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強く儚い者達へ…  作者: 鏡由良
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強く儚い者達へ… 第5話

 彼女のせいではない。

 悪いのは彼女の一家を襲った野盗達なのに…、彼女は町中の人間から災いを呼ぶ子供だと忌み嫌われるようになってしまった…。

 彼がリムの治療を行う時なんて、殺してしまえと泣き叫ぶ者までいた…ヘレナの母だった…。

 可愛い我が子がリムと関わったが為に巻き込まれ、行方が分からなくなった。

 怒りの矛先は、何処に行ったか分からない野盗よりも、近くにいたリムに向いた。

 ヘレナの母をはじめ、他の者達もリムの周りで起きた出来事に恐怖した。

 過去二度起こった事態で生き残った彼女が元凶のような気がして…。

「おまえのせいじゃない。すべてはお前を襲ったやつらのせいだ」

 怒りのこもった声が聞こえた。戯皇だった。

 彼女の言葉は最もなモノ。

 しかし、父・テスティア、義母・カグナが惨殺され、姉は行方知れず。

 これは、のどかな町では今まで起こったことのない事態だった。

 そしてリムはわかっていたのだ、過去二度にわたって起こった惨劇で生き残った自分が恐らくすべての元凶だと疎まれることを。

「戯皇…」

 後悔のあまり自虐するリムに戯皇が「お前は悪くない」と何度も言う。

 そんな相棒の様子に幸斗は肩をすくめる。

 重い空気が流れる空間。幸斗はこちらに近づいてくる足音を聞いた。

(…あまりいい予感はしないな)

 人知れずため息を零す。

 予感は的中した。足音はリムの病室の前で止まり、勢いよくドアが開かれる。

「先生!リムが気付いたって本当ですか!?」

 入ってきたのはヘレナの母・マリーであった。

 マリーは身を起こしているリムを見るなり物凄い形相で傍まで歩み寄り、そのままの勢いで彼女の頬を思い切り引っ叩いたではないか。

「!マリー!!」

 突然のことにリムは呆然とし、ドクターは何をするんだと怒声を上げ、戯皇、幸斗は顔をしかめた。

「おば様…」

「何処へやったの…私の可愛いヘレナを何処へやったの!!」

 怒っているのか悲しんでいるのか分からない表情。

 リムは叩かれた頬よりも胸が痛んだ。

 いきなり奪われたいとしい存在。奪ったのは…。

「だから嫌だったのよ!お前と係わり合いになるのは!」

 過去にリムが襲われた時、彼女はヘレナにリムに近づくなときつく言ってきた。

 それなのに、娘は幼馴染が心配だからと母の言いつけを無視し続け、今、この状況…。

「お前が厄を呼んだのよ!」

「マリー!!」

「ドクター!何故こんな子の治療をしたんです!!ほら見てくださいよ!またノウノウと生きてるじゃないですか!ヘレナが行方知れずになったって言うのに…この子は…」

 今度は彼女の剣幕を止めようとしたドクターにマリーの怒りがぶつけられる。いや、悲しみが…。

「この子がいなければうちの可愛いヘレナが行方知れずになることはなかったのに…この子は人を不幸にするのよ…」

 怒り狂っていたかと思うと、今度は泣き崩れて…。

 リムは妙な息苦しさを感じて震える体を必死に抱きしめていた。

 そうでもしないと、自分が崩れていく気がして…。

「この子がいなければカグナもイリアも死ぬことはなかった!!…うして?…どうしてお前が生き残るの!?」

 怒りの余り荒くなる呼吸。リムは何もいえなかった。

(奪ったのは、私…)

 自分の身代わりになったのはヘレナ。

 自分を産んだせい体を壊し、そのまま命を落としたのは実の母・イリア。

 自分を守ろうと身を汚され、殺されたのは義理の母・カグナ。

 自分が生き延びるために、三人もの人生を奪った。歪ませた…。

「お前が死んでしまえばよかったのよ!!」

 マリーの言葉にリムの肩が大きく揺れる。隠されることなくぶつけられる怒りと憎悪と悲しみ。

 彼女の全身が、リムを拒絶し、拒んでいる。この世からいなくなってほしいと願うほどに…。

(い、息が…)

 息ができない…。

 自分の汚さや愚かさは分かっていたはずなのに、改めて人にぶつけられると心が苦しくて潰れてしまいそうで…。

「お前なんて…!!」

 彼女を貶める言葉…お前なんて生まれてこなければよかった…この言の葉は最後まで紡がれる事はなかった。何故なら…。

「黙れ下衆が。これ以上こいつを呪う言の葉を紡いでみろ、二度と物言えぬ肉塊にするぞ」

 磨かれた刃に映るのはマリーの青ざめた顔。

 トーンを落とし、ドスの効いた声色と怒りで開かれるた瞳孔。

 戯皇がマリーの眼前に美しく手入れされた細身の剣を抜いたのだ。

 恨めしそうに戯皇を見るマリーと驚いているリム。

 幸斗は、更に呆れたと言いたげな顔をしてため息をついている。

 ドクターは、戯皇をただ何も言わず見ていた。

 この一連の出来事で最も傷ついているのはリムのはず。

 それなのに何故こうも平気で傷口を広げる言葉を吐けるのだろう?

 リムは何も悪くない。被害者なのに…。

 戯皇は言い表しようのない憤りを感じた。

 この剣の刃はリムを守るために鞘から抜かれたものだった。

「去れ。メス豚が」

 大きな瞳の瞳孔がさらに広がり、恐ろしく鋭くなる眼光にマリーは何も言えず、身体を恐怖に震わせながら病室を後にした。

 遠ざかってゆく足音だけが、空間を支配する。

「ドクター・マルク。この町の奴等には思いやりという言葉がないのか?」

 ため息とともに出たのは愚痴。剣を鞘に戻す戯皇にドクターは「すまない」とだけ零した。

「さっきも言ったよな?お前は悪くない。悪いのはお前達家族を襲った奴等だ…」

 届かないと分かっていても、リムに言ってやりたかった。幸斗は戯皇の肩に手を乗せ、「今は…」と零す。

 今は、そっとしといてやろう…。

 幸斗の言いたいことに戯皇は無言で頷くと病室を後にした。

 残されたのは、ドクターとリム。重い空気だけが流れる。

 沈黙、沈黙、沈黙…。

 マリーの紡いだ恨みの言葉、戯皇の零したリムを守る言葉。

 どちらも真実。ヘレナを巻き込んだのは、自分。

 自分を奈落のそこに突き落としたのは、フレアとスタン。

(まだ、死ねない。死ぬわけにはいかない)

 戦う目的が増えた。父の敵を討つ為。誇りを取り戻す為。そして…。

 母の敵を討つ為。ヘレナを捜し出す為。姉を救い出す為。

 自分は、まだ死ぬわけにはいかない。

「先生…」

 どれぐらい時間がたっただろう?沈黙を破ったのはリムだった。

「治療費は…今はまだ払えないけど、何時か必ず払います」

「そんな事、気にせんでいい。今はまず体を直すことから…」

「先生!…私は、町中から疎まれてるのでしょ?それが分かるからもう病院に居られない」

 ドクターの言葉をさえぎり、リムは寂しそうにそう呟くと早々に身支度を始めた。

 腕に刺さる点滴の針を引き抜き、ベッドから飛び降りると裸足のまま窓へと歩む。

「リム…?」

 不審そうに自分を見るドクターに「ありがとう」と笑い、彼女は身軽に窓から飛び降りたのだった。

「!!リム!」

 慌てて窓から身を乗り出して下を見ると、何事もなかったかのように歩くリムの後姿が目に入った。

「…4階じゃぞ、ここは…」

 呆然とするドクターだったが、次の瞬間笑みがこぼれる。

 辛いだろうに。苦しいだろうに。それでも、自分に笑いかけるリムに優しい世界が待っていますように…と願って。

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