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13.ラドニー邸滞在

 翌朝も、早い時間に目が覚めた。まるで都合のいいときだけ機能を停止する工場のような身体だ。

 今日はエリン王国の公爵家の息子との見合いがある。もちろん私も、護衛として同行する。


「今度は、もう少しましな相手だといいな……」


 今回は父から直接紙の資料を受け取ったので、どんな相手かはわかる。

 メルクス・タリア・ラドニー。年は十八、国内で王家に続き二番目に古いラドニー家の四男である。


 ラドニー家の領地には湖があり、そのほとりで一泊しつつ見合いをする。つまり一日中気が抜けないのだ。

 もうだいぶなじんできたローブに腕を通し、杖を持って部屋を出る。

 私が王城の門前に着くころには、馬車には大勢の人間が集まっていた。泊まりの見合いということで、護衛に加えてメイドや神官がついてきているのだ。


「フィオ。やっと来たか」


 すでに馬車に乗っていたフィオレンティオは、門の前に訪れた私を見て一番に声をかけてきた。そもそもフィオレンティオ以外の人間が私に声をかけてこないのだ。


「すみません、私で最後ですか?」

「ああ。馬車に乗ってくれ」


 馬車の脇で待っていたリリィが先に乗り、振り返って私に向けて手を差し出してくる。私はその手を取って、馬車に乗った。

 リリィが馬車のドアを閉めると、御者が声を上げた。その声を皮切りに、馬車がゆっくりと動きだす。


「ラドニー家の領地といえば、グランデル湖だな」

「ああ、聖剣ネイリングゆかりの土地ですね」


 王女シャノンが持つ聖剣ネイリングは、グランデル湖の精から譲り受けたという伝説がある。私はその伝説に基づいて話を合わせたが、フィオレンティオがグランデル湖の名前を出した理由に心当たりがあった。


 アンディが言っていた、ドラゴンの封印された湖。

 その候補として最も可能性が高いのが、グランデル湖だ。


「見合いが終わったら、湖の周りを散歩でもするか? あそこは魔力が濃い、お前が魔力を回復するのにも向いているだろう」


 そう言いながら、フィオレンティオは私の手を握ろうとしてくる。昨日は一日中別々に行動したので、その反動だろうか。

 だがなぜそれが許されると思ったのだろうか。私は彼女の手を振り払い、杖に添える。


「いいですね。私も見てみたいです」


 フィオレンティオの下心はともかくとして、ドラゴンが封印されている可能性は私も確認しておきたい。ネイリングを持たない一般人がドラゴンを倒すのは、魔法を使っても困難だ。なにせドラゴンには魔法耐性がある。

 ゆえに王女としては、ドラゴンがいるのだとしたらすぐに討伐に向かいたいところだ。


「湖なら、誰にも見られず話せるな……」

「そうですね、ええ。政治の話や魔法の話をぜひともさせていただきたいですね」


 すりすりと寄ってくるフィオレンティオを手でいなす。リリィの前なので本当にやめてほしい。




 ラドニー家の領地に辿り着くと、前回同様に召使いたちが私たちを出迎えた。前回と違うのは、宿泊用の部屋を案内されたところだ。

 用意された部屋は広く、大きな天蓋付きベッドがひとつあった。問題をひとつ挙げるとすれば。


「大賢者様と王女殿下は、こちらの部屋をお使いください」


 私とフィオレンティオが、一室で寝泊まりする前提で話されていることくらいだろうか。


「ええと……これは……」

「王女殿下が、護衛代わりに大賢者様と同じ部屋にしてほしいとおっしゃったので。申し訳ありませんが、ベッドは用意できなかったためひとつとなっております」


 やりやがったな。フィオレンティオを見上げると、目を逸らされた。ベッドが用意できなかったということは、おそらく昨日あたり連絡を入れたのだろう。迷惑な話だ。


 ただ文句を言おうにもフィオレンティオの身体だとうまく受け入れてもらえないので、諦めることにする。

 私が抵抗しないからフィオレンティオに好き勝手されるようになっているのかもしれないな、と思った。これから何か対策を講じなくては。


「それでは王女殿下と大賢者様を客間までご案内いたします。どうぞ、こちらへ」


 部屋を案内した執事が、私たちを客間に案内する。今回は丸一日かけて見合いをするので、これからするのはただの顔合わせだ。

 客間に入ると、すでに相手方は揃っていた。


「お待ちしておりました、王女殿下、大賢者様。私はメルクス・タリア・ラドニーです。今回はよろしくお願いします」


 中央のソファに座っていたメルクスは、立ち上がると深く礼をした。

 頭を上げると、メルクスは肖像画通りの端正な顔でこちらに微笑みかけてくる。前回のヴァルカンが相当ひどかったので、こういうまともな相手は逆にやりにくい。


「こちらにお座りください」


 執事に案内されるまま、ソファに腰かける。まともな相手だからか、フィオレンティオも心なし緊張している気がする。


「改めまして。今回はよろしくお願いします、メルクス様」


 フィオレンティオは緊張をまるで感じさせないような笑みを浮かべ、軽く礼をした。


「王女殿下のほうが身分が上なのですから、どうぞメルクスと呼んでください。私はずっと、ぜひとも王女殿下と手合わせさせていただきたく思っていたのです」

「では、メルクス。わたしも貴殿の評判は以前から聞いている。充実した一日が過ごせそうで楽しみだ」


 メルクスは、貴族学院でも成績優秀者として生徒会長を担っている。中でも剣の腕は卓越しており、シャノンとどちらか強いのかという下馬評も飛び交っている。手合わせは当然の流れと言えるだろう。


 問題は、シャノンの身体にフィオレンティオの精神が入っているということだろうか。以前の状態なら勝てただろうが、今はどう善戦しても勝てないだろう。フィオレンティオも同じことを考えているのか、顔がこわばっている。


「大賢者様には魔法に関する本を図書館に多数取り揃えております。司書の者も付き添わせますので、ご自由にご利用ください」


 メルクスが私を見つめ、笑顔でそう言ってくる。ぜひとも私の隣のフィオレンティオに目を向けてほしい。私の助けが絶たれて絶望している。


「ありがとうございます、メルクス様。ちょうど研究したいことがありましたので、ありがたく使わせていただきます」


 私がメルクスの提案を受けると、フィオレンティオの顔から笑顔が消えた。私もシャノンがほかの貴族子息に負けるのは屈辱だが、フィオレンティオの身体で剣を使っても意味がない。名誉に関してはシャノンの身体に戻ってからでもいいだろう。


「では、早速ですが王女殿下。まず一度、手合わせをお願いしたく存じます」

「……はい……」


 フィオレンティオが助けを求めるようにこちらを見てきた。私はとっさに顔を背ける。先ほどの仕返しだ。


 私は執事の誘導に従って、図書館に向かった。

 調べるものは、入れ替わりに関する資料だ。図書館に入ってすぐのところに用意された魔導書の本棚から、関係のありそうなものを何冊か取った。


 古代の魔法による暗殺、性格に魔法が与える影響、禁術に認定された魔法一覧。入れ替わりの魔法の名前がわからないので、そういった種類の書を選んでもらい、ラドニー邸の司書に取ってこさせる。

 魔導書は相変わらず難解な言い回しが多用されており、門外漢の私からするとかなり読みにくいものだった。


『闇属性魔法に適性のある魔力が生じる渓谷の近くで生まれた乳児は、栄養不足に陥りやすい』


 違う。


『エリン王国の国王に光属性魔法の使い手がいたが、純潔を求められることに疲弊し、魔法使いを王族から排除した暴君となった』


 重要な問題に思えるが違う。


 性格が変わった王の記録や突然記憶を失った学者の話などがあったが、その大半が「魔法の反動」と結論付けられている。その歴史の裏で入れ替わりの禁術が使われていたとしても、もはや知る手立てはない。

 もうオカルト本くらいしかそれらしい記述は見られないか、と思い、怪しげな表紙の本を手に取った瞬間。


「っく、訓練場まで来てくださいませんか、大賢者様っ!」


 鬼気迫る女性の叫び声が、図書館に響いた。

 振り向くと図書館の入り口には、ラドニー邸のメイドが立っていた。彼女は慌てた様子で、私に助けを求める。


「大賢者様はただいまお取込み中です。代わりにわたくしが――」

「お待ちください。私が応対します」


 私の周りにいた執事が代わりに出ようとするのを手で制して、私は椅子を立ち上がる。メイドの目の前まで歩いて、息を切らした彼女に尋ねる。


「どうしました?」

「いえ、あの……っ、王女殿下がメルクス様の一撃を食らってお倒れになって……!」


 予想できた展開だ。私は面倒な気持ちを押し込んで、穏やかに答える。


「私は治癒魔法が苦手なので、神官のところに行きましょうか。王城の魔道具は豊富ですよ」


 治癒魔法には魔力の繊細なコントロールが必要となるので、フィオレンティオも苦手としていた。一般に魔法使いが治癒魔法を使うのは戦闘時など特殊な場合のみで、ほとんどは神官が扱う専用の魔道具で治癒魔法を発動させる。


「あ、ありがとうございます!」


 神官の部屋は屋敷の二階、ちょうど私とフィオレンティオの部屋の真上に存在する。

 私はその部屋の扉をノックし、誰かいないか、と声をかけた。扉を開けて答えたのは、ここ最近で一気に見知った顔になった、グレイソンだった。


「おっ……と。グレイソンさん、貴方も来ていたんですね」


 グレイソンは爽やかな笑みを浮かべ、ええ、と頷く。


「ここに配属されて初めての仕事です。それより、大賢者様が僕になにかご用ですか?」

「手合わせをしていたシャノン様が倒れられました。治療に向かえますか?」


 グレイソンは一瞬驚いた顔を見せて、承知しました、と言うとばたばたと奥に消えた。そして腕に巻物を何本か抱えて戻ってきた。


「ありがとうございます。では向かいましょう」


 フィオレンティオとメルクスは、屋敷の横にある訓練場で手合わせをしていた。私がそこに足を踏み入れると、奥のほうで人だかりが見えた。あれの中心にいるのが、きっと第一王女シャノン――に扮したフィオレンティオだ。


 私はゆっくりとその人だかりに近づき、声をかける。


「シャノン様のご様態はいかがですか?」


 シャノンの周りで介抱していた使用人は、私の声を聞くとはっと声を上げてこちらを見た。

 シャノンは鎧を纏ったまま、青白い顔で天井を見上げていた。意識が朦朧としているようで、王族の証である青い瞳は虚ろだ。彼女の身体を支えているのは、手合わせの相手であるメルクスだ。


「……っ! 大賢者様……」

「大丈夫です。そのまま支えていてください」


 メルクスは私を見ると、鬼気迫る表情で訴えかけてくる。私はシャノンの傍に片膝をつき、囁くように語りかける。


「どうやって転んだ?」

「……突かれたときにパランスを崩して、倒れました」


 記憶や話し方に問題はない。


「頭痛や吐き気は?」

「ん……ぐるぐるするだけです」

「他に痛いところはあるか?」

「倒れたとき突いた手と脚くらいですかね」


 聞いたところ、特に懸念すべき症状はない。


「軽い脳しんとうでしょう。しばらく安静にすれば治ります」


 周りの人間の緊張が和らぐ。命に別状はないが、このまま放置するのは少し不憫だろう。


「神官を連れてきました。グレイソンさん、冷却と打撲の治癒を」

「はっ」


 グレイソンは小さく返事をすると、私の横をすり抜けてシャノンの頭に座り込んだ。彼はスクロール状の魔道具を取り出すと、そこに書いてある呪文を読み上げる。


 治癒魔法だ。彼が詠唱を終えるとスクロールに光る魔法陣が浮かび上がり、シャノンの頭に触れる彼の手から光が漏れた。

 シャノンの顔色が少しだけ改善する。フィオレンティオは口元にわずかに笑みを浮かべた。


「ひとまずこれで大丈夫だと思いますが、激しい運動をすると悪化する可能性があります」

「……では、王女殿下とは……」

「このお見合い中は手合わせできないでしょうね」


 メルクスは残念そうに俯いた。でもその中身は貧弱大賢者なので、あまり期待しないでやってほしい。


「メルクス様、シャノン様を持ち上げられますか?」

「あ、はい」


 メルクスは恵まれた体格に違わず、すんなりとシャノンの肢体を持ち上げた。安定感抜群だ。


「私たちの部屋に行きましょう。私がついているので、万一のことがあっても大丈夫です」

「わ、わかりました!」


 メルクスは私の指示通り、シャノンの身体を持ち上げて訓練場から出ていった。

 私は振り返り、まずグレイソンに指示を出す。


「グレイソンさんはもう部屋に戻っていいですよ。ただ、万一に備えて神官の部屋にひとりは神官を置いてください」


 続けざまに、困惑したままの使用人たちに指示を出す。シャノンを介抱していた者たちだ。


「ラドニー家の使用人の方は通常業務に戻ってください。王城から付き添いで来た方たちは、その中からふたりほど、シャノン様のお世話をしてくださる方を出してください。そのほかの人はラドニー家の手伝いをしてくださって構いません」


 一気に指示を出したせいか、グレイソン以外の人間はみなぽかんとしていた。彼らのその反応を見て、やらかした、と思った。


 フィオレンティオはひとりで暮らしてきた時間が長いせいか、他人のことを一切気にしない。それは彼女の短所であり長所であることは、普段の振る舞いからもわかる。

 ゆえに、大賢者フィオレンティオがこうして使用人に指示を出すことは、ほとんどないのだ。だからこの振る舞いは、フィオレンティオのものとしては違和感が残る。困惑させないようにフィオレンティオのふりをしているというのに、これでは本末転倒だ。


「……って、シャノン様がおっしゃっていました! じゃ!」


 なにか言われる前に去ってしまおう。だって今の私は、気ままで自分勝手な求婚の魔女なのだから。

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