1.アセルクレール
目が覚める前、いつも聞こえる声。
「あと少し、あと少し。――――。」
何が?何があと少しなのだろう。もうちょっと近づけば聞こえそう。
そうしていつも目が覚める。
「おはよう、サラ。今日は良い天気だよ。」
「おはようございます、おばさま。」
私には家がない。気が付いた時には町の広場で倒れていて、心配そうに町の人々が私の顔を覗き込んでいた。
なにもわからない私をこの町、アセルクレールの人々は優しく受け入れてくれ、今はこのロゼおばさまの経営する宿に居候という形で住まわせてもらっている。もちろん、タダではない。
「さあ、今日の火を灯しておくれ。」
その言葉に頷きキッチンに向かい火をつけた。
「面倒なことではあるけれど、一日保つくらいがちょうど良いよね。火事は怖いもの。」
そういってロゼおばさまは朝ごはんの支度を始めた。これが私の仕事だ。
たったこれだけのことだけど、とても重要なこと。
この世界、「アンダーワールド」では魔法が飛び交っており、生きていくには必要不可欠だ。
ただし平民に扱える者はほとんどおらず、多くは市販されている魔道具を使用している。
稀に出る特別な平民以外はほとんど、貴族以上の者しか扱えないとされている。
平民でもきちんとした教育を受ければ魔法を使うことは可能だが、それには大きな国の教育機関に入る必要があるうえとてもお金がかかる。
しかも周りは森しかない大きな街道へ行くにも半日強かかるこの町の住人は大きな国に通うことは難しく、また寮生活を送るにしてもお金がかかる。
なので仕方なく高い魔道具を買って何とか暮らしているのだ。
私がなぜ魔法が使えるのか、使えるということはもしかして貴族の娘なのか等いろいろ考えたがなにも思い出せないのでもう考えることはやめてしまった。
町の人たちは優しいし、なぜか魔法を教えようとしても断られてしまうけれど充実した日々を送れている。
「あら?」
薬屋のおじさまに薬草摘みを頼まれた私は森に出ていた。
町の住人は「森に魔獣がでる」といって近づかないが、私は魔法で自分の身を守ることくらいはできるのでよく頼み事をされている。
何日かぶりに町の外に出た私は、はじめて町の住人以外の人間を目にした。
きれいな黒い髪に赤い瞳、すらっとしていてスタイルも良い。
町のおばさまたちが見たらきゃーっと黄色い歓声が上がりそうなさわやかな青年だった。
「やぁ」
「こんにちは」
「こんなところにいたんだね、探したよ」
「え、貴方、私のことを知っているの?」
「もちろん、たくさん知っているよ」
私、この人を知っているような気がする。ずっと。なんでだろう。心がざわつく。
「町の外の人間は危険な人もいるから気をつけなさい。なんだか危ないなって思うときあるでしょ?そういう勘を、魔法を使える人は信じたほうが良いわ。」
おばさまからそういわれている。これが危険だ、ということなのかもしれない。
「…ごめんなさい急いでいるので、さよなうなら」
そういって踵を返した。そろそろまちに 帰らなきゃいけないし。
「またね、サラ」
「え?」
名前を呼ばれて振り返ったが彼はそこにもういなかった。
どうして私の名前を知っていたんだろう。
日暮れまであたりを探してみたが結局、青年らしき人は見つけられなかった。