09. 弱虫男とホラー女 後編
「よわみ君。私はメリー、よろしく。」
「え?あ、よろしく…お願いします。」
(ローブで姿が隠れていても分かる…。僕と同じ…むしろ僕よりきっと重度な隠キャだ…。)
「困ってる、と聞いた。」
「え、あ、はい。」
「ルプ島ってところに、行きたい、と。」
「そうなんです。でも場所が分からなくて…ご迷惑おかけします…。」
「いいの、手を貸して。」
メリーは華奢な手でよわみの手を握ると、囁くようなひんやりとした声で言った。
『私メリー、今ルプ島の最寄りの町にいるの。』
「はい?ここは都市アーナの外ですけでゅおうお・おお・あおぎゅえ・あえぎゅあ?・うっうきあ?あ・いやおあぎゅえい・いぎゅぃぃぃ——…。」
視界と声がぐにゃりと曲がり、捻じ切るように消えて真っ黒になったと思ったら、次の瞬間には別の光景がぼんやりと広がっていた。
——ズゥン…ンン…ンーーーー…バウンッ!
その最後の破裂音が鳴った瞬間、ぼんやりとした光景がはっきりとした。一気に解像度が上がり、よわみは自分達が別の場所に瞬間移動したことを理解した。
『私メリー、今ルプ島の最寄りの町にいるの。』
(あれ?さっきと同じセリフ?…でも彼女は口を閉じたまま…言葉も移動して来た…?)
「…ここはたぶん、港町ベラーナの港。都市アーナの下流の町ね。」
「すごいですね、こんな便利なギフトおおおおおええええ!!」
よわみは突然船酔いのような二日酔いのような感覚に襲われ、その場で四つん這いになって激しく嘔吐した。
「私のギフト、慣れないと副作用で身体の調子が悪くなるの。」
「おえええ!!おえおえ!ぼえおえええ!」
「……。」
※
「おえ!おえ!ゲボッ…ゲホッ!」
「そろそろ、落ち着いた?」
「はあ…はあ…何とか…。」
「良かった。嘔吐物を出し切ると、次は吐瀉物が出るの。」
「え?としゃ?」
「海でするといいわ。」
急に腹痛が始まり、よわみはお腹を抱えた。
——ギュルルルル、グルルルル。
「うっ…ああ…ぐはっ、痛い…お腹が痛い。イタタ…あー!これはダメなやつです…!」
よわみは急いでズボンを下ろして、吐瀉物を海に垂れ流した。
「ブビブビ!ズビビビビィ!ブシュウウ!ブビビビィ!
「あぁ…痛い…はあ…はあ。」
「……。」
「痛い…痛い…神様…お願い…トイレの神様…助けて。」
よわみは汗びっしょりで、体をガクガク震わせながら本気で神様に祈った。
「ズブビブビィィ!ブリュリュリュ!!ブリブリブリ!!」
「んあ…あぐ…んぐあ…くっ…あぁ!」
「治ったら宿で休みましょう。今日は、ぐっすり眠れると思う。」
◆
港町ベラーナの宿。
よわみは宿に着くなりそのままベッドに入り、溶けるように眠り込んでしまった。
(よわみ君の身体はだいぶ衰弱してる。耐性はやや低めのようね。)
その宿は一部屋にベッドが二つ並んだこじんまりとした部屋だった。
メリーはもう片方のベッドに腰を掛け、そのままじっと硬直し始めた。
何もせず微動だにしないその様は、良く言えば人形のようだが、生物らしい所作としては異様だった。
そして4時間が経過。
時計の針は深夜12時を回り、ようやく動き出した。
メリーは立ち上がりローブを脱いだ。
紫がかった癖のないストレートの髪、前は目を覆い隠す長さ、後は後頭部で伸びた髪を一纏めにしていた。はっきりとした大きさの三白眼に、弓なりに反った小さな鼻筋に薄い唇、身体付きは華奢で、全体的に陰湿な雰囲気を持っていた。
メリーは自分のベッドに入り一息付くと、囁くようなひんやりとした声で詠唱した。
『私メリー、今よわみ君の夢の中にいるの。』
——ズゥン…ンン…ンーーーー…バウンッ!
◆
よわみは夢の中でドラゴンと戦っていた。
「なのちゃん、後衛を頼む!まかろんちゃんは回復を!」
「えぇ!」
「任せて!」
「うおおおおおおお!!これでええ!どうだあああああ!!」
——ザッシュュュュ!!
ドラゴンの首から胴体にかけて大きな切り込みが入り大量の血が流れ、地に倒れた。
「やったわ!!よわみ先輩!ドラゴンをやっつけた!!」
「よわみ先輩すごいです!尊敬します!」
「あぁ、ありがとな。でも力を使い過ぎたせいか、上手く身体を動かせないや。」
「待って、私がヒールするわ。」
まかろんはよわみに向かって両手をかざした。
——ポワンポワンポワン。
「あぁ、いつもありがとう。」
「あんたいつもそうやって力技でゴリ押そうとするんだから。ったく。」
「ごめんなのちゃん、ちょっと前に出過ぎちゃったかも。パワーと勇気だけが取り柄だからさ…。」
「まあいいわよ。ちょっとカッコよかったし。」
「くっ、だいぶ酷いな。まだ身体を動かせない。」
「もう少し強くかけますね、待ってて下さい。」
まかろんはヒールをかけ続けた。
——ポワンポワンポワン。
「あぁ、ありがとう。しかしなかなか動かないな…。」
「よわみ先輩!これならどう?」
——ポワンポワン。
「くっ、もう少し頼む。」
「よわみ先輩!これは?」
「まだ動かせないっ。」
「よわみ先輩!どう?」
「まだだ、動かせないっ。」
「よわみ先輩!」
「よわみ先輩?」
「でももう少しで動かせそうなんだ。」
「よわみ先輩?」
「よわみ君?」
「動かせないっ。」
「よわみ君?」
(え…よわみ"君"?)
「あれ?誰?」
※
気付くとよわみは、薄暗い部屋の床の上に拘束されていた。
「ここは…何処…ですか?」
動こうとすると拘束具でしっかり固定されていて、体を起こすことも顔を上げることもできなかった。よわみは地面に這いつくばるような姿勢で、固定されていた。
「ガチャガチャ!ガチャガチャ!」
(なんだこれっ!くそっ!身体を動かせないっ。)
「ド、ドラゴンは!?なのちゃん!まかろんちゃん!みんなは…!?」
よわみの呼びかけに応答する者はいなかったが、代わりに招かれざる別人の声が聴こえてきた。
「フフフッ。」
「誰!?」
「よわみ君、私が探してあげる。」
「え、その声は…メリーさん?どういうこと?ちょっと助けて!助けて下さい!」
「よわみ君、私が探してあげる。」
「な、何ですかそれ…。ルプ島ことを言ってるんですか?それより今はこれを外してもらっても…。」
「ガチャガチャ!ガチャガチャ!」
よわみは顔を上げようと必死で首を動かす。
(これはメリーさんのローブ。でも膝下までしか見れない。何でこんな変な姿勢で固定されてるんだ…。)
「ガチャガチャ!ガチャガチャ!」
よわみの左足首と右手首のバンドが15cm程度の鎖で繋がれていた。反対側も同様に繋がれていた。首のベルトはキツく絞められていて、床に打ち付けられていた。
こうなると顔と肩を地面に付けた、這いつくばるポーズしか取ることが出来なかった。
「よわみ君、私が探してあげる。」
「もういいですから、分かりましたからこれを外し下さい…。」
「よわみ君、
ほんとにいいの?」
「何でもいいですから、この鎖を外してほしいんです!」
「ガチャガチャ、ガチャガチャ。」
「じゃあ、私が責任を持って探してあげる。」
「いえ探すんじゃなくて、外して欲しいんです!」
——バサッ。
メリーのローブがストンと床に落ちた。
「え?」
——パサッ。
続けてパンツもストンと床に落ちた。
「ちょっと、な、何を!?」
「そこでじっとしててくれればいいの。」
「え?え?もしかしてこれって…。」
(やばいこれ…この展開ってアレってことですか?もしかするともしかして…でもこんな体勢で…何故?)
「ちょっとメリーさん?ナ、ナナ、ナニをするんですか?」
よわみは嫌がりつつも変な期待をしてしまう。
「メリーさん、どど、ど、どうして裸に…?」
「よわみ君、私、興奮してきちゃった。」
(こ、これは…ま、まさか…つまりそういうこと?)
「メリーさん、や、止めて下さい。あの、そ、その僕は…。」
「嫌なの?」
「え、あ、あの嫌じゃないですけど、これはその、あの、なんて言うか。」
「私じゃ嫌なの?」
「いやだから、その。嫌じゃないんですけど!でも、その、こういう形では…。というか、この体勢だと、その。」
「よわみ君、私が探してあげる。」
「え?メ…え?メリー…さん?」
(何かおかしい…さっきから会話がどこにも噛み合ってない…わざとやっている?…いやでも何か、何か変だ…何だこの違和感は…。)
よわみはここで冷静になった。
(ここは一度、相手の言い分を正確に把握しよう。彼女が何を言いたいのか理解しないと。)
「メリーさん、探すって何を探すんですか?ルプ島の話です…よ…ね?」
メリーは、這いつくばるよわみの顔の前でしゃがみ込んだ。それは、よわみの感じていた違和感への答え合わせとなった。
——スッ。
「え?マ…え…マ、マジ…?あ、ああ、あわわ、あ、あわ、ああ、あ…。」
メリーの股間から腕のように太い立派な逸物がそそり立っていた。
「私が探してあげる。」
「ちょっと待って!え!?お、男!?メリーさん男だったの!?」
「私が探してあげる。」
「え?もしかして…まさか…え…嘘だ…無理無理!いや、ホントに無理!あ、あわ、あわわ…わすけて!あすけて!誰か!誰か助けて!!」
よわみはこれからナニをされるのか頭をよぎった。そのせいでパニック状態になってしまった。
「誰か!誰かああああ!!うわああああ!!やめてええええ!!あうああ!このっ!このっ!!」
「ガチャガチャガチャ!!ガチャガチャガチャ!!」
「私が探してあげる。」
メリーは立ち上がるとペタペタと歩き出し、よわみの周りをぐるぐると歩き出した。
よわみは薄暗い部屋の中、自分の視界外で足跡だけがペタペタと響く恐怖にやられ、さらにパニックになってしまった。
「うわああああ!!うわあああ!!」
「ガチャガチャガチャ!!ガチャガチャガチャ!!」
「私が探してあげる。」
「ふあああ!!もう…何なんだよ!!やめろよおお!!」
「ガチャガチャガチャ!!ガチャガチャガチャ!!」
「私が探してあげる。」
「一体何をだよ!何なんだよ!!」
メリーはよわみの後ろに回り込み、両肩に手を置いて、耳元で囁くように優しく言った。
「私が探してあげる…よわみ君の…メスイキポイントを。」
よわみは肛門をナニかでツンツンされる感覚を覚えた。それが何なのか想像しただけで絶望した。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!うわああああああああああああああ!!」
よわみはあまりの恐怖に失神した。
※
「んはあっ…はぁ!!」
よわみはその絶叫と同時にベッドから飛び起きた。
「んはあ…はあ…はあ…あぁ…んぐ…はあ…はあ。」
よわみは夢から覚めた。全身汗びっしょりで荒い呼吸が暫く続いた。
(…ここは夢か!?現実か…どっちだ!?)
隣で寝てるはずのメリーの方にグッと顔を向けた。メリーは反対側を向いてすやすやと寝息を立てていた。
(はあ…ここは間違いなく現実。はあ…よ、良かった。ただの夢だったか…はあ…良かった…本当に良かった。)
よわみはもう一度メリーの様子を確認すると、先ほどと同じ様子で変わりなかった。
(夢の中とは言え、何であんなにリアルな夢を…。)
正確には現実ではなく"異世界ギフト"という仮想世界だが、今のよわみにとってあの悪夢かどうかさえ分かればそれで良かった。
(きっと疲れてるんだ…そうだ、早く寝てしまおう。)
その日のよわみはとにかく満身創痍だった。嘔吐、吐瀉、悪夢、パニック。考え事をする間もなく、すぐにまた眠り込んだ。
「チッ。」
※
ギフト名:急接近
保持者:ウズの囲いのメリー
属性:祝福
効果:目的地に移動する。発動後は激しい嘔吐と下痢を伴う。
発動条件:特定のルールに従って目的地を述べること、一日に二回しか使用できない。




