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強く儚い者達へ…  作者: 鏡由良
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そして時は動き出す 第11話

 結局、あの後早々にジェイク達と明日からの動きを話したリムは再び寝室に戻っても眠ることが出来なかった。静寂が支配する空間の中、ベッドの上で膝を抱きしめて、ただ時が過ぎるのをじっと待つ…。

 眠れないのは今日が初めてではないのに、今一人この空間に存在してると錯覚してしまうリムは、必死に泣きそうになるのを我慢しているのだろうか?肩が小刻みに震えているのが分かる。

(…大丈夫…大丈夫…)

 消えてくれない男の息遣いと声を振り払うかのように、呼吸を繰り返す。必死に、強さを教えてくれた師達の笑顔を思い出す。自分にだけ向けられた、師達の優しい微笑みを…。

 隣の部屋には烈火が寝ていることを考えると、声を出すことさえ躊躇われる。こんな弱くて情けない姿、誰にも見られたくない。誰にも、見せたくない…。

(ダメだ…少し屋敷の中を歩こう…)

 ここでジッとしていると記憶に飲み込まれそうになる。リムはそうと決まれば即行動に移し始めて、外していた女だとばれない為のプロテクターを身に着け胸の膨らみを押さえつけた。その上に、コートを羽織ると、隣の寝室で眠っている烈火を起こさないよう静かに部屋から出て行く。

(氷華に案内してもらった時も思ったけど、本当に広いな…)

 自分の住んでいる屋敷も大概広いと思っていたが、この屋敷はリムの家の数倍もの敷地を有していた。廊下に飾られている絵画や置物はそのどれもが1つ数億の品で、とてもリム達の所持金で買えるモノではない。

「金持ちは本当に意味が分からん…」

 思わず本音が口から零れてしまう。しかしそれも無理もないだろ。戦闘力こそこの世のすべてと思っているリムにとって、弱い金持ちの存在はあまり受け入れる事が出来ない。

 戦闘力重視のこの世界だが、戦闘力と同等の価値を持っているモノがもう一つあった。それが、他でもなく金。

 カスター卿の財力はリムが住む大陸一だと言われていることが聞き込みで分かったことだったが、いざその邸宅に足を踏み入れてみるとその桁違いの財力に驚かされてしまう。

 自分から見れば全く価値の分からない品物ですら、一般の生物では見たことのない桁数の金額で取引されていると昔本で読んだ。この星で勝ち組と呼ばれる者は2パターンいる。標準以上の戦闘力を持った者と、そして、どうやって稼いだのか分からないぐらい莫大な財産を持った者。カスター卿は戦闘力こそHクラスと最下級クラスの生物ではあるが、変わりに財力はSクラスと言う噂だが、それもあながち嘘ではなさそうだ。

(財力Sクラスって…つまり、"CONDUCTOR"の息がかかってるってことだよな…)

 昔、師が教えてくれた。"CONDUCTOR"は"DEATH-SQUAD"を管理しているこの星の中枢となる組織だと。"DEATH-SQUAD"が力で生物を監視し、押さえつけているとすれば、"CONDUCTOR"は頭脳を駆使して惑星に住む生物を押さえつけている組織。戦闘力の高い者が集まる"DEATH-SQUAD"と財力のある者で構成された"CONDUCTOR"と言う二つの組織を絶対に敵に回すなと口をすっぱくして教え込まれた。

 個々人の財力も戦闘力と一緒でランクごとにクラス分けされている。最低がDクラス、最高がSSクラスとされており、"CONDUCTOR"に所属する者達は財力SSクラスと言われている。そして、それに次ぐSクラスに分類されている者達は"CONDUCTOR"により保護されていると師が言っていた気がする。

(…つまり、"CONDUCTOR"に保護されてる連中を殺したり敵に回したりしたら、必然的に"DEATH-SQUAD"が敵になるわけだよな…"CONDUCTOR"の管理下にある組織だし。うわー…コエー…)

 "伝説の石"の一つ、"マーメイドの涙"を手に入れるということは、下手すればカスター卿を敵に回すことになる。そうなれば、"CONDUCTOR"も出てくるだろうし、最悪"DEATH-SQUAD"にも目をつけられるかもしれない…。

 『第三覚醒を起こした生物に近づくな』。『"死日"生まれの生物と戦うな』。『"DEATH-SQUAD"の連中と関わるな』。この三つを護らないと死ぬことになると何度も教えられたはずなのに、今の自分の状況を師が知ったらきっと1、2発は殴られるだろうとリムは少し憂鬱になる。

(…師匠怒ると怖いもんなぁ…)

「ため息を付くと幸せが逃げて行きますよ」

「!!誰だ!?」

 盛大なため息をつく自分の背後からする朗らかな声に驚いて袖に隠し持っていた短剣を手にしてそのまま声の主の喉下に刃をつける。

 リムの行動と、反応の良さに苦笑するのは…。

「帝…」

 後頭部よりやや上で束ねられた白髪が視界に入る。リムは慌ててて刃を退けると申し訳なさそうに「すまない」と謝罪の言葉を紡ぐ。

「随分警戒心の強い方ですね、貴女は」

 クスクス笑う姿に悪かったなとぶっきらぼうに返す彼女の頬は恥ずかしいのだろうか、微かに赤く染まっていた。

 帝はと言うと、そんなリムを微笑ましそうに見つめていた。

「顔色、随分と良くなりましたね。…あまり無理しないで下さいよ?」

 小声で「貴女は女性なんですから」と優しく言葉を零されては邪険に出来ない。反応に困ってしまって「うーっ」と唸りながらも素直に頷く姿に帝はまた笑う。

「第一印象と違っていて可愛い人ですね」

「!!!か、か…」

 可愛いってなんだ!?と顔を真っ赤にして驚くリム。

(てか、こいつなんでこんなサラッと恥ずかしい台詞が出て来るんだよ!!)

 そんな彼女の頬に触れる手は相変わらず笑顔で自分を見つめる帝のもの。振り払おうにも悪意を感じないからそれも出来ないリムは口をパクパクさせてただ帝を困ったように見ていた。

 一応男としてこの屋敷にいるのに、今の彼女を見ると何処をどう見ても男とは見れないだろう。耳まで真っ赤にして項垂れる姿は女の子そのものだった。

「あ、すみません。触られるの、嫌いでしたよね?」

 忘れてましたと笑って彼女に触れていた手を名残惜しそうに離す彼に、リムは小さく「男に触られるの嫌い…」と言葉を零す。気まずい空気に居心地の悪い沈黙が流れる。それを感じ取った帝は「眠れないんですか?」と穏やかな声で話題を変えてくれた。

「え?…あ、ああ。部屋に案内された後すぐに寝てしまったから、今は眠くない」

「あはは。一緒ですね。実は僕もそうなんですよ。…少し歩きましょうか?レイレイさんが今の時期夜の中庭は夜光花が満開で見物だと教えてくれましたから見に行ってみませんか?…あ、レイレイさんは僕を部屋まで案内してくれた方です」

 ゆっくりと歩き出す帝に、リムも笑って続く。その表情は先程まで見せていた少女の顔ではなく、男として振舞う為に作られたものだった。

 広々とした玄関ホールを通り抜け、たわいない話をしながら中庭へと足を運ぶ二人。風に乗って微かに甘い花の香りがリムの鼻に届いて、帝が外へと続く扉を開けた時、その先に広がる光景に驚嘆してしまう。

「うわ…すごい…」

 夜光花とはその名の通り、夜になると花びらの色と同色の淡い光を発する花で、月の光のない今宵はその淡い光が特に強調されて、中庭を幻想的な世界へと作り出していた。

 レイレイというメイドが言っていた事は正しい。なんと美しい世界なのだろう…。

「本当に、綺麗な世界ですね…」

 帝にしてもこの風景は予想以上だったのだろう。リムの横で驚きに佇んでいた。

 時間を忘れてしまいそうな世界が、目の前に広がっている。

「…なんか、ボーっと突っ立てるのバカっぽいな」

 傍から見たら、男二人が幻想的な風景を前にバカみたいに見惚れて突っ立っているようにしか映らないだろうから。

「あ、そうですね。…少し歩いてみますか?」

 促されるまま、足を進めるリム。そしてその時初めて彼女は帝と一緒に居ても、息苦しさや体調の不調を感じない事に気がついた。いくら帝が何処か女性らしい雰囲気を持つ小綺麗な顔をしていようとも、男であることには変わりがないのに…。

 仲間として受け入れているジェイクや烈火は別として、帝をそういった意味で信用していない彼女にとってはこの事実は驚くべきものだった。

(…なんでだろう…)

 確かに男臭さは感じないが、彼は男なのだ。リムにとって警戒はするものの、こんな風に一緒にいても平気だと思うことは今までほとんど無かったから不思議でならなかった。

「…お前、本当に男だよな?」

 隠し事が出来ない彼女の口から零れる疑問に、男はさすがに驚いたようにリムに視線を移して、笑い出したではないか。いきなり、何を言い出すのかと可笑しくて仕方ないと言った感じだ。

「随分直球ですね。少しは遠慮してくださいよ。もしかしたら、僕はこの容姿と自分自身の持つ雰囲気にコンプレックスを持ってるかもしれないでしょ?」

 ひとしきり笑った後、帝は目尻に浮かぶ涙を指で拭いながらそう言ってきた。男としてのプライドが高く、烈火やジェイクのように男らしい容貌を欲している者にとってリムの言葉は失言だろうと笑う。

「一応、僕にも男としてのプライドがありますから、ちょっと傷つくなぁ」

「ご、ごめん…」

 冗談めかしに言ってくる言葉ではあったが、おそらくそれは帝の本音だろうと思い、リムは慌てて謝った。自分がもし同じようなことを言われたら、きっと傷つくと思うから…。

 今現在男装しているとは言えども、自分が女だと知っている者から『女に見えない』と言われれば、自分はおそらく怒ると思う。しかし、帝は笑って許してくれて、リムはつくづく自分が子供だと思い知ったのだった。

「僕が男だと信じられませんか?」

 黙り込んでしまった自分に帝がまだ笑いながら尋ねてくる。

 手首に冷たいモノが触れたのは、そんなこと無いと慌てて否定しようとした時だった。

「残念ながら、女性とは程遠い体の造りでしょう?」

 リムの手が帝の胸元に導かれ、服の上から男の胸板に添えられる。女性特有の柔らかい弾力のある胸の感触ではなく、がっしりとした筋肉と骨格の感触が服の上からでも分かる。明らかに女の身体ではない。自分のようにプロテクターで胸を隠している様子も無く、完全に男の身体だった…。

「本当だ……」

「信じていただけて光栄です」

 向けられた笑顔に、顔は一気に赤くなってしまった。

(な、な、何やってるんだ!!私は!!)

 男の手を振り払い、慌てて、触れられた手首を握り締めて慌てふためくリム。男の身体に触ってしまったとパニックを起こす姿に帝は相変わらず楽しそうに笑っていた。

(男の体なんて、師匠と幸斗さんの以外触ったこと無いんだよ!!)

 まさか、こんな風に触らされるとは思ってみなかったから驚いてしまう。

 自分を見る帝の目が雄の目ではなかったから恐怖こそ感じはしなかったが、それでも男の身体を意識させられるのは嫌いだから、できる事なら触れたくない。

 師から『誇りを取り戻す戦いをすると決めたなら、男が怖いから近寄れませんなんて泣き言は吐けないぞ』と言われ、修行の合間に行われた精神のリハビリは、幸斗と戯皇の体に触れるというものだった。おかげで、男の体に触れる事が出来るようになったが、その行為に免疫があるわけではない。

「触られるのだけじゃなくて、触るのもダメなんですか?」

「私は男が苦手なんだ!!」

 勢いよく叫ぶリムの表情は怒りというより、半泣きに近くて、帝は少し苛め過ぎたと反省したように謝ってくる。

 しかし、警戒心の強いリムがこんな風に男と素で話しているとは本当に珍しい事だった。

「本当にすみません。慌てる姿が可愛くてついやりすぎました」

「だから!可愛いとか言うな!!」

 そう叫びながら、怒りに任せて彼の腹に思い切り蹴りを入れようとしたときだった…。

「…誰?」

 鈴の音のように高い少女の声が耳に入ってくる。リムは男として潜入してきた事を思い出し、慌てて表情を作り、帝は声の主を探す。

「誰かいるの…?」

 背の高い青色の花びらを持つ夜光花が風も無いのに揺れ動いたかと思えば、そこから姿を見せたのは愛らしい姿をした少女。

 色白の肌に淡い桜色のノースリーブのワンピースがよく映えて、そのスタイルは少女というよりも女性に近い女の子は、不思議そうな顔を覗かせたと思ったら、自分達の姿を確認するや否や嫌悪感丸出しで盛大に顔をしかめて見せた。

「貴方達、お父様が新しく雇われた私のボディーガードね…?」

 『私の』と言った少女。つまり、今リム達の目の前にいるこの少女こそが、カスター卿が目に入れても痛くないほど溺愛している末娘のミルク嬢だというのだ!!

 もっと大人っぽい女性を想像していたリムは面食らったように少女を見下ろしてしまう。

(…童顔で身体だけ大人ってアンバランスだ…)

 色気のある子供みたいで違和感を感じて全くもって変な感じだ。

「ここは私のお気に入りの場所なの。立ち入らないでいただける特に、お父様のお金と私の体目当ての蛮人は!!」

 空気が汚れる。幻想的な世界が壊れる。と憎悪のみをぶつけて来る少女に帝は失笑して、リムはため息をついていた。

 『私の体目当て』と言い切ってしまう少女に、自惚れ過ぎですね。と笑顔で毒を吐きそうな帝はリムの肩を叩き、「お嬢様の言葉ですし、行きましょうか?」とその場を去ろうとする。

「先に戻っててくれよ。俺はお嬢様に挨拶してから戻るから」

 有無を言わさぬ口調と笑顔に帝は一瞬考えたが、すぐに「分かりました」と答えるとそのまま中庭を後にしたのだった。

「さてと…」

 男が扉から室内に戻るのを確認したリムはクルリと振り返り、怯えている少女に向き直った。それにミルクは肩を大きく震わせて硬直してしまって…。男装して男として振舞うリムは女性にしては長身で表情と仕草さえ気をつけていれば男と言っても通る容姿を持っており、ミルクの様に小柄な少女からすれば他の男と変わらない迫力があった。

「怯えなくて良い。何もしないから」

「…嘘つき…そう言って、取り入る気でしょう?!」

 本当に彼女の気持ちが痛いほど分かる。男を嫌悪した昔の自分。…まだ、世界を知らなかったあの頃、リムは家族以外の全てが敵に見えていて、よくこうやって人を疑い、傷つくのを恐れて先に傷付けたりもした…。

「本当に何もしない。君の過去は知っているし、君が受けた恐怖も俺には良く分かるから…。これより先には俺からは近付かないから怯えないで」

 大丈夫だから、と笑ってみせる。堕とされた苦しみと、元に戻る事の無い身体への嫌悪感を知るからこそ、彼女がこれ以上怖い想いをしなくて良いように優しく微笑んでやるリム。

 ミルクはそれでも警戒を解く事無く噛み付いてきて、本当に、昔の自分そのものだと笑えてきた。

「恐怖がわかるですって?!男の貴方に何が分かるのよ!」

「…俺の大切な人が、君と同じ目に遭ったんだ。野盗によってね…」

 辛そうに瞳を閉じるリムは、今何を思い出しているのだろうか…?

 自分の事?

 母の事?

 親友の事?

 …いや、それら全ての過去を思い出したのだろう。恐怖と悲しみと憎しみが同時に湧き上がってくる…。

 リムのその表情は本当に辛そうで、見ているものの心にも息苦しさを覚えさせるものだった。ミルクも、怒りを忘れて思わず黙り込んでしまうぐらいだ。

「俺の全てを奪われたんだ…恐怖を忘れないように刻み付けられた…」

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