CHAPTER 2-7
「うぐっ!?」
「これは……! お前がやったのか!?」
充満する血の匂いと死臭が鼻について千景は胃の中の物が逆流してきて思わずむせ返りそうになり、イーサンはフギンの銃口を血溜まりの中に立つ人物へ向ける。暗い紺色のボディースーツで身を包み同じ色のマスクで顔半分を隠した少女で年齢は千景達と同世代と思えるが、鮮血が滴り落ちる刃と同等にこちらを覗く双眸は冷たかった。
状況からして転がっている骸がここで待っていたであろう依頼主で彼女が殺害の下手人に間違いなく、凄惨な現場に似合わず静かに佇む少女へイーサンは銃口を向けながらも引き続き尋ねていく。
「……オレ達はただこの男を運ぶように依頼されて来ただけだ。だからそっちが危害加えないならすぐに立ち去る──千景、伏せろ!」
「うわぁ!?」
しかし静寂はすぐに破られ、まるで空気に溶けるように少女の姿がかき消えていった。そして何故かイーサンの左手に上から抑えつけられて千景は無理やり床に伏せられるが、直後に頭上で風切り音が響く。首だけを動かして上を見れば、腕から直接生えているブレードを突き立てる暗殺者の少女とその刃を黒いブラスターの銃身で受け止めるイーサンがあった。
いくら頑丈でも刃物を銃身で受け止めるのは無茶もいいところなので一瞬だけ防いだら引き剥がすようにイーサンは蹴りを入れて、宙返りするように後方へ飛びながら避ける彼女に向けて発砲する。しかし撃ち出された光弾は全て最小の動作で避けられるかブレードで弾かれるかのどちらで当たる事はなかった。
「チッ、目撃者は逃がすつもりはないってか! 千景、ジャッキーに連絡して応援を呼んでくれ! 番号は覚えてるか?」
「あ、うん! …………ダメだ、繋がらないよ!?」
「チッ、ジャミングかよ! なら――」
今回の仲介人の連絡先をしっかりメモしていた事を言われて思い出した千景は慌てて通信を入れるもまるで反応がなくて他の所へも手当り次第かけてみるがそれも同様で、ジャミングされていると気づいたイーサンが毒づく。目の前に立つ暗殺者の少女は最初から準備しており、こちらに向けられたブレードの刃先から逃さないという強い意志を感じた。
このまま戦うしか無いかとイーサンは決意したのか構えて銃口を向けるが、それよりも早く暗殺者が素早く動いてまたしても斬りかかる。イーサンは目の良さをいつも豪語していてそれが嘘でないことを証明するように近接用スパイクを展開させたフギンで迫る刃と斬り結んで拮抗するが、何度か打ち合ったブレードがいきなり炸裂して体勢を崩されてしまった。
追撃としてまるでジェットで放たれたと思える程の速度のミドルキックを脇腹に受けて、イーサンは吹き飛んで薄い窓ガラスを突き破って外へと落ちていく。ここは下層と言えど高層建造物なので地表までの高さはかなりのものでランナーと言えど一溜まりもないだろう。
「い、イーサァァァンッ!!!!??」
絶叫しながら友の名前を呼ぶも返答はなく破られた窓からは寒々しい風が吹き込んでいるだけだった。暗殺者の前にただ一人だけ残された千景はその場にへたり込んでしまい、彼を守るように立ち向かうデルは4本の腕よりエネルギーシールドや電気ショックプロッドを展開するも少女からの一閃でやられてしまう。
これで万事休すだ。足が震えて立ち上がれないまま後ろへ下がろうとしていた指先が粘ついた何かに触れ、それが傍らで横たわる骸より流れ出た血であると気づく。自分もこのような末路を迎えるのかという恐怖と同時にこの人も何故ここで死なねばならなかったのか、自分達がもう少し早く来ていれば助けられたのではないかと後悔が湧いてきた。
「…………その男に同情しているのですか、あなたは?」
「えっ?」
「その男は死んで当然の所業をした男です。私が始末するように差し向けられるくらいには」
突然語りかけてきた暗殺者に驚きながら顔を上げるも、そこには先程と変わらず冷徹な眼差しをたたえた少女が立っている。しかしそこから殺気は微塵も感じられず、今殺そうとしている相手にこうして話しかけているということは何か思うところがあるのではないか。
その言葉を信じるならここで屍を晒す千景達が護送する予定の男は彼女に始末されるほどの悪行を重ねていたということで、ジャッキーが警告していた通りそこら辺の信憑性は高いと思えた。しして目の前にいる少女はそんな汚れ仕事を何度もこなしてきたから、そんなに冷たい眼差しになってしまったのだろうか。自然と下半身に力が入ってきて、よろよろと立ち上がる千景は彼女へ手を差し出そうとした。
「き、君は――」
「でぃやああああああああああああああ!!!!!!」
「イーサンッ!?」
右手を出そうとした瞬間、けたたましい雄叫びとともに破られた窓の向こうより黒い影が飛び込んできて暗殺者の少女へ向けて思いっきり両足蹴りを叩き込む。その正体はワイヤーを手にしているイーサンで、このワイヤーで落下を防いでターザンロープの如く勢いをつけてダイナミックエントリーしてきたのだ。
渾身の力を込めたキックなのだろうが瓦礫の中から姿を見せた少女は平然としていて、身体にかかった粉塵を払っている。とんでもない頑強さにイーサンは舌打ちをしながらワイヤーガンのグリップとアンカーを手にしてワイヤーを構えた。
「ちょっと、イーサン! その子はまだ敵と決まったわけじゃ……」
「おいおいおいおい、オレを突き飛ばして、これの、どこが、敵じゃないって言えるんだ! 千景、ジャッキーのとこへ援軍を呼んできてくれ。流石にこのメカ女を1人で相手するのは手こずりそうだからな!」
「……わかった。気を付けて!」
本当は誤解を解かせて休戦させたいところだが、彼女はイーサンも抹殺対象に見てるのか腕から伸びるブレードでその首を描き斬らんばかりに迫ってそれをワイヤーで受け止める攻防が繰り広げられる。こうなっては止められないと悟ってイーサンなら流石に彼女を殺すことはしないし何より殺されもしないと信じているので、その言葉に従って部屋を飛び出した。
階段を勢いよく下っていき今まで見せたこともない速さで駆け抜けて建物から抜け出し、いつの間にか背中にくっついていたデルの通信機能でコールしながら、背後の建物を背中越しに一瞬だけ目線を向ける。
「イーサン、任せたよ!」
「まったく、さっきは良くもやってくれたな! アンタの動きもよく見えるようになってきた。さぁ、さっきのお返しといかせてもらうぜ!」
蹴り飛ばされた脇腹はまだ痛むがこれまでのお返しするという事で精神テンションの高揚とともに闘志が湧いてきていて、イーサンの眼には先程よりもはっきりと少女の動きを捉えることが出来た。これがイーサンの持つ超感覚であり、サイトロンによる意識領域の拡大で相手の動きをスローモーションで捉えることができる。ただし感覚のみなので動作速度は変わらないのでまばたきの一瞬のみ発動させて、相手の動きに対応していくのだ。
先程の爆発攻撃を避けるためにブレードとの接触時間を最小にしてワイヤーのを上を滑らせるようにいなして受け流していき、数度の打ち合いで向こうもこちらが対応できているのに気づいたのだろう。しかし先程の瞬発的に放たれる蹴りといった急な動きは感知できても身体がついていけないので、それを悟られないようにイーサンは仮面を被る如く不敵な笑みを向ける。
「どうだ、オレの本気モードは? だけどな、まだまだこんなもんじゃないぜッ!」
ワイヤーのリーチの長さを利用してブレードが届かない位置より先端のアンカーを振り回しながら威嚇していくが、これはイーサンが苦手とする近接戦闘になった時のフェイルセーフで自衛装備に過ぎない。アンカーによる打撃をブレードで弾き返し次の攻撃が来る前に懐へ飛び込もうとした少女の身体は踏み込んだ途端に前でなく後ろへ大きく仰け反り、イーサンはアンカーの動きを隠れ蓑にして得意としているブラスターによる早撃ちを混ぜ込んでいた。
撃ち出されるのも光弾でなく衝撃波の弾丸であり、殺傷力は低いが当たるだけで体勢を崩すことができて光弾すらも弾くほどの反応速度を誇るランナーに対して有用な装備となる。ワイヤーアンカーの動きにショック弾の発射を織り交ぜ、少女の身体はジリジリと窓の方へ押していきそこにはイーサンが落ちてぶち抜いた大穴が口を開けて待ち構えていた。
「お返しだァ! 落ちやがれェェェ!!」
猛攻に押され気味な暗殺者であったが足のブースターを作動させてロケットダッシュに身体を拗じらせてドリルのように回りながら銃撃とアンカーをかいくぐりながら一気に迫ってきて、イーサンもそれを待っていたかのようにワイヤーを引き戻す。首筋にブレードが突き立てられるのが早いか反撃が早いか一瞬で生死が決まる勝負であるが、イーサンはそれでも不敵な笑みを浮かべ続けた。
掌の中でくるりと回すムニンは銃身がワイヤーガンから大きく広がった銃口へと変わり、火炎放射バレルへ換装されたムニンにより青白い炎が吹き出される。暗殺者は炎の只中に突っ込む形となってサイボーグと思わしきボディでも1万度を超える熱量に耐えられるはずがないとイーサンは踏んでおり、しかしなんとか彼女は火炎を刃で顔を守りつつ身体を空中で丸めて脚部のロケットで相殺させながら射程より逃れていった。
「おいおい、なんて奴だ。どんな身体してるんだよ……」
「……そっくりそのままお返ししますよ」
ショックガンと火炎放射器といった対ランナー装備をフルに活用しても倒し切れない存在に驚愕と呆れと僅かばかりの感心を浮かべて、髪が焦げてないか気にするように頭に手を回して暗殺者も少女らしい仕草を見せる。お互いに命の取り合いをしている緊迫した空気の中であるのに余裕を見せているのは、お互い隙を作ってそこを狙い撃つということだがどうやら効果はなかったようだ。
お互い攻め込むには決め手を欠けた状態になり、銃口と刃先を向け合う膠着状態へと陥っている。しかし何かに反応してか暗殺者の少女がピクリと動き、仕掛けてるかとイーサンも両手に握ったブラスターの引き金にかかる指へ力が入った。しかし少女の動きは不可解なもので、窓に向かって駆け出していく。
「………頃合いですか……」
「なにッ……!?」
「オラアアァァァッ!!!」
少女が窓へ向かっていったのと同時に反対側のドアより無数の光弾が撃ち込まれていき、容易く破られたその向こう側より6連式ロータリーブラスターを担いだジャッキーが姿を見せた。圧倒的な弾幕で部屋の内装を破壊しながら暗殺者へ向けられていき、素早い身のこなしで避けていくと窓に飛び込むと蒼穹の向こうへ消えていく。
敵がいなくなってイーサンは一息つくように床へ腰を下ろし、大柄なジャッキーの影から千景が現れて彼が無事なことに胸を撫で下ろしていた。彼らのお陰で暗殺者の少女を撃退できたわけだから2人に向けて親指を上げて笑みを向けながら感謝する。
「イーサン、無事でよかった……!」
「へっ、間に合ったようだな。どーよこの火力!」
「ナイスタイミングだったぜ。千景、ジャッキー、助かったぜ」
ロータリーブラスターを下ろすと連れてきた自警団のメンバー達にジャッキーは周囲の警戒を指示を出し、彼自身は部屋で横たわる骸を検分するように近づいた。依頼を出してきた当人であるので何故暗殺者を差し向けられたのかイーサンも気になってその隣に立ち、千景だけが敬遠するように遠巻きに見ている。
ある程度の事情はジャッキーも千景から聞いているようで矢張り裏があったなとぼやきつつこのまま放置するわけにもいかないので身元がわかる持ち物がないかと漁りながら死体を納体袋へ詰めていき、イーサンはボロボロになった部屋の中を見回しながら探した。遺体の傍らにあるテーブルの上にはブラスターによって穴だらけであるが持ち込んだであろうバッグが置かれており、手のひらサイズのチップが3枚ほど零れ落ちてくる。
「こいつは電子クレジットのチップか? おいおいおいおい、とんでもない大金だぞ!」
「だからプライベーティアを雇えたわけか。まったく、奴さんはこの上なく怪しい奴には違いなかったわけだ」
クレジット通貨はセラミック製の小型インゴットに刻まれた複雑に暗号化されて複製不可能なコードであり、殆どの会計はコードのやり取りで行われていた。そしてイーサンが手にしているこのチップはクレジットコードが大量に載っており、インゴット自体が分散されて預けられているから足がつきづらくなっている。
裏取引御用達のクレジットということを納体袋を二人がかりで運んでいく自警団を見送りながらジャッキーは教えてくれた。そして頭をかきながら運ばれていった亡骸はかなりグレーゾーンな存在に間違いないと断言し、3つのチップに詰まった数百万クレジットという大金がそれを裏付ける。
「そういえば、あの暗殺者の女の子も言っていたね。あの男は死んでも当然の事をしてきた奴だって」
「あのすばしっこいのがそう言ってたのか? やっぱりきな臭い案件だったな、とりあえず無事で何よりだったぜ」
「まったくこんな事になるとねえ……。あのサイボーグ暗殺者も死んでた依頼主も何者かわからねえってのがすわりが悪いぜ」
チップ以外にも何かないかとバッグをひっくり返して漁っていくのだが、中身は衣服や水筒といった旅支度のものだけで身元を示すものは見当たらなかった。更に生活必需品であるヴィムが見当たらない事から、常時ネットワークと繋がっている装置も捨ててきたと見て足取りを悟られないようにしているのは明らかである。
だがわかるのはここまででイーサンも千景もジャッキーも推理が先に進まなくなってきたので今回はここで引き上げることとなった。なんとも締まりの悪い終わり方で未練は色々とあって後ろ髪を引かれる思いながら、3人は部屋から離れていく。
ソレスシティの最上部にほど近いアンテナ塔の上で暗紺色の髪を靡かせながら暗殺者の少女が佇んでおり、マスクに覆われた口元は小さく動きながらどこかと交信していた。だが隠された口元や会話内容から通信機の向こう側の人物を計り知ることはできない。
「指示通りに始末しておきました。アレは存在するだけの害悪でしかないので。それとあなたが気にしていた、イーサン・バートレットと放生千景についてですが……。こちらでは測りきれません、あとはそっちでやってください。忙しいので」




