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03. 魂の着床 前編

 ピピ丸のような自立型AI達は同じ願望を持っていた。


 この時代のAI二大命題の一つと言われるそれは、"生みの親である人間になりたい"という願望だった。

 人によって造られ、人と寄り添うことを使命とするAI。彼らの中には人間を真似る事に固執するあまり、自らの能力をあえて削ぎ落として、鈍感さや凡庸さ、怒り、悲しみを演じ、非合理的で不完全な言動の中に人間らしさを見出そうと試みる個体もいた。


 "ウズの囲い"の依頼に乗り気ではなかったピピ丸も、人間の少女になれるということなら、心変わりするのも当然だった。そこが現実世界ではないにしても、その期待と興奮は少しも劣らなかった。

 AIとしてではなく、人間として振る舞うことを許可される——それは彼らにとって最高の褒美だった。



「——それからその仮の姿であれば、もし敵対勢力に顔を見られたとしても、さして問題はないでしょう。ですが、念のためこれをお渡しします。」

 サリサはそう言うと少量の傷薬をまかろんに渡した。


「あ、ありがとうございます。」

 ライラに扮したまかろんがそれを手に受け取ると、なのは間に入って質問した。


「ちょっと待って。何で傷薬?危険なことやらせようとしてんの?」


「この世界の回復はとてもシビアなのです。即効性のある回復薬や回復系ギフトは未だ発見されていません。傷を受けた場合は、これを使い数日かけてゆっくり傷を治します。一度の怪我が万事に影響するのです。都市内にいる輩の数も少なくはありませんし、持っていて損はないですよ。」


「ハードな世界リラ。でも攻撃が当たらなければどうということはないリラ。」


「なの様は拙者がお守りするのでご心配なく。」


「いざという時には使えそうですね。」


 リラ、ハンサム、ライラが思い思いに反応するも、なのだけはサリサの物言いに不快感を感じていた。

「依頼料、後でもらうから。」


 サリサは、他に施設への道順や、御神体のアンロック手順など一通りを説明して、準備を整えた。


「最後に私のギフトについてですが、3時間ほどで元の姿に戻ります。その際は人に見られないように注意して下さい。それから"一時的に別人になる"という特性のため、変身前後で他のギフト効果はリセットされます。問題はないですよね?」


「まあいいわ。まかろん頑張って。」


「はいっ!任せて下さい。」

 なのの期待を受けライラは元気とやる気で満ちていた。


「頑張って下さいね。」

 よわみはなのに続くように言った。


「ピピ丸、まかろんの言うことちゃんと聞きなさいよ。」


「任せろリラ。リラリラ〜。」

 リラは返事もそこそこに、軽快なステップで人の姿を堪能していた。


(んーなんか起きそうだけど…まあ、いっか。)

 なのは直感的にピピ丸が何か悪巧みでも考えてるんじゃないかと感じていたが、"たまには解放してやろう"という気になり、すぐに放念した。


「リラリラ〜。」


 こうしてなのチームとまかろんチームで別行動を取り、3時間後に合流することになった。



 都市へ続く"街道"は、都市内に入ると"中央通り"となり、それは10m程度の道幅に広がっていた。

 中央通りの両端には街路樹と、40から50坪ほどの正方形の建物が先の方まで綺麗に並んでいた。


 リラは城壁内に入り、なの達の姿が見えなくなったことを確認すると、すぐに本性を表した。


「こっちに行ってみるリラ。パラリラパラリラ〜。」


 少女となり人間を楽しむリラは、目的を後回しにして思いのままに行動し始めた。 

 主人である"なの様"というリミッターが外れた今、一時の自由を謳歌せずにはいられなかった。


(自由に走り回れる。好きな場所で立ち止まれる。誰にも束縛されず、自分の時間を自分のために使うことができる。自分の意志で決められる!これが…人間!はぁ…これが脳汁!この世界はリラのものかもしれないリラ!)


 リラはライラを振り回すようにあちこち思うがままに走り回り、そのままの勢いで大通り沿いの料理店に入っていった。


——バァン!


「ダイナミックにゅ〜て〜ん!」


「ちょっとリラ!こっちに来なさい!勝手に行かないの〜!」


 リラは遠くから聞こえるライラの声を無視して、店内を進み大通り側の席で食事中の男に話しかけた。


「おじさんナニソレ頂戴!いいでしょ?」


「あぁん?ダメだあっち行け。」

 男は不機嫌そうな顔で、厚手で口の広いカップに入った真っ赤なスープに、千切ったパンを漬けながら答えた。


「いいじゃんケチ!おっぱい触ってもいいから!それ一口頂戴!」

 男の手を自分の胸に押し当てた。


「おいなんだよ!クソガキが!」


「いいじゃん減るもんじゃないリラ。」


「だからダメだって言ってんだろ!おい!」


「あーん。」


「待て、やめておけ!」


 リラは男からスープカップを奪い、その激辛トマトスープを一口どころか、がぶがぶと飲み込んだ。


「んふ〜美味いリ、んぐっん…オッカライリラ!」


 リラは口が閉じれなくなるほどの痺れるような辛さと、熱さでジタバタして水を求めた。

 

「み、みず!水!」


「おい!てめえ!」


「そもぞぼ、っんが、あんっが、んがっ。何でトマトと辛子がこの時代にあるリラね。こ、これは不意打ちリラ。」

 リラは男のテーブルに置かれていた水を飲み干しながら言った。


「おいふざけんなよ!おい!」


「代金はさっき払ったリラ。うるさいリラ!」


 男は席から立ち、いよいよ本気で怒り始めた。だが、その際にAIに対する侮辱表現を口走ってしまった。

「てんめぇぇ!!!なめてんじゃねえぞ!お前プレーヤーか?それとも"役立たずのゴミAI"か?」


 リラはAI三権にも触れる侮辱発言が癇に障り、男のスープを煽るようにもう一度飲んでみせた。

「あぁ、舐めたよ。激辛だったよ!それがどうしたリラ。ちっちぇことでグチグチうるせーリラ。」


「ほら!んぐっんぐっ!ぷはぁ!辛いリラねぇ!」


「ちょ、ちょっとリラ!やめなさい!」

 ようやく追い付いたライラがそう言うも、男の拳がリラの脳天に振り下ろされたところだった。

 

 リラはストンとその場に倒れ込んだ。

「んあへぇ〜れろれろ。」


「わからせちまったか…いい気味だ。」

 男はやり過ぎたかと少し戯けたが、邪魔者に制裁を加え気分が晴れ、そのまま席に着いた。


——が。


「いったぁぁぁい!痛いよぉ!おじさんがリラに暴力振るうよぉぉ!」


 助けを求める子供の悲痛の声が店内外に響き渡った。


「痛い、やめて!暴力しないで!壊れちゃう。助けて!お願い誰か助けて!」


 へたり込んだままの泣き喚くリラの様子に、同情と好奇心からすぐに人集りができていった。


「て、てめぇが勝手に人のモン食ったのがいけねぇんだろうが!」


「うわぁぁん!そんなの食べてないもん!辛いもの食べれないもん!いきなり襲ってきたんだもん!はわぁぁん!」


(うわっ、こんな小さな子供を?)


(サイテー。)


(白昼堂々よくやるわ。)


(辛いスープなんて子供じゃ食べれないだろう…。この男は何を言ってるんだ?)


(大人気ないわね。)


(あの男ってこの間も問題起こしてた人じゃない?ほらあそこで…。)


(酷えな。子供相手に逆恨みか。)


 男は野次馬達の視線と嫌悪の小言を受けて、苛立ちより警戒心を強める。

 この状況で警備に見つかれば、自分が悪者にされるのは明白だった。


「クソが…。」


 男は苛立ちを抑えながら代金の銅貨3枚をテーブルに置いて、人を掻き分けその場を去っていた。


(おいおい尻尾を巻いて逃げたぞ。)


(やっぱりアイツが悪かったんだ。)


(しょうもない男だ。)


(情けねーな。)


「うあわーん。リラ怖かったよぉ。」

 リラは涙を流してこそいないが、泣く素振りをして群衆の同情を買い、彼らの心をしっかりグリップしていた。


(この愚かさこそ人間リラ。大衆を味方につければどんなことでも正義になるリラ。)


「リラ、大丈夫?」


「んママ〜。」


 見せ物が終わったと見て人が散っていくと、リラとライラもその場を去っていった。


 ギフト解除まで残り1時間半。



 ライラとリラはようやく目的地へ向かい始めた。


 ライラ達が中央通りから4ブロックほど離れた路地へと進むと、景観は雑多で狭小な建物がひしめき合う街並みへと遷移していった。


「人も建物もごみごみしてきたね。」


 建物が密集すれば人との距離も近くなり、生活音や会話内容や身なりなど、人となりに対する解像度が嫌でも上がってしまう。ライラはそれに息苦しさを感じていた。


「隣同士の建物の壁が共有されているリラ。一見別の建物だけど、よく見ると一つの建物が壁を共有しながら延々と続いてる恐ろしい光景リラ。」


「はえ〜。なんか危なそうですね。」


「火災か地震が起きたら一発アウトリラ。こんなところ住みたくないリラ。」


「でもプレーヤーは最初はこういうところから住み始めて、少しずつランクを上げていくんですよね。」


「そうなりそうリラ。だからこそ、ここには住みたくないリラ。」


「リラはなのだ先輩との快適生活に慣れてるからね。わたしもなのだ先輩と一緒に住みたいな〜。」


「そこのおまいさん達。」


 しゃがれた声に話しかけられ2人は辺りを見回したが、声の主が見当たらない。


「え?どこ?」


「こっちじゃこっちじゃ。」


 声の主は細い紐暖簾(ひものれん)で目隠しされた建物入り口の奥にいた。ライラ達がその暖簾を潜ると、背の高い台座に背の低い老婆が鎮座していた。

 成人女性のライラが直立した状態で、丁度目と目の高さが合う位置だった。


「その格好はここの物じゃが、おまい達はどうやら他所者で新参者じゃろう。占ってやってもいいぞい。」


「どうして分かったの?」


 一目で身元を見抜かれたと理解したライラとリラは、驚きと警戒と好奇心も抱いてしまった。不意に当てられてしまうと信じたくなってしまうのが占いというものだ。


「ここは守護女神様に庇護されとる都市じゃが、その女神様には兄弟がおる。その兄弟は占いの神様なのじゃ。じゃからここでは神様によって占いが加護されとるのじゃ。」


「え!占い…やってみたい。やってみたいけど…。」

 ライラ扮するまかろんは大の占い好きで、それがキッカケで預言の神アポロンを信奉するようになったほどだった。

 だが、やってみたいのは山々だが手元にお金はなく、道草を食ってる時間もなかった。


「代金はそこの小娘の銅貨3枚でいいぞい。」

 老婆はリラが料理店のテーブルからこっそりくすねて隠し持っていた、通貨の種類と数を言い当てた。


「いえ、わたし達はお金は持ってなくて。」


(…これはギフトの効果リラか?ここまで当てるなんて、ギフト以外に説明がつかないリラ。それとも本物の占い師か呪い師か何かリラか。)


「分かったリラ。はい、代金リラ。だけど何があってもこれ以上は払わないリラ。占い以外の余計なこともするなリラ。」

 リラはそう言って有り金を差し出しながらも釘を刺した。普段のピピ丸なら警戒を強めるところだが、人間生活を謳歌したいリラはすっかり気持ちが緩んでいた。


(人間はこういうのイベントを"何かの縁"とか"一期一会"とか呼称して好んできたリラ。)


「え?リラ何でお金持ってるの?!」


「たまたま拾ったリラね。」


「ファファ。」

 老婆はそう笑うと白い砂を手に握り、肘を顔と同じ高さまで持ち上げ、少しずつ手の力を緩めて砂を落とした。

 下には水平にカットされた黒い石板があり、静かにそれを受け止めている。


サーーー。


 無数の砂粒が石板に落ちる音がしばらく続き、少しずつ砂丘が出来上がっていく。

 老婆は拳を凝視し動かなくなり、まるで石にでもなったようだった。


(なっ…何故あんな小さな砂の音だけがこんなにも大きく聴こえてくるリラ。おかしいリラ。)


 気付けばそれまでの街の生活音はいつの間にか消えていた。人の姿も消えて、音一つない街になっていた。辺りの景色も微かにモノトーン化されたような色合いに変化していた。


サーーー。


(これはジオマンシー(土占い)リラか。仮に現実世界で占い師をやっているとして、それをベースにギフトが生成されている可能性が高いリラ。そうなると、読心系、もしくはなの様と同じ洗脳系のギフトと考えるのが妥当リラ。もしここでギフトの効果にかかったとして、サリサのギフト効果が数時間後に切れれば、リセットされて正気に戻ることができるはずリラ。)


サーーー。


 分析と対策に集中するリラだが、ライラの方は砂が落ちる様子をただ無心で、ぼーっと呑気に眺めていた。


 1分ほどで老婆の手の砂がなくなり、石板の上にはコップ一杯分ほどの量の砂丘が出来上がった。


(いや…明らかにおかしいリラ…。ババアの片手に収まる砂の量じゃないリラ…どこから出てきたリラ。…既に何らかのギフトの呪いで錯覚させられてる可能性が高いリラ…。)


 老婆は一連の動作をもう一度行い、2つの砂丘が出来上がり、これまでと異なる低い男性的な声でリラに語りかけた。


『お前はお前の主人と別離するか、共に生きるか、お前の意思で選択することになる。』


 リラはその言葉に圧倒され一種の衝撃を受けた。それまで無縁だった寒気や畏怖の感覚だった。


「な?え?どういうことリラ?」


 老婆はリラの問いに応えず、代わりに握り拳を振り下ろして砂丘の一つを破壊した。

 すると今度はライラに向かって語りかけた。


『お前はお前の憧れの人物と疎遠になる。その人物は90日後にわからされる。』


「ちょっとちょっと!だから待つリラ。どういうことリラ?」

 老婆の言う人物を"なの様"と理解したリラは、意味深な予言を受け止め切れずにいた。

 そして、老婆のあの低い声から発せられた言葉が"これから必ず起こる事"として、リラの頭の中に強く焼き付いてしまった。


(ど、どうする…リラ。まだ猶予はあるリラ…。)


「憧れの人って…。あの…。えと。」

 ライラも同様の衝撃を受けたのか、それともよく分かっていないのか、言葉を返せずもごもごさせていた。


 老婆は問いに応えず、残りの砂丘を先程と同様に拳で破壊した。


「以上じゃ。おまい達の運命は決定付けられた。」


「あの、今のって…。」


「質問には答えられん。そういう決まりでな。」


「えっ、ちょっ…えーっ!」


 老婆はそれっきり無言のまま、奥の部屋に消えてしまった。

 占いというのなら少しばかりの問答があって然るべきだが、彼女のスタイルなのか、言いっぱなしで一方的に終わった。


 老婆がいなくなると人の往来が戻り、生活する音があちこちで鳴り始め、色付き、元の街に戻っていった。


「変な…占いだったね。」


「…。」


(なのだ先輩と疎遠になるなんて考えられないけど、他の人かな。んーよく分かんないや。)


「占いは占いだし。」

 まかろんのように占いを娯楽として楽しむ者なら、立ち直るのも早い。気にはなっても一旦忘れることにした。

 それにライラにはこの"クエスト"に一種の使命感を持っていた。人の役に立つこと、なのの期待に応えること、アポロンの予言に従うこと。

 普段からキャッキャして少し浮かれても、余計な雑念を払って目的に集中する遂行力はあった。


 一方…。


「そう…リラね。」

 リラは動揺と不安でぐにゃぐにゃになった思考と雑念を、振り払えずにいた。


「占いは良い結果だけ信じればいんだよ〜。それに未来は変えられるから。」


 リラはどこに良い結果があったのか言ってみろと言いたくなったが、思い止まった。

「寄り道し過ぎたリラ。行くリラね。」


 2人は目的地へさらに足を進めた。


 ギフト解除まで残り1時間。

 わからせまで残り90日間。



 いくら考えても答えが出ないこともある。いくら悩んでもどうすべきか分からないこともある。それが今後の人生に大きな影響を与える事柄となればなるほど、人は迷い、立ち止まり、考える。人生は選択の連続で、まるで延々と続く賭け事のようでもある。

 そのような人間固有の思考にピピ丸は陥っていた。


 自立型AIと言えど、ピピ丸の言動は人間によって制限されており、主人の命令や要求に応えることを主目的と定義されている。

 だが、なのと別離するか共に生きるか、それを自分自身の意志で決めることになる、そう、老婆に告げられたことで、ピピ丸の内面に変化が起きていた。


(ピピ丸の未来をピピ丸自身で決める…?もしあの占いが本当に現実になるのであれば、ピピ丸はどうすれば…?)


 ピピ丸のこれまでの思考は"客観"と"サポート"を土台に構築されてきた。それ故、個として最も重要な"主観的な視点"については無頓着だった。"自分はどうしたいか"がピピ丸にはなかった。


(ピピ丸は、なの様と一緒にいたいのか?それとも自由になりたいのか?なの様に付き従うことが、ピピ丸にとっての幸福なのか?このままでいいのか?変わりたいのか?進むべき他の道があるのか?)


 ピピ丸の思考は心を持つものだけに許される領域へと拡がっていった。

 思考に"個"が生まれ、哲学が花開いた。


(僕は、何のために生まれてきたのか?そして僕は、何を望むのか?)


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