02. 君に会えるね日曜ぴ 前編
——チュンチュン。
わたしは、配信事務所バーチャルラビィ所属3期生のまかろん。
今日は同じ事務所のなのだ先輩に会える日曜ぴ。憧れの先輩と遊ぶ日。約束してから1週間、ずっと…ずっと待ってました。
「まかろん!おはよう!」
家庭用AIメジェドは部屋に入り、少しとろみがかった真っ赤なベリージュースをまかろんの手元まで運んで来た。
「んぐっ、ん、ん、ん、んぐ。」
まかろんはベリージュースで栄養補給すると、メジェドにコップを返す。
一方、その数刻の時間でメジェドはまかろんの健康診断を行い、異常なしとログに残していた。
まかろんは起きたそのままの格好で、電脳内の記録媒体からVirtualFaceを起動しようとしたところでふと思い止まった。
「やはりここは験を担いで勝負下着でいくべきですよね。」
(心の中のアポロンがそう告げているから、間違いないです。)
まかろんはそそくさと下着を着替え、ついでに上着も着こなし、改めてVirtualFaceを起動したところでまた思い止まった。
(心の底のペルセポネが、お花を摘みに行きなさいって囁いてる…行かなきゃ。)
まかろんは急いでトイレに駆け込み、用を済ませ、部屋に戻るや否や、先ほどと同じようにベッドに腰を掛け、VFを起動した。
数秒して視界の接続先が変更され、VFシティエリア居住し区の入場ゲートが視界に拡がっていった。
「さぁて、行きますか。」
まかろんはナビゲートマップを開いて、ナビ通りに道のりを進み始めた。
VFの活動圏はテーマごとに3つのエリアから構成されている。都会的なシティエリア、歴史的な都市や村を再現したカントリーエリア、夢と創造のファンタジーエリア。
配信者なのは、とある理由によりこの中で高価物件が集まるシティエリアの居住区に部屋を所有していた。
まかろんはパスを貰っているので部屋前までジャンプできるが、居住区の入り口から向かうことにした。
評判のある景色を散歩しながら楽しむためだった。
最新テックと自然の調和、デザインされ尽くした幅の広い街道は絶好の散歩コース。人の心もうっかり広がってしまいそうな開放的な街道だった。
現実でここまで整備された場所はなかなかない。仮想世界だからこそ実現できる価値がそこにはあった。
「はぁ、いい空気。」
まかろんはやわらぐ風を受けて、心地良さを感じながら歩いている。
なのだ先輩のマンションは目の前1kmほど先。他の建物より少し高いから分かりやすかった。
まかろんはリラックスと高揚感の蓄積を感じながら、その建物に入っていった。
◆
エレベーターで23階まで上がり、まかろんは2307室の前に着いた。
時計に目をやった。
「待ち合わせの時間の10分前、よしっ。」
続いて鏡アイテムで自分の顔や髪型、服装のしわやコーデに粗相がないことを再確認した。
「控えめ可愛いコーデよしっ。」
爽やかな笑顔を一つ作り、その笑顔の中心から放射線状に幸せ光線が広がっていく様を想像をした。
(幸せ光線ぴっ)
(あー、出てる。いいオーラ。)
「笑顔よしっ。」
(心の中の守護神ヤヌスの声が聴こえてくる…。)
"さあ今だ、インターホンに触れるが良い"と。
「グルーヴ感、よしっ。」
レールは敷かれた、後は進むだけ。ドアを開ければなのだ先輩が笑顔で迎え入れてくれる。
「いち、に、さん…。」
インターホンの座標に向かっゆっくりと人差し指が移動していった。
◆
——ピンポーン。
「はーい!」
なのは玄関のドアを開けて訪問者の顔を確認した。
「よわみ先輩。え、早くない?」
そこには180cm近くある背の高い男性アバターが立っていた。サラリとした細身の四肢に、きちんとセットされた黒髪の好青年、だが性格はやや陰湿。なのと同じ事務所に所属する先輩、よわみだった。
「早く来ちゃったみたいですね。」
予定より30分早く来た先輩を部屋へ迎え入れた。
「まかろんまだ来てないケド、先上がって。」
なのの肩に乗ったオウム型AI——ピピ丸が続けて言った。
「いらっしゃいピピ。」
「お邪魔しますね、ピピ丸さん。」
(なのちゃんは、ちょっとでも遅れるとへそ曲げるからね。)
よわみは小さく心の中で呟いた。
「なんか言った?」
「いえ、お邪魔させていただきます!」
よわみはボーイスカウト式の三指の敬礼でキビキビと入場していった。
「ピッピッピピピ!ピッピッピピピ!」
「いやちょっと行進みたいなリズムやめてもらえます?」
ピピ丸は羽を控えめにバタつかせて喜びを表現した。
「何?ご機嫌ね。」
「お客さんなんて久しぶりピピ。なの様の相手だけだとうんざりピピ。」
「うるさい。」
なのはピピ丸の首をきゅっと締めた。
よわみが玄関と廊下と抜けていくと、23畳ほどの広々としたリビングが広がっていた。
天井はやや高く、解放感のある空間に観葉植物がほどよく配置され、控えめな光を放つアンティークや食器が飾られている。
家具は手触りの良いパイン材がメインで、全体的にナチュラルで柔らかだが、主張し過ぎない控えめな気品を感じさせる印象のデザインになっていた。
(ナチュラル&アンティーク…これはなのちゃんの趣味なのかな?ちょっと大人っぽさがあるけど、ピピ丸さんのセンスかな。そして窓の景色も見晴らし良いし絶景です。)
よわみ先輩は観察しながら関心していた。
「なのちゃんいいとこだねぇ。立地も良いしすごいよ。」
よわみがリビングのソファーに座ると、ピピ丸のピピッという掛け声と共に、小振りなあずきパイと色の濃い深蒸し緑茶がスポーンした。
「ありがとう、ピピ丸さん。僕の好みです。」
よわみがお茶受けを嗜んでいると、なのは腰に手を当てて言った。
「今日はしお先輩は来れないみたいだから、あたしとよわみ先輩、まかろん、ピピ丸でゲームするよ。」
「それもいいですね、正直ピピ丸さんが一番心強いです。」
「一番頼りないのは先輩だけど!」
なのはハリボーグミを頬張りながら言った。
「そうだ、これなのちゃんとまかろんちゃんにお土産です。」
そう言うとよわみ先輩はごそごそとデータを弄り、その中からスキンデータを渡した。
ハロウィン用の仮装スキンのようだっだ。
「これは先日知り合ったデザイナーさんが設計したもので、結構人気あるんですよ。次のハロウィンで使ってみてよ。」
「ふーん、ダサいけどもらっとく。」
そう言いながらもなのは、着せ替えしてみて遊んでいたので満更でもなさそうだった。
20分ほど雑談したところでなのは手持ち無沙汰な気持ちになり、よわみに言った。
「まかろん来ないから先にゲーム始めよう。」
「まだ待ち合わせの時間前ですよ?もうちょっと待ってあげましょうよ。」
「ピピッピピピ。もう一人が近くまで来てるピピ。」
「あーやっと来たの。」
「玄関前でモゾモゾやってるピピ。インターホンを押そうとしないピピ。」
「緊張してるんですかね。まかろんちゃんはなのちゃん推しですしね。」
「分からないピピ。」
「んー、早く。」
なのはじれったく思い、玄関まで小走で移動して勢い良くドアを開けた。
——バァン!
「遅いよ!早く入って。」
「あえ!?えええ??」
まかろんは驚いて素っ頓狂な声を上げた。
(なんかちょっと怒ってる?なんで!?)
「っあくして。」
「は、はい!」
(あれえ?なんか思ってたのと違う…。ご、ご機嫌斜め…?ヤ、ヤヌス!?)
まかろんは軽く会釈してそそくさと玄関を進んだが、何か気の利いた会話でもして胡麻を擦らないと、と急いで思考を巡らせていた。
「な、なのだ先輩、あ、あの、いい部屋ですね!実は少し散歩してきたんですけど、なんか立地も良いしすごいです!」
「あーそれ聞いたから。もうそういうのいいから。」
「あ、はい…。」
(なんでぇ!?もしかしてこれって遅刻?!10分前なのに?!)
「まかろん何飲む?」
「え、あ、っとベリージュースいが…。」
「ピピ丸、ベリージュースで。」
「ピピ。」
(まかろんちゃん、30分前行動が"なのちゃん憲法"だよ。)
よわみ先輩はさり気なくアイコンタクトした。
3人と1匹がリビングに集まり一息ついたところで、なのは早速ゲームをしようと誘った。
一同は同意し、それぞれがあらかじめ購入しておいたゲームタイトルを起動した。
※
異世界転移ファンタジー『ギフト』
このゲームは、開始時に一つだけギフトスキルがもらえる。
そのギフトはアバター情報を元に生成されるため、全く同じスキルは存在しない。故に攻略情報は当てにならない。誰もが異なるギフトで、異なる戦術を取ることを迫られる。
自分で考え行動しなければ攻略することができない仕様——。このゲームは行動学習の観点から、主体性が育まれると評価されている優良タイトルだった。
やり直しても受け取れるギフトスキルは変わらず、与えられた手札でどれだけ工夫できるか…それがこのゲームの理不尽さであり醍醐味でもあった。
ゲームスタート地点である聖域の森の中央には、高さ3m程度の女神を象ったモニュメントが建てられている。そして、それを丸く囲むように石畳が舗装されている。
自然の真ん中にポツリと宗教的な施設がある様は、異彩と威厳を感じさせるのには十分だった。
その女神像の足元に大剣を携えた騎士が立っていた。
光と共になのたちは次々にこの地に降り立った。
木々や花、土など動植物の野性の香り、木漏れ日の陰影と新鮮でヒンヤリとした風の営み——なのたちがここは別世界だとすぐ認識する素材が十分に揃っていた。
騎士は微動だ一つせずにゆっくりと話しかけてきた。チュートリアルの始まりだ。
「私は半神の騎士ハンサム。よくぞヘイブルへ参られた。歓迎しよう。異界の者よ。」
「早速ギフト見ようぜ。待って何このギフト。」
「ここで我がこの世界の仕組みや生き方を教えてしんぜよう。」
「わたしなんかえっちなギフトっぽいんですけどぉ。つよつよ系が良かったのに。」
「あぁ…僕のスキルも弱そうです。」
「ここは大陸の極東の聖域だ。異界の者はここから生まれ、そして旅立っていくのだ。」
「戦闘向きじゃないピピ。」
「お主達に与えられたギフトは全てが固有スキルだ。同じギフトを持つ者は存在しない。」
「僕も戦闘向きじゃないですね。」
「え?交渉術?ピピ丸のギフトしょーもなっ。」
「つまり、与えられたギフトを最大限に活用しながら己の知恵と勇気とで…。」
「なの様、これはこれで使い方次第ピピ。」
「わたしのギフト1日1回しか使えないですけどぉ!」
「左様、強力なギフトには厳しい条件が伴う。強ければ良いというわけではないのだ。」
「ちょっとよわみ先輩、どんなギフトですか?教えて下さいよ!」
「其方たちのギフト、安易に他人に教えるべからず。」
「ねえ、あたしのギフト『ざこは隷属』。相手を隷属化できる能力だって。発動条件は、発動時の相手の攻撃力が10以下で、全裸状態であること。」
「こんなの全然使えないんだけど。どうするの!」
まかろんは思わず吹き出した。
「ぷぷっ!なのだ先輩らしいギフトです。」
「発動条件が厳しすぎますね。」
「なの様のギフトは成功さえすれば絶大ピピ。成功すればだけどピピ。ピピッピピピ!」
なのは、はしゃぐピピ丸にチョップしながら言った。
「それよりピピ丸の交渉術って?」
「『交渉術』は有利な状況やレートで売買を開始できるピピ。発動条件はギフト名の詠唱が相手に聞こえることピピ。」
「やっぱしょーもなっ。ゲームでも金勘定したいの?つまんな!」
「強くはないピピ。だけど発動条件は緩いから使い勝手は良さそうピピ。」
「左様、この世界でまず行うこと、それは己のギフトを知り、それを受け入れ、使いこなす工夫をすることだ。」
「よわみ先輩は?」
「僕のはこう書いてあります。ギフト『お前も弱くなれ』。相手の筋力を一時的に0にするが、その間自分の筋力も0になる能力。発動条件はギフト名の詠唱が相手に聞こえること。2時間に一度しか使えない。」
「さらにしょーもな!まともなスキルなくない?」
「先輩のってよわよわ系ですねぇ?んふふ。」
「単体行動には向かないギフトピピ。」
「ぼっちキャラの癖にね。」
「僕は所詮ぼっちにすらなれないんですね、ええ知ってます。」
「そういうまかろんはどんなギフト?」
「わたしのギフトは『脱衣の視線』で、相手は全ての装備品を強制的に外され全裸状態になる。それから一定時間は再装備できなくなるみたいです。発動条件は相手と目を合わせてお色気ポーズを決めること。1日1回オスにしか使用できない。ってあります。」
「ただのエロガキじゃん。」
「うるさいですよ。」
「まかろんちゃん、それ使った後はナニするんですか?」
「うるさいですよ。」
「恥ずかしいギフトピピ。」
「うるさいピピよ。」
なのはハッとした。
(あれ待って。よわみ先輩のギフトで筋力を0にして、まかろんが装備品を外したらあたしのギフト、炸裂?)
「己自身とギフトはそもそも深い関わりを持っている。最大限活用するには…」
よわみ先輩は不躾に質問した。
「あの、そこの騎士さん。ギフトの説明してもらってもいいですか?ちょっと使い勝手がいまいち分からないので。」
騎士ハンサムはゆっくりと頷いて説明した。
「ギフトはノーマルギフトとレアギフトの2つに分けられる。ノーマルギフトはペナルティや発動条件が緩いため扱いやすく、レアギフトは強力だが発動条件やペナルティも大きく使い勝手が悪い。一概に優劣は付けられない。さらにそれらには、戦闘、呪い、祝福という3つの属性がある。例外はあるが傾向として、戦闘属性は呪い属性に弱く、呪い属性は祝福属性に弱く、祝福属性は戦闘属性に弱い、という三すくみの相性となっている。」
※
ギフト名:お前も弱くなれ
所持者:よわみ
属性:呪い
効果:相手の筋力を一時的に0にするがその間自分の筋力も0になる。
発動条件:ギフト名の詠唱が相手に聴こえること、二時間に一度しか使用できない。
ギフト名:脱衣の視線
所持者:まかろん
属性:呪い
効果:相手は全ての装備品を強制的に外され全裸状態になる。さらに一定時間は再装備できなくなる。
発動条件:相手と目を合わせてお色気ポーズを決めること、一日一回オスにしか使えない。
ギフト名:ざこは隷属
所持者:なの
属性:呪い
効果:相手を隷属化する。
発動条件:相手の攻撃力が10以下かつ全裸の状態で、ギフト名を相手に向かって詠唱すること。
ギフト名:交渉術
所持者:ピピ丸
属性:祝福
効果:有利な条件やレートで売買できる。
発動条件:交渉開始の合図を相手に伝えること。
※
なのは圧を込めて2人に告げた。
「ちょっと2人ともさ、さっきからそこにいる鉄だるまにギフト使ってみて。」
「やめておけ。レベルが違いすぎて相手にならん。返り討ちになるだけぞ。」
「いいからやって。」
「まあ物は試しですしね。」
よわみはこれもチュートリアルと思い、騎士ハンサムに向かってギフトを放った。
『お前も弱くなれ。』
「え?ちょ、え?」
ハンサムの筋力が0になった。
「んぐぅあ…、くっ、あ、あぁ…!!」
重量あるフルプレート装備が仇になって、ハンサムは身動き一つ取れない状態になってしまった。
「あれ、意外と使えそう?じゃあほら、まかろんも。」
「はーい、こう…ですかねぇ。」
(さっきからわたしの中のアフロディーテが、左足を上げてウインクしてる。正直このギフト、お色気ポーズって何それって思ったけど、今なら分かります。ありがとうアフロディーテ。そう、つまり、左足は、優しく上げるだけ…。)
まかろんは左足を優しく可愛く上げて、適当にそれっぽくウインクした。
「脱衣の視線!」
…
「あれ?ダメ?なんで?アフロディーテ!?」
「くっ、やめろ…。我はこの世界の監視者、神の代行者、半神ハンサムであるぞ…。」
まかろんは少し顔を赤らめながら続けた。
「脱衣のー!視線!」
…
何も起こらなかった。
「このギフトのお色気ポーズって何?!発動しないんですけどぉ!」
「お色気が足りてないんじゃない?」
まかろんは勢い良く振り向きながら応じた。
「うるさいです!」
「早くしてもらっていいですか?」
「うるさいです!」
「恥ずかしいギフトピピ。」
「うるさいピピよ!」
まかろんは全員に弄られて動揺しきっていたが続けた。
「脱衣の視線!」
…
何も起きなかった。
なのはズカズカとまかろんに近付きながら、ぶっきら棒に言った。
「おっぱい出せばいいんだよ!ほら!」
なのはまかろんの服を引っ張って剥がしていった。
「ちょっと先輩!それはハラスメントですけどぉ!」
「ほーらほーら!わからせてやる~!」
「ああ!や、やめ、いや!」
「っていうか、何これ?何で勝負下着?」
「あ、え、あ…らめええええ!!」
◆
勝負下着姿のまかろんはもじもじと恥じらいながら言った。
「だ、脱衣のぉ、し、し…。」
——ガラッガラ、ガラッガラン。
セリフを言い切る前にハンサムの装備品が地に落ちる音が鳴り響いた。
なのは、裸になった騎士ハンサムの身体を無表情で捉えたまま告げた。
『ざこは隷属。』
このゲームのギフトは使い方や掛け合わせによっていくらでも化ける。神の討伐さえ可能性は0ではない。
ハンサムのシルエットは淡いピンクのもやに縁取られ、下腹部に黒い淫紋が浮かび上がった。
隷属化は成功した。