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強く儚い者達へ…  作者: 鏡由良
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そして時は動き出す 第16話

「おーい、リム?」

「………熟睡しちゃってるね…」

 苦笑して自分を見上げる氷華に、烈火は頭を掻く。

 いつもなら顔を出す時間になってもお嬢様のところにやってこないリムを不審に思って護衛時間を少し早めに切り上げて部屋に戻ってきてみれば、ソファーの上で眠っているリムを発見することが出来た。

 部屋には何故か氷華までいて…。

「てか、お前なんで部屋にいるわけ?鍵、かかってただろうが…」

「うん。かかってたよ。でも、何回呼んでも返事が無かったから、心配になっちゃって、…つい、使っちゃった…」

 烈火の言葉に、えへへっと舌を出して可愛らしく笑う彼女。それにはさすがに、呆れたと言いながら脱力してしまう。一体彼女は何を使ったと言うのだろう?

「ムルロア【開錠呪文。太古に失われた無属性呪文】使ったのかよ……あれほど使うなって言ってるだろうが!本気で掴まっても知らねーぞ!」

 声を荒げてしまうのはその呪文がとても稀少で、その効果は絶大なものだから。どんなに厳重に施錠された扉ですらあけてしまうこのムルロアは、もうずっと大昔に失われた呪文で、これを扱える魔法使いは今現在ほとんどいないと言われている。

「この呪文が使えるだけで"DEATH-SQUAD"に狙われるんだぞ!」

 いかなる場所でも進入可能となってしまうこの呪文を使える者は、"DEATH-SQUAD"に目を付けられることとなるらしい。軽々しく使って良い呪文じゃないと烈火は激怒する。まぁ、氷華の心配をしているからだろうが…。

 しかし、そんなレアな呪文が使えるとは彼女は相当魔道に長けていると言うことになる。

「ごめんって…」

「…二度と使うなよ」

 泣きそうな氷華の顔を見ては、これ以上怒ることも出来ない。彼女の視線が痛い烈火は困ったようにもう一度ソファーで眠る女の名前を呼ぶ。

「おい!リム!!起きろよ!」

「…ん……な、に……」

 ようやく目が覚めたらしく、煩わしそうに目をこする姿に、今度はため息が出てしまう。女のくせに…と、言う気は無いが、もう少し危機感を持つべきだと思ってしまう。自分が邪な考えを持つ連中ならどうするんだと思ってしまう。

「ようやく起きたか。無防備にも程があるぞ」

「!!な、え、…うわっ!!」

 赤い目に、自分の姿を映して慌てふためくリムの姿に、また、ため息。氷華はソファーから落ちたリムに「大丈夫?」と心配そうに声をかけていた。

 リムの手には読みかけの本があったことから、どうやら読みながらそのまま眠ってしまったのだろうと容易に推測く出来る。でも、何もこの場で読まなくても、自分の寝室で読めば良いのに…と呆れるのは仕方が無い。

「お前、なんでこんな所で寝てんだよ…」

「え?私、いつの間にか寝て……」

 烈火と氷華が声を合わせて「寝てた」と頷く。

 いつもは警戒心の強い猫みたいな彼女がこんな風に無防備にソファーで眠っているなんて珍しいと思う。彼女は彼女で、自分の行動が信じられないと言いたげに、顔を真っ赤にしていた。

 リムはつい数時間前、帝に同じ事を言われたのを思い出してまた、へこむ。

「危機感もてとは言わねーけど、せめて部屋で寝てくれ」

「り、リム…。ちょっと、烈火!リムは毎日毎日、ミルクお嬢様の護衛で疲れてるのよ!!だから本を読んでうとうとしてそのまま眠っちゃうのも無理ないじゃない!」

「それは、分かるけど…。でも、無防備だと注意するぐらいいいだろうが!!」

 言い合いをはじめてしまう二人だが、リムは止める気もなく立ち上がると、ミルクの部屋へ向う準備を始める。無言のまま…。

(…何やってるんだ…気分転換に本を読み始めて…それでそのまま眠ってしまうなんて……)

 疲れているのは分かっていたが、まさか、ここまでとは…。帝にも言われたことだが、自分の危機感の無さに情けなくて…。

「り、リム…」

「大丈夫。…ちょっと疲れてただけだよ」

 怒鳴る烈火を無視して自分を心底心配して声をかける氷華に、笑ってみせる。ただ、ちょっとらしくないことが続いただけだからと自分を偽って…。

「それより、氷華、お前の方こそ大丈夫か?宵の晩だったんだろう?眠っておいた方がいいんじゃないか?」

「え?あぁ平気平気。今から眠るつもりだから」

 ころっと笑顔に変わる彼女の表情の豊かさが羨ましいと思う。一応、自分も笑っては見るものの、彼女に比べるとぎこちないだろう。苦笑に近い笑い顔で氷華を見ているリム。

「おい、早く行けよ。今あのお嬢様の護衛ダンナだけなんだからさ。俺、お前を呼びに早めに戻らせてもらっただけだから」

「分かってる。悪いな、ありがとう」

 疲れたと言いたそうに首を捻る男に礼を言うと、リムはそのまま部屋を後にした。

 朝日が降り注ぐ朝の廊下。いつもならもうミルクの部屋にいる時間だと改めて認識すると今日の自分の腑抜けさにため息が漏れてしまう。昨日、帝が部屋から出て行ってすぐ、鍵を閉めて服を着たのだが、恐怖は中々去ってくれなくて、電気をつけて気分転換に本を読もうとした所までは良かったのだが、まさか、あのまま熟睡してしまうとは…。

(あぁ…自分の家でもないのに何リラックスしきってるんだよ……)

 本当に、昨日かららしくないこと続きで気分は沈む一方だ。こんな暗い顔でミルク会えば、彼女に心配をかけてしまう…。

(…はぁ…焦る。…色々、焦る……ん…?)

 肩を落として長い廊下を歩くリム。そして、視線を感じて少し顔を上げてみれば、先に同じミルクのボディーガードの男達の姿…。

(…確か…ロエイ……何してるんだ…?こんな朝早くに…)

 ジッと自分を見つめる男の視線。その視線からは何故か絡みつく嫌な感じがして…。

 拳に力が入るが、顔には動揺と恐怖を出さずにただ、無表情で凛とした面持ちで足を進める。一歩、また一歩男達の集団に近づく。

「…なんだよ?」

 ロエイ達の前を通り過ぎようとした時だった。両脇の壁にもたれていた男達が体を壁から離し、自分の行く手を塞ぐように立ちはだかって…。

「退けよ」

 声を押し殺し、威嚇するかのように威圧する。しかし、どうやらロエイはリム以上の戦闘力の持ち主らしく、全く怯む様子も無い。

「《ベリオーズ》、貴様は調子に乗りすぎなんだよ」

 気がつけば、数人の男に囲まれていた。はじめから自分に何かと絡んできたロエイの顔が目の前に迫り、驚かずにはいられなかった。視界の端には、彼とよく一緒にいるところを見かけるティリエとウィル…とか言う男達。

 しかし、ここで動揺を悟られては後々めんどくさいことになると恐怖を必死に耐え、

「因縁つけるのは勝手だが、退いてくれないか?仕事中だ」

 と、心底ウザそうにロエイを押しのけてミルクの元に向おうとするリム。しかし、彼女が立ち去ることを許さない男の腕が彼女の肩を鷲掴み、力任せに引き戻される。男の予想外の行動に、戸惑い、動揺してしまう…。

「な、何するんだ!?」

 心拍数が、一気に上がるのは、鼻に男の匂いが届いたから…。声を荒げるリムに、それを無視してロエイはウィルに目で合図を送る。

 この男達は一体何を考えているんだろうか?

「この屋敷に軽く軟禁されてもう何ヶ月も経って俺達も辛いわけよ」

「は?」

 ティリエがロエイを戸惑い気味に睨みつけるリムの視界に割って入ってくるなり、そう笑顔を見せてくる。それが、あまりにも嘘臭くて、何か企んでいる事が分かって、混乱してしまう。

 一体この男は何が辛いと言うのだろう?

「屋敷の連中に手を出すとオプトに殺されそうで怖くて怖くて」

「かといって、こいつ等じゃ勃たないからさ~。他のボディーガード連中も無理だし、どうやって性欲処理しろって言うのかね~って思っててさ」

 ウィルの不敵な笑みと、ティリエの笑顔に背筋に嫌な汗が伝う。この二人は一体何を言っているのだろう?固まってしまうリムの腕を片方ずつ掴むと近くにあった部屋へと足を進める二人。

 ロエイもそれを見てニヤニヤ笑っていて…。

「ま、あの中じゃお前が一番色気あっていいかなって思ってたし」

 思っていたからなんだというのだと思うが、「放せ」と言う言葉は全く聞き入れてはもらえなかった。

 ティリエとウィルは、以前屋敷のメイドに手を出そうとした時、オプトにきつく注意されたらしく、たまり溜まった性欲をどうにか発散させたいと思っていたときにロエイに誘われたと言う。『お嬢様のお気に入りだからってでかい面してる《ベリオーズ》に思い知らせてやら無いか?』と。

 嘗め回すようにリムの体を見つめるティリエの視線。「ほせー!女みたい!」と服の上から這うウィルの手。

 逃げたいのに、気がつけば、床に押し倒されていて、ティリエがリムの両腕を押さえつけ、ウィルの体が自分に馬乗りになっていた。

「!!!!」

 声が、出ない。

 これから自分を襲う事態を、この状況で理解できない程バカじゃない。いや…良く知るからこそ、体が、強張る…。息が、出来なくなる…。

(や、やめ…)

 笑い声が、脳を支配する。あの絶望が、心を凍らせる…。

「ウィル、一回ヤったらちゃんと代われよ!俺だって溜まってるんだからさ…ロエイ、お前は良いのかよ?」

「興味ない。ただ、思い上がってるバカには分からせてやらなくちゃな…所詮、DクラスはDクラスだって知ることが大切だろう?」

 そう言ってリムに掛けられるのは、魔法封印呪文のサイレンス。完全に逃げ道を塞がれた…。いや、今のリムにはそんな判断すら出来ない。魔法を詠唱しようと思えばこうなる前に出来たはずだ。しかし…。

(や……たすけ……)

 視界に映るのはウィルの顔ではなく…あの男…。何時までも、記憶から消えてくれない、あの、男…。

「!こいつ震えてるぜ?ウケル!何時もの強気はどうしたんだよ!?」

「俺はその方が燃えるね、『無理やり』ってシチュエーションが征服欲を駆り立てるし」

 傷が、開かれる…。

 心底楽しそうにリムの首筋に唇を落とす男に、嫌悪感が体を支配する。生暖かい舌が、首から耳元にかけて這わされて…。

 服の下に進入する手に、もうずっと昔の記憶が鮮明に呼び戻される。

「こいつ、マジで女みてー!腰ほせー!!」

 助けてと叫びたい。それなのに、声が…。

「ん?なんだ?これ?」

 男の手が、不自然に止まるのは、女であることを隠すプロテクターに手が当たったから…。今、プロテクターを外されたら、女だとバレてしまう。そうなれば、この屋敷から追い出されてしまう…。ミルクの信用を、裏切ってしまう…。

 いや、そんなことよりも……また、どん底に、突き落とされる…。

 男の手は、再び動き出し、彼女が、女であることを、暴こうとした、その時だった…。

「そこまでだ」

 大きな物音共に、何かが床に叩きつけられる鈍い音が耳に届いた。リムを押さえつけていた二人は手を止め音のするほうへと視線を送る。そこにいたのは…、光の反射で時折灰色に見える髪を持つ長身の男と、漆黒の逆立った髪が印象的な男の姿。ジェイクと烈火だった。

「悪ふざけが過ぎるぞ。テメー等。殺してやろうか?」

 今まで見たことのない烈火の怒りに満ち満ちた眼光はウィルとティリエに注がれていて、その足元には床にめり込んでいるかのように倒されているロエイがいた。頭を踏みつけ、「潰すぞ」と声を押し殺して脅す彼。

「クズがひがんでんじゃねーぞ。今度こんなふざけたことして見やがれ、そん時はこの頭、本気で踏み潰してやるからな」

 ぐっと足に力が入ったのだろう、ロエイの頭蓋骨がメキメキと軋む音が静まり返った空間に響いた。

 ジェイクの波の無い水面のような静かでよどみの無い声が、「遊びたいのなら、相手をしてやるぞ」と殺気を載せて言葉を放つ。その手には滅多に鞘から抜かれない剣が握られ、下手な言葉を紡いだら即刻殺すと言うかのように首に狙いを定めているのが分かった。

「わ、悪かった…じょ、冗談だよ」

「お、俺達は、ロエイに誘われただけなんだよ!!最近調子に乗ってる《ベリオーズ》を痛めつけたいから手を貸せって…」

「そう!そうだよ!俺達は別にこいつじゃなくても良かったんだぜ!?ヤらせてくれるならさ!!」

 リムから放れ、必死に命乞いをするウィルとティリエに「マジで腐ってるな」と烈火。殺す価値もないと言いたげに、ロエイの頭から足を退けると、

「10数えるうちに消えろ。じゃねーと、本気で殺す」

 と静かに呟いたのだった。口に出された言葉は何処までも本気で、性根の腐った連中を見たくないと嫌悪感を丸出しにしていた。

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