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第八話 強欲のマモン

 俺たち今、はサリオス帝国に来ていた。

 俺と一緒に来ているのは、戦場で俺をサポートしてくれる予定の兵士達、一部隊八名。

 政治的な折衝を行う姫様。細かな実務は外交官等が行うのだろうけれど、その責任者として来ている。

 それから技術的な責任者という立場でイングラムの爺さんも来ている。

 他にも俺が魔族を倒すための作戦を練っていたホートリア王国軍の関係者も先行して来ているらしい。

 俺たちはサリオス帝国に着くと、挨拶もそこそこに会議を始めた。

 俺の存在は秘匿されているから、全て非公式だ。参加者も最低限に絞って、会議もサクサクと進んだ。

 俺たちが来る前から実務者レベルで話はまとまっているのだ、その内容を確認し、関係者に周知するための会議だった。

 姫様とか皇帝とか、国のトップが顔を合わせる会議なんて形式的なものが多いのだろうけど、今回はその形式も可能な限り省いてどんどん進んで行く。

 事を急ぐには理由があった。

 もちろん、早く魔族を倒せばそれだけ犠牲は減る。だが、それだけではない。

 「本来ならば、勇者様の訓練に早くてもあと一ヶ月、余裕を見れば二ヶ月は欲しいところです。現時点で我々が反撃することは、魔族も考えていないでしょう。油断している今こそが好機です。」

 この姫様の台詞が全てだ。無策で突っ込んで行っても勝てる勇者と違い、俺が魔族を倒し、生還するには相手が油断している絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。

 「実際に強欲(グリード)のマモンは頻繁に戦場に現れて、我が軍に被害を出しております。目立った部隊を出せば、簡単に食いついてくるでしょう。」

 サリオス帝国の元帥も自信満々だった。

 サリオス帝国では戦場をひっかきまわしにやってくる強欲(グリード)のマモンに対して、あえて目立つ囮部隊を出して注意を引き付け、他の戦線を守るという作戦をしばしば行っているのだそうだ。

 もちろん囮部隊は危険な任務であり、多くの被害も出しているが、その危険な任務を何度も生還した歴戦の猛者がそろっているのだそうだ。

 つまりサリオス帝国は、強欲(グリード)のマモンを戦場で引っ張り出す手法と、魔族に遭遇してから逃げ帰るためのノウハウを持っている。

 俺のサポート部隊を編成したホートリア王国の将軍さんなんかは、サリオス帝国の囮部隊の兵士をスカウトしたいって言っていたらしいけど、そんなことをするとサリオス帝国から俺の身柄を引き渡すように言われかねないから断念したそうだ。

 まあ裏方で行われていた駆け引きはともかく、俺達はその囮部隊に混ざって魔族の襲来を待ち、勇者がいないからと油断しているところを撃ち倒す。それが今回の作戦の骨子だった。


 「強欲(グリード)のマモンの持つ能力は『強欲(グリード)の強奪』と言って、主に相手の武器を奪うものです。そのせいか、彼奴は強い武器を持つ者の前に現れます。それっぽい武器を用意しておけば必ずや釣れることでしょう。」

 相変わらず強気の元帥だったが……、え、ちょっとそれはまずくないか?

 「俺の武器(ハンドガン)を奪われたら終わりじゃないか?」

 勇者だって聖剣を奪われたら魔族を倒せなくなるんじゃないのか? 相当厄介な能力だと思うぞ。

 「いや、『強欲(グリード)の強奪』はそこまで強力な能力ではないのじゃ。武器をしっかりと握っておれば抵抗できると云われておる。魔族に近付かれて力が弱まった瞬間にやられると危ないが、マサト殿ならば問題ないじゃろう。」

 爺さんがそう説明する。そうか。それなら俺や勇者には効きそうもないな。

 「それに、奴が狙うのは派手に活躍している者の武器か、強い理力を持つ武器だ。安物の剣に過剰気味に理力を付与したものを囮に使っているが毎回引っかかる。逆に理力の弱い武器はまず見向きもしない。」

 元帥も補足する。とりあえず、俺の拳銃(ハンドガン)が狙われる心配もほぼ無いらしい。

 「問題ないようでしたら次の囮作戦に参加していただきましょう。なに、失敗したら逃げ帰ればよい。生きていれば何回でも挑戦できるぞ。幸い囮部隊は逃げることだけは得意だからな! はっはっはっ。」

 最後の大笑いは景気付けか場を和まそうとしたのか。

 この元帥、皇帝や姫様がいるから丁寧な話し方をしているみたいなんだけど、ちょくちょく地が出るよな。


 さて、トップ会談が終わると担当者レベルの打ち合わせが行われた。と言っても、サリオス帝国、ホートリア王国双方の実働部隊が会議に参加しただけだが。

 「現在戦闘はイエンス平原で行われています。」

 地図を広げながらそう言ったのは、俺達が同行することになる囮部隊の隊長、ローデ少尉と紹介された。

 イエンス平原というのはサリオス帝国の北に広がる大きな平地で、大軍で迎え撃つにはちょうどよい地形なのだそうだ。

 「戦線は東西に長く広がっています。場所によっては補給物資を送るにも我が軍が制圧しきれていない危険地帯を通らなければかなり大回りになってしまうところがあります。そこで我々は危険を冒してでも迅速に武具を送り届ける補給部隊に扮します。」

 ローデ少尉は地図に書き込まれた線を示しながら言う。

 「輸送ルートは毎回変えていますが、今回はこのルートを使います。こことここ、それからこの場所が襲撃を受ける恐れのある危険地帯になります。」

 線上に幾つか付けられた×印が魔族に襲われる可能性の高い場所らしい。

 「強欲(グリード)のマモンは自らは積極的に戦わず、今のところ武器の収集を優先しています。狙われた武器を放棄すれば逃げられる可能性は高いです。」

 魔族もそれぞれ個性があるらしい。憤怒(ラース)のサタンはとりあえずで殺しに来たからな。

 「気を付けなければならないのは、魔物の方です。実際に、魔物との戦闘中に魔族(マモン)に接近されて弱体化した上に武器を盗られてしまい、そのまま魔物に殺されてしまった兵士も多くいます。」

 そうか、だから戦闘中の兵士の武器ではなく、輸送中の武器を狙わせようとしているのか。

 「いつもは一時的に理力を付与して強力な武器に見せかけるのですが、今回は奮発して魔物特攻の理術剣を用意しました。」

 ローデ少尉は一本の剣を取り出した。理術剣というのは何らかの理術の効果を付与した剣のことだそうだ。

 「この剣には切った魔物の魔力を中和し弱らせる理術が付与してあります。魔族には効果がありませんが、魔物ならば手にしただけで少しずつ弱って行きます。これならば盗られなければ味方が使い、盗られて魔物に使われても相手を弱らせることができるから問題ありません。」

 なるほど、魔族が囮に引っかからなければ、そのまま味方に武器の補給を行うつもりか。

 あれ、ちょっと待てよ。

 「魔物も武器を使うのか?」

 少なくともサタンの率いていた大トカゲ(ドラゴン)は武器など持てない姿だった。

 「ああ、強欲(グリード)のマモンの使役する魔物はゴブリンなのじゃよ。人型だから武器も扱えるのじゃ。」

 それに答えたのは爺さんだった。人型――少なくとも二足歩行で手で物がつかめれば武器も扱えるのか。

 「ゴブリンどもは単体では弱いのですが、数が多いことと武装することで脅威が増します。マモンの奪った武器だけでなく、ゴブリン自身も倒された兵士から装備を奪って使用するので厄介なのですよ。」

 時間が経つと装備の面でも強化されて行くのか。厄介な敵だな。

 「強欲(グリード)のマモンに襲撃された場合、周囲の魔物に対処しながら少しずつ距離を取ります。マモンは運んできた武器に近付いて来るでしょうから、そこを狙うと良いでしょう。」

 こちらを攻撃する意思もなく無防備に近付いてくるなら好都合だ。勇者以外に魔族を傷付けることはできない、その思い込みこそが最大の隙となる。

 「ただ状況によっては魔物の攻勢が強い場合があります。危ないと思ったら即座に逃げに徹してください。無理せず次の機会を待ちましょう。」

 戦う気のない魔族よりも、魔物の方が脅威だった。特に俺は拳銃(ハンドガン)以外に有効な攻撃手段はないし、魔物相手に撃つわけにもいかない。

 「ゴブリン一体なら、慣れれば理力による身体強化が無くても互角以上に戦えます。なるべく二人で一体を相手にし、逆に一人で複数体を相手にすることは避けてください。」

 これは俺をサポートしてくれるホートリア王国の兵士に向けての注意だ。やたらと殺意の高かった憤怒(ラース)のサタンと対面して生き残った者は少ない。ホートリア王国には魔族の影響下で魔物と戦った経験のある兵士はほとんどいなかった。

 その後も魔族と接近した時の戦い方、注意点、そのための日頃の訓練などのレクチャーが続いた。

 神妙な顔でそれを拝聴するホートリア王国の兵士達。

 この面子は今後も俺のサポートとして魔族の間近まで赴くことになる。魔族から生き延びる術は何としてでも手に入れる必要があった。

 ところで、マサト小隊という部隊名はどうにかならないものだろうか? 隊長の名を取ってポール小隊でいいんじゃないだろうか。

 一通り魔族と出会った時の対処法の講義が済んだ後、俺も一つ確認しておかなければならないことに気が付いた。

 「魔族の急所はどこか、教えてくれないか? なるべく一撃で倒せる場所を狙いたい。」

 銃撃による一発勝負だ。当たったはいいけれど致命傷からは程遠い、という状況は避けたい。

 憤怒(ラース)のサタンの時は全弾撃ち尽くしたからどれが有効だったのか分らない。この世界に来る直前、グァムの射撃場(シューティングレンジ)で二~三発撃っていたと思うから、五~六発は撃ち込んだはずだ。

 「……」

 しかし、一瞬全員押し黙り、首を傾げた。

 「急所か……魔族は勇者が聖剣で倒すというだけで、特に何処を狙うという話は聞いたことが無いな……」

 サリオス帝国の皇帝が自信なさげに言う。

 「勇者以外の者が魔族を攻撃しても障壁に阻まれて届きませんからな。急所など考えたこともありませんでしたな。」

 元帥も知らないらしい。

 「記録では、勇者様は魔族の首を刎ねる、心臓を貫く、体を二つに切り裂くなど様々な方法で倒しています。ただ、聖剣による斬撃は魔物や魔族に高い効果があり、体のどこでも大きく斬れば致命傷になると言われています。」

 勇者の記録に関しては、勇者輩出国であるホートリア王国の姫様がかなり詳しかった。ただ、俺には勇者の真似はできない。

 「魔族は死体が残らないので詳しくは分からんのじゃが、人型である以上、急所は人と大差ないと考えられておる。憤怒(ラース)のサタンの場合、頭部を貫いた一撃が致命傷になったと思われるのじゃ。」

 推測交じりのようだが、今のところ爺さんの話が一番参考になりそうだ。

 人と同じならば頭か心臓を撃ち抜けば即死するだろう。手足を撃ったくらいでは死なないだろうし、腹は致命傷でも死ぬまでに時間がかかるかもしれない。即死でなければ反撃を受けるかもしれない。

 「そう言えば、角を斬られた魔族が弱体化して、勇者以外の人間の攻撃でダメージを受けたという記録もありました。」

 姫様がまた別の記録を思い出したらしい。

 しかし、角か……狙うのは難しいな。角を狙うくらいならば頭を撃ち抜いた方が早い。

 「銃による攻撃は一点を穿つものだ。細い角や首に当てることは難しい。首をひねるだけで動く頭も外しやすい。狙うなら胸だろう。心臓を外してもその周囲には重要な器官があるはずだ。」

 俺の方針も決まった。


本人あまり意識していませんが、時々地が出るのは正人も同じです。

偉い人に囲まれて委縮しているので丁寧な話し方をしていますが、慣れるにしたがって遠慮が無くなって行きます。

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