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1.十六歳の誕生祭

 王城の高い天井に、輝く糸のようなものが張り巡らされている。


「王女シャノン様、十六歳のお誕生日おめでとうございます」


 ローブを纏った少女がそう言祝ぐと、天井の糸が光を増した。

 光が象るは、天井を埋め尽くすほど巨大なドラゴン。王城に仕える人間は、それを見て息を呑む。


 少女は降り注ぐ光の中で私を見つめて、言った。


「──というわけで、結婚しましょう」

「なにが『というわけで』だ、()けるわけないだろう馬鹿者」


 私がきっぱりと断ると、少女は糸が切れたように膝から崩れ落ちる。同時に天井のドラゴンも消えた。


「なんでですか! わたしは毎年毎年シャノン様に婚約を申し込むほど貴女(あなた)を愛しているというのに!」


 哀れなほどに泣いていた。


「女同士だろうが!」


 私が叫ぶと、少女は両手をついて四つん這いになり、俯いた。


「今年の研究は『性別の壁を大爆破する魔法』にします……」

「国民の血税をそんなことに使うんじゃない!」


 私と少女の言い合いを、城の人間は呆れた顔で見守っている。この国にはよくあることだ。


「っ、まあまあ、姫様も賢者様も、そのくらいにしておいて」


 言い合いを見かねた魔法省大臣、ニア・ダンチェスターが、私たちの言い合いに割って入った。王女らしくない振る舞いをしてしまった。私は列席した権力者たちの視線に耐えかねてそっぽを向き、少女は立ち上がってローブの埃を払う。


「今年の誕生祭の魔法は何ですか、大賢者様」


 大賢者と呼ばれた少女に、王城中の視線が集まる。


 今日は私、第一王女シャノンの誕生祭。ただの誕生日パーティではなく、王国中がお祭りムードになる祝祭である。

 誕生祭では、大賢者がその年の研究成果を示す魔法を展開する。誕生祭には近隣国からの来賓も列席するので、いわばこれはこの国の魔法の権威を示すための公演だ。


 大賢者は美しい笑みを浮かべ、国を代表する権力者たちに言いはなった。


「わたしが一年研究した光魔法による、『シャノン様愛してるドラゴン召喚』ですっ!」


 誕生祭の空気は凍りきった。

 この大賢者、またやりおった。




 私が王女として君臨するエリン王国には、古来から王に仕える大賢者が存在する。

 最も強力で、最も清廉で、最も荘厳(そうごん)な魔法使いが、世界でひとりだけ選ばれるのだ。


 七十六代大賢者、フィオレンティオ・エスタ・エステリウスが就任したのは、ちょうど六年前。第一王女である私に、次代王の権威を示す聖剣が与えられたばかりのときだ。


「えーっと……わたしの名前、なんでしたっけ?」


 彼女の第一印象は、ぼーっとした奴、だった。

 ぼさぼさの伸ばしっぱなしにした金髪に、前髪に隠れて見えない瞳。ぐしゃぐしゃのローブを纏い、折れては修復しを繰り返した杖を携えている。とてもまともな魔女とは思えなかった。


「フィオレンティオ・エスタ・エステリウスですよ、大賢者様」

「あー、そうそう。それです。よろしくお願いします、国王様」

「あなたが向き合っているのは第一王女のシャノン様ですよ」


 当時魔法省のいち役人だったニアは、要領を得ない会話に困惑していた。対する大賢者フィオレンティオは、どうでもよさそうな視線を私に向けた。そんな目で見られたのは初めてだった。


「……あとはどうすればいいんですか?」


 王女に指示を仰いだ大賢者など、エリン王国の長い歴史を遡ってもなかなかいないだろう。

 私は無礼に怒る側仕えの者を手で制して、フィオレンティオの質問に答えた。


「お前の使える最大の魔法を使え」

「魔法の系統は?」

「いちばん得意なものでよい」


 彼女は視線を空中でさまよわせながら、少し考えた。


「はぁい」


 そして間延びした返事をすると、フィオレンティオは身の丈ほどある杖をゆるりと構えた。

 彼女が目をつぶると、王城中の空気が震えた。膨大な魔力が彼女に集まっているのだ。


 彼女がぼそりと詠唱する。


「えいやっ」


 詠唱とも言えないほど単純な言葉だったが、魔法は発動した。


 ――突如、王城の外から轟音が響く。


 窓は割れ、壁にヒビが入った。大賢者以外のものは皆窓の外を覗き、そして瞠目した。

 炎を纏った隕石のようなものが、空から落ちてきている。隕石は地の果てまで空を覆い尽くし、すぐにも地に落ちそうだった。


「このままだと──世界が終わる!」


 誰かがそう叫んだ。

 王城が混乱に陥る。ニアはフィオレンティオの肩を掴んで揺すった。


「な、なにしてるんですか大賢者様!」

「わたしが使えるいちばん大きい魔法の、終末魔法を使っただけなんですけど」

「なんですかその絶望的な名前は! 早く止めてくださいよ!」


 フィオレンティオは混乱した城内の状況を気にも留めず、杖を再び構えた。


「了解です〜」


 再び魔力が杖に集約される。フィオレンティオは魔力の籠ったそれを掲げ、囁くように言った。


「なんとかなーれ」


 威厳のある大賢者のものとはおおよそ思えない、気の抜けた詠唱が放たれる。

 あとからニアに訊いた話だが、その魔法は空に浮かぶ隕石全てを捉え、強大な力で隕石を圧縮したそうだ。炎は掻き消え、岩と呼べる大きさの隕石は雨粒ほどの大きさになったという。冗談みたいな魔法だ。

 王城の天井に、こつこつ、と小さな石が落ちる音が鳴る。それが終息の合図だった。


「はい、なんとかなりました」


 大賢者は何事もなかったかのようにピースサインを掲げた。


 ――この大賢者を野放しにしてはならない。


 王城にいた者たちは皆そう思ったのか、フィオレンティオのまわりに集い、この世の美辞麗句を尽くして彼女の魔法をほめそやした。

 輪の中心に立つ大賢者は意に介した様子もなく、ただまっすぐに、私を見つめてきた。


「……貴女、わたしの魔法を見てどう思いました?」


 どうもなにも、私が魔法を見たのはこれが初めてだった。

 魔法が前近代のオーバーテクノロジーと化した今、人間が詠唱して魔法を使うことはほとんどない。私にとって魔法とは、魔法陣が書き込まれた魔道具が代行するものである。


「頭悪そうだな」


 それゆえ彼女は、率直な感想を述べた。

 その感想を受け取ったフィオレンティオは、ぴくりと動きを止める。


「……不本意だったか?」


 怒って自分に魔法を放ってきたら厄介だが、私にどうにかできる話ではない。魔法を放ってきたときに私ができるのは、こんな力を持つ大賢者も権力には勝てないのか、と絶望することだけである。


「──いえまったく」


 無気力な彼女らしくない、きっぱりとした返事だった。私は膝下の大賢者を見やる。

 彼女の死んだ魚のような目に、みるみるうちに光が宿っていくのが見えた。彼女は顔色を明るくして、周りの人間を蹴散らしながら、私ににじり寄ってくる。


 大賢者は私の手を握った。


「まったくシャノン様の言う通りです。バカが作った魔法なんですよ、あれ!」


 なんだかよくわからないが、この反応でよかったらしい。




 それからというもの、フィオレンティオは何かにつけて私に構ってきた。私があしらい続けていると、いつからか結婚を申し込むようになっていた。なぜひどくなっているのだろうか。


「いやあの、ニア? ほんと、ふざけてつけた名前じゃないんですよ──ぎゃへぁ!」


 十六歳の誕生祭では、初めて公の場で魔法省大臣のげんこつがフィオレンティオに降った。

 周辺国の来賓はざわめくが、エリン王国の者はとくに気にしていない。日常茶飯事だからだ。


「まともにつけた名前がないでしょうが!」

「そんなことないもん! みんなわたしが丹精こめてつけた名前だもん!」

「じゃあこの一年で新しく作った魔法を挙げてみてくださいよ!」


 フィオレンティオは殴られた脳天をすりすりとさすりながら、魔法の名前を口にする。


「『シャノン様だいすきビーム』『マリッジ砲』『ラブパワー爆弾』『きゅんきゅんキュア』……あとは……」

「やめろ。聞いているだけで頭が痛くなりそうだ」


 さすがにちょっと聞くに堪えなくなって、口を挟む。この大賢者を野放しにしていると思られると、私の評価にまで累が及びそうだ。

 私が口を挟むと、フィオレンティオは素直に黙りこんだ。めちゃくちゃだが、性根は曲がっていない。


「えー……フィオ、お前への詰問は後でする。ニアもフィオも、今はとりあえず下がれ」


 私が命じると、ニアがフィオレンティオを引きずって謁見の間から出ていった。


 さて、まずはこの終わった空気をなんとかしなければならない。

 私は咳払いをすると、国内外の有力者たちににこやかに言い放った。


「今年も私の誕生日を祝っていただき、まことに感謝する」


 彼らはゆっくりと拍手をはじめた。これが、私の誕生祭のスタンダードである。

 また母親には怒られ、父親には気の毒に思われるのだろう。でもまあ、あの大賢者を制御できない私も悪い。


 私はため息を吐きながら、玉座から立ち上がる。


「来賓のご歴々は、本国の貴族院議員が会食場にご案内する」


 謁見の間にある扉の前まで歩くと振り返り、謁見の間にいる権力者たちに投げかけた。


「では、会食場で会おう」


 下仕えの者が扉を開け、赤いマントを翻して謁見の間から去る。

 カツカツと革靴で王城の廊下を鳴らしながら、私はひとりで王城の奥へ向かう。本来ここには大賢者が付き添うものなのだが、これはもう仕方がない。


(……多少なら、あいつがいなくても大丈夫だろう)


 私は剣の心得がある程度あるため、相手が王都の騎士団長でもない限り負けはない。

 そのため、能力的には大賢者の付き添いは必要ないのだが、……人間誰にでも油断というものはある。


 ――背後に、気配が走った。


「……誰だ!?」


 私が振り向くのが早いか、廊下が謎の光で満ちるのが早いか。

 強烈な光の中、私は自分の正面に立つ人物を認める。知らない男だった。


「――シャノン様っ!」


 音のない世界を、少女の声が切り裂いた。薄れゆく意識の中で私が最後に目にしたのは、自らを下がらせる大賢者の顔だった。

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