炎の追憶 第2話
「「は?」」
リムの即答に、烈火と氷華の声が綺麗にはもって辺りに響く。ジェイクも思わず驚いたように目を丸くしていて、リムは、「なんだよ」とふくれっ面を見せた。勘で悪いかと言いたげだ。
「勘だよ。勘」
ぶっきらぼうに言い放つリムに、烈火は「オイ!!」っと突っ込み、氷華は長いため息を付いて見せた。
当たっていたから良かったものの、下手をすれば、無実の者に罪をきせ犯罪者にしてしまうところだったのだ。二人の反応は正常だろう。
何しろ、"CONDUCTOR"の息のかかった富豪の為に、"DEATH-SQUAD"S班6thがでてきたぐらいなのだから。
「お前なぁ、もし帝が無関係だったら、えらい事なってたんだぞ!?勘だけで突っ走るなよ!」
「そうだよ!"DEATH-SQUAD"に目を付けられたら最後、死ぬ以外に道は無いんだからね!」
実際、あれから《ルナ》の名を耳にしないことを考えても、二人とも、始末されたと考えるのが自然だろう。もし、それで帝が《ルナ》と無関係だったなら、彼は無実の罪をきせられ、殺された事になる。
事の重大さを分かっているのか!?っと二人は驚くが、リムは平然と、
「私の勘が外れるわけ無いだろ」
っと言い放ってきた。
それには、氷華は言葉を失い、烈火は盛大なため息。
「お前なぁ…」
「無意識とは言え、男として帝を警戒してなかったんだ。だから、間違いないって確信してた」
言い切られると、烈火はそれ以上文句の言葉を発する事が出来なくなってしまう。何を自信満々に言い切っているのだろうか…と呆れてしまうから。
「ダンナ、なんか言ってやれよ。このバカに」
俺等じゃ手に追えないと助けを求める烈火がジェイクに助けを求めて振り返る。と…。
「ダンナ?」
笑いを堪えているジェイクの姿に「なんで?」っと氷華と顔を合わせてしまう。リムの発言は、呆れるところであって、笑うところじゃないはずだから。
「ジェイク、何がそんなにおかしいのよ?」
問いかけに、「悪い悪い」っと言いながらも笑う彼の姿に意味が分からない氷華は、烈火に再び視線を送ると、どうして?と言いたそうに顔を顰めて首を傾げる。それに烈火は「さー?俺にはさっぱり」と肩を竦ませるのだった。
「はー、いや、似てるなぁ…と思ってね」
まだ笑いの余韻が引かないのか、苦笑気味に三人に向き直るとそう言葉を零す。それが余計に意味不明だと分かって言っているのだろうか?
氷華は「誰に?」と首を傾げるが、ジェイクはただ笑って答えることは無かった。
「さてと…風も冷たくなってきたし、そろそろ室内に戻ったほうが良さそうだな」
腕の中で眠りこける少年を抱いたまま立ち上がると、ジェイクは屋敷へと姿を消してしまう。
残されたのは、リムと烈火と氷華。
未だに修行継続中の烈火は、「相変わらず、謎だ」と笑いながらようやく地に足をつけ、色の変わり始めた空を仰ぐ。
ジェイクが言ったように先程よりも冷たくなった風に身体を震わすと、ジッと自分を見つめる視線にぶつかった。
「何だよ?」
「ジェイクって、何者だ?」
躊躇いも迷いも無く真っ直ぐな瞳で投げかけられる疑問に、直球ばかり投げてくる奴だと心底思う烈火。
普通、少しは遠慮する内容なのに、リムにはそんな素振りが微塵も無い。純粋に、知りたいと思っての言葉なのだろう。
身近にいる人物なら、彼女が知りたいと思う気持ちが理解できないわけではないから、烈火も教えてやりたいと思う。でも…。
「悪い。知らねー」
教えたくても、烈火自身が知らないから、教えようが無いのが現状だった。
「はぁ?お前、ジェイクの弟子なんだろ?なんで師の事知らないんだよ!?」
「うるせーな。知らねーもんは知らねーんだよ」
予想通りの反応に、多少の煩わしさを感じながら言葉を返せば、「氷華は?」っとリムは隣にいる自分と同じジェイクの弟子である少女に尋ねた。結果は同じなのに。
「知らないんだよね~。あたしも」
ジェイクを一言で表すなら、「謎」だと氷華は言葉を続ける。
ネームプレートの情報を惜し気もなく自分達に晒してくれる彼だが、その情報だけではどうしても説明の仕様が無い戦闘力を潜在的に秘めていると分かるから。
烈火も氷華も長年旅を共にしているから感じる。ジェイクの本当の強さを。
「なんで、聞かないんだよ?」
「『聞くな』それが、あたしと烈火が弟子にしてもらったときの条件だったの。だから、聞きたくても聞けないの」
無理だと頑なに自分達を弟子にすることを拒んでいたジェイク。それに、無理を言って付いてきたのは自分達だからと氷華は説明してくれた。
「…なんで、そんなに聞かれたくないんだろう…強い事は、隠すことじゃないのに…」
もし、自分がジェイク程強かったら、絶対にその強さをひけらかしているのに…とリムは思う。何故なら、強さこそ、この星の全てといってしまってもいいのだから。
「強いこと、イコール幸せとは限らないからでしょ?」
「そうか?…私は、そうは思わないけど」
自分に強さがあれば、回避できた過去を背負っているから、リムは強さが欲しいと思う。
「強いからこそ、失うものもあるわよ」
「そうそう。結構悲惨だよな。強いってことは」
まだまだ世界を知らないリムを純粋だと思うのは氷華。世間知らずだと思うのは、烈火。
強さが全ての世の中で、その強さが諸刃となり、失うものもあると知っている二人だから、ジェイクに強さを尋ねる事が出来ない。それが、ジェイクにとって語りたくない過去だと理解しているから。
「フェンデル・ケイの弟子だったなら、知ってるんじゃないの?結構有名よ。彼の逸話」
「へ?師匠の逸話?」
何それ?と首を傾げるリムに、烈火は「人のこと言えねーぞ」と突っ込む。
「フェンデル・ケイがどうして女の格好をして性犯罪撲滅を目指してたっていう話。…知らないの?」
「知らない…と思う」
「『と思う』って…」
自信の無い言葉に、思わず苦笑してしまう。
烈火に師の事ぐらい知っておけといった手前、知らないと言い難いのだろう。
「ま、いいわ。…どの時代をみても、やっぱり、女子供は虐げられる対象とされてることがこの星の歴史って言うのは知ってるよね?その歴史の中で、フェンデル・ケイと言えば、その輪廻を止める為に自ら女装して、囮捜査から何から何までしてた英雄的存在なの。他にもその悪習を止めようとする人がいなかったわけではないけど、そう簡単に無くならなかったの。現在も弱者は圧倒的に不利な立場にいるわけだけど…」
「ああ、それか…」
そんな話を昔聞いたリムは、「それは知ってる」と頷く。
「他者の目を奪う存在になれば、…傷つく人を、救えると信じてるからって言ってた…私も、そう、信じてる…」
「…それ、本当の意味知らずに言っちゃダメだよ。リム」
「え?」
「彼は罪の無い人が傷付けられる事が許せないから、立ち上がった人。…リムが思ってるように、自分を省みないって意味じゃないよ。これは。…彼自身、自分の強さを知っているから、出来た事なんだから。真似しようなんて考えないで」
リムの心を見透かしたように、強い視線が注がれる。戯皇の強さがあって初めて成せる事を、弱いリムが真似をするべきではないと言う彼女。
「…それは…分かってる…」
それは、師にも、言われたから…。
―――俺を目標にしてくれることは嬉しい。でも、お前には、もっと自分を大切にして欲しい。
それでも、やはり自分が許せないから…。
「ねぇ、リム…あたし、言ったよね?強い事が、幸せとは限らないって。フェンデル・ケイも、それを痛感してたって理由、知りたい?」
黙りこんでしまったリムに、尋ねる。師の『逸話』を知りたいか?と。
それに、リムはただ黙って頷いて見せて…。
「フェンデル・ケイは、ずっと昔、最愛の人を失ったのよ。…彼の強さを妬む者の手に落ちて…ね」
氷華が言うには、有名な話だという。
リムの師、戯皇はもうずっと昔、彼が裁いた者達によって、最愛の人を奪われたらしい。
「それまでは、綺麗な容姿でありながらも男として生きてきたらしいけど、最愛の人を失って、弱者救済に死力を尽くすようになったそうよ。…彼の最愛の人は、戦闘力がEクラスだったんだって…」
愛する人を失い、星の悪習を目の当たりにした彼が選んだ道は、女の姿を象り、一人でも多くの弱者を救うという気の遠くなる改革だった。
「…知らなかった…」
師にそんな過去があったなんて知らなかったとリムはショックを受けているようだ。
いつも笑っていた師は、どんな気持ちで自分に笑いかけてくれいたのだろう…。
(だから、私を放っておけなかったんだ…)
ようやく、理解した。師が、自分に親身になってくれた理由を…。
「しっかし、混血生物最強と言われた男の最愛の人を殺すなんて、命知らずな奴もいたもんだな」
呆然とするリムをよそに、"DEATH-SQUAD"に喧嘩を売る連中の気が知れないと呆れる烈火。
「そうだね。でも、フェンデル・ケイだけじゃなくて、"DEATH-SQUAD"の班員なら誰しもそれぐらいの過去を持ってるんじゃない?強いってことは、この星ではそういうことだから」
触れられたくない傷なんて、誰もが持っているものだから。と、氷華。
「でも、お前詳しいなぁ。俺、知らなかったぞ。そんな話」
「…一般常識よ?」
"DEATH-SQUAD"の班員全てを知っていろとは言わないが、S班ぐらい知っていて当然の世の中。まして、混血生物最強の異名を持つリムの師は知らないと言えば恥をかく程有名人なのに。
リムも世間知らずだと思うが烈火も大概世間知らずだと思わされる。
「そう言えば、烈火、フェンデル・ケイの名前すら知らなかったよね」
「う、うるせーな!俺の英雄はイフリートなんだから良いんだよ!!」
からかい口調の氷華の言葉に顔を赤くして反論すると、そのまま烈火は勢いに任せて屋敷の中へと戻っていってしまったのだった。
「怒らせちゃった。…リム?」
笑いながら振り返ると、神妙な顔をしているリムが目に入り、氷華は「どうしたの?」っと心配そうに駆け寄った。
「ごめん…ちょっと、師匠の事知って…」
力なく笑う姿に、彼女が勘違いしている事を知る。
「やだ。誤解しないでよ?リム、自分がフェンデル・ケイにどれほど大事にされてるか、知らないわけじゃないでしょ?」
「だから、それも全部私の過去を知ってるからだろ…」
「あのねぇ…S班上位者がそんなくだらない理由で弱みを作る訳ないじゃない!」
この世界で弟子と言う存在は、恋人以上に弱みになる存在なのだ。可哀想だからなんて理由でS班4thがHクラスを弟子にするわけ無いと氷華は呆れてしまう。
「それは、リム自身が一番知ってるよね?」
「うん…」
師が、自分に与えてくれた暖かい感情を、否定する気なんて無いし、それを、けなすつもりも無い。でも、気分が落ち込んでしまうことはしかない。
「リームー」
落ち込まないでよ!と怒られて、「ごめん」と力なく笑って返す。
(…疑っちゃダメだ。師匠は誰よりも私を大切にしてくれたんだから…)
気持ちを切り替えて、リムは氷華に向き直る。
今の自分がしなくてはならないことを、理解して。




