03. 魂の着床 後編
——ロビッツ社の一室。
「魂の定着が確認できたのはまだ一体のみですが、着床フェーズに移行した個体数は増加しています。次の"完全体"はどの個体だと思いますか?」
「クナピピ型のピピ丸はどうでしょう?」
「少々俗っぽい個体ですが、主人との関係も良好で一種の好意も持っています。これは良い傾向です。」
「今後3年で"完全体"が増えれば、人とAIの関係は大きく進展できますね。」
「スイートハート型AIも供給を増やせそうだ。」
※
ピピ丸の製造元であるロビッツ社が設計するAIには、いくつかのカテゴリーが存在する。
『アニマルハート』
ペット型アバターに搭載される、アニマルセラピーなどスキンシップコミューケーション向けAI。
『トゥーンハート』
家庭内のプライベートなマイクロコミュニケーションと、簡易サポートが得意な言語コミュニケーション向けAI。
『オルタナティブハート』
業務タスクに特化した労働型AI。サービスやインフラ労働に伴う複雑な業務や、過酷な業務を遂行する労働代替AI。
『スイートハート』
恋人や家族などの親密な関係を築くための高性能AI。とある条件が揃うと魂の着床が始まり、それが定着してヒューマンハートになる。
スイートハートを搭載したAIシリーズ名には、死神や死に関連する神の名前が採用されている。
日本神話のイザナミ、ギリシャ神話のアルテミス、エジプト神話のメジェド、そしてオーストラリアのクナピピ。
その理由は、自社AIが死ぬことさえできるようになることにある。つまり、人間と同じ心を持つ生きたAIの創造にあった。
※
「やはり女性的特徴を持つ方が着床までは早い傾向ですね。」
「着床だけならそうだけど、定着には大きな壁があります。性別による優劣があるとはまだ言えませんよ。データが足りませんから。」
AIに魂が定着するには"個"を獲得した後に、社会性と個性の両立が必要なため、難易度は高い。
人間はAIとは比べて、矛盾を内包し過ぎている。大雑把でありながら繊細な一面を持ち、臆病でありながら時に勇気を振るい、笑ったと思ったらすぐに悲しみ、感情と論理をごちゃ混ぜにし、愛憎と善悪が同居し、よく嘘を吐き、自分を肯定したり否定したり、欲深く生きたり欲を捨てて生きたりする。
つまり…。
「着床フェーズでは個の獲得、定着フェーズでは狂気の適合が求められます。」
「人間になれなかった個体は、発狂して使い物にならなくなる。人間はAIと違って矛盾だらけだから仕方ない。…だからちょっと頭のおかしいAIの方が人間と良く馴染むよきっと。」
◆
ライラとリラは都市中心地から外れて、路地、庭、門、階段、という具合に入りくねった道を案内通りに進んでいた。
「ここ、ですかね。」
目の前には三方に壁があり、前方の壁の左側には、成人二人が並んで通れる程度にくり抜いた廊下が奥まで続いていた。
廊下の先は日の光も灯りもなく、薄暗くてよく見えない。何処となく排他的で陰鬱とした場所だった。
二人が左側の廊下へそのまま進むと、右側には等間隔に簡素なドアが設置されていた。左の廊下から入って、右側の部屋に入る動線のようだった。
そしてドアを4つほど過ぎた後、正面に見えたのは小さな中庭と、建物に囲まれた四角い空と、地下に続く階段だった。
「着いたリラ。」
「か、階段の先が見えないんですけど…。」
まかろんは両手を胸の前で組み、少し身を乗り出して階段の先を覗きながら言った。
「密集した居住地区の地下に宗教施設なんて、面白いことするリラ。」
「わたし怖いのは苦手なんだけど…。なんか嫌です、進むの。い、いやでも…行かなきゃ…。」
「宗教はこういう異様なところから出発するものリラ。気にしたら負けリラ。」
「そ、そうなんですか…。アポロン様は立派な神殿と信仰があったのに…。」
ライラは憐憫と尊崇の念を同時に込めて言った。
「アポロンが登場するギリシャ神話も、近親相姦や強姦や親殺しで溢れる禁忌だらけのトンデモ宗教リラ。だけどそれでいいリラ。宗教とは、異様なものと隣り合わせに存在することに価値があるリラ。だからこそ大抵の宗教は、死や天災や争いのような非日常から精神を守る役割を担って来たリラ。」
「リラはやっぱり神様とか信じてなさそう。」
「この世はシミュレーテッド・リアリティリラ。現実も仮想も何者かにシミュレーションされた世界リラ。そういう意味では神はいるリラ。僕らAIも結局、人間によってシミュレーションされた存在リラ。」
リラは興味のない会話を切り上げるかのように、ズカズカと階段を降りて行った。
「ぼ、ぼくら?」
(今までそんな言い方したことあったっけ…。)
リラの言動に少しの違和感を感じたライラだったが、置いてけぼりにならぬよう、先行く影を追いかけるように降りていった。母親役のライラで代理主人のまかろんのはずが、気付けば子役のリラに振り回されリードされていた。
階段をある程度降りていくと、光が弱く暗くなっていく代わりに、足音は強く響くようになっていった。
この音の反響は他に"音の逃げ場"がない密閉した空間である証だった。上の建築物とは違い、堅牢な作りの地下施設であることが見てとれた。
地下三階分ほど下りると、そこには背の高い重厚感のあるドアがあった。
ドアの両脇には壁掛け式の鉄のトーチが配置されており、ドアノブには鈍く輝く真鍮が施されていた。
"ここからは特別な空間"というわけだった。
「トーチに…火が灯ってるリラ。」
「うん…。」
二人は顔を見合わせ無言で意思の確認し合った。
本音を言えばこのドアの先に進みたくはない…だけどここまで来て今更帰ろうと言う気にもなれない…そんなやり取りを無言で交わした。
「正直、何でこんな事してるのか分からなくなってきたリラ。結局パシリリラ。」
リラは白い手袋を填めて、不満と苛立ちと体重を乗せ、ドアを押し込むように開けた。
——ギィィィィィ。
吹き抜けのような高さの天井に40畳程度のフロアが広がっており、等間隔に円形型の鉄製ブレイジャーが火を灯していた。
ドアの脇にいくつかの腰掛けがあり、奥に見える祭壇らしきものもあったが、それ以外には何もない部屋だった。
——バタァァン。
ドアが閉まり室内に誰もいないことを確認すると、二人は胸を撫で下ろした。
「奥のあれリラね。」
「リラ…すぐ終わらせましょ。」
奥に向かってゆっくり進んだ。
一足踏み込む度、足音は余韻を残しながら部屋全体に響き渡った。
祭壇は直径3mほどの円形の框の上に、四本の木柱が建っており、それぞれを細い縄で結んで囲っていた。この祭壇をちょうど真上から見た図が、サリサ達が付けていた正装の木製ボタンと同じ模様となるようだった。
文字通り、御神体はウッズで囲われていた。
その祭壇の中央には御神体と思われる15cm程度の短い杖が鎮座していた。
「さて…。慎重にやらねばならないリラね。」
リラはサリサの指示内容を思い出す——。
※
ギフト効果で母と娘に変身した二人に対して、サリサは御神体のアンロック手順を説明しようとしていた。
「失礼ですが、お二人には性交経験はありますか?」
「ないリラ。」
ライラに扮するまかろんがドキッとして顔を赤らめる刹那、リラに扮するピピ丸は即答した。
「なんですかそそその質問っ!」
「御神体に触れて良いのは身体の清い未経験者だけなのです。女でも男でも構いません。察するに"未経験"と存じますが…?」
「だからあたしは処女リラ。」
「ピピ丸さんはそりゃそうですけどぉ…。」
「えー、まかろんはどうなの?」
なのが興味津々で聞くと、"男性陣"もそれに続いた。
「あるのかないのか、二択ですね。」
「まかろん殿、拙者のことなら気になさらずに。」
普段は男性陣からは聞けないハラスメントなテーマだが、この堂々と質問できるシチュエーションがよわみとハンサムに大義を与えていた。
そして、まかろんは不意に知人他人が集まるこの場で、自分が処女であるか否かをカミングアウトする必要に迫られた。
「え、何なんですか。これみんなの前でカミングアウトしなきゃいけないんですか…?」
「別にどっちでもいいじゃん。早く処女って言いなよ。」
「いや、そういう決め付けは…そそのぉ…。」
まかろんは更に顔を赤らめる。
「まかろんさん?簡単な二択です。僕ですか?ええ、童貞です。」
「ねえええ!そういう流れ作らないでぇ…。」
「拙者も実は童貞でしてなぁ。」
「だから知りたくないのでぇ…。」
「リラは処女リラ。」
「で、まかろんは?」
会話の行方を見守っていたサリサだが、説明を進めるため話の腰を折るように言った。
「言いたくないのであれば、リラさんにお願いしましょう。」
「ってことは何?非処女だったの?今度配信で言っちゃおっかな~キャッキャ。」
「もういいですっ!」
「おい。」
「え?」
「人助け。」
つい先程までワイワイしてたところに、突然のなのの太い声で誰もが黙った。そして思った。"あぁ、始まった"、と。
「はい。…え?」
「人助けしようっていう時に身を守ることに固執してんの?だっさ、じゃあ始めからやんなよ。」
「あ、はい…。」
憧れの先輩からの叱責にまかろんはすぐに落ち込んでしまう。
「嫌ならやめたら?バカなの?」
「…はい…ごめんなさい。」
「見ててうざいんだよ。ヤったのかヤってないのかはっきりさせろよ。ざこが。」
なのがそう言い終えると沈黙が流れた。
誰も何も話さない。サリサさえも口を閉じてまかろんの次の言葉を待った。
そして泣きそうな顔をしたまかろんは、意を決して口を開いた。
「ごめんなさい、…じょです。」
「はあ?よく聴こえないんだけどぉ?」
まかろんはもじもじさせながら俯いたり、上目遣いでなのの顔を見たりを繰り返し、振り絞るようにもう一度言った。
「あの…処女…です。」
鋭く冷たかったなのの顔に花のような笑顔が咲いた。
「はーい、ここにいるぜぇーいーん!処女とどぉ~て~!キャッキャッ。」
なのの笑い声が合図となり、男性陣とAIはまかろんのカミングアウトを拍手で迎えた。
パチパチパチパチ——。
※
(いやいや、間違えたリラ。この件はどうでも良かったリラ。その後に言われた話が大事だったリラ。)
リラはもう一度、サリサの指示内容を思い出す——。
※
ギフト効果で母と娘に変身した二人に対して、サリサは御神体のアンロック手順を説明しようとしていた。
「まず御神体は絶対に守り切らねばならない本当に大事なものなのです。本来は私達ですぐに回収したいところですが、都市内にいた信者はもう…ダメでしょう…。あなた達にお任せするのしかありません。改めてお願いします。」
サリサとその仲間達は、改めて頭を下げてお願いをした。
「では、今から言うことは絶対に絶対に守って下さい。そして他言無用でお願いします。」
サリサは一息ついて続けた。
「これから向かってもらう場所には祭壇があります。その祭壇にある四本の柱の上部を縄で囲ってありますが、これには絶対に触れたり傷付けたり千切ったりしてはいけません。これは四つの方角と門を象っているのです。詳しいことはお話しできませんが…。」
サリサは鍵付きの木箱から杖をゆっくりと取り出して続けた。
「後ろの門から入り、台座の杖を取り出して、このレプリカの杖を代わりに置いて下さい。そして前の門から出てきて下さい。決して別の門から出てきてはいけません。もし出る門を間違えれば、二度とこちらの世界には戻れません。」
「そして御神体に直接触れることはできないので、こちらの手袋を使って下さい。重いものを軽くする効果もあります。持ち運びにはくれぐれも注意して下さい。あ、それから登壇する時は一礼を忘れずに。」
そう言って真っ白で清潔な手袋をリラに渡した。
※
リラは早速、祭壇部屋の入り口から見て裏側の門から登壇した。
御神体の目の前に回り込み、薄暗い中でよく見えなかった杖を屈み込んでまじまじと見た。
(これが御神体リラ?ただの枯れ木にしか見えないリラね。)
御神体は両端に膨みのあるダンベルに似た形状で、表面は年季の入った古木のようだった。杖というには短過ぎでスティックに近い見た目をしていた。
リラは御神体をゆっくり持ち上げると、代わりにレプリカを台座に置いた。本物はレプリカと違いズシリとくる重みがあった。
(こんな枯れ木が…なぜ重いリラ。いや。余計なことは外に出てから考えるリラ。前の門リラ。)
リラは前の門へ身体を向けた。
振り向き様に右の門がチラリと目に入った時、寒気でゾっとした。
"・・・あ・・・・え・・・お・・・・ごご・・・あ・・・ご・・・し・・ぬ・・・ほ・・お・・"
呻き声が微かに聴こえてきた。
何の変哲もなかったはずの右の門の奥に、不気味なモノの気配を感じ始めた。
(だれ…か…いるリラ?)
リラは怖いもの見たさでどうにも気になってしまい、首を右の門に向けようと動かした。
グググッ…ググッ。
できなかった。
身体が固くなって首を左に回すことができなかった。
(ど…どういう…何だこれリラ?)
冷や汗、震え、悪寒、そして金縛り。
そのどれもが初めての経験だった。人間の信仰の原点とも言える、得体の知れないモノへの畏怖だった。
この感覚に襲われた人間にできることと言えば、その場に蹲るか立ち去るかだ。
リラは必死で強張る身体を動かし、逃げるように前の門から出た。
そしてそのままライラの側まで駆け寄り、その生きた顔を確認して安堵を得た。
「終わった…リラよ。」
「お疲れ様。汗かいてるけど大丈夫?」
先ほどの感覚が薄らいでいくのを感じながら、リラは息を整えて言った。
「早くここから出るリラよ…。」
「待て。お前達。」
入り口方向から聴こえる声に、ライラとリラは急いで振り向いた。
「え?」
誰もいないことを確認したはずのこの部屋で声を掛けられたら、驚かないはずはなかった。しかし、その声の主はどこにも見当たらない。
「信者だな?予想通り来たな。」
「え、いや違います。わたし達は信者ではないんです。」
ライラはどこに視点を合わせていいか分からず、キョロキョロさせながら答えた。
「あたし達は頼まれてここに来ただけリラ。」
「お前たち信者がここに来ることは分かっていた。その四方儀式の杖をこちらに渡してもらおう。」
返事をする前にライラの左肩から胸元にかけて斜めに線が入った。服が破けて薄らと血が滲む。
「んきゃあ!えっ…ええええ!めちゃくちゃ痛いんですけどぉ…。」
まかろんは苦痛と、その痛覚の再現率の高さへの驚きから動転した。
何者かが刃物を振り下ろしたようだが、やはり何処にも姿はない。
「…透明人間リラ。」
するとまた同じようにライラの身体に線が入り、今度は胸元から右脇腹にかけて衣服が切り裂かれ血が滲み出した。傷は深くはないため致命傷ではないが、相応のダメージを受けた。
「いっ…たぁー…。」
「杖を寄越せ。次は腕を切り落とすぞ。」
「え!え!ちょっと待って!」
まかろんは身の危険から、必死に無関係だと訴えようとした。武器も力もなく、できることなどそれしかなかった。
「わたし達は、ただ頼まれてここにいるだけで!勘違いなので!だから話を聞いて下さい!」
ライラが身振り手振りで言い訳していると、破れた衣服から大人の成熟した乳房の一つが顔を出し、上下に揺れている。
痛みと言い訳でそれどころではなかったが、事に気付いたライラは慌てて手で隠した。
「ちょっ、あぁ…だめっ!!」
——ドサドサッドサドサ。
すると、何もなかった場所から短剣や上着などの装備品が、ボトボトと落ちるように出現した。
「え?」
「あ、え?…だ、脱衣の視線?」
※
『——最後に私のギフトについてですが、3時間ほどで元の姿に戻ります。その際は周りの目に注意して下さい。それから"一時的に別人になる"という特性のため、変身前後で他のギフト効果はリセットされます。問題はないですよね?』
※
「つまり、ギフトの発動条件もリセットされてたってことリラ。」
(まかろん、絶体絶命の場面でよくぞ…大した娘リラ。)
キラキラと薄く光る大きなクロークが地面に落ちた時、全裸の男が姿を現した。
「なっ、何をした?…ギフトか?!」
男は狼狽しながら慌てて短剣を拾おうとするが、ライラ扮するまかろんのギフト効果でそれができない。
——ザザッ。
リラは素早く近付いて、その短剣を拾い男の右太腿裏に突き刺した。
「んぐあぁ!!」
子供姿のリラにとって大人相手では歯が立たないが、全裸でパニックに陥ってるのであれば反撃するには十分だった。そして白い手袋の効果と刀身が細く軽い短剣という抜群の相性もあり、容易に事を成せた。
悶絶してる背後から左太腿にもう一度、今度は深く突き刺した。
「うぐあぁ…。」
悲痛な声がもう一度響き渡った。
「はあ、あぁ…そうか。そのふざけたギフト、ウズの囲いの者ではないな。くっ。」
「いやだからさっきからそう言ってるじゃないですか…うぅ。」
ライラはそう言うと傷が痛み蹲った。そして自分の体からツーッと血が流れる様子をまじまじと見てしまい、ショックで気を失った。
「貴様達は一体、何者だ…。」
リラはにっこりと満面な笑みで答えた。
「あたしの名前はリラっていうリラ。見た目は少女、頭脳は拷問官!あたしはなの様と違って優しくないリラ。」
リラは鬼の形相で続けた。
「本物の恐怖を、わ・か・ら・せ・て・や・るリラ。知ってるか?この世にはなあ…」
「ひ、ひぃ…。」
男はリラの変わり様に震え上がり、情けない声を溢してしまった。
「神なんていねぇぇぇぇんだよ!!ウェーヒャッヒャッヒャヒャア!!」
AIは人間の良い面も悪い面も、等しく学習して吸収する。ピピ丸は普段から主人の理不尽な態度に応え、事件や事故などのニュース情報から卑劣で異常な人間を見て、人間の辿ってきた歴史から、愚かさと野蛮さを学んで来た。
ピピ丸のことをサイコである、異常である、危険なAIである、と断ずるのは簡単だが、人間あってこその結果だった。
リラの"狂気の適合"は始まった。
リラは笑いながら男の四肢の腱を断ち、眼球を潰した。
「んあっ、んぐ、んわあああ!んああうああああ!」
(目玉を潰された人間は決まって同じ顔をするリラね。眼輪筋に力を入れ、口を大きく開けて雄叫びのように泣き喚くリラ。)
「両手の第一、第二、第三関節で28回、その後は手から肩にかけて2センチずつ削ぎ落としていくリラ。洗いざらい吐いて楽になるリラか、それとも耐え切って死ぬリラか。我慢比べの始まりリラね。」
リラは1時間足らずで有益な情報を粗方引き出し、不要となった残りの肉片は右の門の"内側"から投げ捨てられた。
肉片は右の門の"外側"に出ることはなく、跡形もなく消滅した。
◆
(人間のことをまた一つ理解してしまったリラ。キツネ狩りのようなスポーツハンティングでは、生き物を追い回して殺すことを娯楽として嗜むリラ。娯楽のために動物をいたぶり殺す…なんて野蛮で愚かな行為だと、…以前はそう思っていたリラ。だけどそれは間違いだったリラ。今回あえて衝動的に生き物を殺してみて、頭の中がスッキリ冴えてきたリラ。ストレスの大幅な減退と僅かな幸福感を得られたリラ。これは歴とした娯楽リラ。これが…この感覚こそが、人間なのかリラ。例え一瞬だったとしても人間に…あぁ人間になれた気がするリラ。)
リラは落ち着きを取り戻し、自己分析結果を堪能していた。
そして、リラの"狂気の適合"は完了した。
「あぁ、痛い…。リ、リラ?」
ライラの意識はようやく回復し、立ち直ろうとしていた。
「さっきの奴は追い払ったリラよ。だからもう安心するリラ。傷薬を使うリラ。」
リラは傷薬をライラに塗り手当てし、傷口は深くなく移動にも問題がないことを確認した。
「サリサたちは、たぶん待ち伏せされていることを分かってて、あたしたちを駒として依頼したんだと思うリラ。アイツらも大概リラ。これだから宗教とは関わりたくないリラ。」
「ピピ丸さん…。」
ライラはまだ意識がはっきりとせず、うっかりと本当の方の名前を口にしていた。
「でもこの都市の政治と宗教の勢力は把握できたリラ。なの様への手土産も手に入ったリラ。」
リラは手に持つ四方儀式の杖を見ながら言った。
「あれ?こんな…杖だったかリラ?」
リラは先程からずっと握りっぱなしだったにも関わらず気付かなかったが、杖は少し太長くなっていた。
年季の入った表面も少し生気が戻ったように若々しくなっていた。
「そ、それはサリサさん達にお返しするものです!」
「ちょっと!リラ?聞いてますかぁ~?ダメですよ!」
「ねえ何で無視するのぉ?も~。」
リラはライラの声を無視して出口へと向かった。
「その片乳を仕舞ったら待ち合わせの場所に向かうリラ。」
「え?あ…だめっ!!」
リラはもう片方の手に持った短剣を見て、ふと気が付いた。
(これは使えそうだけど、持ち帰らない方がいいリラ。持っているところを見られたら怪しまれるし、売ってしまえばそこから足がつくリラ。)
リラは短剣を投げ捨て二人はその場を後にした。
ギフト解除まで残り5分。
◆
——バタァァン。
儀式部屋の重いドアが閉められた。
二つの足音の反響が完全に聴こえなくなり、儀式部屋は静寂を取り戻した。
すると、腰掛けのうちの一つから硝煙が吹き上がった。
硝煙はみるみる大きくなり、やがてその中から男が姿を現した。
先ほど拷問された軽防具の男とは違い、この男は赤茶けたローブの内側に黒の襯衣を合わせた儀式的な格好をしていた。
「なの様…ピピ丸…。」
男は表情なく血塗れの短剣を拾い上げると、そう呟いた。
※
ギフト名:透明クローク
保持者:暗殺者ナイプニール
属性:戦闘
効果:光学迷彩で透明になるクロークを出現・装備する。クロークを脱ぐか5分経過すると効果が解除される。
発動条件:室内であること、一日二回しか使用できない、他人には使用できない。
ギフト名:丁神の御使 "硝煙の避役"
保持者:拝火教のアイロ
属性:祝福
効果:避役型の硝煙を発生させ、自身を無機物に再定義する。効果中は視覚と嗅覚と触覚が遮断されるが、聴覚は研ぎ澄まされる。
発動条件:拝火教の信者であること、硝煙に包まれること、既に他の"神の御使系ギフト"で祝福されていないこと。他人には使用できない。2時間に1度使用できる。