01. メスガキは配信する 後編
配信者は、リスナーの大量コメントのうちの1つを拾い上げて答えることがある。それを期待してやたらコメントを投稿し続けるリスナーもいる。自分のコメントが拾われて認知してもらえるとテンションも上がるのだ。
けれど配信者にとってのコメ拾いは、大抵の場合はただの気まぐれか、会話が弾まない時の場つなぎだった。
星アイコンの女の子なのは、流れるコメントのうちの一つを"気まぐれ"で読み上げた。
"今月はもうお金がなくて感謝ができません"
「んーどうしたのぉ?お金を稼ぐのは大人の仕事じゃないの?これ以上感謝したらお金なくなる?借金?無職になる?そんなの知らないよね。」
頬を少し赤くさせながら続けた。
「何で私に言うの?それって言い訳?ねえねえ?大人が言い訳?お金がないのをあたしのせいにするの?感謝は別腹って言ったよね?もう忘れちゃったの?
あーあ、おっバカさ~ん!
子供のせいにしちゃう?
大人なのに?
そういうことしちゃうの?
大人が?
あっははは。
よわよわの~!ざっこざっこだよねえ!
よわよわでぇ~
ざっこざこ雑巾だよねえ!
あーはいはい、情けない。」
鼻で一息ついて続けた。
「こんな時どうすればいいの~?何をすればいいの~?分かるよねっ。はーやーくー!全員だよ。雑巾ども。」
低く強い言葉で締め括ると、リスナーたちは一斉に反応していった。
お守り姫:申し訳ないです
KAMO:誠に申し訳ありません
なの様推し:すいませんでした
土下座サムライ:ん~ん!切腹!
ざこざこ騎士:うちのやつがご迷惑をかけました
投げ銭が恋人:[10,000]
きりきり:[12,000]
感謝ガチ勢:[30,000]
解説ニキ:ここまでいつもやってる流れ
◆
なのの信条は"飽きる前にやめる"だ。
そのため、配信時刻はいつもバラバラで大抵は一時間程度で終わる。短時間でリスナーをかき集めて、短時間で楽しませて、一気に投げ銭を回収している。
いつでも視聴できる定刻の長時間配信より、いつ見れるか分からない不定期で短時間の配信の方が希少性は高い。なのはこの手法で競合配信者のリスナーにリーチしていた。
また、この時代は娯楽に溢れている。貪欲なリスナーたちはリアルなメスガキの目利きに肥えていたのか、紛い物より本物という調子でなのを囲って、キャッキャデュフフしていた。
「はいきょーはー!今日の配信はー!」
カメラに向かって上目遣いでおでこを突き出して、はしゃぎ気味に続けた。
「なんとバーチャルフェイスのあちこちのエリアに同時配信されるよ。だからお行儀よーくしていこうね!リスナーのおざこのみなさん?準備はよろしくて?」
子供時代を経験してきた大人たちにとって、元気にキャッキャと喋る子供は保護欲を掻き立てる存在——と同時に大人特有の不敵な笑みがそこに加わる…掻き立てられるのは保護欲だけではなかった。
人は理性や常識をぐちゃぐちゃにしてくる存在に、心奪われてしまうこともある。
そんな悲しくも素直な大人たちこそ、なのの信者リスナー、通称『雑巾』だった。
「今日のために募集していた質問にお答える。」
軍曹:いいね
ぴぴ式:俺の質問かな?
お塩もん:回答コーナー待ってた!キリッ!
スライムパスタ:早く答えて
暗い迷路:意外とこのコーナーすこ
プリ米:珍回答な予感
わからせおじさん:こういうのでいいんだよ
12歳児推し:待ってた
「いちっ!質問者は攻めのローレン。」
"たまに午前中に配信してるけど学校行ってないの?"
「行ってない。学校好きじゃない。」
まぁリトライ:学校行ってないの?心配。
干物娘:学校行け
おまつり:友達いないの?
妖怪ッチ:野生のメスガキかな
病気王:学校はオワコン
PARKING:基礎学習チップあればいいよね
さよなら日和:情報学習さえしてるなら教育はいらん
み様:好きなように生きたらいいよ
ご注文:そのままでいてほしいから無理して行かないで
「ちゃんと基礎学習はインストールしてるから大丈夫。あたしは学校行かない。ずっとずっと日曜日なの。学校が面白い人で溢れてるなら行ってみたいかもだけど、あそこはバカが行くところ。あたしには相応しくない。」
はるまきパン:ちゃんと自分の考えを言えて偉い!
さみだれ:楽しけりゃいんじゃねーの
2060年代から教育・学習の仕組みは破壊的に変わっていった。机に教科書やタブレットを並べてペンを握る必要はない。テキストを読み、そこから法則を理解したり暗記するために四苦八苦する必要もない。身体に埋め込まれた記憶デバイスに、データをインストールするだけで学習は完了だ。
高度な専門知識は有料だが、小学校から大学までの学習データのインストールは無料。誰もが平等に短期間で知識を習得できるよう義務付けまでされている。
勉強が得意な子、不得意な子——それはもはや死語になっていた。
教師個人の能力によって学習結果が左右される教育システムは表舞台から消え、学校では社会活動や集団生活などの行動学習に重点が置かれている。
そこで、平等で均一に習得できるようになった基礎学習の一方で、均一になってはいけないのが個性だった。
昨今の教育では、情報学習とそれを土台にした個性の確立という二段階教育が標榜されている。
一瞬で習得できる基礎学習と比べて、個性の確立には未だに人の手が必要だった。
不登校のなのは、学校での集団生活をほぼ未経験で過ごしてきたため、社会性やモラルの低さが言動の節々に表れていた。
「にっ!質問者、ひんやりチキン。」
"なの様は今年のハロウィン何しますか?"
「もちろん配信予定はあるんだけどー…内容はまだ内緒。お楽しみに。キャキャ。」
人形恋:なんだろ
ワートリ:仮装楽しみ
告らせたい:VFのハロウィンはマジで楽しみ
箱に梱包:最終日のイベントは参加するの?
草食民:そもそもハロウィンが楽しみ
パキ:ハロウィン配信うるさそうw
「あ、それからあたしは一億円に興味はない。みんなは頑張って狙えばいいと思う。あたしは前日までに仮装して遊んだり、トリックオアトリートしてると思う。だからVFの住所送ってくれたら、直接感謝を受け取りに行くよ。」
VirtualFaceのハロウィンは、年間を通して最大のイベントとされている。
このイベント期間中は"ランド"と呼ばれる街がデコレーションされ、ハロウィン限定AIアバターが出現し、街中のあちこちがパーティ会場となり、飲食物が無料で振る舞われる。
イベント最終日では、ハロウィン限定AIアバターを捕まえると賞品や賞金がもらえる。最高額は1億円。
昨年のハロウィンでは、この最高額を巡って多くのユーザが血眼になって我先に!と奔走していた。
「さんっ!質問者、オメギガ兄弟。」
"バーチャルフェイスを始めてどれくらい経ちますか?アバターの設計はどうしましたか?"
「一年くらいかな。ん~楽しい。アバターは現実の体を元に作ったよ。あたしはあたしが一番似合う。他人になるなんて面倒だし。」
はるかぜ:それはすごい
ホラゲと相性が良い:リアル美少女
やまそだち:美少女きたか
わからせ以下略:わからせたい
かおよろず:リアル12歳児
内臓生産:ぷーん、やるじゃん
解説ニキ:リアルメスガキによるメスガキ配信
お茶とお団子:だからメスガキにリアル感が
1回目:なの様は完全体
「なりたい自分になればいい。あたしはまだあたしでいたいから、そうしてるだけ。それからVFで美少女ごっこしてるおっさんは本当にキモい、ゴミ。この中にもいるでしょ〜?はいキモい〜!ごみごみ。」
VirtualFaceβ版のリリースは2086年。なのはリリース年に参加した早期採用層だ。
リリース当初からアバター設計の自由度は高く、年齢、性別、骨格、声、種族、思いのまま。
多くの人は理想の自分やこれまでと違う自分になろうとしたが、なのは現実のそのままの姿をアバター化した。
自分を飾ったり盛ることに興味がないなのは、良くも悪くも"自然体でありのまま"を是としていた。
不登校の点でもアバター設計の点でも、ななは典型的な外れ値だった。
また、男性の女性アバター利用率は高く、それ故、生理的に拒絶される人たちが存在する。
このタイプは女性の実態や実生活には全く興味がないが、美少女には興味がある。つまり、女性的なファッションやメイクやヘアスタイリングなどに興味がないため、知識や実経験に非常に乏しく、女性ならではの日常会話ができない。話す内容の偏りで中身がおっさんだとバレてしまう。現実を知ろうとせず"俺の理想の美少女"しか見ようとしない未熟なままの大人。
なのは、このタイプを"キモいゴミ"と嫌悪している。
起源は、2020年前後に日本で登場した"バ美肉"と言われている。
「次!質問者、パコピー。」
"なのちゃんに姉妹はいますか?もしいるなら一緒に配信してほしい。コンビ配信好きなので。"
少し間を置いて答えた。
「いない。どうせなら妹より頼れる金髪で天使系のお姉ちゃんほしい。誰か分けてほしい!」
なの様のお父さん:天使いいよな
貶し愛:天使は鉄板
怪しいメイド:人外もいいぞ
セブンス:スライム娘もいい
なのなの:スライム系は荒らしが多いから嫌い
かにぱん:どうせアバター持つなら人族以外がいいな
ゴブリン:おいらの母ちゃんは女騎士だよ
メスガキ監視官:人間に近い方がなじむ。
わからせおじさん:わからせたい
「あのね、スライムアバター嫌い。アンチはだいたいスライムでしょ。何でなの!」
先述の通り、VFではサイズや露出度など、一定のルールに従えばアバターは自由に設計できる。一部の人間以外の種族も可能だ。
天使や妖精などの人間系、獣人や悪魔や虫などの人外系、食べ物や乗り物や無機質などのモノ系の主に3カテゴリに分かれていて、大方は人間に近いシルエットを選択する。
だが、変人ほど"人間離れ"を好む傾向があった。その"人間離れ"の中で最も不人気なもの──それはスライム系アバター。
所謂荒らし行為やチート行為、誹謗中傷を好むような悪質なユーザの割合が多いアバターで、なののアンチリスナー通称『バイ菌』もスライム系が多かった。
「よんっ! 質問者、ばけねこ。」
"男の人を好きになってしまったので、女に性別変更しようか悩んでます。なのちゃんに好きな人はいますか?恋人はいますか?"
「いるわけないね!恋人いたこともない!分かって聞いてるよねえそれ。」
天使ちゃんモンゴリアンチョップ:相手いない理解
農民ランキング:知ってた
このめんどくさい魔女:いま質問5だぞw
悪ガキスレイヤー:そういうことにしておこう
進撃ウイルス:そういうとこだぞ!w
爺戦記:数字弱そう
スパイ暴走族:いてもおかしくはない
異世界おばさん:俺はどっちでもいいけど
ツーピース:まだそういう歳ではないなw
現実世界及びVFでは、性別選択の自由は権利として認められていて、男性、女性、無性の3種から選択できる。また、正当な理由があれば審査の後に変更も可能だ。
VFはなりたい自分になれる夢のサービスだが、それは精神不安を招くリスクも伴う。
努力や苦労なしに一気に"完成形"に到達できる個性は個性と呼び難い。自分の姿に愛着が湧かず、自己同一性が定着しなくなり精神が不安定になってしまう例も多い。
「あ…ろく!っろく!!質問者、トラブルダクネス。」
"仲のいい配信友達を教えて下さい!"
「配信友達…同い年のててろちゃんててみちゃん。配信外でゲームして遊んだりもするよ。好きぴっぴ。」
ガドロップ:あの2人と仲良かったのか
ハトーハウス:え!?友達だったの!?
失格五郎:コラボして
社会先生:あの2人は炎上しがち
アビス:キッズコラボくる?
とある同級生:あの2人先生にこっぴどく怒られたらしいね
義務教育、成人年齢、就業年齢…世の中は低年齢化が進んでいる。配信者もまた、低年齢化が進んでいた。
医療分野では老化の抑制や逆行に成功していて、仮想世界では好きなように見た目を設計できる。そのような環境下では、"見た目が同じだから同年代"とはならない。
むしろ仮想世界においては、エルフ族はエルフ族、獣人族は獣人族、スライム族はスライム族という同一種族に対して親近感を持つ方が自然になっていった。
見た目と年齢の結び付きが崩れ去り、交流の幅は確実に広がっている。良く言えば双方にとって良い刺激になり、悪く言えば子供が大人の食い物にされる危険が増えた。
なのくらい生意気な方が返って大人と上手く渡り合えていた。
「それでね、あの2人との出会いはー…」
◆
45分ほど経過したところで、配信は終わろうとしていた。なのの信条は"飽きる前にやめる"だ。
ピーク時に売り抜けるような投資家のようでもあるが、言い換えるなら45分が集中力の限界ということだった。
急に冷めた顔をしてごはんマークの女の子は言った。
「じゃ、お腹も減ったしー…タピって寝るね。」
ト音:おつかれー!
なの様推し:またね!
なのだマン:タピオカごはん
「たーんたーんたーんたたーん♪バイバイ。」
配信はあっさりと終わった。
ディスプレイから配信アイコンが消えたことを確認して、頬に涙アイコンを付けたなのは呟いた。
「彼氏は…できないなぁ。」
それは諦めの言葉のようだった。
「ピピ丸、頂戴。」
そう言われて部屋の隅に待機していたオウム型AI——シリーズ名クナピピこと、ピピ丸は応答した。
先ほどまでの配信内容を全てインプットしていたので、言われなくとも何をすべきか把握していた。
「了解ピピ。」
すると、すぐにLサイズの黒糖タピオカミルクがデスクにスポーンした。
「ありがと。」
「お安い御用ピピ。」
なのは早速コップを手に取って口元に持っていった。
タピオカはストローの中を通って、勢い良く小さな口内へエレベーターしていった。
いつもならすぐに飲み込んでしまうところだが、今日に限ってはしばらく無言でもちゃもちゃと遊ばせていた。




