第三話 戦いの歴史
どうやら俺は異世界に来てしまったらしい。
あの後俺は兵士達に質問攻めにあった。
あまりに多くの兵士に取り囲まれてしまったため、質問に答えるどころではなくなり、上官が命令して兵士達を解散させたくらいだ。
まあ、代わりにその上官を含む軍のお偉いさんに質問攻めにあったのだが。
俺が射殺してしまった怪物は、敵――あの大トカゲを操っていた張本人だったらしい。
大将が討ち取られたため敵は総崩れ、今回の戦争に勝利することができたというのだ。
そのため、俺があの怪物と戦うことになった経緯から、どうやって倒したのかまで事細かに問いただされた。
幸い、俺は戦いを勝利に導いた英雄として丁重に扱われたし、こちらの質問にも答えてくれた。
その結果わかったことが幾つかある。
ここは、ホートリア王国という聞いたこともない国の北の端の方だということ。
日本もアメリカも、俺の知る限りの国の名を上げても、こちらの人は知らなかったということ。
兵士達が戦っていた大トカゲはドラゴンと呼ばれている魔物であること。
この国の人は銃や近代兵器を知らないということ。
理術と呼ばれる魔法のような技術もあるらしいこと。
つまり俺は今、剣と魔法のファンタジーな異世界にいる。
不思議なことに、俺が異世界から来たらしいことをあっさりと受け入れられてしまった。
過去に異世界から召喚された勇者が活躍したことがあって、伝説になっているのだそうだ。
だったら元の世界に戻る方法も知らないかと聞いてみたが、さすがにそこまでは知らないようだった。
ただ、この後戦果を報告に戻る国の首都にはもっと詳しい人がいるから、軍に同行して欲しいと頼まれた。
他に行く当てもなかった俺は、喜んでその申し出に乗ったのだが……ちょっと早まったかもしれない。
「私はこの国の王女、フローラ・ホートリアです。この度は我が国を救っていただき、ありがとうございました。」
馬車に揺られて数日後。また同じ話を繰り返すのだと思っていたら、俺は予想を何段階かすっ飛ばして王族の前に連れ出されていた。
しかも俺よりも年下らしいお姫さまが、丁寧に頭を下げている。どう対応していいのやら、さっぱりわからない。
「名前をお聞かせ願えないでしょうか、異世界のお方。」
「俺は小林正人です。小林が家名、正人が名前になります。」
非公式の場ということで礼儀作法などは気にしなくて良いと言われているし、相手の人数もそう多くない。
しかし、多忙な王様の代理で王女様が出席し、その隣にいるのも宰相とか、凄い肩書を持った偉い人ばかりだ。緊張するなという方が無理だろう。
「それではマサト様、色々と疑問はあるでしょうが、まずはこの世界の歴史についてお聞きください。」
そして、この世界の歴史が語られた。
このカラトス大陸では、遥か太古から人類は魔族と戦ってきました。
魔族に関して判明していることは多くありません。
ただ、約五百年周期で現れ、その度に人類を滅ぼさんと攻撃を仕掛けてくる、そういう存在です。
彼らが何故そのようなことをするのかは不明です。
魔族とは言葉は通じますが、交渉も取引も、歴史上成功した試しは一切ありません。
魔族は存在そのものが人類の天敵。そう思うよりほかありません。
人類の前に姿を現す魔族は、どの時代も常に八体です。
首魁である魔王と、その配下である七魔将。
魔族の数は少ないですが、魔族は魔物を生み出して使役することができます。
そうして生み出した魔物を率いて、魔族は人を襲います。
マサト様が倒された七魔将の一体、憤怒のサタンもドラゴンの軍勢を率いて我が国に攻め込んできました。
魔物は時間さえかければいくらでも生み出せるらしく、倒して数を減らしても、魔族がいる限りやがて数を増やしてまた襲ってきます。
戦いは全ての魔族を倒すまで終わりません。八体の魔族全てを倒せば次の五百年後までは魔族の侵攻はありません。
しかし、通常の方法では魔族を倒すことはできません。
魔物ならば通常の兵士でも倒すことは可能ですが、魔王と七魔将に関しては無理なのです。
数多くの兵で囲んでも、強力な武器で攻撃しても、様々な理術による攻撃を撃ち込んでも、傷一つ付けることができません。
魔族を倒すことができるのは、勇者様だけです。
魔族の襲来する時期に合わせて、聖剣が担い手となる勇者様を選びます。
勇者様は魔族や魔物に対して極めて優位に戦うことができ、魔族を倒すことが可能な唯一の存在です。
一般の兵士が魔物の軍勢を抑えている間に、勇者様が七魔将を、そして魔王を倒す。
この方法で人類は長い間、魔族の脅威に耐え、生き延びてきました。
「つまり、俺がその勇者だということですか?」
勇者にしか倒せない七魔将とやらを倒してしまったのだから、そういうことなのだろう。まるで実感はないが。
「いえ、……そういうわけではないのです。」
しかし、それは姫様によって否定された。けれど、何だろう? 妙に歯切れが悪い。
「まず、魔族を倒す力は聖剣に宿っています。勇者様であっても、聖剣無しに魔族を倒すことはできません。」
確かに俺が使った武器はAMT オートマグ III、拳銃だ。聖剣がどんなものかは知らないが、少なくとも剣は使っていない。
「そして、聖剣は既に当代の勇者様を選定しました。ただ、勇者様は魔族との戦いを前にしてお亡くなりに……、いえ、正直に申しましょう。当代の勇者様は殺されてしまいました。嫉妬に狂った一人の男、人間の手によって。」
それは……何とも。人類の希望を人類自ら殺してしまったのか。危ういな、この世界。
でも、そうなるとますます死んだ勇者の代わりに新たな勇者として俺が呼ばれたという流れになりそうな気がするのだが、どうなんだろう?
「勇者様亡きあと、幾度か儀式を行いましたが、聖剣は新たな勇者様を選ぶことはなく、また勇者様が召喚されることもありませんでした。私共はそれでも諦めきれず、聖剣の勇者様でなくても何か魔族に対抗する手段をと神に祈っていたところ、マサト様が現れました。」
マテ、それでは俺は勇者の代用品か? 勇者としての力も何も無しに?
「マサト様、どうか私共に協力してください。」
俺のピンチはまだ終わっていないらしい。
「先に聞いておきたいのですが、俺は元の世界に帰れるのですか?」
これだけははっきりさせておきたかった。
「それは……不明です。今回のマサト様は過去に例のないことですから。ただ、千五百年前に別の世界から召喚された勇者様は、魔王を倒した後に元の世界に戻られたと伝わっています。」
「つまり、俺が魔族を倒すためにこの世界に呼び出されたのだとしたら……」
「はい。全ての魔族を倒した時点で戻れる可能性が高いです。」
逆に言えば、この世界に来たのがただの事故のような偶然だったら魔族を倒しても意味はない。
魔族対策に神様か何かが俺を召喚したのだとしても、正規の手順じゃなさそうだし、確実に帰れる保証はない。
そもそも、俺に魔王を倒すことができるのか?
けれども、他に当てがないのも事実。
それに、帰れない以上この世界の人類が魔族に滅ぼされたら、俺も一緒に死ぬことになる。
他に選択肢はなかった。
「分かりました。俺にできる範囲で協力します。でも俺、戦闘の訓練とか受けたことありませんよ。」
射撃の練習を一週間やっただけだ。腕は良いと言われたけれど、所詮は動かない的に当てるだけだ。戦闘とは言えない。
「はい。それで十分です。」
「いずれにしても、どのようにして聖剣無しで魔族を倒したのか、その方法を特定しなければなりません。魔族を倒した時の状況をお聞かせ願えませんか?」
姫様の言葉を継いだのは、隣にいた男性。確かこの国の宰相だと紹介された人物だ。名前は確か、オークスさん。
そうか。
勇者でなくても魔族を倒す方法が判れば、別に俺が勇者に代わって全ての魔族を倒して回る必要はないのか。
俺は魔族を倒すに至った経緯を説明した。軍の人相手に何度も語った話だ。
しかし……、俺自身、魔族を倒せた理由として思い当たることは一つだけだった。
――ゴトリ。
彼は拳銃を取り出してテーブルの上に置いた。
この世界には存在しない武器、銃。
倒せないはずの敵を倒した理由ならば、存在しないはずの武器以外に考えられない。
「これが……異世界の武器ですか。」
宰相さんが半信半疑といった様子でまじまじと見る。
この世界には存在しないはずの銃。この世界のどの武器とも似ていないから、見ただけでは武器だと思えないのだろう。
そう言えば憤怒のサタンと名乗ったあの魔族も、銃口を向けても警戒する様子がなかった。
この部屋に通されたときにも、王族を始め重要人物が集まっているにもかかわらず拳銃を取り上げられることはなかった。やはり武器とは思われていなかったのだろう。
「この部分から金属製の弾丸を発射し、対象に撃ち込みます。」
俺は簡単に説明して、予備の弾倉から弾を一個取り出して拳銃の隣に置く。オートマグ III本体に装填していた銃弾は既に撃ち尽くしている。
「これが、撃ち出す弾です。」
「これが、ですか? ずいぶんと小さいですな。」
宰相さんは不思議そうに銃と銃弾を見る。他の人の表情も似たようなものだ。
軍の人に見せた時も似たような反応だった。
この世界にも投擲武器は存在するから、説明すれば飛び道具であることは理解してくれるのだけれど、高い威力を持つようには思えないらしい。
.30カービン弾は細長いけど、刃物でも鏃のように鋭くなっているわけでもない。打撃武器として考えると、小さい分だけ威力がなさそうに見えるらしい。
「小さい代わりに勢いよく撃ち出します。当たれば肉を裂いて体内に潜り込み、場合によってはそのまま貫通します。」
この説明で何処まで伝わったか。
銃弾は拳銃用のものでも音速を超えるものが多い。.30カービン弾の初速は音速の倍近い610m/s。殺傷能力も高く、下手な防弾衣を貫通しかねない。
「如何ですかな、イングラム卿?」
宰相さんは隣の老人に話を振った。イングラム卿と呼ばれた老人は、確か宮廷理術士と紹介された人物だ。
「ふむ、見たことのない金属じゃな。見た目よりも複雑な作りのようじゃが、それだけで威力が出るとも思えぬし、さりとて理力を宿しているようにも見えぬ。」
拳銃を手に取ることもなく、ただ見ただけでそこまで言い切った。なかなかの眼力らしい。
オートマグ IIIの鈍く輝く銀色のボディはステンレス鋼だ。合金の技術が進んでいなければ未知の金属と映るかも知れない。
拳銃の構造は複雑だ。特に自動式拳銃は回転式拳銃に比べると部品点数も多く複雑な構造をしている。
銃の威力の源は、銃の機構ではなく薬莢の中の火薬にある。構造を見て威力を感じないのは正しい。
理力というものはよく分からないが、理術という不可思議な現象を引き起こす力らしい。当然そんな謎の力は使用していない。
その理術と呼ばれるものを使って調べたのだろうか?
ただ、火薬の爆発力を使って弾を飛ばすと説明しても、あまりピンとこなかったようだ。
「まあ、憤怒の死体を持ち帰っておりますから、今の話を参考に検分してみましょう。」
宰相さんの一言でこの場はお開きになった。