第六話 兵士の訓練
それから数日は忙しく過ごした。
まず軍の人と引き合わされた。まあ、最初に俺を保護してくれた顔に覚えのある人たちが中心だったが。
王様にも会った。非公式の場ではあったが、あの姫様の父親だと納得する優し気な言動の人だった。これまで俺の前に姿を見せなかったのは、純粋に忙しかったかららしい。
それから銃に関する説明を何度か行った。軍の人達に対しては、拳銃の扱いについて。射程距離や大きな銃声がすること説明した。実弾を撃って見せることができないのが残念だ。
宮廷理術士の爺さんには銃の構造や原理なんかを知っている範囲で教えた。爺さんは興味本位で聞いてきたみたいだったが、火縄銃くらいなら本当に作ってしまうかもしれない。
ちなみに、この世界にも火薬は存在するらしい。ただ、理術の方が圧倒的に強力なので、火薬を武器等に使用するという発想はなかったそうだ。
そして、頼まれて一部の兵士に拳銃の撃ち方を教えた。彼らは俺に何かあった時のための予備だ。勇者が死んでも諦めなかったこの世界の人達が、俺が死んだくらいで諦めるはずがない。
銃口を人に向けてはいけないという基本中の基本から始めて、両手でしっかり保持する持ち方、弾丸を発射するまでの手順を教えた。実際にオートマグ IIIを手に引金を引くところまでは練習した――もちろん実弾は抜いたままだが。
彼らは戦場で俺の周囲を固めてサポートしてくれる予定だ。そこで実際に俺が銃を撃つところを見て、場合によっては俺の代わりに銃を撃つ。
また、俺が兵士に銃の扱いを教えるだけでなく、俺もまた軍の訓練を受けていた。これは俺の戦闘能力を引き上げるというより、俺の身体能力を確認して今後の作成を立てる参考にするためのものだった。
しかし――
「これは……キツイな。」
人類存亡をかけた魔族との戦争をやっているためか、この世界の兵士はレベルが高かった。
俺もそこそこ体力には自信があったのだが、ここの兵士達の足元にも及ばない。しかもこれで特殊部隊とかエリート兵士とかでなく、ただの一般兵だというのだ。
「マサト殿の場合、理力をまるで持っていないことが原因じゃろうて。」
爺さんがそう断言する。兵士の訓練とは関係なさそうな宮廷理術士の爺さんが見学していたのはそのことを確かめるためだったようだ。
「この世界の者は誰でも理力を持っておる。それを無意識に使って己の身体を強化しておるのじゃが、訓練することで元の肉体の数倍の力を出せるようになるのじゃ。」
数倍か……体を鍛えただけで追いつくのは相当難しいな。
「マサト殿と行動を共にする兵士は理力の少ない者を選んでもらったんじゃが、身体強化の度合いは大差ないのう。ただ強化を維持できる時間が短かったり、一時的にさらなる強化とかはできんようじゃが。」
俺の身体能力は軍の兵士達を大きく下回る。銃を撃つまではただのお荷物になるだろう。
特別強いわけでもない兵士であれほどのパワーがあるのなら、銃の反動くらい力で押さえつけて撃てそうにも思える。しかし……
「魔族が近付くだけでその強化が失われてしまうのじゃ。だいたい十ガルスで影響が出始め、三ガルスまで近付かれるとほぼ全ての理力運用が無力化されてしまうのじゃ。」
これが問題だった。
ガルスというのはこの世界の長さの単位で、一ガルスがだいたい三メートルくらいある。
つまり兵士が万全の状態で戦うには魔族から三十メートルは離れなければならず、九メートルまで近付けば超人的な力は全て失われる。
銃弾の威力だけなら三十メートル先でも殺傷能力はあるだろうが、練習もなしで一発で当てることはまず無理だ。動かない的ならばともかく、動き回る相手にその距離で当てる自信は俺にもない。
「優秀な者ほど理力による身体能力の底上げを上手に使っておるから、魔族に近付かれると動きがガタ落ちになるのじゃ。魔物と激戦を繰り広げている所に魔族がやってきただけで戦線が崩壊したなどと言う記録もいくつもあるのじゃ。」
理力を使った強化というのは無意識にやっているらしいから、自分でも思っている以上に弱体化することになる。戦闘中にいきなり力が弱くなったらパニックに陥ってもおかしくない。
確実に魔族に当てるために三ガルス以内にまで接近してしまえば、超人的な身体能力は失せ俺と大差なくなってしまう。その変化に戸惑うことが無い分、俺が撃った方がましだった。
弾数に制限がなければ、せめて百発くらい銃弾があれば五十メートル程度離れた位置からの狙撃も考えられたし、こちらの兵士さんがきっちりと練習することもできたんだが。
神様だか何だかが勇者の代わりに魔族退治をさせようと俺をこの世界に送り込んだのなら、これはちょっと条件厳しすぎないか?
交換用の弾倉を持っていなかったら、事情も分からないうちに詰んでいたぞ。
「さて、憤怒のサタンを倒したことはまだ他の魔族には伝わっておらぬはず。魔族が新たな動きをする前にこちらから打って出たいところなんじゃが……何分前例のないことだけに、軍の連中も作戦を立てるのに苦労しておる。」
この世界では長距離通信の技術はあまり進んでいないらしい。いつでも電話一本でとか、どこでも無線で即時に連絡とはいかない。
それでも人類側は理術とかも使って、国家間で迅速に連絡を取り合うための通信網を作っているそうだ。
一方、魔族の方は横の連携とかはほとんど考えず、率いる魔物の数が減って補充が必要になるまで数ヶ月戦場に張り付いて攻め続けることもあるらしい。
つまり、憤怒のサタンの死が伝わるまで長ければ数ヶ月の間、このホートリア王国は魔族から攻められることはない。
今が反撃の好機だった。
ただし、未知の武器を持った素人を中心に据えた作戦なんて前例があるはずがない。
軍のお偉いさん達もさぞや苦労していることだろう。
「十分に訓練を積んだ勇者様ならば、魔物を蹴散らして魔族に一直線じゃから、作戦も何もいらぬのじゃがな。」
勇者、チートだな。
俺の場合、そんな適当なことをしていたら魔族の元に辿り着く前に死ぬ。もしくは魔物相手に全弾撃ち尽くして撤退か。
「作戦はともかくとして、最初の相手はサリオス帝国と交戦中の強欲のマモンになるでしょう。」
ここでフローラ王女が補足する。姫様は本来勇者のサポート役をする予定だったのだそうだ。
勇者のサポートと言っても魔族と戦う戦場に出るわけではなく、後方支援とか政治的な折衝を行うのだそうだ。
勇者亡き今、姫様は俺のサポート役になったそうだ。勇者の代わりというには俺は非力すぎるのだが。
「魔族はカラトス大陸の北、魔大陸と呼ばれる場所からやってきます。南下してくる魔族と最初に衝突するのが、北方三国と呼ばれるサリオス帝国、トモーロス、そして私たちのホートリア王国となります。」
この辺りはこの世界の常識らしい。
「この北方三国に対して、各国に一体ずつ魔族が攻めてきました。西の山岳民族の国、トモーロスには怠惰のベルフェゴールが。中央の軍事大国、サリオス帝国には強欲のマモンが。そして聖剣を守る我が国、ホートリア王国には憤怒のサタンが。」
一国に一体というとたいしたことないように聞こえるが、その一体が大量の魔物を引き連れて来るのだ。
「トモーロスは地の利を生かした守りの堅い国です。怠惰のベルフェゴールも積極的に攻めるよりも背後を突かれないように牽制しているようです。」
守りに徹しているのならば後回しにして他から攻めることにしたのか。いくら守りに有利な地形でも、援軍のないまま孤立して一方的に攻められたら先が無い。
「一方でサリオス帝国に対しては、強欲のマモンによる攻撃が始まっています。まずはこれに対処する必要があります。」
「ホートリア王国も憤怒のサタンによる攻撃を受けていたわけですか。」
「はい。ですが、憤怒のサタンも積極的に攻めてきましたが、勇者様の動向を探っていたのだと思われます。」
あれ?
「魔族も勇者の存在を知っているんですか?」
今回の勇者は魔族と戦う前に死んだと聞いている。過去の魔族との戦いでは魔族が全滅しているはずだし、どうして戦う前から勇者のことを知っているのだろう?
「はい。どうやってかは不明なのですが、魔族は過去の人類との戦いのことをある程度知っているようなのです。そして魔族の天敵である勇者の存在と、我が国から勇者が誕生することを予め理解しているのです。」
「魔族にはそれぞれ固有の能力があり、憤怒のサタンは『憤怒の一撃』と言って、ダメージを受ける度に強くなると云われておるのじゃ。訓練が不十分な状態で勇者様が飛び出し、一撃で仕留められなければ思わぬ反撃を食らうこともあるじゃろう。」
姫様の言葉を爺さんが補足する。そうか、あの時憤怒のサタンは未熟な勇者を探していたのか。
もったいないことをしたとちょっと後悔していたが、俺があの時全弾撃ち尽くしたのは正解だったのかもしれない。
中途半端な攻撃では、たとえ致命傷を与えていたとしても、最後の力を振り絞って反撃をしてきたかもしれない。
俺は勇者じゃないから、あっさりと殺されてしまっただろう。
「魔族との戦いは大変に危険です。勇者様でさえも負傷することがあるほどに。特にマサト様は回復術の効果が薄い様子、くれぐれもご用心ください。」
今回の訓練で分かったことがもう一つ。俺には理術による回復術があまり効かないようなのだ。
この世界には攻撃用の理術だけでなく、回復術をはじめとする支援系の理術も存在する。これがなかなかに強力だ。
傷を癒し、毒ゃ麻痺などの状態異常を治し、体力の回復すら行う。特に優秀な使い手ならば、失った手足すら再生し、死んでさえいなければ生存可能な状態まで回復可能だという。そこまで優秀でなくても、訓練中の擦り傷切り傷打ち身に捻挫くらいはその場で治してしまう。
ところが、その回復術で俺の傷はなかなか治らなかった。
まるで効かないわけではないのだが、ぱっと見効果が分からないくらいに弱い。
他の兵士なら一瞬で消える擦り傷が、十分以上かけてようやく出血が止まる程度だった。これなら絆創膏でも貼っておいた方がましなくらいだ。
下手に重傷を負ったら命にかかわる。
それに、回復術だけではなかった。
この世界には回復術以外の支援系の理術も存在する。理力切れで身体強化が維持できなくなった兵士も、理術士に強化術をかけてもらえば一時的に同じくらいに強化されるらしい。
自分で理力による身体能力の強化ができなくても、理術で強化してもらえばどうにかなると思ったのだが……結果はちょっと強くなった気がする程度だった。
どうやら俺が理力を全く持っていないことと関係あるらしい。
前途多難だった。
憤怒のサタンの時点でお気づきの方もいたでしょうが、七魔将は七つの大罪と対応する悪魔の名前に、率いる魔物は関連する幻獣になっています。
憤怒に対する幻獣としてはオーガやユニコーンなどもあるようですがここでは弱めのドラゴンにしました。魔族より強い魔物は出てきません。