強く儚い者達へ… 第7話
「今この町の保護結界に侵入した」
「はぇーな、オイ。普段はまったく任務なんてって感じだったのに…」
一体何の話をしているのか?
今度はため息を零す戯皇。ショッキングピンクの髪がそれとともに揺れる。
のどかな町は外界から隔離された何の力も持たない人間の住まう空間。
興味本位でこんなところに立ち寄るべきではなかった…。と内心後悔しながらも戯皇は家を見渡す。
「この町の規格からしてこの家のでかさを見るとそうとうなお嬢様なはずなのに、なんだってあんな男みたいな格好なのかね…」
「それは本人に聞けばいいだろう?長い付き合いになりそうだ」
幸斗はフッと一瞬だけ笑う。その表情に戯皇もつられて笑う。
「おい!嬢ちゃん。お前の母親が息を引き取る前に言ってた物は俺らが変わりに取ってきてやったから無駄な動きは減らせよ!」
「!え?なんでそのことを…」
「無駄な動きをするなって言ってるだろ!置いてくぞ」
吹き抜けの上から驚いたという声と共に顔を見せる彼女に戯皇は馬鹿かと言わんばかりに声を張り上げる。
(あの人、ホントにガラ悪いな…ホントに女の人か?)
慌てて顔を引っ込めながらそんなことを思いながらリムは下に降りてゆく。
入院着から普段修行するために着ていた服を身に着けて。手術の為に髪を剃られた頭には、帽子。
着替えていて驚いたことは身体の何処を見ても本当に傷跡すら残っていなかったこと。魔法と呼ばれる自分の知らない力…。
リムはこの力を得たいと思った。
姉を、幼馴染を取り戻すために。父と母の敵を取るために。
…失った自分の女としてのプライドを取り戻すために…。
「…本当に男みたいだな」
準備を済まして降りてきたリムに向けて開口一番に言われたのはそんな言葉だった。
「え?」
よく聞き取れなかったのか、その言葉に隠された意味が分からなかったのか、リムはキョトンとしている。
戯皇は「なんでもない」と呟き幸斗を見た。
「上空からの脱出は不可能だろうから、歩いていくぞ。マダルはどの方角から?」
「北だ」
マントを羽織、自分の荷物と戯皇の荷物を担ぐ幸斗。
戯皇はリムに「阿呆面下げてないでさっさと来い」と命令する。
「もう二度と家には戻れないが、いいのか?」
早々にリムの家から出ると、三人は西に覆い繁る森へと足を進め、その道中、幸斗は少し心配そうに後ろから付いてくるリムを見た。
一度外界に出たものは二度とこの町に住むことができない。
それどころか、立ち入ることすら困難となる。それが、隔離保護地域。
「構いません。私は、この町にいるべきじゃないから」
それは、町人に対しての負い目からではなく、自分の進むべき道のことを本能的に分かっているかのようだった。
戯皇は何もいわず、ただ足を進める。
2人はリムがいったい何を背負っているのか漠然と知った。カグナが息を引き取る前に、知った事実があったから…。
「姉が、攫われたと言っていたな?」
「はい。何故姉さんが攫われたのか、父と母が殺されなければならなかったのか、私にはまったく分からない…」
悲しげな瞳と、復讐に燃える瞳が印象的で、幸斗は小さなため息とともにやるせなさを感じていた。
三人は会話もなくただ歩いた。西へ、西へと向かって。
時折、戯皇が後ろを振り返り、幸斗と目を合わせて無言の会話をしては再び前を向いて歩き出す。
そんなことが何回か繰り返され、リムはそんな二人を何も言わずにただ見ていた。
どれほど時がたったのだろう?
辺りには静寂と闇が支配する夜が訪れ、振り向けば遠くに明かりを灯した家々が小さく見える。
「町のはずれはそろそろだったよな?」
突然戯皇が立ち止まり、そう尋ねてくる。
リムは驚いて声が上ずって上手く喋れないながらも「まだ、先じゃ…」と言葉を零した。
「いや、ここであっている」
幸斗が荷物を降ろしながらそう答える。
リムは、そんなわけないと言いたげな顔をしている。ずっとこの町に暮らしていた自分が言うのだから間違いがないと。
「言っただろう?この町は隔離保護地域だと。内側から外側に易々と出られては困るから、結界が張られているのだ。内から外へ町人が出れないように無限空間の結界がね」
これ以上先に進めないように、今立っている場所を永遠に歩かす無限の空間。
傍から見たら進んでいるように見えるから怖い結界だと戯皇は笑う。
「じゃあどうやって外の世界に出るんですか?」
そんな結界を張られていては自分は外に出れないのでは?とたん、リムの顔が不安で曇る。
「結界の綻びを見つけて抜け出す。力技だな」
あっけらかんと言い放つ戯皇に幸斗も頷く。
「結界には必ずと言って良いほど弱い箇所がある。そこを突くんだ」
戯皇がリムに説明している間に幸斗が剣を鞘から抜くと何やら呪文のようなものを唱えている。
紡がれる言の葉に、剣の刃が輝きだし、その身に文字を浮かび上がらせる。見たこともない文字だった。
「あれは…?」
「魔法剣の制約だ。今この町全体に掛けられている魔法を解くことなく、すぐに塞がる程度の穴を開けるために魔法剣が必要なんだ。とは言っても、攻撃するわけじゃないから剣に魔法を掛けてるだけなんだけどな」
普通の剣では決結界に触れることなく空を切るのが落ちらしい。
結界に触れるためにも同属性の魔法を剣の刃に掛けてやり、結界の弱い箇所、つまり綻びに穴を開けて通れるようにするらしい。
初めて聞く言葉のオンパレードに少々困惑気味なリムに、戯皇は「後からゆっくり教えてやるから」と頭をなでた。
今はこの町を離れることを先決としたいらしい。
「どうしてそんなに急いでるんですか?」
「あぁ…。先刻から言ってただろう?『マダルが着た』と」
少々嫌そうに顔をしかめる戯皇。
リムは昼の会話を思い出して「あ」と呟いた。そういえば、ところどころで『マダル』と言う名前が出てきた。
マダルって…?」
「この世界でトップクラスの戦闘能力を持つ男の名前だ。…詳しいことはこの隔離地域を出てからな。さすがにこの中で外界の話をするのはできるだけ避けないと…って、もう遅いか」
「戯皇、終わった」
リムと戯皇が話しているのに割って入ってきたのは結界から出る為に魔法の詠唱を続けていた幸斗だった。
幸斗に目をやったとき、その後ろに見えたのはオレンジ色に輝く鎖が網目状になった壁…。
結界の一部が実体化され、肉眼でも見えるようになっていたのだ。
それを見て。初めてリムはこの町にかけられたモノがどういったものかを理解した。
何人たりとも出入りできないように魔法のかけられた町を覆うのは、球状の鎖網だと戯皇が説明してくれる。
「球状ってことは…地中にもこんな結界があるんですか?」
「当たり前だ。何処から進入してくるか分からないからな」
細かい網目に幸斗の魔法剣が突き刺さる。
ゆっくりと剣を動かせば、それに合わせて鎖が広がっていくのが確認できた。
が、広げてしまっていいのだろうか?と疑問に思う。
網目をかいくぐって賊が入ってくるかもしれないのではないだろうか?
「間抜け面すんな馬鹿。この結果のすごいところは、網目を広げても数十秒で元通りになるところだ。しかも、この網目にすら二重の結界が張ってあるから同属性の魔法剣じゃないと触れることはできないんだ」
つまり、細かい網目をかいくぐって外界の虫やウィルスがこの町に入ることはないということらしい。
その結界としての性能の高さに隔離保護地域に侵入する賊はほとんどいないらしい。
身の危険を犯して侵入してまで欲しい物が其処にはないから。
「ジッとしていろ」
結界の網目を広げ終えた幸斗が二人に向き直り、剣にかけた魔法と同じモノをかける。
こうしないと結界から出入りできないらしい。
リムは自分の体から発せられる光に驚きを隠せないでいた。
まぁ、それも無理はないだろう。
彼女は生まれてこの方、魔法というものに触れたことが無いのだらかこれは当然の反応だろう。
しかし、そんな彼女の首根っこをひっ捕まえて早々に結界をくぐれと戯皇が命令するのは時間がないから。
「俺達に付いて来たいのなら早く来い。この結界を抜けようとしてるのなんてマダルには丸分かりなんだよ!置いて行くぞ!」
「は、はい!」
戯皇に続き幸斗も結界を抜ける。そして…リムも…。
(…ここから、私は変わるんだ!待ってて、姉さん、…ヘレナ…)
大切な人達を取り戻す為新たな決意を胸にリムは今まで住んでいた世界を捨て、新たな一歩を歩みだしたのだった。




