いた。


「では――お礼と言っては何ですが、ドラゴンの封印を解いた犯人の確保を手伝ってはいただけないでしょうか」


 フィオレンティオはさらっとそう言った。


「犯人を知っているのか?」

「はい。……おそらく、ここで待っていればやってくるかと」


 彼女はメルクスに視線をやった。


「メルクス様、犯人を捕縛してください」


 メルクスは手に持っていた剣を持ち直して、深く頷いた。




 しばらくそこで待っていると、ドラゴンの咆哮に反応した使用人や護衛、神官たちが屋敷から出てきた。


「王女殿下、大賢者様、メルクス様! ご無事ですか?」


 ラドニー家のメイドが、大慌てで私たちに声をかけてきた。


「フィオがトドメを刺し、メルクスが死亡を確認している。おそらくもう二度と蘇ることはないだろう」


 使用人たちはいっせいに胸を撫で下ろした。

 続いてフィオレンティオは、神官と護衛に命令を下す。


「ドラゴンは絶命すると鱗の障壁が剥がれる。死体を解体してくれ」


 フィオレンティオに命じられた神官と護衛は、魔道具や剣を使ってドラゴンの亡骸を解体していく。ドラゴンの身体は魔道具の素材として歴史上価値が高いので、研究施設に流すためだ。


「……それと、」


 フィオレンティオはドラゴンの死体のそばにいた人物の手首を掴み、高く掲げた。

 その手には、ドラゴンの血にまみれた青い心臓が握られていた。


「ドラゴンの心臓は王家が直接国際魔法連盟に送る。手を離すんだな」


 彼女に手首を掴まれた神官――グレイソンは、フィオレンティオを見てもなお人好きのする笑みを崩さなかった。


「おや、王女殿下……なぜドラゴンの心臓だけを王族が持ち帰るのですか?」

「ドラゴンの心臓を用いて人体を錬成する魔法が開発された際、悪用を防ぐために定められた人物のみが心臓を所有することが認められた。エリン王国王家はそこに含まれる」


 フィオレンティオが手首を掴んでいるにもかかわらず、グレイソンはドラゴンの心臓から手を離そうとしない。


「それを手にしたのが国際魔法連盟のブラックリストに入った魔法使いなら、なおさらだ――エルヴィス・ピアース」


 フィオレンティオが、やってやったとばかりに笑みを浮かべた。人々のグレイソンに向ける視線が、異様なものになる。彼は焦り、彼女の手を力ずくで払って持ち逃げしようとした。


「――メルクス!」


 フィオレンティオが叫ぶより先に、メルクスは彼の行く先に立ち塞がった。彼はグレイソンの腕を掴み、洗練された手つきで彼を組み伏せ、血に濡れたドラゴンの心臓を奪い返した。

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