中説<末>咲いた華は淡い色
トラックが無惨にも2人と1匹を跳ね上げたその直後。
克樹はただ呆然とその場に立ちすくんだ。
「きゃぁぁぁ!!子供が引かれたわよ!!」
「どこだ!?うわっ!?」
町の人がその現場を見て声や悲鳴を次々と上げていた。
今克樹は何を思ったのだろう。
受け入れ難い真実を嘆き涙を流したのだろうか?
それとも考えるのを辞めたのだろうか。
幼き記憶が頭の中でグルグルと輪廻する中、確かに後悔という感情だけは強く持っている。それだけは確実だ。
だからこそ克樹は、あのトラック事故をキッカケに壊れてしまった幼馴染を、工藤華蓮をこれ以上壊さないと誓ったのだった。
「おはようございます!」
華蓮は花を添えて供養していたおばさんに挨拶をした。
「あら、華蓮ちゃん。おはよう。」
おばさんは少し悲しそうな眼差しで華蓮を見上げた。
「ども、おはようございます。」
華蓮に続き俺もおばさんに挨拶をした。
「克樹くんもおはよう。大きくなったわね。もう高校卒業かしら?」
おばさんの優しい声に克樹は「はい!」と返事をした。
「そう…。本当に大きくなったわね。」
またおばさんは少し悲しい目をした。
それもそのはずだ。
「長嶺のおばさんどうしてそんな悲しい顔をしてるの?」
華蓮が残酷にそう言った。
そう。
このおばさんは長嶺咲の母親なのだ。
「そうね…。この事故が原因かしら。
私の大切な人を2人も失ったから。」
「そうだったんだ…。ごめんね。」
空気がどんよりと重くなり、静まり返っていく。
「華蓮、そろそろ行こう。学校、遅刻するよ?」
克樹は華蓮の右手を掴み、少し引いた。
「でも、長嶺のおばさん凄く悲しい顔してるよ?」
その言葉におばさんはすくっと立ち上がった。
「華蓮ちゃんはやっぱり優しいのね。きっと咲も見守っているわ。」
「え…?咲?」
「華蓮!行くぞ!!」
俺は咄嗟に手を引いた。
ただ無我夢中で、手を引いて走り出した。
華蓮のえ…?咲?と言った発言に重みと悲しみを感じてしまったから。
「ちょっと…!!克樹痛い!!」
華蓮のその言葉で俺は我に返った。
気付けばあの交差点から遠く離れた河原に居た。
「華蓮。ごめん。ちょっと頭ん中真っ白になってた。」
「あんた…。ううん。克樹、あんた今日ちょっと変よ?大丈夫?」
華蓮はそう言いながら俯く俺の顔を覗き込んだ。
「うん。大丈夫。もう平気だよ。」
そう言うのが精一杯だった。
克樹の心の中で自分は華蓮にどうなって欲しいかという疑問だけがグルグルと脈を打っていた。
「そう、それならいいけど。」
華蓮はそう言って、克樹に背中を向けた。
「私、もう帰るわ。咲にご飯作ってあげないと。」
華蓮は最後にそう言って、俺に背中を向けすたすたと帰って行った。
「あと…1歩が踏み出せない。」
克樹は離れていく華蓮の背中を見てそう呟いた。
春一番の前の風は冷たく、非情にも克樹の頬を優しく撫でた。
華蓮は変わることのない、モノクロの世界を鼻歌を歌いながら歩いていた。
「ふんふーんー。家に帰ったら何を作ってあげようかしら♪」
華蓮は上機嫌に家までの帰り道を帰っていた。
街並みも、川も、草も、空も、見える景色はモノクロだが、彼女の心は色鮮やかにふわふわと浮いていた。
「華蓮ちゃん。」
私が家までの帰り道を歩いていると、後ろから声が聞こえた。
「どうしたの?」
私は咄嗟に後ろを振り返った。
でも、、、
そこには誰も居なくて、広がるのはいつも見ていたモノクロの世界だけだった。
「どうしたのかしら。不思議だわ。疲れてるのかしら。そういえば、、、学校に行かなくちゃだわ。」
華蓮はそうボソッと一人で言ったあと、体をくるっと反転させて、進路方向とは逆の方向。学校へ足を運び始めた。
「華蓮ちゃんおはよう〜。どうしてそんなに不貞腐れているの??」
華蓮は教室で声を掛けられた。
クラスメイトの山口流瑠だ。
華蓮はあの後、始業のチャイムはとっくに過ぎている時間帯なのに、ゆっくりと学校へ歩き、大遅刻をした。
その後に担任の山寺先生にこっぴどく叱られ、不貞腐れていたのだ。
「はぁ、、……。」
教室で自分の机にうつ伏せになってる華蓮を見て流瑠は少し呆れた顔で小さくため息をついた。
「今日は旦那と一緒じゃなかったもんね、喧嘩でもしたの??」
次に流瑠はからかうようにニヤニヤしながら華蓮に話しかけた。
「今日は、克樹くん迎えに来てくれなかったから仕方ないもの。それなのに先生はあんなに私をこっぴどく叱って、酷いわ。」
華蓮は顔を上げ、グズりながらそう言った。
「あ、ほら旦那来たわよ。」
流瑠はそう言って教室のドアを指さした。
そこには克樹が友達と一緒に教室に入ってこようとしていた。
「華蓮。」
克樹が私を見てそう言った。最初こそ視線が合ったがそれと同時に克樹は視線を下に逸らした。
「どうしたのかしら?」
華蓮はそんな克樹をみて単純に心配した。
言葉を発してからは、すっと席を立ちクラスメイト達の視線も気にせず、ズカズカと克樹のもとに歩いて行った。
「わーお」
そんな様子を流瑠はニヤッと舐め回すような視線で見つめた。
「なん...だよ。」
克樹は自分の気も知らないでズカズカと近づいている少女に少し後ずさりをしながら、か弱くそう言葉を漏らした。
「どうして今日迎えに来てくれなかったのかしら!」
華蓮はムッとした顔で克樹にそう言った。
その言葉には若干の怒りと強さを交わらせ、克樹の心にずさっと刺さる。
「は...?」
克樹は目をまん丸にして驚いた。
それも無理はない。
自分があまりんも理不尽な状況にいるからだ。
確かに自分は華蓮にとって傷付ける言動をしたかもしれない。という克樹の贖罪の意を華蓮がぶち壊したからだ。
「え、、いや、、迎え、、」
克樹はさっきの出来事、自分が朝ちゃんと迎えに行ったこと。
それらの弁解をしようとしていた。
「...。」
そんな自分を華蓮は表情を変えずじっと見つめていた。
「うん。ごめん。なぁ華蓮。話があるんだ。少し来てくれないか?」
克樹は慌て動揺した自分の胸をそっと撫で下ろし、華蓮へ優しく柔らかな視線を向けてそう言った。
「嫌だわ。」
華蓮の答えは拒否だった。
明らかにその理由は、自分が怒らせてしまったからであろう。
克樹はそう感じて、自分を責めた。
「ごめ..」
「話があるならここで言って下さる?また遅刻で怒られるのは嫌なのだけど。」
克樹が華蓮に謝罪の言葉を放とうとしたその言葉を遮って、華蓮はそう言った。
そして若干のため息をついた。
「そっか、、俺のせいじゃなかったんだ。」
克樹は小さくそう呟いた。
「え?なにか言ったかしっ...!?」
克樹は、華蓮を強く抱きしめた。
それは克樹の小さく呟いた聞き取れなかった声を華蓮が確認している途中だった。
「えっ!?」
華蓮は思わず大きな声を出してしまった。
「華蓮...。」
克樹は耳元でそう呟いた。
「えっと、、、はい。」
華蓮は自分の今の感情に正直驚いていた。
急に抱きしめられ驚愕したが、克樹の声を聞いた瞬間我に返ったからだ。
そんなな中、華蓮は克樹の匂いに包まれながら、自分の高く、強く脈打つ心臓の音を聞いていた。
「好きだ。付き合おう。」
克樹が唐突に告白してきた。
唐突な告白。
本来ならきっと動揺して、我を忘れて、慌てふためき、自分の気持を伝えられないだろう。
でも今は不思議と冷静さを維持している。
華蓮は大きく息を吸った。
「わかった。付き合お。」
華蓮の言葉はOKだった。
「えっ」
克樹はまた目を大きく見開いた。
まさかOKされるとは思ってもみなかったからだ。
「それじゃよろしくね克樹。」
華蓮は緩んだ克樹の腕からそっと抜けて微笑み、振り返りながらそう言った。
「まじ...か。」
克樹は去っていく華蓮の後ろ姿を見ながら立ちすくんだ。
しかし克樹は忘れていた。
自分が告白をした場所が学校であること。なおかつ、教室の入口であること。休み時間であること。クラスメイト全員の前で告白をしたこと。
ーーーそれは必然だった。ーーー
沈黙したクラスがどっと湧き上がった。