炎の追憶 第3話
「あ…そうだ、氷華。イフリートって?」
自分にとって、知らないことが多すぎる世の中。
先程烈火の口から出た『イフリート』という言葉も、リムは知らない。だから、それが何かを尋ねる。知らないことは、これから知れば良いから…。
「え?ああ、炎の魔獣と言われる精神獣の一人の事よ。炎系の精神獣では最高レベルに位置するの。火炎術師の烈火にとっては英雄と言っても過言じゃない存在ね」
何も知らない自分に丁寧に教えてくれる氷華。
リムは、烈火は純血の精霊で、属性は炎だったのか…と内心驚きながらも、
「精神獣って、召喚獣のことだよな?」
っと質問を重ねる。
「そうそう。ちなみに、純血精霊には属性があるの、知ってるよね?」
「知ってますぅ」
馬鹿にするな。と言いたいところだが、自分が何も知らないのは事実なのだ。不貞腐れながらも、反論はしない。
「火、水、風、土、光、闇の基本の6属性を持って生まれるんだろ?精霊が、大地のエレメントを司ってるんだから、当然だろう?」
「そっか」
なら良かったと笑う氷華に、もう一つ質問。と人差し指を立てて見せる。
「なーに?」
「師匠の事、どうやったらもっと知ることが出来る?」
真面目な顔をして、一体何を尋ねてくるのだろうと思っていた氷華はコレには笑ってしまう。
それと同時に、思う。
(本当に、リムってフェンデル・ケイの事が好きなのねぇ…)
っと。
「氷華?」
「あ、ごめんごめん。そうねぇ…今のリムには、知ることはちょっと難しいかも?」
「なんで?」
「フェンデル・ケイの情報が残ってるのは、今じゃ星都だけだからだよ。星都って言ったら、平均戦闘力がBクラス上位なんだからね」
"COFFIN"の中心都市である星都"タニモドゥーシ"。そこには"CONDUCTOR"と"DEATH-SQUAD"というこの星の中枢機関が存在しており、他と比べるとレベル違いの生物が生活していることで有名なのだから。
つまり、戦闘クラスがDクラスのリムが大っぴろげにフェンデル・ケイの事を調べれる場所じゃないということ。
「でも、あたしが言った事程度しか調べても分からないと思うよ?あたしも結構色々調べたから。いろんなこと」
「すごいな。氷華…」
「知識を入れるのは好きだからね♪」
朗らかに笑う姿が、愛らしいと思う。
「あのね、リムがいろんなこと知らないのは無理ないと思うよ?隔離保護地域は、この世界とは全く別の世界だもの。フェンデル・ケイに色々教えてもらってたとしても、主に戦いでしょ?それが一番ここでは必要な知識だしね。これから色々知っていけば良いと思うよ。烈火なんて、ずっとこの世界で生きてるくせに、ああだし」
氷華は、今までの人生のおよそ3分の1を隔離保護地域で過ごしたリムがこの世界で常識とされることを知らなくても、それは当然だと言う。本来、リムほどの年齢で同じような戦闘力を持つ生物ですら、常識を知らない者も多いぐらいなのだから。
「ていうか、あたしが言う『常識』がこの世の非常識かもしれないけどね。…でも、"DEATH-SQUAD"S班を知ってるのは当たり前だけど」
「へー…」
常識、非常識はともかく、"DEATH-SQUAD"と呼ばれる組織トップはそこまで有名なのかと驚いてしまう。
「うん。普通、知らない人がいないぐらい」
子供も、大人も、みんな知ってる事よ。と氷華は言葉を続ける。
「S班でも、歴代最強と言われた時期の班員名は未だに歴史書に残ってるぐらいだから」
「でも、烈火は知らなかったぞ?」
リムの素朴な質問に、氷華は「うっ…」と言葉に詰まってしまう。誰しもが知っていることだと言ったくせに、烈火は、リムの師であるフェンデル・ケイの名を知らなかったのだから。
「れ、烈火は、歴史に興味が無かったのよ!きっと」
「あー…なるほど。勉強とか、嫌いっぽいもんな。修行バカって感じだし」
ケラケラ笑えば、氷華に「リム!」っと怒られてしまった。
「1st、ジェイス・スイクルド・サデレイ。
2nd、マダル・イヴィルロード。
3rd、葵咲昴。
4th、フェンデル・ケイ。
5th、レダリル・バロッサーク。
6th、シゲル・イヴィルロード。
7th、ロキア・ハブパッシュ。
8th、ヴァヘル・ディルカ・サデレイ。
9th、ジャン・ピューレバー。
10th、ジェローム・ツゥレイド」
席番にあわせて指を折りながら"DEATH-SQUAD"の歴代最強と言われたS班の上位者の名を読みあげていくリム。それには氷華も驚いて、「?いきなり何?」と目を丸くしている。
「弟が教えてくれたんだ。師匠が"DEATH-SQUAD"を抜ける直前の歴代S班上位の中でもトップクラスの班員の名前。知らないと、恥をかくって。…でも、烈火みたいに知らない奴もいるんだなぁ」
苦笑して、『知らない』と言った烈火を思い出す。
リムは、自分が世間知らずだと自覚してるが、烈火は無自覚だから。
「だから、烈火は特別!烈火も言ってた通り、イフリートこそ英雄って育てられたんだもの!」
「そんなムキにならなくても分かったから」
自分は烈火に対して悪態をついたりするくせに、他人が烈火のことを少しでも悪く言うと怒ってくる少女にリムは笑ってしまう。
色恋沙汰には興味が無いリムだが、
(本当に、烈火の事が好きなんだなぁ…)
なんて微笑ましい気持ちになってしまうのは彼女の役得だろうか?
背が平均より高いリムに比べて、氷華は女の子と呼ぶに相応しい背格好をしている。そのくせ、言いたいことをハッキリと相手に伝えるだけの意思も持ち合わせていて、同性でありながら、魅力的だと思う。
「さ、私達も屋敷に戻ろうか?そろそろ陽も暮れてきたし」
「え?…!もうこんな時間なの!?」
赤く色付く空に、氷華は「大変!!」と大慌て。その様子に、リムは意味が分からず首を傾げた。
「買い物!!夕飯の買い物行かなくちゃ!!」
汗を拭うリムの腕を掴むと、何を呑気に突っ立ているのかと引っ張り屋敷へと強制的に戻らされてしまう。本当なら、この後少し体力が回復したら筋力トレーニングでもしようと思っていたのだが、それもお見通しだったかのように氷華から「無理は厳禁」と釘をさされてしまった。
*
「で…何でこの状況…?」
震える声が、街の一角でポソリと落とされた。それは驚きと言うよりもどちらかと言うと怒りに近い音で、前を軽やかな足取りで歩いていた空色髪の少女はその声に何が?と言いたげに振り返ると、ツインテールがその動きに合わせて揺れた。
少女の隣を歩いていた幼い面持ちの少年も、「どうかしたの?リム?」と足を止める。
「…いや、どうしたもこうしたも…」
二人の表情に押し殺した怒りのせいで震える声で言葉を返し、片手では持ちきれない荷物を持ったリムは、こんなことなら言うことを聞かずに修行を継続しておけばよかったと心底悔やみながら脱力してしまう。そんな彼女に、隣に居た青年の姿に戻っている烈火は同じように脱力気味に、
「心中察するよ」
と自分も初めはそうだったと言葉をかけた。
その言葉に、リムは八つ当たりとばかりに烈火を睨みつけ、腹に溜めていた不満をぶちまけて…。
「食べ物を買いに来たのに、どうして服やら靴やら買ってるんだ!!」
「それは俺に言うな。俺も被害者」
二人の手には大量の紙袋に丁寧に包装された抱えきれない箱の山。傍から見れば、幼子二人の買い物に付き合い欲しいと言われた物を片っ端から買っている両親のよう。どうやらリムと烈火は氷華とシーザの買い物に付き合わされているようだ。
極一般的な女性ならば、氷華のようにこうやって街で新作デザインの服やバッグを見たり、気に入ったそれらを買ったりと買い物を楽しむのは普通の趣味と言える。だが、一般的からずれたリムは自分の身の周りのことよりも剣や防具、銃火器といった戦闘を念頭に置いたものを探すのが趣味だった。
彼女を称するなら『修行マニア』と言うのが適当だと思われるほど、自分が強くなることにしか興味を示さない。だから…。
「っざけんな!こんな事、時間の無駄だろ!」
我慢の限界だとリムは立ち止まり、踵を返すと来た道を戻り始めた。
「!おい!卑怯だぞ!!」
背後からは俺も逃げたいのに!と言う烈火の声。それに続いて自分を呼ぶ氷華とシーザの声がするが、その全てを「帰る!」と一掃して立ち止まることはない。
(逃げたいなら逃げろよ!)
烈火のブーイングに、できない事を知っていながら心中で悪態。
『女は嫌いだ』、『女は苦手だ』と言いながら面倒見が良い烈火は結局氷華とシーザを放って帰ることなんて出来ない事をリムは知っていた。何と言っても、彼は自分と性格が良く似ているのだから。
(烈火がキレる前に帰るのが正解)
自分が帰ると言わなければ、おそらく烈火が帰ると言い出していただろう。そうすれば、必然的にリムは逃げれなくなる。厄介な性格だと思いながらも、楽しそうな二人を置いて帰るわけにも行かないと思うだろうから。
(後は任せた!)
自分が持たされている買った物は持って帰るから、後は思う存分楽しんでくれ。とリムは足早に街を歩いた。
途中、武器屋や防具屋が立ち並ぶ一角に足を踏み入れるも、脇目も振らず歩くのはこの街ではろくな武器、防具が手に入らないことを知っているから。それでも、新作入荷!と言う言葉に後ろ髪は惹かれるが…。
(…この荷物が無ければ入ってたかも…)
金には今のところ困ってない。だが、無駄遣いは避けるべきだと師に教えられた。
(…金が掛かるもんな…)
今手に持っている氷華が買った服や靴、鞄に髪飾り、この買った物品の金全てをかき集めてもこの武器屋では鈍らな剣しか手に入らない。それなりの武器を手に入れようと思えば、桁違いの金を用意しなくてはならないと昔言われたから。
(無駄遣い厳禁…ってことか…)
両手が塞がっていてよかったと一人苦笑いを浮かべて帰路についた。
と、そのとき…。
(…視線…)
感じるのは、誰かに見られているという感覚がリムの全身を襲った。だが、それは殺意を感じるものでは無く、何処か…そう、何処か、慈しみを感じるもので…。
(…なんだろう、この感覚……)
言葉では言い表わし様の無い感覚。ただ、誰かが自分を見つめている。それも、好意に近い特別な感情を持って。それだけは分かるのだが、相手に心当たりは無い。
(師匠の視線じゃない…でも、良く似ている…)
リムは立ち止まり、辺りを見渡す。師達の視線はもっと親愛の情を感じ取ることの出来るものだと知っているが、もしかしたら自分に気付かれないように二人が近くに居るのかもしれないと微かな期待が胸を過ったから。
行き交う人、人、人。
皆、腰に、背に剣や槍を装着し、戦いなしには生きられない世界で生きている事を物語っていた。この近辺は世界全体から見ると比較的平和な地区だと氷華達は言っていたが、それでも、毎日何処かで戦いは起こり、血は流れている。そんな世界に身をおいて既に数十年になるから、夕食の買出しだというのにリムの腰にもしっかりと剣が携えられているのだ。
注意深く視線を巡らせる。感じる感情から戦いにはならないだろうと分かっているが、いつでも戦えるように気を高め、いつでもこの両手を塞ぐ荷物を投げ出す準備も出来た。と、リムが己の状態を把握した時、一人の男に目が止まった。




