01. メスガキは配信する 前編
ここは仮想サービスVirtualFaceのパークエリアの一角、憩いの中央公園。行き交う人々、寛ぐ人々、談笑する人々で賑わっている。
気まぐれに変わることのない天気、不定期に吹く心地よい風、高原のように澄んだ空気と気圧、ほどよく自然的に造形された木々とその匂い、小川とそのせせらぎの音、耳をすませば微かに聴こえてくる鳥や虫などの生き物たちの音。
これら全てはもれなく体感・知覚することができ、ユーザは現実世界との区別ができない。データ上の仮想世界だが、そこに広がっていたのは現実と変わらない空間だった。
加えて、気温、湿度、気圧、昼夜、人が"心地よい"と感じうる全ての変数は最適な状態で維持されている。ここまで管理されれば現実以上の最高の空間だった。
このエリアの中央には大きく開けた空間があり、サークル型の標識が設置されている。その標識のエリア内は一般ユーザは侵入できない、広告専用エリアとされている。
静けさと癒しが求められるこのパークエリアでは、この広告専用エリアは不快な存在だった。せっかくの静けさを突然ぶち壊すように、映像と音声をガンガンと流してくれるのだから、"嫌いになって下さい"と言ってるようなものだった。
この広告専用エリアは各地に点在しているため、嫌でも目に付いてしまう。だが、プラチナ以上のユーザなら非表示にできるようにはなっていた。
さて、その標識のカウントが0に近付いて来ている。
立体ディスプレイが出現し、いよいよそのぶち壊しが始まろうとしていた。
◆
「たーんたーんたーんたたーん♪」
立体ディスプレイに女の子が表示され、元気で幼さのある声色が辺りに広がった。
子供の大きな声はつい気を取られてしまうものだが、人を惹きつけるようなよく通る魅力ある声だった。
多くのユーザも気を取られ顔をそちらに向けていた。
配信開始のお決まりのセリフを終えて小慣れた調子で女の子は続けた。
「みんなー!おっはよー!」
カメラに体を近づけたり、手を振ったりでせわしなく元気に動いていた。
「なのだよー!元気ー?たーんたたーん♪」
コメント欄はすぐに挨拶のお返しで埋まっていった。
なの様推し:おはよう!!
チキンライス:おはようございます!!
挨拶ガチ勢:お!は!よ!う!おはよう!
なし爺:おっはよー!
助かるおじさん:挨拶助かる
KAMO:おはよう
Nu2:おはよーさん!今日も元気やな!
あんころプリン:変わらない元気さ!
感謝しかしない:ありがとう!
なんや:メスガキきた!!
ショタゴブリン:ご、ごぶごぶ、ご、ごご
草食民:今日も元気あっていいよー
猫耳エルフ:おは幼女
わからせおじさん:呼ばれた気がしたので来ました。
何の変哲もなさそうな挨拶コメントが渓流のように勢い良く流れ始めた。
それだけで人気の高さは一目瞭然だった。
女の子はその後すぐに何かを喋り続けるのかと思いきや、しばらくそのコメントの様子をニコニコと眺めていた。
口角がきゅんっと可愛らしく上を向いて、見るからに上機嫌な様子。頬には感情アイコンが貼付されていた。
これは貼付したアバターの感情分析をして動的に変化するいわゆるスキンアイテムだ。
ニコニコしている今は星型アイコンが表示されている。
感情アイコンは分かりやすさからリスナーからも好かれやすい定番アイテムの一つだが、ネガティブな感情も読み取って表示してしまうため、それが"裏目"に出てしまうこともある。
そして30秒ほどニコニコしたところでBGMが止まった。
…
感情アイコンは爆弾に変わりゆっくりとした開口の後、矢継ぎ早に喋り出した。
「あの。ねえねえ。」
「ねえねえなんだけど。」
「大人のくせして知らないの?」
「こんなに可愛い女の子がせっかく配信してるんだよ。」
「挨拶もいいけど感謝の気持ちはないの?あるの?」
「ねーねー投げ銭は?」
「可愛い子供には投げ銭をすること。」
「大人の義務でしょ?」
「勤めでしょ?」
「ねえねえ!」
「あるの?ないの?」
「ねえ、ねえねえ!」
コメント欄の流れはいつの間にか止まっていた。誰一人としてコメントしなくなっていた。
小さな口はまだまだ忙しなく動いていった。
「フーン…」
「へ、へえー…」
「そういうことするんだぁ?」
「あーあ…」
「そう、無視ね。」
「あーあー!」
「あー、それでいいんだ?」
「いけない大人たちだ?」
「あーそう、あーあ。」
「なのを怒らせたいんだぁ?」
「フーン…」
「へえ…」
「大人たちがそうやってさあ、よってたかってたかって女の子のことをさあ…
・
・
・
わからせようとするんだ?」
「フーン…」
プツーン…
画面が暗転した。
先ほどまで立ち止まって立体ディスプレイを眺めていたユーザたちは、黒画面を前に戸惑っている。
そりゃそうだ。
機材トラブル?
いや、違う。
配信はまだ続いてる。
画面を真っ黒に暗転させただけだった。
なぜ?と思うところだが信者リスナーたちはよく訓練されているため、次に何をすればいいのか知っていた。
なのなの:[5,000]
12歳児推し:[10,000]
よわよわ信者:[2,500]
諭吉:[10,000]
なの様のお父さん:これで [10,000]
なの様推し:お願い戻ってきて! [10,000]
メスデンリング:[3,000]
なの様推し:[50,000]
お守り姫:行かないで~!
イキり艦長:おい、弾幕薄いぞ! [50,000]
なの様教祖様:お戻り下さい![20,000]
小3リスナー:もどってー [500]
メスガキ監視官:[10,000]
息抜き屋:[6,000]
解説ニキ:ここまでいつもの流れ
チキンライス:[5,000]
わからせおじさん:[50,000]
スライムパスタ:[30,000]
フラグ建築士:やったか…?
ざこざこ騎士:[10,000]
マイドラゴン:頼む…戻ってきてくれ~~(棒) [10,000]
大声ニキ:上から来るぞ!気を付けろ! [10,000]
なの様教祖様:戻ってこないかもしれない(棒) [20,000]
小5リスナー:これお母さんのカードで [1,000]
はいしか言えない日本人:はい! [1,000]
感謝しかしない:ありがとう [20,000]
12歳児推し:追い投げ銭です [50,000]
おこづかいおじさん:[50,000]
大量の投げ銭だった。
ほんの一瞬で100万以上の投げ銭が飛び交っていた。
やがて暗転が解かれBGMが元の音量に戻った。
炎アイコンの女の子が表示された。これでもかというくらい、くっきりとしたハの字の眉毛だった。
「可愛い子供は札束で叩けって言うよね。」
「子供を泣かせた大人は棒で叩けって言うよね。」
「あたしがさっきわんわん泣いて助けを求めた時に全員で無視してたよね?」
「前回の配信の時も同じ話をしたよね?」
「どうして分からないのかな?」
「なーに?」
「何で黙ってるの?」
「そうやって黙ってればいいって思ってるの?」
「それが大人のすることなの?」
「怒らないから言って。」
「黙ってないで何か言ったらどーなの?」
女の子があることないこと話してる間、コメント欄は沈黙していた。
恐る恐る様子を伺うようにまた流れができ始めた。
12歳児推し:す、すいません
メスガキ監視官:あ、あの申し訳ない。
わからせおじさん:正直やりすぎました。すいません。
上辺だけの人:ちょっとよくわかんないですけど私が悪いと思います。
女騎士:私の不徳のせいで…くっころ…
薄っぺら:とりま申し訳ねっす。
ちんしゃん:大変申し訳ございませんでした
「うるさいよ!」
「あたし話してるでしょ!!」
「ちょっと黙って聞いてよ!!」
「こんな大事なことも分からないの?」
「こんなことが許されるのは中学生までだよねえ!?」
「ねえねえ!ほらほらぁ!
・
・
・
ざ こ ぴ っ ぴ ♥」
女の子はカメラに指先をぐりぐりと執拗に押し付けていた。
シンプルにやり過ぎな罵倒だったが、よく訓練されたコメント欄はそれを好意的に受け止めていた。
やっぱりなの様:ざこぴっぴありがとうございます!
ト音:ざこぴっぴ助かる
お塩もん:もっと下さい!
なの様教祖様:今ので元気出た
マッスルM:今週もこれで戦える!
ちょろい男:貶してもらえたから投げ銭します!
ほしがりさん:もっと罵って下さい!
いにしえのBL:けしからん!もっとやれ!
感謝しかしない:メスガキムーブありがとうございます!
痛覚強化マン:もっと強めで頼む…
ビールではない:このために生きてるなぁ~!
翼を授ける飲み物:元気の補充キタァァ!
きりきり:ここまでテンプレ定期
れーせー:信者って盲目なんだな
大声ニキ:あぁぁ!!ありがとう!!
わからせおじさん:やっぱりわからせたい
投げ銭が恋人:[20,000]
金額に応じて色が変わる投げ銭、感情と欲望むき出しのコメント。
一見するとキラキラと流れて綺麗に見えた。いやそんなわけはないが、とにかく勢いがすごかった。
星アイコンの女の子は続ける。
「ほんとー…にっ!な、さ、け、ない!」
「全然ダメダメ!」
「頼りにならない!
・
・
・
ざ こ ぴ っ ぴ ♥
・
・
・
でもしょうがないから許して~…」
よわよわ信者:ください!
チキンライス:許してください
なの信者:許して
へえ:許してほしい
なの様推し:許してください!
演技派リスナー:あぁ許してください!お許しを!あぁ!
前フリル:お許しを…!
薄っぺら:許してくんね?
ギリギリ遅刻:アッ、ゆるしt
「あ
げ
な
い
♥
はい、ざーこざーこ♥」
サンドイッチなの:んああぁあああぁああ!!!
ハサミ:ぎゃあああああ!!!
すごいって言いたい:すごいすごいすごい!!!すごいぃぃ!!
大声ニキ:はうん!はうん!!はああああ!!
ささもん:どりゃあああああああああああ!!!
なの様推し:ありがとうございます!
脳汁:ドバァァアァ!!!!
こむこむ:っさっせん!!!あざっす!
えびせん:はぁああああん!!やめられないとめられないい!
手裏剣丸:しゅ、しゅ、しゅしゅr、しゅみません!
つよつよFXER:お手数料かけてすいません!損切りあざます!
解説ニキ:ええそうです。ここまでいつもの流れです。
信濃のサムライ:感謝するでござる
さすらいのゾウさん:ぱおぱお!ぱおーーーん!!
M寄りのM:あ、あ、あ…。(ありがとう)
はいしか言えない日本人:はい!
なの様のお父さん:よく出来た子じゃろ?
メスデリング:メスガキ界の王となれ!
鞭アイコンの女の子は、勝気で自信たっぷりな表情を強めながらこの状況を味わっていた。
(人を貶したり罵ったりするのが、こんなに楽しいなんて。)
(それに大人ってざこばっか。)
(面白過ぎてたまらないよ♥)
相変わらずキラキラと流れる下水コメントの勢いは止まらなかった。
女の子はこの上なく満足した笑顔を浮かべていた。
それは子供の幼さと大人のしたたかさが同居したような、ガキとメスが混ざり合ったような顔だった。