私が君の運命であるらしい
現代伝奇的な世界観?ややファンタジーよりSFのような でも魔法とかはないかな
エヴァンジェリンは途方に暮れていた。いや、どうしたものかと考えていた、と言う方がいいかもしれない。兄弟同然に育ったヴィヴィアンとの結婚が決まったのである。青天の霹靂というやつであった。遺伝子的に最適な相手、いわゆる運命の相手としてエヴァが選ばれたのである。
エヴァとしては、ヴィヴィアンに対する悪感情はない。結婚相手、パートナーとして見た事はなかったが、ある意味家族のような相手だ。どちらかといえば好意的に見ている方だろう。ただまあ、こうして結婚することが決まった段に至ってもそういう目で見る気にはなっていなかった。
とはいえ、今の世の中、人工授精というものもあるので、そういう感情を持てない相手とだって子供を作ることはできる。だからそこは問題ないといえばない。問題はヴィヴィアンの感情の方である。ヴィヴィアンもおそらくエヴァをそういう対象としてはカウントしていなかったはずだ。それどころか、ヴィヴィアンには想い人がいるのである。それと結ばれるための画策の結果、何の因果かこんなことになってしまったのであった。
女は自分から遺伝的に遠い相手に好意を抱きやすいという話がある。遺伝的に離れた相手と番って子孫に多様性を生んだ方が生存競争の上で有利だからである。逆に近すぎると不具合が出る場合があるのでなんとなく忌避するようになっている、らしい。
ヴィヴィアンは有力貴族の一人娘である。婚姻は政略的価値のある相手か、より良い子を産める相手かの二択であった。国のデータベースには全国民の遺伝子情報もプールされている。そこからAIが分析を行って、ヴィヴィアンが最も優れた子を産める相手として弾き出したのがエヴァであった。
ヴィヴィアンは運命の人と結婚するのだと先に宣言して遺伝子分析を受けた。ヴィヴィアンの想い人は政略的な条件では結ばれることのできない相手だったからである。どころか実は、何処の誰なのかもよくわかっていなかったのだとエヴァは知っている。なにしろ、ヴィヴィアンから恋愛相談を受けていたので。ヴィヴィアンは以前参加したパーティで出会った青年に一目惚れして、その彼と結ばれることを望んだ。その彼こそが運命の相手であれと願ったのである。結果はこれだが。
そもそも優れた子供とは何なんだって話である。身体能力が高いことか、知能が優れていることか、外見が美しいことか、健康で長生きできることか。例えば身体能力が高い馬鹿は優れた子か、頭が良いのに病弱な場合は?健康なドブスは、愚かな美人は、優れた人として扱われるのか。まあ、何であれ、選ばれたのがエヴァなのだから、家の事情に忖度して不正に選び出されたわけではなくガチなのだろうとは思っている。エヴァとヴィヴィアンの婚姻に政略的な旨みはない。
エヴァはヴィヴィアンの家に仕える従騎士の家系で、母がヴィヴィアンの乳母であるので乳兄弟と呼ばれる関係にあたる。これ以上関係を深める必要もないのである。そしてエヴァもヴィヴィアンもお互いを婚姻対象とは見ていなかった。誰の望みも叶えない婚姻である。まあエヴァ個人としては強硬に反対するほど嫌ということはないのだが。実のところ、この婚姻に反対できる権利がある、拒否できる人間はエヴァしか残っていない。ヴィヴィアンとその父は分析前の宣言で、分析結果がどうあれ婚姻相手はそれで決めると宣言している。それを撤回するわけにはいかない以上、反対なぞできない。
エヴァが婚姻を拒否する場合、ヴィヴィアンは他の人間と政略結婚することになる。エヴァはそれでも構わないが、ヴィヴィアンは嫌だろう。ヴィヴィアン本人の意見を聞けたら良かったが、婚姻を承諾するか拒否するか決めて宣言するまでは会えないことになっている。だからエヴァが一人で決めなくてはならない。
「…運命、ねぇ」
エヴァには今のところ想い人はいない。婚姻に不都合は多分ない。ただどうあがいても想い人と結ばれないヴィヴィアンを気の毒に思うくらいである。まあどんな男か知らないので想い人と結ばれた時ヴィヴィアンが幸せになれたかもわからないのだが。
いっそ婚姻の後、双方が愛人を持つことを許容する契約でも結んだらいいんだろうか、と投げやり気味に考える。それでヴィヴィアンの恋が叶うかといえば、少し難しいかもしれないが。幾ばくかの可能性は残るはずだ。たぶん。あんまり褒められたものではないだろうが。祝福されない恋とはなんとも扱いづらい。
「私も恋をしたらヴィヴィーの気持ちがわかるのかしら」
まあこの状況でエヴァが恋に落ちたら、余計に状況が混迷することにもなりかねないのだが。相手にもよるが大体面倒なことになるのは間違いない。だからやはり、運命とはなんぞやという話になるのだが。
とにもかくにも、婚姻の承諾を宣言して自宅に帰ったエヴァは面食らうことになった。
「やっと巡り合えたな、我が片割れ」
見知らぬ、しかし何処か見覚えのある青年が感極まった様子でエヴァを抱きしめた。聞けば、彼はエヴァの生き別れの双子の兄らしい。そしておそらく、ヴィヴィアンの想い人でもあった。そのことに気付いて、エヴァは半ば反射的にこう言った。
「私の代わりにヴィヴィアンと婚姻してくれないか兄さん」
こうして話は余計にこじれて面倒なことになっていってしまうことになったのであった。まったく、恋の話に当事者以外を巻き込むものではないのである。