CHAPTER 2-8
「うぅ……これが子どもたちのパワー……」
「アズライト先輩、お疲れ様ですー!」
「ありがと、ルーテシア……」
アズライトはクッションに頭を突っ込ませながらソファへ倒れ込んでおり、そんな彼女を労うように声をかけながらルーテシアはココアが入ったマグカップを差し出す。ランナーとして高い身体能力を持っていてここまでグデングデンになってしまったのは疲れ知らずな子どもたちの相手をしていたからで、ルーテシアが暮らす孤児院へ来ていた。
10年前の大侵攻とそれ以降活発になったガレリアによって多くの命が失われて親を亡くした孤児達も増えていき、政府や宗教組織や慈善団体などが主体として運営する孤児院が多く建てられている。ルーテシアも10年前に両親を亡くした孤児であるが、普段の彼女はそんな素振りは微塵も感じさせなかった。
木目調と白く塗られた壁が綺麗な2階建ての建物でアカデミーからもほど近い場所に建っており、ここではルーテシアを含めて10人ほどの子どもたちが住んでいる。特に彼女は最年長のお姉さんとして年少者の世話などを焼いており、意外な一面に驚きながらも心和んだ。
「みんなヤンチャ子たちばかりだけど、あなたもなかなかよ。今日だけでルーテシアのお姉ちゃん力がカンスト、というかもうオカンって感じ」
「もーアズライト先輩ったら何言ってるんですかー。わたしなんかよりシスター・ティファのほうがお母さんっぽいですよ」
「フフフ、私もお母さんと呼ばれる年頃ではないのですけど、悪い気はしませんね。それとアズライトさん今日は色々とありがとうございました。ゆっくりしていってください」
受け取ったカップに口をつけてココアを飲みながらアズライトは孤児院内でのルーテシアの動きを見ながら感心している。休日ということで子どもたちの相手をしていたのだが、その間に洗濯や掃除を手際よく終わらせていた。さらに家事は分担制ということで年少の子らへしっかり手取り足取り教えて、その様はまさに姉を通り越してまるで母親のようだとアズライトは思っている。
当の本人はそんな事をおくびにも出さないで適役であろう人物の方へ顔を向け、そこには白と黒の修道服にベールを被った大人の女性が座っていて視線に気づいてか微笑み返してきた。彼女がこの孤児院の院長で子どもたちの親代わりとなるティファ・リリアントで、ベールから溢れる豊かな金髪がルーテシアとよく似ている。
「こちらこそ今日は童心に帰れました。ちょっと疲れましたけど」
「そうそう、みんなで夕食作るので先輩はゆっくり寛いじゃっててください!」
「そうさせてもらうわ。そっちの手伝いもしたいけど、私が厨房に立つとね……」
「あら、それなら私達で作るからルーちゃんも今日はゆっくりしてなさい。いつもがんばってくれてるからね」
夕食の支度としてエプロンを着込むルーテシアは眺めながらアズライトはどこか遠い目を向けた。昔から厨房に入ると調理器具が壊れたり吹っ飛んだりすることが日常茶飯事、なんとか完成させた料理はもはや食物とは思えぬ惨状で試しに一口食べた祖母の顔が緑色になった光景とあまりもの不味さは今でもはっきりと思い出せる。
そんな苦い思い出があるのだからアズライトは料理に関してはからっきしでルーテシアもシスターティファからの気遣いを素直に受け取り、しばらくすると子どもたちの声と美味しそうな匂いキッチンより次第にダイニングへと広がってきていた。
「あれ、あの子は……?」
「あ、あの子ライトって言うんですけど、いつも独りであんな感じなんです。みんなの中に混ざろうとしないんでちょっと心配……」
料理は作らずとも手伝えることはあるからと2人でテーブルに食器を並べていると、キッチンにいる他の子どもたちから離れて床に座りながらヴィムに触れている10代前半の少年と思わしきが視界に映る。ルーテシアからライトと呼ばれた10代前半の少年はアズライトがやってきた時からずっとその場から動いておらず、ただ一心に浮かぶホロディスプレイを凝視していた。
食器運びもそこそこに終わったのでルーテシアは彼を心配してか近づいていき、何をしているのか気になってアズライトもその横からちらりとホログラムを見るとそこには細かな数字の羅列がぎっしりと並んでおり、前に見せてもらったクーリェのプラグラム画面に近しいものを感じる。
「ライト、そろそろ夕食なんだしやめなよー。今日ずっとやりっぱなしじゃない」
「いま複雑系アクチュエータの最適化プログラムを組んでることなんだ。ここが出来れば終わるつもり」
「こういったのは私にはちんぷんかんぷんよ……。クーリェといい最近の子たちはすごいわね」
「アズライトさん、だっけ? クーリェのこと知ってるんだ」
アズライトがクーリェの名前を出すとライトは彼女を知っているかのような反応を見せた。なんでも2人は同じ学校に通うクラスメイトで本来なら高等教育課程を修了してから入学できるアカデミー高等技術院に弱冠12歳で飛び級で入った正真正銘の天才であり、そんな逸材が2人同時に存在するのは前代未聞だという。
同じ年齢で能力的にも似通っているということで仲良くなると同時にライバル視もしていてお互いに切磋琢磨しながら技術院でも抜きん出た存在になっている。ライトが独り黙々とプラグラムを打ち込んでいるのもその影響だ。
「へぇーそうだったのね。一応私の妹分だから、これからも仲良くしてね」
「ライトだってわたしの弟ですので、こちらこそよろしくですっ!」
「はいはい、よろしくされますよ……」
ルーテシアにぐいぐいと何故か推されているライトはされるがままヴィムをぽちぽちしており、ちょうど食事の用意が出来てシスターティファの呼び声が聞こえてそのまま押されていく。なんとも言えないゆるい空気に安心感を覚えつつアズライトもテーブルに向かうのだった。
「か~~~仕事終わりの一杯は格別だぜ! 今回は難儀したが稼ぎもあったからよしとするか~」
「お疲れ様ねイーサン。後処理はジャッキーに任せて、千景くんもゆっくりしていきなさい」
「はい、お邪魔します」
差し出された瓶入りソーダの蓋を器用に片手で開けたイーサンは喉を鳴らしながら飲み干していき、千景も小さめのコップに注いで飲んでいく。ここはジャッキーの母親であるローザス婦人が切り盛りしてるローザスズバーで、居を構えるソレスシティスラム地区の顔となっている店だ。
今はまだ開店前であるが今回色々とあった2人をそのまま帰すわけには行かないというローザス親子からの好意でバーで休ませてもらっており、クォンタムソーダという炭酸飲料と名物である真っ赤なスープを堪能している。
「それにしても災難だったわね。依頼主は死んでたしサイボーグな女の子がいて戦ったわけなんでしょ?」
「その通りですよ。めちゃくちゃ硬いわ銃撃回避しするわ腕からブレード生やすわでとんでもねえ奴でしたよ」
「戦闘用サイボーグってこと? 本当に居たとはね……」
「そういえばメイズから終えてもらったんですが、医療目的以外でのサイボーグ化は禁止されているんですよね?」
アカデミーの座学でメイズから基礎知識だけでなく雑談から派生して雑学めいた事もいくつか聞いていて、千景はその中でサイボーグについて聞いたこともあった。多能性幹細胞の培養による再生治療が進んでいるゲネシスでは機械による臓器や義肢が作られることは稀で、法律でも機械による義肢などは過剰なスペックを持つことを禁じられており、主に使われているのは法規制されていない肉体に注射することでソフトウェア面でサポートするナノマシンぐらいである。
つまりガチガチの戦闘用サイボーグというものは明らかにブラックな存在でゲネシス内でも与太話として出ている程度のものである。それと実際に出会い交戦したのだからイーサンは面食らい、千景はそれ以上にあの少女が残した言葉が気になっていた。
「ええそうよ。となると政府か裏社会の闇組織に属してるサイボーグ暗殺者ってところかしら? 非合法組織というものはいろんなとこに根を張ってるものだから、思わぬところからで出くわすものなのよ」
「まったく安物のパルプフィクションみてえだけど、案外それが正解かもしれねえな。スラム街の重鎮たるママ・ローザスの読みは百発百中だし、何よりそっちの方が面白え!」
「……あの子は一体何者なんだろう?」
暗殺者の少女という存在や彼女が残した言葉からまだまだ知らない事が水面下で動いてるのだろうが、それに対して何ができるのか埒が明かないので飲み込むようにイーサンと同じく瓶を口につけて一気に飲み干していく。イーサンはそんな考えを見抜いてか同意しつつ、ベストの内ポケットにはジャッキーから受け取ったクレジットチップの一枚が入っていた。
「まー確かにオレも気になるけどよ、もう一度やり合うのは勘弁願いたいぜ。全身サイボーグなんてロクでもないのに関わってるのは間違いなしだからな」
「特殊ガレリアや“ハンター”に“ザ・ワールド”の事もあるから、そこまで手を出せないってわけだね」
「そうだな。ガレリアから見れば優先度はまだ低いけど、気になるから目を光らせておくぜ」
最初の目標である資金稼ぎを達成したのでとりあえず今はこれで良いということで、また襲撃がないか警戒するようにアンテナを立てておくとしてイーサンは決めて千景もそれに同意する。ここに来てどっと疲れが押し寄せてきたのかバーカウンターに突っ伏すように上体を倒すのだった。
「ふーん千景さんは大変だったね。それでアズ姉はライトと会ったんだねー」
「ホントにね。サイボーグなんて地球じゃあ創作物の存在だから驚いたよ」
「こっちでもサイボーグ兵士なんて与太話でしかないわよ。ギフテッドが2人同時に存在する方がまだ現実的ね」
家に戻ってからしばらく経って夜が更けてきたところでクーリェから今日の事を聞かれて千景とアズライトは昼間の出来事を卓を囲みながら話していた。ルーテシアの事情やクーリェと同年代の天才児がいることに千景は驚き、アズライトは孤児院の子どもたちと戯れていた時に資金集めに向かった2人が予想外の出来事に巻き込まれてなんとか対処した事を労う。
破損していたストライダーもレイジ達整備チームの尽力で問題なく飛ばせる状態まで修理完了しており、明日からのアカデミー通学にも使えそうだ。イーサンは疲れたということで早々と就寝して千景もなんとも騒がしく疲れの取れない休日を過ごしたことになる。
「まっ、色々あったわけだしイーサンみたく早く休んだ方がいいかも……、ってこんな時間に誰かよ?」
「誰からのホロコール?」
「クラリッサからだわ。あんまり良い感じはしないけど……」
通信が入った事を示すようにチョーカーから下げた青い結晶体をしたヴィムが明滅しアズライトが手にすると立体映像とともにクラリッサの姿が映し出された。こんな時間に送られてきたホロコールに一抹の不安を覚えながらアズライトは通信を受ける。
「一体こんな時間にどうしたのよクラリッサ?」
『突然で悪いわ。明日から始まるアカデミーでの調査活動、それにデアデビルも参加してほしいの』




