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CHAPTER 2-6

「か、金がない……」

「どうしたのイーサン、まるで世界が終わりそうな顔しちゃって?」


 イーサンは肩を落としてホロディスプレイを見つめながら嘆息を漏らす。ベースワンに戻ってきて監査局から“ハンター”と呼ばれるあのストライダーとの共闘体制を合わせる事となり、関係する情報が詰まったデータも提供されて新しい対抗策を作れると日向は張り切り、アズライトも雪辱を果たすべく改めて鍛え直していた。

 とはいえ戦力となるストライダーはレーヴァテインとスターファイターは修理中で電子戦兼管制機のハートブレイカーも損傷が酷く、相手が相手であるのでこのまま再戦しても勝てる見込みは薄くどうしても動く事が慎重になってしまう。そんな中で深刻そうに頭を抱えるイーサンがどうしたのかと、彼が見つめているディスプレイに千景も顔を近づけるとそこには3桁の数字が浮かんでいた。


「ああ聞いてくれよ千景、今回の“ハンター”戦はデルタチームの弔い合戦だから採算は度外視でいったんだけどよ。流石に3機の修理は高く付いた、このままじゃあ今月は赤字だぜ……」

「盛大に壊しちゃったからね……。でもアカデミーから学生用に給付金が出てるけど、それで足りないの?」

「足りない足りない! 学生じゃあ10万クレジットなんて大金だけどよ、ストライダーの修理費からすれば足しにはなんねえ。それにオレは色々とやらかしてるもんだから、そういったサービス関係は全部ストップしてんだよ」


 学生ランナーにはアカデミーより毎月クレジットの支給されていて最低額の生活費としても学生には十分すぎるものであるが、それにう咥えて成績や公的任務やオルゴン結晶の生成に従事した時などの報奨も支払われていく。一方でプライベーティアに属しているランナーは学生だろうと所属社員の扱いとなるので生活費の給付はないが、ストライダーのレンタルや修理整備など受けられるサービスはしっかり完備だ。

 しかしイーサンの場合は練習機としてレンタルされたストライダーを1ヶ月の間に5機もスクラップに変えてしまい、更に公的任務での命令不服従に規則違反など目に余る素行の悪さによりアカデミーが用意してあるサービスの殆どから出禁となってしまっている。イーサンが現在で唯一使えるのは食堂のサービスだけという有様だった。


「そうだったんだ……。じゃあどうするの?」

「決まってる、稼げばいいのさ! ちょうどいい感じの依頼が入ってきてんだぜ」


 口座残高のページから切り替えるとまるで地球のインターネット黎明期のようなものすごくシンプルなレイアウトをしたページへと切り替わり、真ん中に描かれた翼の生えた火の玉をディフォルメにしたエンブレムでここがデアデビルのホームページだという事に気づく。デカデカとしたエンブレム画像の隣にこれまたどシンプルな投稿フォームが置かれており、そこからデアデビルへの依頼が寄せられているのだろう。

 いくつかの投稿があってその中で一番上にある一番新しい投稿を開くと、いくつかの文面があるが何より強調されてるのは報酬の額で桁数は7桁もあった。イーサンが言っているのこの依頼なのだが、千景はどうにも嫌な予感を拭いきれない。


「本当に大丈夫なの? なんか怪しそうだけど……」

「大丈夫だ、いつも依頼をしてくれてるやつだからな。それに怪しかろうか大金稼げるチャンスには飛びつかないとな! さぁいくぜ!」

「えぇ~~僕もいくの!?」


 襟首を掴まれた千景は引きずらながらイーサンは有無を言わさずにリグへと乗り込んだ。青いオープンカーは一気に加速して飛び出していき、これではもう戻れないので仕方ないと千景は諦める。幸いデルも一緒なのでサポートから護身までと頼りになるし、イーサンの白兵戦能力も本人曰くクソ雑魚ということだが贔屓目なしに見ても適応力が高いので心配なかった。

 進む方向はアカデミーと同じでその敷地が見えてきたがリグはそこを通り過ぎて、その先へと飛んでいく。この先にはイースト・テリトリーで最大の街がある事をメイズとの授業で教わっており、向かう先はそこなのだろう。


「ねぇ、行き先はソレスシティでいいんだよね?」

「あぁ、あそこはアカデミーからも近いしこれから良く行くと思うから、道案内も兼ねて教えておこうってな」

「それが強制連行の理由ね。もう先に言ってよー」

「わりいな、そろそろ見えてくるぜ」


 緑と茶色の地平線に陽光を反射させて眩いまでに煌めく建造物が現れた。塔と呼ぶにはあまりにも太くビルと呼ぶにはあまりに巨大なそれは、上層部がキノコや傘のように広がって下部は支えるように極太な柱として伸びている。横に突き出た上部構造体という建造物としてはあまりバランスの良くない形状であるが、各所に設けられたリパルサーリフトによって自重を軽減させるように浮遊しているから倒壊する危険は皆無だ。

 土地が限られている空中大陸では樹木のように縦へと広がる巨大な建造物が一つの都市というスタイルをとっており、殆どの都市部も同様の構造をしていてツリーコンプレックスと呼ばれている。ソレスシティもその1つでイースト・テリトリー自治州の首都として50万人の人口を擁し、アカデミーから最も近い都市だから利用するランナーも多かった。

 幹となる柱部分や広がる上層部から都市への入口としてトンネル状のハンガーデッキやリグの着陸パッドが末枝の如く張り出ており、イーサンは下方にあるトンネルへ入って進んでいく。チューブ状のトンネル内部は磨かれたように純白でまさにSFに出てきそうな未来都市な感じに千景はテンションが上がっていき、通路を抜けた先はここが建物内部とは思えないほど天頂高くまで吹き抜けになった広い空間だった。


「さぁ、着いたぜ。中もすげえから見てこうぜ」

「もうサイズからしてすごいよ。地球にはここまで大きい建物なんてなかったし」


 都市の中心にあたるアトリウムは高さ500メートルに及ぶ開けた空間で、人工照明と集光ミラーによって降り注ぐ陽光によって明るく照らされているのと相まって閉塞感とは無縁である。外部からのトンネルは全てここへ繋がっており、リグ用の駐機パッドがいくつも置かれていてイーサンはアトリウムの最下層まで降下していった。

 周囲の外壁は螺旋状に続いていて主に居住ブロックとして活用されており、アトリウム上空をコースター型のリグが飛び交いながら各ブロックを繋いで内部での動線を賄っている。上になるほどにグレードが上がっており、キノコの傘に当たる上層部は商業区や官庁区と高級住宅街となっていてソレスシティ住人にとっては憧れだ。


「さてと、オレはこのままメールの送り主のとこにいくけど、お前さんどうする千景? デルにはここのマップ入れてるしコースターを借りとけば迷うことないから、ここを観光してくのもいいぜ」

「うーん、そうだなぁー。ここにはまた来れるし今日は依頼を手伝うよ。これでもデアデビルの一員だからね」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの、千景お前さんは社員の鑑だよ。じゃあ、カチコミにいくぜぇ!」


 イーサンは嬉しげに大股で歩いていきその後ろから千景はカチコミは違うんじゃないかとツッコミを入れつつ付いていく。いつも通り大げさに言ってるだけだと思っていたが、イーサンが向かう先はアトリウムの最下層より更に下のようで光が徐々に届かなくなってきて徐々に不安感が増した。空調も効きづらいのか空気が全体的に淀んでいて薄汚れた壁や床と相まって、まるで先程の街並みと別の場所に入り込んでしまった気分となる。

 自動スロープやエスカレーターもない金網製の階段をしばらく降りた先でようやく広い空間に出るが、先程のアトリウムとは比べ物にならないほど狭くて圧迫感を与える横穴に粗末な屋台やバラック小屋が所狭しと並んでいた。まさにスラム街といった有様であるが活気に溢れていて、画一的で綺麗に纏まった上層部とはまた違った趣がある。


「イーサン。ここは?」

「まぁお察しの通りスラム街ってやつさ。居住区画に入れない貧困層なんかがシティの根本や隙間に集まったのが始まりらしいぜ。治安は悪いけど活気ならご覧の通りさ、さーついてきな」


 よく来ているからか躊躇せずに雑踏へ入っていくイーサンから離れぬようぴったりと付いていき、千景は見かけぬ顔だからか視線が飛んでくるがイーサンは顔馴染みだからかよく挨拶が返ってきた。おかげで彼の連れということで居住者達から敵意は感じられず、すんなりと歩いていける。

 いくつか路地を曲がって簡易的な長椅子と料理の匂いで溢れた屋台街となってその中で真っ赤な汁物を出している屋台にイーサンが入っていき、そこにはモヒカン頭の巨漢が立っていた。ものすごい威圧感があるがイーサンは臆することもなく、スープを2つ頼むと屋台の椅子に座って千景も続く。


「ここのスープは美味いんだ、来たらいつも食ってさ。それで依頼ってのはなんだい?」

「おぅ、わざわざすまんな。おっとお前のお友達かい、さー座りな。大丈夫だって、別にとって食いはしねえよ」

「えっと店主さんが依頼主さん?」

「あぁ、正確には仲介者だな。ジャッキーは普段は屋台の店主、だがその裏の顔はこのスラム街の問題解決をするトラブルバスターなのさ!」


 身長2メートルはありそうな偉丈夫である屋台店主ジャッキーからは鍋から真っ赤なスープを器に入れて2人へ差し出して、イーサンはそのまま飲み干した。真っ赤な色合いに恐る恐る口にするがあまり辛さはなく出汁も効いていて、入ってる具材はぶつ切りで不揃いであるがかなり美味しいスープで千景もすぐに完食する。


「ジャッキーさん美味しかったです! なんというかほっと安心する味というか」

「ありがとよ、坊っちゃん。なんてったて俺のお袋直伝の味だからな、あとで紹介してやるよ。いい友達だなイーサン、お前と大違いだぜ」

「そっちも相変わらずのマザコン具合だぜ。気に入った奴がいると毎回ローザス婦人に消化してるもんでな、オレなんてしばらく会わせて貰えなかったけどよ。それで依頼ってのをどんなのだ?」

 

 舌鼓を打つ千景に嬉しそうにジャッキーは笑みを見せて強面ながらトラブルバスターをしてるというからきっと良い人なのだろうと思えた。ジャッキーの母であるローザス婦人はこの先でバーを開いており、どうも彼が気に入った人物は毎回紹介しているらしい。そんな親子の元に色々な相談事が舞い込むできて、自然とトラブルバスター・ジャッキー・ローザスが生まれたということだった。

 体格通りに腕っ節は強くて外見によらず説得も上手い事から大抵の問題は自身で解決できるのだが、そうともいかないモノ―特にランナーの力が必要な案件に対してはイーサンへ依頼してきている。つまるところ厄介事であるのだが、今回は特に提示額が大きくて更に詳細は口頭で伝えるということから更に危険度が上がっているわけだ。


「依頼自体は単純だ。人員輸送、つまり何かしらから逃げてる奴の手伝いさ。だけど先方はどうにも切羽詰まってる様子だし、金はいくらでも出すから早くして欲しいがランナーをご所望ってわけだ。怪しい匂いがプンプンするだろ?」

「確かにな。ランナーを雇いたいならアカデミーを介してプライベーティアを雇えばいい。そうしないのはアカデミーに悟られたくない、ひいてはコーテックスに知られたくないって感じか。だからストライダーを出すなとメールに書いてたわけか」

「あぁ、ストライダーを動かせば必ずアカデミーへの報告が必要になるだろう? お上の連中に悟られたくない上にランナーという強固な護衛を所望して、その上依頼金は莫大だ。怪しくないほうがおかしいぜ」


 ジャッキーとイーサンの結論からすると今回の依頼主は政府組織から狙われていると予想して、人物素性ともにかなり怪しい。そういった危険性があるから注意喚起するためジャッキーは今回イーサンを呼び出しており、怪しい点を率直に告げてやめるか受けるかは直接言及しないで受けるか否かの判断はイーサンに任せていた。

 しばしイーサンは熟考しており、その様子を千景とジャッキーは無言で眺めている。危険性があるので断るのが普通だが提示された額も大きいもので、そして何よりイーサンは危険なもの中へ飛び込んでいく習性があった。そして予想通りに熟考を終えたイーサンは首を縦に振る。


「とりあえず依頼主に会うだけあってみるさ。もし本当にヤバそうな奴だったらボコして警察にでも引き渡せばいいからな。それじゃあ早速いってくるぜ、スープのお代は?」

「今日はいらねえよ。無事に戻ってくれればそれでいい、気を付けろよ2人とも」


 お代を支払う替わりに依頼に関するデータを受け取るとジャッキーに見送られながら屋台を離れていった。





「なんだ、ここまで付いてこなくて良かったんだぜ? 危ない仕事だしよ」

「危ない仕事だからこそだよ。イーサンが無茶しないようにね」


 スラム街が形成されているエリアは居住区画の最下層とシティを支えるメガシャフトと放射線状に広がった8本の支柱が並ぶ根本の間にあたる部分で、隙間を詰めるように増改築を繰り返された粗末な建築が広がる。危険な依頼だからこのまま上に戻ってもいいとイーサンは勧めたが、1人にしたほうが後で大変そうになりそうだからストッパー役が必要だと千景は説き伏せて、ジャッキーがくれた地図を頼りに立体的な構造で上下左右に曲がりくねった非常に迷いやすい小路にて2人で並んでいた。

 まるで昔あったという九龍城砦を思わせるスラム地区を進んでいき、依頼主が隠れているという外壁にへばりつくように突き出た建物までやってくる。ここはかつての建設作業員の簡易宿所で今はスラムの住人達の寝床になっているが、屋台街の喧騒と活気が薄れてどことなく閑散としていて寒々しい印象だ。


「ここのどこかに依頼主の人がいるんだよね。確か番地や建物の形はジャッキーさんから聞いているよね」

「ああ、ここの一番上だ。まったくなんでこんなとこにいるんだか……」


 内部は瓦礫が乱雑に転がる殺風景なもので似たような間取りが続いて、指定されてた部屋の場所はここの最上階で外に面した位置と記載されている。殆どの窓や扉は板が打ち付けられて封印されてたむろする住人たちは1階や2階に集中しており、そこから上は人が住んでる気配がなくて用心のためとイーサンは頷いて腰のホルスターから黒色のブラスターであるフギンを引き抜いた。

 最上階に到達した2人は辺りを見回すが誰かがいる様子はなくて、あるのはおそらく外に面した部屋へつながる扉があるのみである。何があっても良いようにとイーサンはフギンの安全装置を解除しながらドアノブに手をかけ、千景も準備万端と頷きそれを確認してから意を決して扉を開いた。


「――――ッ!?」

「遅かったですね。こちらは既に済みましたよ」


 立ち込める悪臭に思わず息が詰まる。部屋の中は全体的に薄暗かったスラム街としては外の陽光を取り込められる窓があって明るかった。しかし夥しい赤い飛沫に塗れた惨状がはっきりと移り、壁や床を己の血液で染めたであろう人間の青白い骸が大の字に倒れている。そして、その傍らには鮮血で濡れた刃を握る少女が立っていた。

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