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強く儚い者達へ…  作者: 鏡由良
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そして時は動き出す 第18話

「はぁ…」

 少女趣味な部屋に響く、盛大なため息。入り口に立っていたオプトが苦笑しながら、「そんなに《ベリオーズ》が気になりますか?」と尋ねれば、当たり前と言わんばかりの返事が返ってきた。

「やっぱり、休みもなしで働き通しっていうのがまずかったのかしら…」

 後悔に顔が歪んでしまうのは、他のボディーガード達が三日、四日に一度もらえる休みも、《ベリオーズ》ことリムは休まずにミルクの護衛を務めていたという事実のせい。全部、ミルクの我侭だったから。

 普通なら、ふざけるなと言われそうな無茶なお願いも、《ベリオーズ》は笑って聞いてくれて、何も考えずにソレを喜んでいた自分が憎らしい。

 自分の我侭のせいで《ベリオーズ》は倒れてしまったのだから。

 本当は、他のボディーガード連中に襲われ、精神状態が錯乱してしまったという事実を知らないミルクは、また、後悔のため息を零す。

「いくら精神力が他の者より長けていると言えど、所詮、彼の戦闘力はDクラスですからね。疲労で倒れても無理も無いでしょう」

 身体を休める事が出来るのは、夜眠るときだけなんて、Aクラスの自分ですら辛いと零すオプトに、ますます後悔してしまう。

 笑って自分の我侭を許してくれていた彼を思うと、ミルクの気は滅入る一方だ。

「そんなに気になるのなら、お見舞いにでも行かれたらどうですか?」

「迷惑、じゃないかしら…」

 うーん…と考える姿が愛らしい。オプトも知らずと笑顔になってしまう。

「彼は本当にミルク様の身を案じていると我々にも伝わってきます。そんな男が貴女の見舞いを邪険にするとは思えませんが」

 彼の言葉に、笑顔になるミルク。久方ぶりに見る護るべき主の笑顔に、オプトは改めて《ベリオーズ》に感謝した。何度も何度もボディーガードの男達に襲われ、次第に笑顔を、心を失っていった彼女を傍で見守ってきた彼だからこそ、ミルクの笑顔に、心が温かくなる…。

(ミルク様のこんな笑顔は本当に、久しぶりに見る…)

 線が細く、戦いの世に生まれるにはあまりにも非力な彼女を、オプトはこれからも護り続けたいと思う。

「ありがとう、オプト。…これから《ベリオーズ》の部屋に行きたいんだけど、ついて来てくれるかしら?」

「もちろんです」

 今は、まだ、彼女に近寄る事は出来ないけれど、いつか、昔のように、彼女の傍に立てる日が来るのも近そうだと、人知れず笑顔になるオプト。そんな彼をよそに、ミルクは意気揚々と部屋のドアまで歩いてゆく。と、その時…。

(足音?)

「ミルク様、お下がりください」

 行く手を阻むように彼女に背を向けて立つと、オプトは剣に手をかける。主の命を狙って侵入してきた賊か?と、緊張が彼の背筋を通り抜けた…。

「オプト…」

 背後に聞こえる、不安げな主の声。足音はどんどん近付いてくる…。

「ちょ…!何ですか!貴方は!?」

「邪魔だ!」

 ドアのすぐ向こう側で聞こえる怒鳴り声と狼狽えの声。ミルクはビクッと震えながらも、顔をしかめていた…。

「ミルク!!」

 勢いよく開け放たれたお嬢様の部屋のドア。そのまま、品も礼儀も欠いてズカズカ女性の部屋に入ってくる男に、オプトは剣を向ける。相手を知りながら…。

「!うわっ!何するんだ、オプト!危ないじゃないか!」

「す、すみません、この方が静止の声も聞かず…」

 目の前に鈍く光る手入れの行き届いた刃に、怒鳴る男のすぐ後ろには、脇に装備した刀に手をかける白髪の男の姿。帝だ。

 オプトは盛大にため息を付くと帝を下がらせ、剣先の男に視線を戻す。

「クリス・チューレイ・ドゥ・ライラト様、何度も申し上げていますように、我が主の前ではもう少し礼節をわきまえていただきたい」

 息交じりで言葉を零すと、剣をしまい、非礼を詫びる。それは、今目の前にいる男が、カスター卿と懇意にあるライラト候の子息だから。クリスと呼ばれた男は、言葉を詰まらせるが、すぐに自分の失態を反省するところから、悪人ではなさそうだ。

「うっ…すまない…。以後気をつける…。それより!ミルク!!」

 反省もつかの間、クリスはオプトを押しのけ、彼の背に隠されていた可憐な少女を見つけるや否や、その細い肩を抱き、「ボディーガードを信頼しているって本当か!?」と驚きとも怒りとも取れる声で彼女に詰め寄ったではないか。

 当然、まだ男にこんな風に触れられる事に慣れていないミルクを身体を強張らせ、悲鳴を上げてクリスの頬を引っ叩いてしまう。

「!やっ!!」

「!ミルク…」

 叩かれた頬がジンジンするが、彼女のことを考えてなかったと反省してか一歩下がってごめんと頭を下げる。オプトは、何も言わず、二人のやり取りをただ、見つめていて…。

「でも、ミルク、忘れたのか?ボディーガードとしてこの屋敷に来る連中が何を企んでいるか、覚えてないわけじゃないだろ!?そんな危ない連中に懐くなんてどうかしてるぞ!!」

「!」

 クリスの言葉に、ミルクの瞳が不安に揺れる。せっかく、乗り越えられそうだった過去を引きずり出さないで欲しい。

 今の彼が彼女にしている行為は、必死で壁をよじ登って、ようやく乗り越えられそうなミルクの足を引っ張り、登る前の状態に戻そうとしているようなもの。さすがのオプトも、ライラト候の子息であろうが、主を傷付けるものをこのままにして置くわけもなく、怯えるミルクと頭に血が上って冷静さを欠いているクリスの間に割って入り、「お引取りを」と冷たく言い放つ。

「無礼だぞ!オプト!」

「無礼はどちらですか、クリス様。我が主の心を壊す気ですか?」

 視線をずらせば、自分を強く抱きしめるミルクの姿…。

「でも、僕はミルクを心配して…」

「心配だからと言って、女性の心の傷を広げても良いんですか?『心配』と言葉を使えばどんな事でも許されると勘違いをなさらないで下さい」

 入り口ドアの前でクリスを睨みつける男の言葉に、「帝」と叱咤の声。クリスは悔しそうに下唇をかみ締め、今一度、ミルクに「すまない」と頭を下げたのだった。

「ミルク様…」

「……いき…平気よ……私、約束したもの…彼と…また、昔のように、笑えるよう、乗り越えてみせるって」

 彼女の言う彼とは、《ベリオーズ》に他ならない。彼(正確には彼女だが)が自分の心を取り戻してと願うから、立ち直って見せたい。乗り越えて見せたい。何時か、彼の大切な人が、戻ってきたときの、希望となれるように…。

「わたしなんかとは比べ物にならないほど、辛い経験をしている人がいると知ったから、その人が、必ず昔のように笑えると、信じたいから、わたしは…過去に、縛られたくない…」

 自分が、乗り越えれないモノを、更に辛い経験をした人に、乗り越えろというのは、酷だから…と言葉を零す。

 その言葉が、面白くないと感じてしまうのは、クリス。彼は幼少からミルクの事を見知る俗に言う幼馴染と言う存在であり、彼女のことを誰よりも理解していると豪語してもいいぐらい、彼女を知っているつもりだった。しかし、今、自分の目の前に居る少女は、彼の良く知るミルクではなかった…。誇り高く、強くなろうとする、一人の女性…。

「心配してくれてありがとう、クリス」

 笑顔を見せる彼女に、苛立ちが込みあがってきてしまう。

「なんだよ……ミルクは、自分の今の立場を分かってないんだ。君が今首から下げているものがどういうものか知らないんだろう!?それが、どれほど価値のあるものか理解しているのか?!今ボディーガードとしてこの屋敷に居る連中が君と、この家の財産だけでなく、その石まで奪おうとしているかもしれないんだぞ?!」

 声を荒げてしまうのは、彼女を遠くに感じてしまうから…。自分ではない男が、彼女の支えになっていることが、腹立たしくて仕方が無い…。

 クリスの怒鳴り声に、ミルクは分かっていると静かに答える。

「オプト、《ベリオーズ》の様子を見に行きます」

「!…はい。ミルク様…」

 ますます怒るクリスを無視して、ミルクは足を進める。オプトは彼女の少し後ろをついて歩き、帝も彼に並び、歩き出す。長く続く廊下を歩く三人を追いかけてくる足音が聞こえる。

「ちょ…ミルク!僕は君を心配しているんだ!!」

「お帰りになって、クリス。貴方のご趣味も忙しいんでしょ?」

 ミルクの前に回り込んで『行かさない』と言うかのように手を広げるクリスに、ミルクは何処までも冷たく、言い放つ。これ以上、私の前に姿を見せないでと言いたげに。

 怯む男の横を通り過ぎれば、情けない声。彼女に並んで歩き、話を聞けと声を荒げる。

「み、ミルク!!」

「あの、…あの方は、カスター卿と懇意になさっているライラト候のご子息ですよね?」

 目の前で見せられる男女の修羅場に顔を引きつらせながら笑顔でオプトに尋ねるのは帝。

 仕事としてミルクの部屋扉を護っていた彼だが、いきなり凄い勢いで近づいてくると、そのまま静止する自分の言葉を聞かず、自分の主の部屋に突入して行った男がカスター卿と並ぶ財力を有するライラト候の子息だとは信じられないようだ。

「そうだ。ミルク様にとってクリス様は昔から見知っている兄弟のようなものだな…」

 困った人だと言わんばかりのため息に、帝も苦笑を漏らしてしまう。

 視線を前に戻せば、男を少しも視界に入れようとしないお嬢様と、必死に彼女を説得する男の姿。

「ミルク!"伝説の石"を狙う連中はとても危険な奴等が多いんだ!!今僕が追っている怪盗だって、秘宝中の秘宝しか狙わない上…」

「クリス、聞こえなかった?貴方の野蛮な趣味の話を聞く気はないの。帰ってくださる?」

 長い廊下。時折すれ違う使用人達は自分達の主と、ライラト候の言い争いに興味津々と言った感じだった。

 クリスの『野蛮な趣味』と言うものに興味を持ったのか、帝は何も言わず、隣を歩くオプトに説明を求める視線を送る。

「……クリス様は"DEATH-SQUAD"の真似事が趣味なんだ…。といっても、戦闘力は高いとは言い難い上、"TYPE"も戦闘では無く戦士だから犯罪者を追うことは出来ない。それで…」

「命を落とす危険の少ない怪盗の拿捕を?」

 盗賊達と違い、怪盗は物品をいか盗むか、と言うことに重点を置く連中が多い。自警団、警備員の命を奪うなんて無駄な行動はよっぽどのことが無い限りしない輩だから、戦闘力が低いクリスが追うことが出来るのだ。

「そうだ。最近じゃ、そこそこ腕の立つ連中を集めてこの大陸限定とはいえ名の知れた怪盗を追っているらしい」

「…金持ちの道楽ですね。本当に」

 失笑と言うに相応しい表情と、声。つくづく金のある連中の考えは分からないと言いたげな帝に、オプトは「まったくだな…」と力なく同意する。そして、金にモノを言わせて自警団なるものを結成し、怪盗を追うクリスを見ると、二人して、ため息を零すのだった。

「ミルク!話ぐらい聞けよ!!」

「野蛮な男の話なんて聞きたくないわ。よく知ってるでしょ?わたしは、男が大嫌いだって!」

「ミルク!!」

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