中説<初>工藤華蓮と佐藤克樹
太陽が昇っていくと同時に暗闇だった世界は徐々に白みがかって、灰色へと変わっていく。
工藤華蓮はその様子を部屋の窓から眺めていた。
「朝だわ。」
華蓮はそう呟き、視線を一瞬時計に向けた。
時計の針は6時0分を指していた。
「6時ピッタリなんて凄いわね。季節が変わるわ。」
今日は3月1日もうすぐで華蓮も高校を卒業である。
いつもはよく寝坊している彼女も、高校最後の月というのは特別らしい。
今日に限っては5:30までには支度が済んでいたのだから。
「朝ごはん…食べようかしら。」
華蓮はそう口にし、リビングへと足を運んだ。
正確にはリビングにあるキッチンへと足を運んだ。
「お腹…少し空いたわ…。」
華蓮は冷蔵庫の方を向き、無造作に冷蔵庫を開けた。
「うーーん。どうしようかしら。」
冷蔵庫の中には食材が豊富に入っていた。
そして綺麗に区別してあり、購入した日付と食材の名前まで書いてある。
「卵、昨日買ってあるわ。そして、これとあれもあるわね。…そうね。」
華蓮は食材たちを目にし、1人で考えた挙句、ある料理を作ることに決めた。
「そうね、これだわ。」
華蓮は冷蔵庫の中から食材を取り出した後、フライパンを用意し熱し始めた。
「えっと…焼く時間は…。1分だったわよね。」
華蓮は上を向きそう言った。
華蓮の場合、食材の焼き具合は色の見た目ではなく、感触と時間だった。
色が黒と白にしか見えない彼女にとっては仕方がないのかもしれない。
だからこそ、彼女の料理は8割り程失敗に終わる。
しかし、今日の場合それは無さそうだ。
今日のメニューは至ってシンプルなのだから。
華蓮は熱したフライパンに油を引いた。
その後、冷蔵庫の中から取り出した食材のひとつ卵を手にし、フライパンの上で割り、卵を落とした。
見慣れた白い玉の中から黒い玉が灰色のトロリとした膜に包まれてフライパンに落ちる様は最初こそ戸惑ったが今となればどうって事ない。
フライパンの上で油の弾ける音が聞こえる。
お腹の空いた華蓮にとってそれは祝福の音だった。
「いい匂い…って訳でもないけど不思議だわ。これを見るとお腹が空くもの。音のせいかしら。」
華蓮は先程のトロリとした灰色の膜が白くなっていくのを見てそう言った。
どうやら彼女が作っているのは目玉焼きらしい。
「そろそろ1分だわ。」
華蓮は自分の右手首にある腕時計を見てそう言った。
「失態だったわ。フライ返しを用意しておくの忘れてしまったわ。私、黄身が固くならないと食べれないのに…。仕方ないわ。今日は半熟で我慢するわ。」
華蓮はまた1人でそう呟き焼き終わった卵を皿に移した。
「次はこれも焼きましょうかしら。」
そう言った華蓮の視線の先にはベーコンとウィンナーがあった。
「この子達は2分くらいがちょうどいいわよね。」
華蓮は先程使用したフライパンに油を引き直し、ベーコンとウィンナーを並べた。
先程卵でフライパンが熱していたせいか、フライパンの上に食材を置いた瞬間まるで熱した油に水を落としたかのように、ジューーっと音が弾けた。
「これもいい音ね。しかもすごくいい匂い。」
華蓮はその食材が焼ける様を見てニコリと笑った。
「その間に切ろうかしら。」
次に華蓮の視線が向いたのは最後の食材レタスだ。しかも、4分の1に綺麗にカットしてある。それを1口サイズに切ろうと言うのだ。
「ふんふーんふんふーーん」
華蓮は機嫌がいいのか、鼻歌を零しながらレタスを切った。
「あら、そろそろ時間だわ。」
華蓮は時計を見て先程焼いていた食材達に視線を向けた。
「いい感じだわ。」
明らかに食材が黒く色が変化していないことを確認した華蓮は包丁を置き、フライパンのハンドルを左手で持ち、右手で器用に箸を使いながら目玉焼きを盛り付けた皿にウィンナーとベーコンも一緒に盛り付けた。
その後、切ったレタスを軽く水洗いし、また同じ皿へ見栄えよく盛り付け、リビングのテーブルへと持って行った。
「あと、ご飯とお味噌汁だわ。」
華蓮は独りそう言って、炊飯器に残った昨日のご飯をよそい、味噌汁はインスタントで用意した。
「うん、用意出来たわ。それじゃ、いただきます。」
華蓮は最初に味噌汁を啜った。
「はぁ〜温まるわ。」
そういえば、起床して口に何かを入れたのは歯磨きの時に水を少々含んだ程度だったわ
なんて些細な事を思いながら華蓮は1人、朝の時間を楽しんでいた。
「はぁ〜温まるわ。って笑えるんだけど、珍しいじゃん朝早起きなんてよ!」
華蓮が1人朝食を楽しんでいると、聞き覚えのあるふざけた声が華蓮の背中の方で聞こえた。
この世で1番ムカつくやつの声だ。
そう。
「あんた普通人の家に上がる時はお邪魔しますとか挨拶が常識でしょ。だからあんたは馬鹿野郎なのよ!」
華蓮はそう言いながら振り返った。
そこには佐藤克樹が制服姿で立っていた。
「いや、言ったし。なんならおじさんとおばさんにも挨拶してきたし。てかここにいるし。」
克樹がそういって親指で後ろを指すと、扉の影に両親がひっそりと身を隠していた。
「お父さんにお母さんもいたんだ…。
早く椅子に座ったら…。
すごく恥ずかしいんだけど…。」
そう言う華蓮の顔は少し赤みがかっていた。
「私もご飯作ろうかしら、克樹君は朝ごはん食べてきたの?」
母は扉の影からすっと身を出し、キッチンへ向かった。
「はい!食べてきました!おばさんいつもありがとうございます!」
克樹は笑顔でそう言った。
私と話す時より声色が少し高い。
こいつ…。
と心の底で出てきたモヤを私はすっと心のタンスへ収納した。
「あら、そうなの。あなたは食べる?」
次に母の目線は父へ向いた。
父も扉に隠れるのはやめて、リビングの椅子へ向かった。
「あぁ。食べようかな。」
父がそう言うと母は少し優しく微笑んだ。
華蓮はその様子を見て、自分が作った朝ごはんを急に口の中に急いで詰め込んだ。
「むわ!うぃっめきます!」
リスの様に口の中にご飯を詰め込んだ彼女が言った言葉は、''じゃあ!行ってきます!''だった。
華蓮は朝の身支度をすべく、自分の部屋に駆け込んだ。
嵐のようにご飯を詰め込み、嵐のように去っていく彼女を残された3人はポカンとただ見ていただけだった。
それにしても、よくあんな量をいっきに詰め込んだな…。と克樹は関心していた。
「制服が…無いわ…!!」
華蓮はひとり、部屋で自分の制服を探していた。
部屋のタンス、いつも制服を掛けているハンガー、どこを探しても彼女の探している制服は見つからなかった。
「そんなドタバタしてどうしたんだよ。」
後ろの方から声が聞こえた。
振り返るとそこには克樹が立っていた。
制服を探すことで精一杯だった彼女は彼がそこに立っていることに気付かなったのだ。
「制服が…ないの。」
彼女のその声は少し震えていて、いつもの高め声は低くなっていた。
克樹はその様子を見て、一瞬息を飲み、その後に笑ってこう言った。
「いや、着てんじゃん。制服。アホかよ。」
「え?」
華蓮は鏡の前に立ち、自分の姿を見た。
確かにきっちりと制服を着ている。
「ほんとだ。着てる。忘れてた。」
たどたどしくそういう彼女を克樹はクスッと笑い、じゃあ行くか。と声をかけた。
いつも通りの日々。
克樹が私を迎えに来てくれて、一緒に高校まで登校する。
そうやって私たちは小学校1年生の頃からほとんど毎日そうやって登校していた。
でも。
高校はもうすぐ終わる。
私は卒業する。
彼もそうだ。
卒後した私たちはきっと離れ離れになって、このいつも通りの日々がいつか終わる。
少しの切なさとちょっとした寂しさが私の心を泳いだ。
それと同時に別の感情がひょっこり私の心の物陰から顔を出した。
ーーなぜ彼は私にここまで構うのかーー
という疑惑の感情だ。
思えば思うだけその感情は水を得た魚の様に活気に満ち溢れ私の心を泳いだ。
華蓮が疑惑の感情を育んでいるところ、克樹は歩いていたその足を止め華蓮の方を向いた。
「華蓮、今日はもう帰ろう。
うん。今日は帰った方がいい気がする。」
少し切なさが色褪せた様なその瞳は華蓮の方を真っ直ぐ見て華蓮を目で捉えていた。
「うん。分かった。別に帰ってもいいけど、高校卒業前なのに大丈夫かな?お父さんお母さん達に怒られないかな?」
傍から見れば暗い顔をしている克樹に華蓮は優しく頷いた。
克樹が下を俯いていると今度は華蓮が帰りましょ。と笑顔でいいイタズラに手を繋いだ。
手を繋いだ華蓮は直ぐに彼の手を引っ張り走り出した。
「急がなくても!」
唐突な華蓮の行動に克樹は戸惑いを隠しきれずにいた。
自分より小さな手が強く自分の手を握り強引に引っ張るのだから無理はない。
「克樹!今から桜を見に行こう!とっても綺麗な桜を!」
そう笑顔で言った華蓮を見た克樹は引っ張られる手に力を入れ華蓮に引っ張られないように踏ん張った。
「どうしたの?克樹?」
克樹に視線を向けた華蓮は思わずえっ…と。言葉を失ってしまった。
視線の先にいる彼が繋いだ右手と反対の手が握りこぶしになっていた、そして自分に向けられる視線があまりにも冷たく感じたからだ。
「華蓮…。いつまでそうやるんだ?お前は…誰だよ…。」
そう言った克樹の声は低くそして震えていてとても重かった。