CHAPTER 2-2
「うぅ……いたたぁ……」
「……………………」
空から女の子が降ってきた。そんなの絵空事でしかないが、ここではそんな事も起こりえるだろうと思いながら千景は地に伏している。そんな彼へ覆いかぶさるように豊かな金髪を三つ編みで1本に纏めてる少女が倒れ込んでおり、白いブラウスより突き出た豊満な胸部が千景の顔面を包み込んでいた。
少女が上に乗っかっていて動けずにいる千景、落下の衝撃を下敷きになった少年のお陰で最小限に済んだがまだ動けずにいる少女。そんな2人の一部始終を近くで見ていたアズライトがすぐに助け舟を出し、乗っかったままな少女を引っ張り上げて大の字になっていた千景も身を起こすことができた。
「うぅー、アズライト先輩ありがとうございます~。それとあなたも受け止めてくれてありがとうございます! ホントにごめんなさい!」
「もう、空から降ってくるなんて前代未聞よルーテシア」
「い、いいよ気にしないで、こっちこそごめん。それでえーっと、2人は知り合いなの?」
服に付いた土埃を払いながら千景は立ち上がると先程まで下敷きにさせていた少女はぺこぺこと頭を下げてきており、思いっきり胸に頭を突っ込ませていたこちらの方がセクハラではないかと思い同じく頭を下げる。お互い禍根が残っていない事に見守っていたアズライトは安堵したが。なぜ空から落ちてきたのかを金髪の少女へ名前を呼びつつ呆れており、その口調はとても親しげであった。
千景から問いの通りに2人は顔馴染みで、先輩の生徒が後輩の生徒が二人一組となって指導する【バディ】制度でコンビを組んでおり、ついこの間一人前ということで金髪の少女―ルーテシアはアズライトのもとより卒業している。このまま共にストライダーを並べて飛びユナイトする分隊【エレメント】にもなれたが、アズライトは既にイーサンとエレメントを組んでいるし何よりついていけるのが彼1人だけというわけで先輩後輩バディそのまま解散となっている。
「ルーテシアは優秀だしすぐにエレメント組めるわ。それにしてもなんで降ってきたのよ?」
「えへへっ、それはね……」
「コイツだろ? その短いスカートでスウープを乗るとはなかなかだね」
ひょいっと姿を見せたのはイーサンで3人の視線が集まるのと同時に、手にしていたボード状の乗り物を見せるように頭上へ掲げた。地球のサーフボードに似たそれはスウープといってリパルサーリフトにて浮遊するリグの中では最小の大きさでサーフボードと同じように上に乗って空を飛ぶ。風を受けて飛ぶ感覚は格別であるが小型ゆえリカバリーが不足気味で、スウープは無謀や刺激を求めるエクストリームスポーツ専用という趣なのだ。
ルーテシアが空から降ってきたのもスウープに乗って飛行中に誤ってバランスを崩してしまい、そのまま真下にいた千景めがけて落ちてきたのである。主を失ったスウープはそのままフラフラと飛んで木に引っ掛かり、イーサンがよじ登って回収していた。
「あ、ありがとうございます。えっとイーサン先輩ですよね、結構有名な人なんで知ってますよ!」
「お、マジかそいつは嬉しいぜ~。こっちこそよろしくなルーちゃん」
「はースウープねぇ。乗るのは禁止されてないけど、結構危ない代物よ。どうして乗ろうと思ったの?」
「えっと、新しく手配してもらったのがスウープ型なんで、慣れておこうかなぁと。適性的に風を感じる方がいいみたいで、良い訓練なんですよ!」
危険な代物という枕がつくスウープであるが、エクストリームスポーツとしては華麗な空中機動を見せれるということで猛者たちがこぞって飛んでいき、その妙技を映した動画が人気を博している。最近は特に流行っているのか動画も多くあり、ルーテシアもそれを見ながら飛び方を学びつつ試行錯誤していたのだ。このようにアカデミーより適性にあった道具が貸し与えらており、ルーテシアの特性は風力変換でオルゴンエネルギーにより風を生み出す事に長けている。
訓練用スウープは風を直に感じてその微細な加減で飛んでいく乗り物であり、風を生み出して操る彼女の能力を伸ばすには鍛えるにはもってこいだ。今回落ちてしまったのも安易に無茶な空中機動をしたことであり、風を操って降下速度を落としていたので下敷きになってしまった千景とともに怪我せずに済んでいる。
「へー適性によって色んな道具が渡されるんだね。僕はどんなのになるかなぁ?」
「千景は、そうねぇ。操縦とか色々支援してくれる便利アイテムかもね。ほら、地球だと話せば教えてくるものがあるって言うじゃない?」
「地球……、あっ! この人が地球から来たっていうランナーさん! この間もさっきもごめんね、わたしルーテシア・ローウェルっていいます!」
イーサンとアズライトの2人とも武器を持っていたので千景はてっきり勘違いしていたが、アカデミーが学生ランナー貸与するものはそれぞれの適性に合致して伸ばすことが出来るで道具が中心で武器の方が少数だ。というか自前でカスタマイズブラスター『フギン&ムニン』を持つイーサンや祖母から受け継いだ武器をそのまま使っているアズライトの方がよっぽど特殊な例になる。
下敷きにしてしまった少年が話題になっていた地球からやってきたランナーということに気づき、2週間ほど前にぶつかったことも含めて改めて謝罪と自己紹介をしてふわりと豊かな金髪を揺らした。
「ううん、気にしないで。僕は放上千景、こちらこそよろしくね、ルーテシアさん」
「えっと千景くんって15歳だよね? ならさん付けなんてしなくていいよ、そうだ! イーサン先輩みたいにルーちゃんって呼んで!」
「さすがルーテシア、初対面相手にグイグイいくわね……。それと! 一体いつまでそうやって飛んでるつもりよアンタは!」
「ハーハハハッ! スウープってのは楽しいのなぁ! ストライダーには勝てねえが、風を直に受けるこの感じがたまらねえ!」
いつの間にかイーサンは回収したスウープに乗っかって3人の頭上を飛び回っているので、アズライトは耐えかねて叫ぶ。そんな怒号もどこ吹く風でイーサンは鮮やかに空中で1回転ループを決めてからすっと近くに降り立つと、初めて乗り込んだには思えない飛び方にルーテシアも感心した。
このまま実習はスウープ三昧だとイーサンは叫んでルーテシアもそれに乗っかり、頭を抱えるアズライトはせめて千景だけは普通の訓練に付き合ってくれるように願い出て苦笑いとともに頷く。今日も朝から騒がしくなったなと心のうちで思う千景であった。
『おー! 座学の内容はほぼ履修しましたね、この短期間ですごいですよ!』
「ありがとう、ここは基礎的なところだし早く覚えておきたかったんだ。それにメイズの教え方が良かったおかげでもあるよ」
『キャーうれしい! でも、これからはバシバシ行きますよー! じゃあ記念すべき1回目は地理です! 地図を覚えておけば空を飛んだ時に便利ですよ~』
「はい、お願いします!」
覚えるべきゲネシスでの知識は一通り網羅し、1ヶ月足らずで覚えた千景の飲み込みの速さに学習用AIであるメイズも手放しで喜ぶ。これには専用の座学カリキュラムを組んでくれたクラリッサや教員達に教えるメイズのサポートもあったからで、何よりここでようやくスタートラインに立つのだからより一層力を入れていくところだ。
ともあれゲネシスの基礎知識は身につけたのでこれからの生活へ支障はなく、これからの座学は高校生レベルの理系科目や文系科目といったアカデミーにおいて必修のものとなる。その第1回として地理を出してきたのは地球と基本が同じな理系科目と違って一から覚える必要のある分野で、空中大陸のおおまかな形状を知っていれば飛行でも役に立つからだ。
「こうして地図で見ると歪な形をしてるんだね。こんな風に陸地が繋がっていなくてもしっかり浮遊できているんだ」
『地下の大部分がオルゴン結晶に置き換わってその力でオルゴンを出して浮いてるのですよ。中心のゲネシスが特に強いですから、それに引っ張られて他の島々も浮いてるわけです』
空中大陸は中央に位置するミッド・ポイントと周囲に6つの大地テリトリーで構成されており、その間に内海の如く隙間が開いて岩礁地帯などが点在にしている。巨大な大地が浮いている理由もストライダーやリグと同じリパルサーリフト効果によるもので、ゲネシス大陸のと6つの島より発せられるオルゴンによって釣り合ながらその位置を保ち、オルゴン結晶を微量に含んだ岩礁すらも浮かせる巨大なオルゴンフィールドが形成された。
アカデミーがあるのは中央のミッドから最も近くに位置してる東側である“イースト・テリトリー”であり、その間にある岩礁地帯にデアデビルの本拠が位置している。イースト・テリトリーはアカデミーの他にコーテックス正規軍の一大拠点も有しており、6つのテリトリーの中では最小ながら対ガレリア戦略において重要な位置にあった。
『イースト・テリトリーは温暖な環境で過ごしやすいのですよー。あとは自然豊かでアカデミーの周りにある山々も全部自然保護区です、なのであんまり入れないんですけどねー』
「土地に限りがあるから環境維持には過敏なんだね。温暖だし普通に雨も降るから分かりづらいけど、ここってかなり高い位置にあるからね」
ゲネシスの周囲を覆うオルゴンフィールドは浮遊効果やガレリアの阻害だけでなく、人が住みやすい環境を維持する効果も有しているので上空5000メートル級に位置していても生活を営めており、その範囲内が生存圏と言われる理由がここになる。それでも人間が住みやすい環境が保たれるように気象監視プラントがいくつも建てられて、人為的な気象をコントロールする試みも行われていた。
気象観察プラントを含めて自然保護や環境整備も大事なインフラということで各自治州とコーテックスが協力して監視と維持がされており、自然保護区を巡回するネイチャーレンジャーはエリート公務員の一つと言われる。イースト・テリトリーも東側はほとんどが自然保護区でほとんどの人口は茫洋とした平野部である西側に集中しており、岩礁空域を挟んでミッド・ポイントとも隣接する立地もあってアカデミーや大きな都市群が位置していた。
『では今日の講義はイースト・テリトリーについてですね~。準備はいいですか?』
「うん、準備オッケーだよ!」
「ヒャッホオォォォォォ!!! この感覚たまらねえぜッ!」
「イーサン先輩、こんな短時間でここまで飛ばせるなんてすごいですよ!」
「あったりまえよ! 空を飛び事でこのイーサン・バートレットほど右に出るやつはいな――アガッ!?」
「ああ、先輩が頭から落ちた!!」
実技演習用のアリーナにやかましい叫声と風切り音が鳴り響き、ドーム状の天井をかすめながらスウープに乗ったイーサンが飛んでいく。朝の約束通り午後の実技はルーテシアとともにスウープを使った飛行による訓練を行っており、本来なら風を操作しながらより安定した飛び方を行うものだが、イーサンは普通に操る飛び方を1時間ほどでマスターして飛んでいたのだが。
結構な高さがある位置より頭から落ちてルーテシアが心配するもムクリと起き上がったイーサンは頭をさするだけだった。なにせ落ちた回数は飛び始めてかれこれ17回目であり、もう落ちたとろで気にするものでもない。一方でルーテシアの方は風の操作も上手く出来て落っこちることは一度もなく、流れるような動作ですっと横に降りてきた。
「まったく、コイツで空高くならジェットパックも必須だなぁ。エクスプレスだが知らんが、確かに命知らずな連中ばっかだぜ」
「それをイーサン先輩が言っちゃう? こっちも感覚を掴めてきて、能力もきっと強化されたと思います!」
「そいつは良かった。でもいいのかい、そんなスカートでびゅんびゅん飛んでたら丸見えになるんじゃね?」
「そこは心配ご無用、風操作でしっかりガードしてるから!」
相変わらずなデリカシーのない発言に対してルーテシアはなぜか満面のドヤ顔で応えて、イーサンも能力の有効活用と素直に感心する。ランナーの能力は大まかに3つで、イーサンのように五感を強化する感覚タイプ、アズライトのようにオルゴン結晶の生成に優れてオルゴン武装を作り出す生成タイプ、ルーテシアのようのオルゴンエネルギーを変換して性質や形状を自在に操る放出タイプだ。
風というよりは空気の操作は特に応用が効くもので圧縮率や指向性を変えることで攻撃だけでなく移動や防御などに使えて、上手く調整すれば道具無しで空を飛ぶこともできる。何より変換時のイメージが大事になる放出系において操作しやすいというのは大きな利点で、汎用性の高さもあって使い手は多かった。
「んじゃ、訓練の成果を見せてもらおうか。そういえば風のカッターで鉄をスパスパ切ってるの見たことあるけど、ルーちゃんもそんな感じかい?」
「そんな、危ないのはできないよ! 風の弾を撃つというか投げたり、風の壁を作ったりってところかな?」
「オッケー、じゃあオレめがけて投げてきな。大丈夫、ご覧の通り丈夫だからさ。ま、あのオルゴン出し放題メスゴリラには劣るがな!」
「うーん、じゃあお構いなくいくよ!」
ランナーの肉体強化は生成できるオルゴンの量で決まるのでオルゴン結晶が多いほど強くなり、ストライダーの補助があれど150メートル級のオルゴン結晶を生み出したアズライトの生成力より肉体の頑強さも合点がいったからこその“メスゴリラ”というわけだが、そんなイーサンの意図など知るわけもなくルーテシアは気にせずオルゴンの生成と変換に意識を集中する。
彼女の周囲を渦巻くような風が吹き始めてその終点は前にかざした右手の手のひらで、その風が止むと同時に球体になった風が放たれた。イーサンも肉体強化を発動させながら正拳突きの要領で突き出して右拳と風弾が正面からぶつかりあい、破裂して吹き荒れる強烈な風に強化されているはずのイーサンが大きく仰け反る。
風弾は一発だけでなく連続して打ち出されており、姿勢を崩したイーサンへ絶え間なく当たってはるか後方へと弾き飛ばした。そのまま木枯らしに吹かれる落葉の如く風に巻かれてそのまま飛び上がると、止むまで吹かれっぱなしで5分ほどしてようやく解放されたのである。
「これはなかなか珍しい感じだぜ。スウープ訓練の効果成果ありだな!」
「うん! でもスウープってあんまり評判良くなくて好きに飛ばせないなのがなぁ……。やっぱエクストリームスポーツなのもあるからかな?」
「んーっとな、座学の間にちょっと調べてみたんだが、どうも違うらしい。ギャングだが空賊だが知らんけど、そんな連中が乗り回して暴れてるってのが問題になってるらしいぜ。あ、これが動画な」
授業中に探すのはどうかというルーテシアからの非難のジト目を受けつつもイーサンは見つけた動画を手のひらの上で再生していき、そこには正規軍が使ってる空中プラットホームとその周囲を飛び交うスウープに乗った一団が映し出される。この動画はスウープの集団が撮って公開しているもので彼らは反政府組織らしく、コーテックス関連の施設でこのような飛行を繰り返しては政府が隠蔽しようとする事実について動画にあげて訴えているのだ。
特にここ最近は組織のリーダーでスウープ・エクストリームで一世を風靡するも素性が全く不明であるエクストリームプレイヤー“ザ・ワールド”が表に姿を見せ、その活動は更にエスカレートして正規軍が持っている戦闘艦型リグを強奪して拠点に使っている。なのでザ・ワールドとその一味はギャングや空賊を通り越してテロリスト認定され、警察と軍が追っているが未だ法の網にはかかっていなかった。
「そんな事情があったんだ……。じゃあもう乗るのはやめた方がいいかな?」
「そんなの気にする必要ないと思うぜ。だからルーちゃんにアカデミーからスウープ渡してるわけだし。あ、そうだオレんとこのプライベーティア、デアデビルに入らないか? あそこら辺ならどんんなに飛んでも邪魔入らないしよ」
「うーんそうだな……。お誘いは嬉しいけど、他にやることがあるからプライベーティアに入るのはパスかな」
「そうかー、なら仕方ないな。でも手伝いとかだったら勧誘関係なしにいつでも歓迎するぜ!」
ルーテシアをデアデビルへ勧誘してみるも軽く袖にされてしまうが、もともと人目を気にせずスウープを飛ばせる場所を提供できる意味合いだったので断られてもイーサンは気にしないでスウープの上に飛び乗る。飛ぶのが制限されてるなら今のうちに目一杯飛ぶべきだと豪語しつつ、その実自分が飛んでいたからというわけで、イーサンはまたしてもやかましい叫声を上げて風切り音とともにスウープで飛び出していった。




