第五話 残弾八発
俺は再び姫様たちの会議に呼ばれていた。
魔族の死体の調査に進展があったらしく、宮廷理術士の爺さんが中心となって会議は進められた。
「まず、ハンドガンと呼ばれた異世界の武器によって魔族が倒されたことは間違いないじゃろう。」
爺さんは小さな金属塊を取り出して、テーブルの上に並べた。俺の撃った使用済みの銃弾を回収したのだろう。
「このうち一つが頭の中に潜り込んでおった。これが致命傷じゃろう。他のものも魔族の皮膚を穿ち体内に入り込んでおった。これまで聖剣でしか成し得なかった、魔族を傷付けることに成功したのは確かなことじゃ。」
ここまでは俺の話の裏付けを取ったということだ。
「じゃが、我々の手で同じ武器を作ることは困難じゃろう。使われている技術が違い過ぎるのじゃ。」
まあ当然だろう。銃が登場してから今の形になるまで相当時間がかかっている。現物があるからと言って、簡単に同じものが作れるわけではない。
黒色火薬と火縄銃くらいなら作れるかもしれない。必要ならば教えておくか。
「我々の持つ理術の技法を併用すれば似たようなものは作れるかも知れないが、それでは魔族に通用しない可能性が高いのじゃ。」
なんだか言葉の端に悔しさが滲み出ていた。しかし、理術とか使って同じようなものを作っても魔族に通用しない? どういうことだろう?
「魔族に攻撃が効かない理由は、魔族の持つ魔力にあると考えらておる。」
唐突に話が変わった……いや、そうでもないのか。
「魔力は我々の使う理力を相殺し擾乱する。このため強大な魔力を秘める魔族に対しては、理術がほぼ全て無効化されてしまうのじゃ。」
「でもそれだと、物理攻撃ならば効くんじゃないですか?」
思わず割り込んでしまったが、爺さんは気にせずに続けた。
「だったら良かったんじゃがのぉ。まず強い兵士ほど理力による身体強化を行っておるから、魔族に近付いただけで弱体化してしまうのじゃよ。」
ゲーム的に考えると、攻撃魔法だけでなくて補助魔法も無効化されるって感じか。まあこの世界では魔法を使うのは魔族側らしいが。俺はあの魔族に近寄られても何も感じなかったが、そもそも理術とか使えないから関係ないだけだ。
「兵士だけでなく、優秀な武具にも理力を含有する金属等を使っておるからの。魔族の近くにいるだけで劣化し、下手をすると破損してしまうのじゃよ。」
それはひどいな。理術は無効で兵士も力を出せず、武器も壊れる。確かに戦っても一方的な展開になりそうだ。
「理論上は魔力を上回る理力があれば攻撃は通るはず――実際に魔族よりも魔力の少ない魔物は一般の兵でも倒すことができておる――じゃが、人の持つ理力では到底不可能。それを可能とするのは唯一聖剣だけなのじゃ。」
なるほど、そこで聖剣を持つ勇者の出番となるわけか。
「そして厄介なことに、魔族は攻撃を防ぐ障壁を作ることができるのじゃ。この障壁、攻撃に対して自動で現れるらしくての、遠くから弓で射ても、死角から攻めても全て防がれてしまうのじゃ。」
自動防御の障壁……あれ?
「俺が攻撃した時には障壁らしきものは見なかったけど?」
目に見えない壁ができて、あっさり貫通したとかだったら分からないかもしれないけど。
「うむ、やはりそうじゃったか。」
しかし爺さんは納得したように頷いた。
「おそらく魔族の作る障壁は、理力に反応して現れるのじゃろう。しかし、魔族の体内から見つかった弾は理力を全く含まない金属でできておった。それに、マサト殿も全く理力を感じられんのじゃ。」
爺さん――宮廷理術士マシュー・イングラムは真直ぐに俺を見据えて言い放つ。
「通常ならばまるで威力のないはずの理力を全く伴わない攻撃。それこそが異世界の武器が魔族に通用した理由じゃろう。」
結論は出た。しかし問題はここからだ。
「それでは、魔族を倒すためにはどうすればよろしいのですか?」
代表して姫様が問う。
「最善はマサト殿が直接異世界の武器を使って魔族を倒すこと。次点は兵士の中から理力の少ないものを選び、異世界の武器を借りて魔族に使用することじゃな。」
やっぱり、そうなるか。
現状、魔族を倒せる武器がこの拳銃だけだとすると、言っておかなければならないことがある。
これはあまり言いたくなかったのだが……
「一つ、悪い知らせがあります。」
全員の視線が俺に集まる。プレッシャーが凄い。
「俺の持っている銃弾は残り八個。つまり、後八回攻撃したら俺の武器は二度と攻撃できなくなります。」
一瞬の沈黙。そして俺の言葉の意味を理解して慌てだす面々。
「そ、それは、八体の魔族を倒せるということでしょうか?」
姫様が上ずった声で希望的楽観的意見を述べる。
「魔族一体を一撃で倒せれば。一体を倒すのに八回撃ち込めばそれで終わりだし、外したり魔族以外を撃てばその分残りの攻撃回数が減ります。」
AMT オートマグ IIIの弾倉の装弾数は八個。そこに拳銃の薬室に装填できる一個を加えた九個が装弾数の最大値になる。
しかし、最初に装填されていた銃弾は全弾撃ち尽くしてしまった。この世界に持ち込んだ銃弾は、後は交換用に用意していた弾倉に入っていた八個のみだった。
「回収した弾を再利用できぬのか?」
爺さんがテーブルの上に並べた銃弾を指して言う。
「いや無理だ。銃弾を飛ばすための火薬が無い。」
ついでに言えば、火薬だけでなく雷管もない。
それに、たとえ火薬や雷管があったとしても、一度発射した銃弾はあちこち潰れていたり変形したりしているからそのままでは使えない。再利用するなら一度溶かして鋳なおす必要がある。
薬莢は再利用できるらしいが、そのままで再利用できる銃弾は火縄銃の鉛玉くらいだろう。
「憤怒のサタンが倒れた今、残る七魔将は六体。魔王を加えた七体が残る魔族の全てですな。一体に一回ずつ攻撃するとして、一回分余裕がありますな。」
宰相さんはあえて明るく言うが、顔が少々引きつっている。一撃必殺を二回外したら終わりというのはかなりシビアな条件だ。
そういう俺の顔もかなり強張っているだろう。何しろ――
「拳銃は俺が撃つしかないでしょう。」
俺も参戦することが決まったようなものだからだ。
「あのー、無理に戦っていただく必要はないのですよ。」
姫様が控えめに言う。
少しでも勝率を上げるために、この世界の人にとっては俺に戦って欲しいはずだ。現に俺の参戦発言にほっとした顔をした者もいる。
姫様の言葉は人として優しく、為政者として甘い。
しかし、俺はその優しさに甘える気はなかった。
「練習に使える弾が一発だけではまともな訓練はできません。訓練無しで使えるほどたやすい武器ではありません。」
銃の扱い方、撃ち方を教えることはできる。しかし、撃った時の反動は実弾でなければ分からないだろう。
にわか仕込みの狙撃兵に一撃必殺の七連続を期待することはできない。下手をすれば一体も倒せずに終わる可能性も高い。
魔王を倒す以外に元の世界に帰れる当てがない現状、失敗して魔族に負けて滅びるこの世界の人類と運命を共にすることは避けたい。
失敗の報告をただ待つだけならば、自分から行動した方がましだった。
「問題は、俺自身が実戦経験もなければ、戦闘訓練も受けていないことです。銃で撃つ以外、直接の戦闘に巻き込まれれば真っ先に死ぬ可能性が高いです。」
俺はグアムでの一週間、ひたすら銃を撃っていた。間違いなくこの世界のだれよりも銃の腕前は上だろう。
しかし、しょせんは拳銃である。ライフルのような遠距離狙撃を行うための銃ではない。
対人で殺傷能力を持つ有効射程距離は50m~100mくらいあるとしても、確実に当てるならば10m以下まで接近する必要があるだろう。アメリカの統計では、拳銃を撃ってくる相手に7mまで接近すると死亡率が跳ね上がるらしい。
憤怒のサタンの時は、わざわざ向こうから単身至近距離まで近付いてきてくれた。だが、毎回都合よく事が運ぶとは思えない。
俺が魔物で溢れた戦場に突っ込んで行っても、魔族の元にたどり着く前に魔物に殺されるだけだろう。
「まあ、具体的な作戦行動は軍の方で詰めるとして、マサト様のことは緘口令を敷いて極秘にしましょう。万が一魔族に知られてマサト様が狙われてはまずいですから。」
宰相さんが言うまでもなく、王都まで同行した軍では他言無用の通達が出ていた。
しかし緘口令が徹底されるのはありがたい。勝機があるとすれば、魔族が勇者ならぬただの人と侮っている隙を不意打ちすることだろう。
魔族は諜報活動をしないらしいし、見境なく人を殺す魔族に協力するような人間の内通者もいないそうだ。けれども魔族は人の言葉を解する。何かのはずみで俺のことを知られたら、真っ先に俺が狙われる可能性が高い。勝算が減った上に俺の命が危うくなるのだからたまらない。
魔族を倒す方法があると宣伝した方が兵士の士気は上がるだろうが、それよりも確実に魔族を倒す方向で考えてもらえるのは助かった。
「後は他国との調整が必要ですな。マサト様を表に出さず、しかし確実にマサト様を支援して魔族を討たなければなりません。」
そうか、他の国もあるのか。全人類共通の敵が相手なら、協力しないのは馬鹿だからな。
「勇者様の死も秘匿していることですし、当面一般には勇者様が魔族を倒したと発表することにしましょう。」
勇者の死は隠されていたのか。まあ下手に公表しても絶望して自暴自棄になったりパニックになるだけかもしれない。
その後、会議は政治の話を中心に進んだ。