第二話 戦場へ
――バァーン!
銃声が鳴り響く。
――バァーン!
薬莢が飛び出る。
――バァーン!
弾痕が刻まれる。
「やるじゃないか、マサト! 全弾命中だ。」
「ああ、だいぶ慣れてきたよ。」
俺は今、グアムに来ていた。友人に誘われて、射撃ツアーなるものに参加したのだ。
日本ではなかなか手にする機会のない銃も、海外では気楽に撃つことができる。
せっかくなので俺は射撃三昧させてもらった。おかげでだいぶ腕も上がった。
ちなみに、俺を誘った本人は射撃と観光を両方楽しむと言って今日は観光に行っている。
俺は連日射撃場に通い詰めた。スタッフともだいぶ仲良くなったぞ。
「マサトはその拳銃がずいぶんと気に入ったようだな。」
「これが一番手にしっくりくるんだ。」
俺が今使っている拳銃はAMT オートマグ III。M1カービン用の.30カービン弾を使用するため、拳銃としては威力が高い。
細長い弾を使用するため弾倉とそれを収める銃把が前後に長めだ。握り辛いという人もいるらしいが、俺の手にはよく馴染んだ。
「銃の手入れまで習うやつは少ないぞ。」
「ハハハ、日本に持ち帰れないのが残念だよ。」
日本が銃社会になって欲しいとは思わないが、慣れ親しんだ相棒と別れるのはちょっと寂しい。
「なに、撃ちたくなったらまた来ればいいさ!」
また来ればいい、か。そうだな。グアムならば三時間半のフライトで着く。
今回は夏休みを利用して丸々一週間射撃三昧だったけど、連休とかを利用して二泊三日で来てもいい。
まあ、今日は精いっぱい射撃を楽しませてもらおう。明日の午後には帰国するのだし。
◇◇◇
「はぁ?」
ここはどこだ?
俺はさっきまでグアムの射撃場にいたはずだ。
それが、何時の間に移動した? 途中経過が抜けているぞ!
ここはグアムでも日本でもない。それは確かなことだ。
周囲に広がるのはグアムでも日本でも見たことの内容な景色だ。
そしてここは、戦場だった。
それは異様な戦いだった。
兵士達は鎧を着て盾を構え、剣や槍で攻撃していた。銃器を使用している様子はない。
そして、戦っている相手は大きなトカゲだった。
コモドオオトカゲというやつだろうか?
尻尾の先まで含めれば人間よりも大きそうなトカゲが、群れを成して兵士達を襲っていた。
そう。武器を持った人間が一方的に動物を駆除しているのではない。
数多の死骸の山を築きながらも旺盛な戦意を持って襲い掛かる大トカゲを前に、傷つき倒れる兵士が続出している。
おそらく死者も出ているだろう。
悪夢のような光景だった。
しかし、これは夢ではない。現実だ。
その証拠に、俺の手にはずっしりとした重みがあった。
AMT オートマグ III。
この重み、この感触は夢ではない。
手に馴染む安心感が少しだけ俺を冷静にしてくれる。
俺は銃口を下に向けたまま、安全装置を解除する。
けれど、拳銃なんて気休めだ。あの数に一度に襲われたらひとたまりもない。
俺は周囲を見回した。
幸い俺の周囲はトカゲも兵士もいない空白地帯だった。しかしいつまでもここにいて無事とは限らない。
どこかに安全な場所はないものか。
トカゲの前に出るのは論外として、不用意にい兵士に近付いても攻撃されないとは限らない。
やはり狙い目はトカゲと戦う兵士達の後方か。
直接戦っている場所を避けて、後方で直接戦闘していない兵士を見つけて保護してもらうか、近くに町でもあればそちらに向かうか。
安全なルートを見極めて目立たないように移動しなければ。
だが、行動に移するが少々遅かったようだ。
――ズシン!
そいつは唐突に現れた。
な! どこから出てきた!?
さっき見まわした時にはそれっぽい姿はなかったぞ!
そいつは一見すると人のような姿をしていた。だが違う!
三メートルはありそうな巨体。
赤銅色の肌。
逆三角形で筋肉質な上半身。
四本も生えている腕。
髪の毛の無い頭部。
額から延びる一本の大きな角。
異形の怪物だった。
「おかしな気配がしたから来てみれば、ただの人間か。」
怪物が口を開き、言葉を喋った。
それは英語でも、日本語でも、グアムの公用語のチャモロ語でもない。
しかし、なぜか言葉の意味が理解できた。
「兵士にも見えぬが、逃げ遅れた民間人か?」
怪物は値踏みするかのように俺を見る。
俺は相手を刺激しないように身じろぎ一つせずに、そいつを凝視する。
こいつは敵か味方か?
あまり味方っぽい外見ではないが、こちらから敵対するのは得策ではない。
言葉も通じるようだし、無駄な争いは避けるべきだ。
「まあどちらでもいい。人間ならば殺すだけだ!」
いきなり殺意が膨れ上がった。
まだ十メートルは離れているというのに、心臓を鷲掴みされたような恐怖に思わず一歩後ずさる。
ヤバい、こいつは最悪の敵だ。言葉は通じても話が通じそうにない。
「くっ、来るなぁ!」
俺は震える腕で銃口をそいつに向けた。
思えば生物に銃口を向けるのは初めてだ。左手を添えて銃身をしっかりと保持し、引金に指をかける。
しかし、そいつは拳銃など意に介せず、一歩一歩ゆっくりと近付いてくる。
いっそ背を向けて逃げ出したい。けれども背中を見せた瞬間に殺されそうな予感があった。
相手は武器を持っていない。けれどもあの太い腕で殴られれば十分に致命傷になりそうだ。
俺はじりじりと後ずさるが、向こうが近付いてくる方が速い。全力で走っても逃げられるかどうか。
「我は七魔将が一人、憤怒のサタン! わが手によって殺されることを光栄に思うがよい!」
――バァーン!
――バァーン!
――バァーン!
――バァーン!
――バァーン!
「ハア、ハア、ハア……」
俺は恐怖に駆られ、無我夢中で撃っていた。
――ドサリ!
巨体が崩れ落ちた。
「バカ……な……」
そして一言呟くと、そのまま動かなくなった。
俺は……人を撃ち殺してしまった……
いや、人ではないか。人に近い姿だけれど、言葉を話したけど、人を無差別に殺そうとする怪物だった。
緊張の糸が切れた俺は、その場にへたり込んでしまった。
俺はしばらく呆然としていたらしい。
気が付くと戦場の喧騒が消えていた。
後から聞いた話だが、あの怪物が倒れたところで、あの大トカゲは戦意を失って逃げ出して行ったそうだ。
そして気が付くと、俺は大勢の兵士に取り囲まれていた。
え、何で?
ちょっとビビったが、取り囲まれていたのは俺ではなく怪物の死体だったようだ。
兵士の一人が、恐る恐るといった様子で怪物をつつく。
反応が無いことを確認すると、更に近付いてあちこち確認する。
最後に俯せに倒れていた死体をひっくり返して仰向けにした。
「……死んでいる。」
「嘘だろう、あれは七魔将じゃないのか?」
「魔族は勇者様にしか倒せないはず……しかし、あれは間違いなく魔族だ。魔物ではない!」
「奇跡だ!」
「奇跡が起こったのだ!」
どよめきが広がって行った。
そして兵士達を掻き分けて、一人の男が進み出た。他の兵士とは服装が違う。兵士を束ねる上官、将校とかそういう立場の人間だと思う。
男は死体を確認すると、高らかに宣言した。
「うむ、間違いない。七魔将の一体、憤怒のサタンを打ち取ったぞ!」
「「「「「ウオー!!!!!」」」」」
戦場に勝ち鬨が響き渡った。
実は私はグアムに行ったことも、銃を撃ったこともありません。
体験者の突っ込みは歓迎します。