CHAPTER 1-15
「済まねえな、こんな時に頼んでよ。だけど、せめてブラックボックスだけでも回収しておかないと、デルタ小隊のみんなは消息不明のままってわけだ」
「うん、わかってる。……本当に、本当にみんな死んじゃったの……? 人ってあんな簡単に死んでしまうものなの……?」
千景はイーサンとともに未だあの空域を飛んでおり、それは新型ガレリアのアモルファスと謎のストライダーによって撃墜されてしまったグリフォンズ社のデルタ小隊のブラックボックスを回収するためである。撃墜もしくは航行不能になったストライダーはフライトデータや音声記録など飛行に関する情報を詰めたブラックボックスを射出するのだが、ブラックボックス自体の浮遊できるのは48時間以内という短さなので落ちていってしまうう前に回収するべく2人は舞い戻っていた。
一緒に飛んでいた仲間を一度に失ってしまったアズライトはショックが大きくてこれ以上は飛んでいるの難しそうな様子だったので、こちらと音信不通となった際にすぐさま輸送船で向かってきていた日向と合流し、そのまま預けたのである。どんな風に声をかければよいのかわからず、千景本人も人の生死に直面してショックを受けており、空を飛んでる時間なら比べ物にならないイーサンへ端的に疑問をぶつけた。
「いつか人は死ぬ、ガレリアと戦ってるランナーなら尚更だ。飛んでる自分や周りの誰かが簡単に落ちていくのを割り切るなり抱えるなり飲み込んだりとナイーブな事ばっか考えてる連中もいたら、ハナっからわかってるのに我先にと飛んでいく救いようのないバカ共もいるってわけさ」
「そう、なんだ……。イーサン君もデルタ小隊のみんなも覚悟が出来ていたってわけなんだね」
「オレはそこまで大それたもんじゃない。ま、ただ好きに飛んで生き方も死に場所も自分で決めるだけのことよ。どう飛ぶかは千景、お前さんが決めることさ」
悩める少年に対してブラックボックスの発信する信号をキャッチして向かいながら、イーサンはいつもと変わらない軽い調子で返していく。ランナーという人種の救いようのなさをおちゃらけて話しつつ、何より自身のスタンスはかなり割り切ったものであった。一般論としては今の千景が抱えている疑念や憤りに不安といったものは、どんなに強く自由に空を飛べる存在であっても自分や仲間の命が失われる場面に直面してその事を己自身で考えて受け止めるのが肝要なのだと示している。
このジレンマの答えは千景自らが出さなければいけないと言われて、すぐに答えが出てくるはずもなく黙して考え込んでしまった。既に3本のブラックボックスを回収しながら脳裏にはこの装置の持ち主達の無線機越しながら生き生きとしいた声を思い出し、そしてそんな仲間達を失った少女の顔が浮かんでくる。
「……アズライトさん、大丈夫かな……」
「大丈夫さ、あの娘なら絶対に立ち直るさ。オレの勝手な見立てだけど、ここで折れる女なんかじゃあないぜ」
「千景君、よく無事で戻ってきてくれた! そして本当に申し訳ない、君を危険な目に合わせて起きながら、自分はのうのうと安全な場所にいるなんて……」
「ひゅ、日向さん……、そ、そんな頭上げてください。そんな気にしてませんから」
デアデビルの発着場に千景たちが戻ってくると真っ先に日向が駆け寄ってきて、土下座する勢いで頭を下げてきた。地球唯一のランナーといえどこれまで戦ったことなどない年少者を前線に向かわせておきながら自分は安全な場所に居るだけという現状に強く憤りを覚えている中、危険なガレリアと遭遇して生死に直面する事態となったのだから居ても立っても居られず、通信が繋がらなくなった時点で飛び出してしまったほどである。
いきなり頭を下げられて千景は面食らってしまうが同時にそこまで案じてくれている日向の気持ちは有り難いものであり、感謝に思いながらいつまでも下げられていては申し訳ないので気にしてない風を装った。しかし心のうちは見抜かれているのか顔を上げた日向は手をかざして千景の言葉を一旦遮ると、首を横に振りながら落ち着きを取り戻して言葉を続ける。
「すまない、取り乱してしまったようだ。だが、今回は千景君の目の前で誰かが亡くなったんだ、気にしていないはずはないと思う。だからこそ、君をここまで連れてきた責任は自分にあるんだ」
「ここに来たのはきっかけは色々あっても選んだのは自分の意志です。……だから、今回のことは少し考えてから今後どうしようか決めたいと思います」
「あぁ、それがいい。もし相談したいことがあればいつでも来ておくれ、少しでも力に慣れれば幸いだ。ところでイーサン君はどこに?」
「イーサン君ならブラックボックスをアズライトさんのところへ届けに行きましたよ」
千景が人の死を目の当たりにしたことは地球でも経験あったが、それはただ亡くなったという報告を聞いただけの実感のわかないもので父が亡くなった在りし日の記憶だった。だから多少の耐性はあろうと死に触れたショックは大きいものだから日向はそれによる心的外傷後ストレス障害(PTSD)を恐れており、その気遣いに感謝してイーサンの言葉もあってじっくり考えてみようと思っている。
日向の前に姿を見せないイーサンはアズライトに会っていると聞いて輸送機に載せて戻ってくる間に見た彼女の憔悴した姿に声をかけることさえ出来なかった事に表情を曇らせ、イーサンに任せることしか出来ないことに申し訳なく感じているようだ。小脇に直径10センチ長さ50センチほどの金属製円柱をイーサンが小脇に抱えているが、これこそ先程空域に漂っていたのを回収したブラックボックスそのものである。
「アズライト、ちょっといいか。デルタ小隊のブラックボックス集めていてよ、お前さんが持っとくべきモンだろう?」
「……そうね、わざわざありがとう。4つあるのよね?」
「あぁ、そうだ。みんなの分になる」
イーサンがブラックボックスを持って来た時、アズライトはまだレーヴァテインのコックピット内にて引きこもっていた。泣き腫らした顔を見せたくないということもあったが、涙が乾いた後もぐちゃぐちゃになった頭の中をまとめる時間がほしかったしひとりになりたかったのである。
薄暗いコックピットの中でただ膝を抱えていると上面ハッチを叩く音とイーサンの声が聞こえてきて、どうやらレーヴァテインの上に乗って彼女を呼んでいた。ハッチを半分だけ開けて応えると彼はブラックボックスを回収してきてくれたようでその隙間に銀色の円柱4本を滑り込ませてきており、その存在は改めてデルタ小隊が壊滅したことを指し示すものでアズライトは胸を締め付けられる気持ちとなる。それでもいらぬ心配をさせないようにと返答の声を努めていつも通りに対応した。
「まったく、気持ちのいい連中だったのにな。いい奴ほど早く逝っちまうってか、そっちは大丈夫か?」
「……まだ、なんとも。でもこの気持ちにケリをつけなきゃいけないわ。だから今はここにいさせて」
「あぁ、構わねえよ。やっぱお前さんは強い奴だぜ」
別に強いわけじゃない。そう反論しようかと思ったが気遣ってくれてる人にそこまで言うことはないだろうと沈黙を持って肯定する。機体を隔てて無言で佇む2人であったがイーサンはやがて立ち上がると乗っていたレーヴァテインから飛び降りて離れていこうとしていた。そんな背中に向けてアズライトが声をかける。
「イーサン! あなたは死なないでよ。無茶苦茶なお願いだとは自分でもわかってるけど、お願い、死なないで」
「へっ、あったりめえよ。知らなかったのか、オレは不死身なんだだぜ?」
いつも見せてる不敵で不遜な笑みを背中越しに見せるイーサンになんとも言えない安心感を覚え、これは彼に対する信頼なのかと思いながらもアズライトは気持ちを切り替えてハッチを開けて外に顔を出した。奥へと消えていく背中を見送っていると代わりに見えたのは暗い顔をした千景である。
今回の件である意味一番ショックを受けていたのはかの少年だろう。初戦闘で人の死に直面する事は稀有であるがそのまま機体を降りる者もいるくらいには大きなものだ。ストライダーから降りてその近くに寄ると、彼も驚いたような表情を見せてからこちらを労るような言葉を出す。
「あ、アズライトさん!? あの、大丈夫ですか、今日はあんなことがあって……」
「心配してくれてありがとう。大丈夫とはまだ言えないけど自棄になるつもりはないわ」
「良かった……。イーサンが言ってた通り強い人ですね」
「そんな強いわけじゃないよ、私なんて。それよりもあなたの方は大丈夫なの? 無理してるのが丸わかりよ」
こちらを心配してくれたのは嬉しいがそれは無理して出してるものだと目に見えており、腰に手を当てて顔を覗き込むような仕草をしてみせた。少し驚きながらもややあって千景は微笑むようでいて泣き出そうとしているような表情を浮かべながら、心の内をポツポツと答え始める。もっとも問答は先程イーサンとしていたようでその時の言葉が引っ掛かっているようだ。
話を聞いてアズライトは思いっきり嘆息を漏らす。イーサンが彼に告げたのは自分で考えろの一言のみで、悩んでいる人間に送るものとしては不適格極まりないものだった。確かにジレンマを解決するのは最終的に己自身であるが、そこまでの過程で助言や経験談を語ってサポートできるだろう。それをまるっきりしないイーサンに腹を立てると同時に、彼のスタンスにも多少の同意した。
「まったくあのバカは! 少しは手を差し伸べるような事も出来ないのかしら! ……まぁ、安直な事言っても不誠実だし、何よりアイツは他人の決定に干渉しない個人主義者でもあるってわけね」
「だから、イーサン君はただ自分で決めろと言ったんですか?」
「そうなるわ、無責任の極みにね! だからアイツは絶対に助言してこないと思うから、あなたも鬱憤に愚痴とかじゃんじゃんアイツに言いなさい。それぐらいしておかなきゃ割りに合わないわ!」
スタンスは人それぞれで相手に干渉しないさせないを旨とするイーサンの主義も理解できるが、迷う者への助言を一切しないのは不誠実だと思うのはアズライトが持つ面倒見が良い性分が出たのだろう。プリプリと怒っていると千景は吹き出していき笑みをを漏らしていくと、彼女の怒気も勢いが削がれていった。
「いきなり笑っちゃってごめんなさい。でもイーサン君が絡むとなんかいつも通りって感じがしておかしくて」
「そうよね。そこだけは感謝しておくわ。さて、私はそろそろいくわ。みんなのこと伝えるのも生き残った側の大事な役目だし」
「うん、いってらっしゃい」
まだ胸にポッカリと空いた穴は塞がらないだろうが今は前に進むために一度立ち止まって考えることが2人に必要なことである。千景に背を向けたアズライトはレーヴァテインへ向かっていき、グリフォンズ本社とデルタ小隊の近親者へ今回の一件を伝えるという重責を担う覚悟はとうに完了していた。
時間というのは早く過ぎるもので出撃から1週間が経った。千景は相変わらずアカデミーで学ぶことが多くて忙しなく過ごしており、一方でこれからの事についてはまだ悩んでおり日向や生徒会長のクラリッサへ相談している。一方当事者であるイーサンは予想通り話は聞くだけで明確に応えることはせず訓練では相変わらず好きに飛んでおり、アズライトもデルタ小隊の件で喪に服したり事後処理などでアカデミーに来ているが千景の前には顔を出していなかった。
あの時と同じくデアデビルの事務所兼通信室兼司令室に3人が集まって、今回は新型ガレリアについての情報をまとめている。地球で遭遇して千景にメッセージを送ってきたガレリアと靄のような身体をしたアモルファスは、未確認の新型ガレリアという事を除けば全くの共通点のないものだった。
「イーサン君、今一度ガレリアについて教えてくれないか。そもそも新種と言われても、我々は原種についても知識がないからな」
「それもそうだな。ではガレリアは小型種と大型種の2つに分けられてよ、矢印みたいな形した“アローヘッド”と猛禽類みてねな形の“スカベンジャー”が小型種だな。大型種は戦艦タイプの“エグゼキューター”や空母タイプの“インティミデーター”なんてあるけどどれもみんなバカでかいんだ」
部屋の中央に鎮座する円卓は各種ホログラムを投影できる作戦説明用の代物であり、イーサンが口にした種類のガレリアの画像や映像を次々に投影していく。たいてい見るのは小型種のほうでスカベンジャー1機に対してアローヘッド4機による編隊が基本形でランナーも大抵はこの2種を相手にしており、戦艦型などの大型種と相まみえるのは大規模な戦闘ぐらいだった。
過去のデータから見ても黒い鳥の姿をしていた地球に侵入したガレリアもアモルファスのような不定形な靄というガレリアなどは存在していない。だからこそ共通点がないので頭を悩ませているが、最近のガレリアは動きが活発化してきているというのでその影響だろうか。
イーサンと日向が頭を捻りながら唸っており千景はどこか上の空で眺めていると、発着場の方より何かが入り込んでくる音が聞こえてきて覗いてみると、そこには黒と赤のストライダーが降りてきた。そして操縦していたアズライトがパイロットスーツに身を包んだまま、大荷物を引っさげて現れると開口一番に声を張り上げる。
「今日からデアデビルに所属に所属させてもらうわ。というわけで、よろしく」
「ハァッ!?」
「つまり、アズライトさんはグリフォンズを辞めてこっちに移籍するということ?」
「そういうこと。だって上層部があのガレリアとストライダーを追うなって言うのよ。アレを追いかけ見つけ出して、あのアモルファスとかいうガレリアのことを洗いざらい吐いてもらわなきゃいけないのにさ!」
突然の登場と宣告をしたアズライトに面食らいつつも司令室に迎えつつ事情を聞いた。デルタ小隊の壊滅と新型ガレリアの情報がもたらされてこの1週間はかなりゴタゴタしていがそれも数日で収まってデルタ小隊の再編が行われたが、その時にまだ正体不明で練度のあった部隊が壊滅した事実から件のガレリアとストライダーへの一切の交戦が禁じる処置が出されのである。
復讐戦と何より他の者達がアモルファスの被害を受けないよう早急に対処するのが役目だと考えていたアズライトは真っ向から反対したが会社の方針は変えられず、大きな組織だからこそ個人の意志を貫き通しづらいグリフォンズでは動くことは出来ないとそのまま辞表を叩きつけけ、流石に留意を求める声もあったがそれの一切を無視して荷物とレーヴァテインを持ってデアデビルまでやってきたのだ。
「おいおい、無茶苦茶だな。というかレーヴァテイン持ってきてよかったのか。会社の備品とかだったら窃盗だぞ?」
「安心してレーヴァテインはおばあちゃんから引き継いだ自前のストライダーだから。整備とかは任せていたけど、それはここでも変わらないでしょ? それに1人でどうにか出来るほど自惚れてはいないわ、だからここに来たのよ」
「そこは構わねえよ。というかあのストライダーには落とし前をつけるのが当たり前だ! 追いかけ見つけ出してバラバラにしてやるのが道理だ。そしてあの世でデルタ小隊の皆に詫びを入れさせてやる!」
「……アンタ、そこまで好戦的だったの。1週間前はかなり落ち着いて見えたけど、どう心境変わったのよ」
「別に変わったわけじゃねえ。あの時は2人とも落ち着いていなかったんだから、誰かが落ち着いていかなきゃいけねえだろ? 落とし前をつけるのは既に決定実行だったさ。というわけで、アズライト、デアデビルにようこそ、歓迎するぜ」
イーサンはこの1週間隠していた本音を曝け出して、凶暴な笑みを浮かべる。あの時は努めて冷静さを保っていたが今はその必要はないと激情を剥き出しにして、デルタ小隊の弔い合戦を最も求めていた事を示した。そんな状態で歓迎されるのはどんなものかとアズライトは嘆息を漏らして。日向は苦笑いを浮かべる、いつもの調子になっている。
しかし、ストライダーを見つけ出そうにも何も手掛かりがないと怒気が空回りするだけだとイーサンは肩を下ろし、情報収集に努めていた日向も空振りだった。3人の顔を見回すとアズライトは懐から薄くて円形のヴィムを取り出すとそれをテーブルの真ん中まで滑り込ませると、そこから波形グラフや何かの番号が浮かんでくる。
「これはデルタ小隊のストライダーが発する信号なの。これが突如として2日前から検知されている、機体は破壊されてブラックボックスが既に回収済みにも関わらずなのにね」
「ゴーストってわけか。コイツが考えられる理由は機体の一部がまだ生きていて信号を発信し続けてるか、何者が機体を奪って信号を出しているかだ。まさかその信号を出してる奴って――」
「そう、私はアモルファスと考えているわ。あのストライダーかあの靄かはわからないけど破壊されたストライダーの残骸を取り込んで信号なんかを出してるのかもね。これはおびき寄せる罠かもしらないしただ信号の装置を取り込んだ結果の反射かもしれないけど、死人への冒涜に違いない!
」
「ふざけやがって。これは行かなきゃいけなくなったな、たとえ罠だろうと!」
またしても怒気が溢れてきてかイーサンは目つきを鋭くし、彼ほど表情に出ていないがアズライトにも怒りの感情が出ていた。そして今日の出撃が決まるが、ここまで部外者のように声を出していなかった千景は未だに答えが出せずにストライダーへ乗れるかわからずにいる。その様子はイーサンとアズライトにも伝わっており、2人とも付いてこいとは一切言わなかった。
でもこのままじゃいけないと決心をつかないまま2人について行こうと立ち上がったその時、レイジが顔を見せる。何事かと思えば只今スターファイターは整備中で飛べるには今しばらくかかるということを伝えてきたのだ。嘘だ、千景は直感する。
「すまんな、今スターファイターが整備中でな。すぐの出撃はできんのじゃ」
「博士がそう言っているようだし、今回は見送ろう。いいかな?」
「…………はい。イーサン君、アズライトさんごめんね、出れなくて」
「いいさ。それに今回はただの私戦だからな。そういうのはバカのすることだからよ」
これからどうするか日向やイーサン以外にもレイジやキールといったバートレット家の人にも相談しており、勢いに任せて出撃しようとしたところへやんわりと静止しにきたわけだ。日向もレイジに賛同して出撃しないように願ってきており、やはり飛べないなと諦めがちに頷く。見送るだけになることを謝ると祖父に向けて怪訝そうな視線を向けていたイーサンは、気にしていないことを示すように軽くを手を降った。
言外にバカ呼ばわりされたアズライトより鋭い視線が飛んできていそいそと部屋から飛び出すと愛機ネクサスのもとへ向かっていく。イーサンはネクタイを締め直してからコックピットへ乗り込み、千景はその後姿を見送っていた。




