地味な女子を蔑む彼女たちをハイスペックイケメンがざまぁします
カタカタカタ…
プルルルルル…プルルルルル…
「はい、営業3課でございます。――お疲れ様です」
カタカタカタカタカタ…
カチャカチャ…
「真美ちゃん体調不良で早退だって?」
「無理して出社したみたいだけど、ダメだったって」
「そっかぁ。まぁ気持ちは分るけど。残念だったね~」
「だよね。なんてったって今日の相手は営業1課のエース達だもんね!」
「何を差し置いても行くよね!」
「でも、どうする?一人足りなくなっちゃったけど」
「ん~どうしよっか。誰か今日暇なこいるかな?」
フロアを見渡す。
女性社員の中、彼女たちの目にとまったのは一人の物静かな女性だった。
「・・・・・・・・立花さん?」
「えー?!立花さん連れてったら私たちのセンス疑われそうじゃない?」
「でも、予定は無さそうじゃない?」
「無さそうだけど、誘っても断りそう」
「一応聞いてみようよ」
「立花さん、お疲れさま~」
「お疲れ様です」
「あのさ、今日って何か予定ある?実は1課のエース達と合コンするんだけど、よかったら立花さん来ない?」
「あ・・・すみません、今日は予定があって」
「あっ、だよねー!」
「急だったよね。仕事の邪魔してごめんね」
「(予定あるとか、絶対嘘じゃん。意外と見栄っ張り?)」
「(ぷっ。可哀想じゃん、そう言う事にしておいてあげようよ)」
ここは大手商社の営業3課があるフロアである。
内勤が基本の営業事務はオフィスカジュアルが認められているため、華やかな雰囲気の女性が多い中、立花だけはいつもベージュやネイビーのスーツを着ていて物静かで地味な印象だった。
基本は内勤といえど稀にお客様対応もするため、立花にとってはスーツを制服化した方が楽だっただけだが、着飾るのが好きな彼女たちにとってはあり得なく写っていた。
仕事中もほとんどしゃべらずに黙々と作業を続けて、社食でも一人ランチが基本の立花は、群れるのが好きな彼女たちにとって、コミュ障のぼっちに見えていた。
彼女たちにとって、自分は立花よりもヒエラルキーの上位にいると思っているため、何かにつけて小ばかにした態度が隠しきれていなかったのだ。
(はぁ、全部聞こえてるから・・・・・っていうか、仕事の邪魔してごめんじゃないし。ちゃんと仕事してほしいんですけど。今日も飽きずに合コンの話で盛り上がってるけど、ちゃんと仕事終わるのかな?いつも通り仕事を押し付けて来られる前に退社しなきゃ)
「お先に失礼します」
「あれ?珍しいね」
「ちょっと予定がありまして。お疲れ様でした」
「はいはーい、ご苦労様!」
「あれ?立花さんは?トイレ?」
「定時で帰ったぞ?」
「「「えー!?」」」
「(終わってない仕事やってもらおうと思ったのに!)」
「(どうする!?合コンに遅れちゃうじゃん!)」
「(先にメイク直ししに行くんじゃなかった~)」
急いでお店に行くとまだ男性陣は来ていなかった。
「焦った~。ほんと、立花のやつ許さないんだから!」
「残ってたら予定あるって嘘ついたのバレるからって帰ったとか?」
「あり得る。こっちは嘘だってわかってるんだから無駄なのにー」
「ほんと、ほんと。今日終わらなかった仕事は絶対明日立花にやらせようよ」
予定の時間から15分程過ぎた頃、営業1課のエース森田を含む男性陣4人が到着した。
営業部の中でも一番の花形で営業成績が良くないとすぐに異動になるという1課に若くして配属されるだけで有望株とみなされ、4人は社内でもダントツの人気を誇っていた。
そんな4人との合コンの約束を取り付けるために、ふくよかな体型で1課の若手の中ではそれほど人気のない岩井に取り入ったりと、陰で涙ぐましい努力をしたのである。
特に、今日は営業一課のエースを連れてきてくれるという約束だったので、彼女たちの気合の入り方も違った。
「あれ?もう一人は?遅れてくるの?」
「実はぁ、来る予定の子が体調が悪くなっちゃって。急だったので変わりの女の子が見つからなかったんです。ごめんなさぁい。」
「あー、そうなんだ。全然大丈夫だよ。なぁ?」
「あぁ、別にいいよ」
「うん。4対3でも全然」
「来れなくなった子って、もしかして立花さん?」
女子たちの目が一斉に営業一課のエースの森田に向いた。
「ちがいますけど・・・立花さんの事知ってるんですか?」
「個人的にってことじゃないけど、仕事が早くてミスも少ないから俺のアシスタントに欲しいと思ってたんだよね。もし今日来るんだったらスカウトに口説こうかと思ってたんだけど、違うんだ」
「え~・・・・?でも、立花さんって、ちょっと暗い雰囲気じゃないですか。仕事するなら明るい人の方が良くないですかぁ?」
「そう?俺は仕事の早さとか正確性の方が大事だと思うけど。それに彼女は暗いって言うより、お淑やかじゃない?で清楚って印象だったな」
女子たちの雰囲気が変わったのを察知して岩井が話題を変えようとしたその時、通りかかった一人の男性が声を掛けてきた。
「おや?森田さん?岩井さんも」
「一ノ瀬さん!こんばんは!」
「奇遇ですね。会社の飲み会か何かですか?」
その男性は、長身のイケメンで20代後半くらいに見えるのに、一目で見て高級と分かるスリーピースのスーツを着ていた。綺麗に磨き上げられた革靴や、袖口から微かに見える腕時計も高級品であることがうかがえる。
「そうなんです。あ、紹介させてください。弊社の営業一課の高橋と南です。彼女たちは弊社で営業事務をしています。高橋、南、こちら一ノ瀬コーポレーションズの一ノ瀬取締役だ」
突然乱入して来た謎のハイスペック風男性にぽかんとしていた女子たちの目の色が変わった瞬間だった。
一ノ瀬コーポレーションズは、国内でもトップクラスの大手企業でこの会社は目ではない位の本当の大企業だった。彼らが働く商社でも一番と言って良いくらい重要な取引先である。その会社の関係者というだけでも繋ぎを付けたい相手であるのに、森田は彼の事を一ノ瀬取締役と言った。
一ノ瀬コーポレーションズの一ノ瀬取締役。
安易すぎる発想かもしれないが、名前と役職名から察するに社長の息子や親族なのだろう。
つまり、将来が約束されたも同然。
営業一課のエースなどここにいる4名と比べるでもなく、ダントツでこの一ノ瀬が一番ハイスペックな男性だろう。
「あの、よろしければご一緒しませんかぁ?」
「申し訳ない。連れが待っているので、またの機会に。では、邪魔したね」
名残惜し気に一ノ瀬の姿を追う女性陣を横目に、男性陣は少しシラケた気分になる。
その後、気を取り直して再開した合コンがしばらく盛り上がったところで男性陣が皆でトイレに行った。
合コンでよくある作戦会議だろう。
残された女子たちも同じく作戦会議の時間だ。
「ちょっと、一ノ瀬取締役!やばいね!どうにかしてお近づきになりたーい!」
「ね!でも、連れがいるって言ってたし、彼女いそう」
「いるだろうね、いない方がおかしい。それより、やっぱり二人とも森田さん狙い?」
「私は森田さんって言いたいところだけど、競争率高すぎるし高橋さん!」
「私は森田さん狙うよ。あわよくば一ノ瀬さん!」
「私は岩井さんかなぁ。良い人そうだし。あ、そういえば!さっきトイレ行った時に立花さんを見かけたんだけど!」
「「えー!?」」
「この店にいるの?予定あるってホントだったんだ~!」
「うん、誰かと待ち合わせなのか私が見た時は一人だったけど。奥の半個室の席にいた」
「まじかー。立花さんって友達いたんだ~」
「男かもしれなくない?」
「え~?ないない、絶対ない!あの立花だよ?あんな地味なぼっち女が男にモテるわけないじゃん!」
「でも、森田さん褒めてたよね・・・」
「それは仕事をするならってことでしょ?女としてはあんな地味な子、無理じゃない。私が男だったら女としてみれないよ。下着まで地味だったらどうする?萎えるって」
「あはははは!言えてる~!でも派手でもドン引きして萎える~!」
彼女たちは気が付いていなかった。
自分が蔑んでいる相手の悪口で盛り上がっているときの声量が大きい事に。
お酒の力も手伝って、結構店内に彼女たちの声が響き渡っていた事に。
男性陣が作戦会議という名のトイレから帰って来た。
残り少ない時間、席替えをするか2軒目をどうするか話をしようと思ったけれど、なんだかよそよそしく感じる。
だが、悲しい事に男性陣の視線が冷たくなっている事には気が付いていなかった。
なんだかおかしいと感じた女子たちは、仕切り直しのためにも皆でトイレに向かう。
その帰り、立花が男と一緒に座っているのを見つけた。
「ちょっと、あそこ。立花さん」
「うわ。生意気に男と一緒じゃん。相手の顔見える?」
「後頭部しか見えないー」
L字の形をした半個室だったため、彼女たちから男性の後ろ姿しか見えていなかった。
立花が伏し目がちになっていて、男性は宥めるような姿勢をしていたので、余計に顔が全く見えなかったのだ。
「どうする?行っちゃう?」
「どうせ不細工だろうけどね。見たい」
「気になるもんね。行こう行こう!」
そして、そっと立花が座る半個室の席に3人で近づいて声を掛けた。
「あれぇ?立花さんじゃない?」
「あ・・・・」
彼女たちが声を掛けて、立花が顔をあげた。
すると、立花と同席していた男が彼女たちの方へ振り向いた。
彼女たちの顔が驚愕に変わる。
そこにいたのは、彼女たちが是非ともお近づきになりたいと願った一ノ瀬だった。
「あぁ、君たち。何の用ですか?」
「え?え?あの、え?立花さんとお知り合い、ですか?」
「知り合いも何も、彼女は私の婚約者ですが?」
「「「え!?」」」
「間もなく結婚するので会社を辞める予定になっているのですよ。聞いていませんでしたか」
「うそ、でしょ?立花さん!ねぇ、嘘だよね?」
「いえ、部長にも課長にも報告して、退職するのは皆さんご存じのはずですが・・・」
営業課は直行直帰の人も多く、全員で一斉に情報共有するのが難しい。
そのため、各課でグループウェアを使用して仕事に関する情報共有をしていた。営業課の人事に関することもそのグループウェアに共有されている。
しかし、人によっては自分に関係ない情報が多い事もあり、情報を見逃すこともあった。
彼女たちがまさにそれである。
「知らないわ!そんなの聞いてない!」
「そうよ!なんで立花さんなんかが一ノ瀬さんと!」
「一ノ瀬さん、考え直した方が良いですよ!ご存じないかもしれませんが、彼女会社ではコミュ障だって有名なんですよ」
婚約者に向かって直接悪口を言うというあり得ない行いも悪びれる様子がない彼女たち。
その様子を黙って見ていた一ノ瀬がふと冷笑を漏らした。
「・・・・・ふ。流石、あんな大声で話をするだけあってやはり下品な方たちですね」
「なっ!?下品!?」
「えぇ。大声で彼女を蔑むような発言をして、店内に響き渡っていてとても不愉快でした。あんな大声で話して聞こえていないとでも?更に、婚約者である私の前でも平気で蔑むような発言をする。人間性を疑いますね」
華やかな雰囲気の彼女たちは、昔から周りの男性からちやほやされてきていた。
そのため、下品だとか人間性を疑うなんて言われて、脳が追いついてきていなかった。
一様に呆然として一ノ瀬を見るばかりだったが、しばらくして何を言われたのか理解したのと、トイレに行ったっきり全然戻ってこない女性陣を探しに来た森田が駆け寄ってくるのはほぼ同時だった。
「な、なんですって!?」
「何度だって言いますよ。人の婚約者を傷つけられて、私も黙っていられませんから」
「おい!何してるんだ!?一ノ瀬さん、申し訳ありません!」
「なによ!?なんで森田さんが謝るんですか?私たちが酷い事を言われたんですよ!」
「やめろ!さっき大声で話していたのが聞こえていないとでも思っているのか!?全部聞こえてたんだよ!俺たち四人でトイレに行った時に一ノ瀬さんと立花さんに挨拶していたら、君らの声が全部聞こえてきた!」
「は?何か問題がありました?声が大きかったって言うのは申し訳なかったと思いますけど、何かまずいこと言いましたか?」
「自覚がないのか!?自覚なくあんな事言ってたのか?最低だな!」
「なっ!?森田さんまで酷い!!」
場が混沌としている。
「はぁ。もういいですよ、森田さん。そういう人達には何を言っても無駄でしょう。しかし、本人を目の前にしても平気で人を蔑むような発言をするような、人間性に問題のある人物がいる会社との取引は、いずれ綻んでしまうリスクを考えなければいけないでしょう」
「そんな!申し訳ございませんでした!彼女たちは一切関わらせませんので!」
「それは当然の事です。今日のところは、失礼しますよ。このままここで話をしていてもお店の迷惑になりますし、我々は気分が悪くなる一方でしょうからね。ちゃんと仕事がしたいというので、5年待ったんですよ。でも、こんな人たちが周りにいたんだと知っていたら、無理にでももっと早くにやめさせるんでしたね。・・・・では、また改めて」
一ノ瀬と立花が去っていったのを見送って森田が彼女らに向き直る。
「さっきは私的な場だからとせっかく納めてくださったのに、何してくれてるんだよ!もしも一ノ瀬コーポレーションズが取引中止を言い渡してきたらどう責任取るつもりだ!?うちの会社は終わるかもしれない位の損失になるんだぞ!」
「私たちは何もしていません!」
「本気で言ってるのか!?一ノ瀬取締役の婚約者を目の前で堂々と貶める発言をしておいて?何もしていない!?本気か?どうかしてるんじゃないか?頼むから、明日から問題を起こすなよ?」
彼女たちの合コンが失敗に終わったのは言うまでもない。
「恭ちゃん、まさか本当にうちの会社と取引を中止しないよね?」
「しないと思うよ」
「思うって・・・やめてよ?」
「愛する者をあんな風に言われて、腹が立たない男がいたら教えて欲しいよ。彼女たちが真理の側にいたのに知らなかったなんて、自分にも腹が立つけど」
「なんで?私が言わなかっただけなんだから」
一ノ瀬と立花は高校生の時から付き合っていた。高校三年生と一年生。立花にとっては一ノ瀬が初めての彼氏でもあった。
一ノ瀬は立花が大学を卒業したらすぐにでも結婚したいとプロポーズをしたが、少し社会人経験を積みたいと断られていた。
それから毎年プロポーズをしては断られるのを繰り返していたが、仕事を頑張るそんな彼女の事も好きだった。
毎年恒例になったプロポーズだったが、昨年のクリスマスにようやくプロポーズを受けてくれたのだ。
大学卒業から5年経って漸くである。
その間、彼女の希望を優先させていたが、あんな女達が側にいると知っていたら、無理やりにでも辞めさせていたし、もっと早く結婚して直接守ってあげたかったと考える。
けれど、自分に頼りない所があったから彼女が頼ってくれなかったのかと一ノ瀬は不安になっていた。
「なんで言ってくれなかったの?俺ってそんなに頼りない?」
「違うよ!そうじゃなくて、気にしていなかったから、私」
「でも、さっきは気落ちしてただろう?」
「あれは、恭ちゃんに聞かれちゃったと思って。会社の人にそんな風に言われているって知られたくなかったから」
「そうか・・・・彼女たちは真理の魅力が分からないなんて愚かだ」
「ありがと。あのね、私本当に気にしていなかったの。彼女たち、なんていうか口は達者だけど仕事があんまりできる方じゃなくて・・・・・彼女たちは私の事を下に見てたけど、私は仕事がまともにできない人から言われてもねって思ってたから、平気だったの」
翌日、立花はわざと始業時間ギリギリに出社した。
彼女たちから何か言われては面倒だったから。
案の定、彼女たちからは睨まれたが、森田らが言い含めてくれていたのだろう。
予想に反して睨まれるだけで喚き散らされることなく終業時間を迎えた。
そして、終業時間前に終礼が行われた。
この日は、立花の最終出社日だったので珍しく部長も終礼に参加し、部長が発言しだした。
「皆には周知してあった通り、今日は立花さんの最終出社日です。今までありがとう。立花さんの正確な仕事ぶりには一課も二課からも評判が良かったので、退社を惜しむ声が沢山聞こえてきています。でも、これからは新しい場所で輝いてね!皆知ってるか?立花さんはなんと一ノ瀬コーポレーションズの次期社長夫人となる予定だ!立花さん、これからもわが社をよろしくお願いしますよ!」
これには立花も苦笑いするしかない。
終礼が終わると、部長と課長に彼女たちが呼び出されていた。
一ノ瀬には圧をかけないように言い含めておいたから大丈夫だと思うが、森田らが何か報告したのだろうか?
彼女たちが部長と課長から呼び出されたのは、前日に合コンを優先したために重要な書類の提出がされていなかったからだった。
しかし、立花が抜けた穴は大きすぎた。
彼女たちは何かにつけて立花に仕事を押し付けていたし、彼女たちのミスをこっそり立花が直していたのに気が付いていなかった。
立花が退職して、仕事を押し付ける先がなくなったことで残業が増えた。残業が増えるだけだったらよかったが、ミスをこっそり直してくれる人がいなくなったので、度重なるミスで社に大きな損失を出させてしまった。
そのせいで、減給や田舎への転勤を命ぜられた。
もちろん、社内の男性陣からも総すかんである。