炎の追憶 第1話
太陽が傾きかけた昼下がり、晴天と称するのがとてもぴったりな青空の下で、リムは思う。
修行らしい修行は、師が自分のもとを去ってからしていなかったのかもしれない。
と。何故なら…。
「リム、集中力が切れてるぞ」
ジェイクの声に、声を震わしながら「分かってる」と返すことが精一杯。頬を伝う汗が、逆三角の顎から滴り落ちて短く刈りそろえられた庭の芝生に水滴を残す。
炎天下。というわけではない、どちらかと言えば、少し肌寒い風が時折吹く涼しい昼下がりに、汗だくで何をしているのだろうかと、旗から見れば問われるだろう。
「お前、本当に魔法力ないんだな…」
隣で聞こえる烈火の声に苛立ちを覚える。
芝生の上に立つ二人の姿を見ながら木陰で本を読むジェイクと、彼の隣で昼寝をしているシーザ。そして、ニコニコしながら二人の様子を観察している氷華の姿。
「リーム、足、地面に付きそうだよ。ペナルティー、増やす?」
笑顔で、もう少し自分の身体を支えてね。と言われても、今の自分にはこれが精一杯。もう、すぐにでも、大地に足を付きたい位なのに…。
今、リムと烈火が行っているのは、己の魔法力を放出し、大地との間に一定の間隔を保つ魔法力の向上を計る修行の一つだった。
身体的な戦闘力は、それほど低くないリムが、Dクラスに甘んじているのは他でもなく、魔法力が著しく低いから。
「なーダンナぁー、俺、そろそろ次に行きたいんだけど」
必死なリムを横目に、余裕綽綽の烈火がジェイクに愚痴を零す。自分には、この修行は簡単すぎる。と。
魔法力の高い精霊の住処と言われる魔法都市で生まれた烈火にとって、魔法力の向上修行など物心つく頃から行ってきたものだ。それを今更リムに付き合ってするのもいい加減飽きたと言われても、当然だった。
「お前、むかつく」
自分は必死なのに、簡単だと言い切る烈火に腹立たしさが隠せない。でも…。
「阿呆か。俺は、お前と違って純血精霊だぞ。魔法力で負けて堪るかよ」
と、烈火から当然だろう。と呆れられた。
そよ風が、一瞬突風となり、二人の間を駆け抜ける。
「…ん…さむっ…」
「シーザ、いい加減、起きろ。…こんなところで寝てたら、風邪引くぞ」
烈火とリムのいがみ合いを微笑ましく思いながら見ていたジェイクが、隣で身じろぐ小さな少年に、眠るなら、部屋で。と笑った。肌寒い季節がやがて、この大陸にも訪れるから…。
「ジェイク、烈火が文句ばっかりいってリムの修行の邪魔するんだけど」
集中しないと決められた距離を保てないリム。それなのに、烈火が絡むせいでリムの足は大地に付くかつかないかギリギリになってる上、一定の間隔を保つ事も出来ていない。監督役の氷華は、なんとかして。とジェイクにため息を零してみせる。
「烈火、次のステップに進みたいのはわかるが、基本が大事なんだ。お前は魔法力は申し分ないのに、集中力が無いことが致命的だと分かってるんだろ?」
「うっ……はい…」
ジェイクの穏やかな口調に、隠された厳しい評価に、烈火は文句を並べる口を閉じた。
氷華も、五月蝿いのが黙ったから、集中とリムに発破をかける。
「ねぇ、ジェイク」
「なんだ?シーザ」
寝ぼけ眼をこすりながら、欠伸をひとつ。シーザはジェイクの膝の上に座ると、暖かそうなマントに身を隠して、再び眠りにつこうとしている。それに、ジェイクは苦笑して、眠る少年の髪を優しく撫でてやる。
その瞳には、優しさだけが、宿っていて…。
「…なんか、ジェイクって、『お父さん』みたい」
一部始終を見ていた氷華が苦笑するのも無理はないだろう。ジェイクも、何も言わず、穏やかに笑っているところから、『息子』のように思っているのだろうか?
あどけない無垢な寝顔に、氷華も笑う。
「ほんと、シーザって可愛い!…!あー!!リム!足ついた!!」
視線を、少年から修行中の二人に戻すと、地面すれすれだったリムの足が、大地に接しているのを目撃した。もちろん、大声で、「ペナルティー!!」と言いながら詰め寄れば、諦めたと言わんばかりに地に足をつけるリム。
「悪い、無理…これ以上は、ホント…限界…」
膝を突き、四つん這いになるとゼイゼイと肩で息をしながらギブアップを告げた。元々リムは魔法のセンスがあまり無いのだ。長時間の魔法力向上トレーニングをやり切る程の力は、彼女に未だ無い。
「仕方ない…ま、今のリムなら、健闘…かな?」
ダメーっと言おうとした氷華より先に、ジェイクがお疲れ。と笑ってくれたおかげでこれ以上身体に負荷をかけずにすむ。
烈火は未だに修行続行しているが、ほとんど疲労の色は見えない。それどころか、「あー…だるい」と余裕を見せていた。
(ちくしょー…魔法力だって、伸びてるはずなのに…)
強くなりたいのに、思うように伸びない力にリムは苛立ちと、悔しさを手を握り締め、隠す。焦りは禁物だと教えられたから。
「でもお前さ、早く力つけろよ?今のままじゃ、この大陸から離れられないぞ」
焦れと言ってるわけじゃないけど…。と烈火が口にするのは真実。
今いるリムの家の在る大陸は、"COFFIN"の中ではもっとも平均戦闘力の低い地域とされている。戦闘力がDクラスなら、強い部類に入る大陸だからこそ、リムは今まで生き延びてこれただけで、他の大陸であれば、今こうして生きているという可能性は、ほぼ零だろう。
「"伝説の石"を狙う連中の力の最低ラインはBクラスなんだろ?ダンナ」
「そうだな。…それ以下の連中が他大陸で"伝説の石"を狙おうものなら、容赦なく殺されてるだろうな…」
烈火の言葉に頷けば、リムは「分かってる…」と言葉を零した。
「帝…いや、《ルナ》が、最低ライン…でも、私は立ち止まるわけには行かない……」
だから、はやく力を…。
「リム、焦らないでよ」
「…それも、分かってるよ……。でも、…はぁ…本当に、どうして伸び悩むんだ…?」
心配そうな氷華に苦笑いを浮かべて答える。
ここ、ジョータディー大陸一の金持ち、カスター卿の愛娘・ミルクの許から去り、数回の季節の変化が過ぎた今まで、自分は烈火とともにジェイクに戦いを学んでいるはずなのに、ちっとも伸びているという気がしない。
いや、成長していないわけではないと思うが、烈火のスピードにそう錯覚してしまうのだ。
どんどん引き離されてゆく力の差に、リムは不安を隠せない。限界なのか?と。
「あのなぁ…お前まだ第一覚醒止まりだろ?第二覚醒起こしてる俺と張り合おうとするなよ」
「でも…」
確かに、第一覚醒の状態のリムと、第二覚醒を終えている烈火では力の差も、成長の差も生じて当たり前だと思う。しかし、世の中には、第一覚醒の状態で、リムも烈火も物ともしない戦闘力を秘めた生物がいることを知っている。
リムが思い出すのは、ミルクのボディーガードをしてた時に出会った"伝説の石"を狙う怪盗・《ルナ》の片割れ、帝。
丁寧な言葉遣いに、女を大切にするフェミニストな好青年。自分もある程度彼を信頼していたのだが、一皮向けば、腹黒な商売敵だった男の顔が頭を掠める。
(帝が最低ライン…でも…私一人では勝てる気がしない…)
なんと言っても、純血種の中でもトップ3に君臨する力を秘めた天使の血を引いた男なのだから。
「あ…違う、男じゃないのか…」
身体を起こし、大地にあぐらをかいて座ると、小声で自分に突っ込みを入れてしまう。
純血天使は、第二覚醒を起こすまで性別がないのだから。
(性別のことさえ知ってたら、"マーメイドの涙"を奪われること、なかったのにな…)
無知とは怖いものだと改めて知る。
もっとこの星のことを知らなければと再認識するリムに、
「それって、帝さんのこと?」
と氷華が目の前に座り込む。
「そー。あーあ…純血天使が無性別って知ってたらもっと帝を警戒したのに…まさか、無性別の生物がいるなんて考えなかったからなぁ…」
「てか、俺、氷華にその話聞いてからずっと気になってたんだけどさ」
悔しそうなリムに、烈火がまだ身体を浮かせたまま尋ねてきた。
本当に、魔法力に長けた烈火の姿に、内心羨望しながらも、「なんだよ?」と平然と続きを促してやる。
「お前なんで帝が純血天使だって分かったんだよ?」
「え?」
「あ、それあたしも思った!いきなり、『帝が純血天使だ!』ってリムが言ったときはびっくりしちゃった!」
"伝説の石"の一つ、"マーメイドの涙"がミルク嬢の手元から無くなった時に、リムは確かにそう口にしたのだ。しかし、氷華も烈火も、どうしてリムが帝を純血天使だと分かったのか不思議でならない。
確かに、二人とも帝のイメージは、『優男で、中性的な雰囲気を持った男』だと思ったが、まさか、性別が無いとは思いもしなかったから。
「ねぇ、どうして分かったの?いくら純血天使が性別が無いって分かってても、あたし達は全然帝さんを疑いもしなかったのに」
「ああ。勘」




