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14.聖剣ネイリング

 訓練場を抜けて本館まで走ると、すでに息が上がっていた。


 一体どんな生活をしたらこうなるのか。そう思ったが、物置みたいな部屋で一日中魔物を食らって魔法の研究をしているという答えがあった。なので想像して怒ることもできない。

 諦めて廊下をとぼとぼ歩き、一階の隅にある客間に入る。使用人が入りやすいようにとの配慮なのか、扉は少しだけ空いていた。

 私はその隙間から顔を出して、中の様子を伺う。


「あの、メルクス様」


 ベッド脇に座るメルクスの姿が目に留まって、呼びかける。


「ああ、大賢者様でしたか」

「入ってもよろしいですか?」

「もちろんです。お入りください」


 失礼します、とわざとらしく口で言いながら、客間のドアの隙間から入る。フィオレンティオの身体は全体的に柔らかいので、少し力を入れるだけでにゅるりと隙間を抜けた。

 念の為入口の扉を閉めて、ベッドの脇まで歩く。


「シャノン様の容態は?」


 ベッドで横たわっていたフィオレンティオが、不意にその瞼を開けて私を見た。


「だいぶ落ち着いた」


 シャノンの演技ができるくらいには回復したらしい。私は肩の力を抜いて、メルクスの隣に椅子を持ってきて腰かけた。


「それにしても大賢者様は医療にもお詳しいとは」

「えっ……あ〜、その……」


 私が医療に詳しい――というよりかは、鍛錬中の怪我に詳しいだけだ。脳しんとうは幼いころに経験したことがあるし、騎士団の団員を介抱することもままあるので対応ができた。これが病気だったら何もできなかっただろう。


「フィオは、わたしの鍛錬にいつもついてくるんだ。だからわたしの練習相手が怪我をしたときの対応も、わたしと同じくらい見ている」


 フィオレンティオがうまいフォローを入れてくれた。フィオレンティオが私の鍛錬にいつもついてくるのは確かだし、対応を同じくらい見ているのも事実だ。本来のフィオレンティオとの違いは、それに興味があるか否かだ。


「へえ……大賢者様は剣はお使いにならないんですよね?」


 メルクスがこちらに視線を送ってくる。


「そうですね。普段は魔法ばかりなので、剣は握るので精一杯です」

「大賢者様の魔法は一級品ですからね」

「い……いえ、これくらいできないと大賢者になれませんよ」

「謙遜なさらないでください。巷では、大賢者様の魔法を見て魔法使いを志す者も多いとか……」


 なぜかこのメルクスとかいう男、先程からやたら私に構ってくる。見合い相手はシャノンなので、その大賢者に構うのは外聞が悪い。あとフィオレンティオが静かにいらついているので、保身のためにもなるべくやめたほうがいい。


「いまはその魔法がどのくらい使えるのでしょうか、シャノン王女殿下」


 メルクスは、真っ直ぐに私を見つめて尋ねた。


「え……いえ、シャノン様はこっちですが……」


 私は手でベッドのフィオレンティオを指す。しかしメルクスはかぶりを振った。


「そちらは大賢者様でしょう?」


 メルクスは、誠実そのもののような笑顔を浮かべて言った。この男、入れ替わりに気づいている。


「……いつから気づいていた?」

「あなたと大賢者様が、ここにやってきたときからですかね」

「最初からだな!」


 私はフィオレンティオと顔を見合わせる。お前がなにかへまをしたのか、と目で問いかけると、ぶんぶんと首を横に振った。


「大賢者様がなにかしたわけではありませんよ、王女殿下」


 筒抜けである。どうやら彼に隠し事はできないようだ。


「なぜ気づいた?」

「歩き方ですかね。剣を心得ているものの歩き方は、ひと目見てわかるものですよ」


 思わぬ落とし穴だった。私も歩き方である程度わかるので、考えればわかることだった。


「……め、メルクス様、この件はどうぞご内密に……」


 焦るフィオレンティオの言葉を、メルクスはにこやかに受け入れた。


「ええ、もちろんです。おふたりの力が落ちたということが広まると、国内外に悪影響がありますからね」


 メルクスはそう言うと、私のほうへ視線を投げてきた。


「王女殿下の身体の状況は理解しましたが、大賢者様のほうはいかがでしょうか」

「……非常に言いにくいが、今の私は一度魔法を使うと目に入ったものをすべて破壊してしまうほど制御が苦手なんだ。だから実質、魔法は使えないと考えてもらっていい」

「わかりました」


 彼はそう言うと席を立つ。


「私が確かめたかったのはそれだけです。では、お邪魔すると悪いので退出しますね」


 メルクスは入り口のドアをゆっくりと開けて、静かに去っていった。フィオレンティオと視線を交わし、どうしようもないかと苦笑いした。



 ***



 異常に気がついたのは、寝る前のことだ。

 そろそろ寝ようと思って窓に近づくと、一面に広がるグランデル湖が目に入ってくる。


「湖が……光っている」


 月光が反射して光っているわけではない。まるで湖が発光体かのように、ぼんやりと闇の中で輝いているのだ。

 私は何事かと思って、窓際に走り寄る。寝間着のまま、光り輝く湖面に目を凝らす。

 湖のほとりには、メルクスが立っていた。彼は片手で剣を携えながら、湖面を見下ろしていた。


「ふぃ、フィオ! 起きてくれ、メルクスが……!」


 振り返って魔導書を読んでいたフィオレンティオを呼ぶ。フィオレンティオは窓の外を覗くと、目を見開いた。


「……シャノン様、聖剣ネイリングをお借りしてもよろしいでしょうか」


 フィオレンティオは静かにそう言って、手に持っていた魔導書を机の上に置いた。


「ネイリング……って、どういうことだ?」

「魔物の封印を解くとき、ああやって光がそれ自体から出てくることがあるんです。つまり――」


 グランデル湖に封印されている魔物といえば、ひとつしかない。


「――ドラゴンです」


 フィオレンティオは椅子に掛けていたマントを羽織り、ベッド脇に置いたネイリングを手にした。


「わたしはメルクス様を助けに行きます」


 フィオレンティオは私の肩にローブをかけた。そして、珍しく真剣な顔で言った。


「シャノン様は、いかがされますか?」


 ドラゴン討伐。それは、古くより王族に許されてきた特権だ。

 ドラゴンに唯一物理攻撃を与えられる聖剣ネイリングを持った王族は、ドラゴンから民を守ることで身を立ててきた。最後のドラゴンが死んでから二百年経つが、いまだにその役目は続いている。


「――行こう」


 私は、第一王女としてドラゴンを倒して国民を守る義務があると思った。


「では、こちらを」


 フィオレンティオは私にネイリングを手渡すと、彼女は杖を手に取った。


「お前がネイリングを持つのではないのか?」

「朝、メルクス様がおっしゃっていた通り、わたしは剣の扱いがあまりうまくないんです。大事な聖剣を振るって壊しでもしたら、国外追放ですよ。シャノン様にお会いできなくなっちゃいます」


 名誉を失うからだとかではなく、私に会えなくなるからという理由は彼女らしいな、と思った。


「……はいはい」


 持ち主の身体こそ違うものの、武器は以前と同じものになった。久しぶりに握る聖剣ネイリングは、私の記憶よりも重かった。

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